三章7話 図書館
伊勢と美波の冒険者登録が終わって数日、勇者の優秀な能力にモノを言わせ2人は無事に冒険者LV10に達していた。
俺の方は隷属の首輪を破壊する指名依頼を受けて所持金にも余裕ができたので、今日は帰還方法を探すために図書館へと来ていた。
伊勢と美波は冒険者のLV昇格試験を受けた後、シルバーブルに移動してくれる精霊を探すらしく今日は別行動だ。しかし、2人は冒険者LVを上げて強制依頼が発生する事をなんとも思ってないよな……俺も気にしない方がいいのか?
「入館料高……」
街の中心地区にある大きな時計塔が目印の図書館は一般にも公開されているが、その入館料は少々お高い、安い宿ならば一泊できるぐらいだから、一般人にとっては余り頻繁に使うような施設じゃないっぽいな。
その少々お高い入館料を払い図書館に入ったのだが、なるほどと思える、その入館料でも安く感じる程の膨大な蔵書量が俺を出迎えた。
目に映る範囲の壁際だけでもびっしりと本棚が敷き詰められており全く壁が見えない、人の通るスペースはあるようだが壁際以外にも本棚が所狭しと並んでいる。中にはどうやっているのか分からないが宙に浮いている本棚まである始末だ。おそらく魔法道具なんだろうけど流石マギナサフィアといったところか。
これが、このフロアだけでなく2階、3階、さらには地下にまで広がていると言うのだからその蔵書量は想像も付かない。
これは有るかも分からない目的の本を探すだけでも相当時間が掛かるんじゃないか? とてもじゃないけど一日で終わるとは思えない。
当然のように入館する度に入館料が要る為、探すだけで何日もかかると総計の入館料がえらい事になる……。
これは、1人で探すのは効率が悪いかもな……。
「何かお探しですかな?」
お? ここの司書の人だろうか? 途方に暮れる俺に気付き声をかけてきてくれた人が居た。
オールバックにされたグレーの髪、執事服を思わせるパリッとした服、モノクルの奥にはツリがちだが柔和そうな瞳、なんとなくセバスチャンと呼びたくなる初老の男性だった。
とりあえず頼っても大丈夫だと思わせる雰囲気がある。
「えっと、魔法関係の本ってどこに有りますか?」
「魔法関係は主に地下の階ですね、どういったものをお探しで?」
どう言えばいいんだ? 正直に勇者召喚に付いての本なんて言っても怪しまれないか? そもそもそんな本有るのか?
「召喚について書かれた物を……」
結局、中途半端に答えてしまった。まぁ、どこに手がかりが有るか分からないから範囲を狭めすぎるのも良くない、なら、これぐらいで良いか……。
「それなら地下2階のモンスターフロアでございますね」
モンスターフロア? なんだそりゃ?
「ふむ……貴方はご存知で無い様なので説明しておきましょう。
この図書館の地下は魔法書や禁書といった物を集めすぎたせいでそれぞれが影響し合いダンジョン化しているのでございます。
中でも召喚関連の書物を集めた場所はモンスターフロアと呼ばれダンジョン内の魔物の供給源にもなっているのですよ。ですから、そちらに用が有るのなら十分に注意してください。
年に何人かは死人も出ていますので……」
うわぁ、意外な方向に厄介だな、魔物と戦闘なんてしたら返り血や流れた攻撃なんかで書物が駄目になるんじゃないかと思ったけど、本棚には結界が張られているらしく、本棚に入っている限り書物が駄目になることは無いそうだ。
「それじゃぁまぁ、試しに行ってみるか……」
「十分にお気をつけ下さいませ」
セバスチャン(仮)に見送られて俺は図書館の地下へと足を踏み入れた。
図書館に入るに当たってポーチの中にしまっていた武器と防具を取り出して手早く装着する。
よし、行くか。
地下一階、地下とは言え魔法道具の光がそこら中に配置されているので進むにはなんら支障は無かった。
「さすがに階段付近に魔物は居ないか」
セバスチャン(仮)の話が合っているなら魔物の発生源は2階の召喚関連の書物の纏められている辺りだ。この階段付近は地上部がダンジョン化しないように定期的に結界が張られているらしいので魔物も外に出てこないのだろう。
良く見ると階段を囲むように何かの宝石らしきもので作られた杭が打ち込まれている、おそらくこれが結界の要で俺の使う魔法剣のソードフィールドのようなものだろう。
本来ならすぐ隣に地下2階への階段がある筈なのだが……無い、ダンジョン化の影響で下階への階段がまったく別の場所に有るって言うのは本当のようだな。
どういう仕組みなんだって聞きたいけど魔法なんて存在する異世界に理屈を求めるのも馬鹿げているか、俺だって魔法剣なんて本当は良く分からない力を使っているんだ、気にしないでおこう。
「とりあえず、魔物を探していけば階段が見つかるかな……」
魔物が湧いているのが2階のモンスターフロアだけではないらしいから確実とは言えないが、先ずはこの方針で行こう。
「地上1階部と違って迷路みたいになってるな、迷わないようにマッピングしていくか……」
ポーチからメモとペンを取り出して簡単にだが通り過ぎた道を書きながら進む、こっちの紙やペンも過去の勇者の影響か元の世界と比べても性能にさほど違いが無いので助かる。
武器を持って入るのが許されるぐらい危険な状態の地下のダンジョン化を何とかしないのは、増やし過ぎた魔法書の保管場所が無い関係か?
「まぁどうでもいいか、異世界だしそう言う物だと思っておこう……」
とりあえずできるだけ右手の法則だったか左手の法則だったか忘れたけど迷路を進む際のアレで進みながらマップを書いていく。
「知らない魔物だな」
やがて、遭遇した事も師匠から教わったことも無い魔物が出現するようになった。
図書館だからなのか、薄い本が開いた状態でページで羽ばたくように宙を飛んでいる。
とりあえず仮でフライングブックとでも呼んでおこうか……。
「って、こっちに気付いた?!」
手早くメモとペンをポーチにしまい剣を構えると、フライングブックは自身の中の魔法陣の書かれたページをこちらに向けているところだった。
魔法陣って事は……。
すぐに魔法陣が赤く光りだしてフライングブックの前に浮き上がる。
俺に向って赤い魔法陣から炎が撃ち出される。魔法剣で相殺? いや、これぐらいの威力ならグローブで打ち消せる。
左手の反魔のグローブで炎を掻き消してそのままフライングブックに向って突っ込んで行く。別のページを開けようとしていたフライングブックを手にした剣で両断、なんか薄いのに電話帳をカッターで切るような感触だった。両断されたフライングブックはバラバラと崩れて床にページを撒き散らす。片付けるのが大変だなと思っていると、散らばったページは一枚だけを残してスッと消えていった。
ダンジョンの魔物って外とは違うのか? まるでゲームみたいに消えやがったな。
「となると、これはドロップ品か?」
フライングブックの残した一枚だけのページを拾い調べてみる。
「マーメイド?」
拾った紙にはやけに美人の人魚の絵が描いてあった。この世界ではマーメイドって名前の魔物で確か生命力の強化部位を持っていたはずだけど……絵以外には何も描いてないな。
「なんだろう? 美術品みたいなものか? 売れるかもしれないから持って帰るか……」
回収するだけ回収して帰りに司書の人にでも聞こう。
とりあえず、魔法を使ってくる魔物が居るみたいだから注意しておこう。
「っておい……」
なんだこれ、舐めてるのか? 暫く進むと通路の真ん中に宝箱が有った。
これはあきらかに罠か魔物だろうが……。
「近付く必要無いな、ピアッシングエッジ!」
魔法剣で鍵穴の下辺りをぶち抜いてやった。思った通り魔物だったようで声無き声で断末魔の悲鳴を上げて宝箱はフライングブックと同じ様に消えて行った。
「これがダンジョンなのか?」
巫山戯ている、そう感じてしまうんだけど、この世界の奴らは違うのか? こんなみえみえの罠でも引っかかるのか?
考えても仕方ないな、最近この思考で全部片付けている気がするけど……とにかく進もう。
「魔物が増えてきたか?」
書き込んだマップも随分と広がってきた頃、遭遇する魔物の数が次第に増えて来た。フライングブックが中心だけど、偽宝箱や動く椅子や机がもちょこちょっこ襲って来る。全部知らない魔物だった。
やっぱりダンジョンというのはゲームみたいになっているようで、倒した魔物はすぐに姿を消し偶にアイテムが残されていた。追加で拾ったのは、フライングブックから可愛い妖精の絵が描かれた紙、妖艶な悪魔の絵の描かれた紙、綺麗な天使の描かれた紙、と色々出て来た。これでモンスターブックでも作れというのだろうか? 偽宝箱からは少量の硬貨、小さな宝石、粗悪な指輪といった所だ、動く椅子と机は新品同様の物に修復されて残った物があったがそんな物持ち運べないので放置した。でももしかしてポーチに入ったんじゃないかと今になって思っている、帰りに残っていたら回収して帰ろうかな。
魔物が増えて来たのに伴ってその種類も増えて来た。
今目の前に飛んでいるのは俗に言うウィルオウィスプとか鬼火って呼ばれる火の玉だ、この世界ではウィルオウィスプで通っているみたいだけど、これもこの世界の言葉が俺の分かる言語に変換された結果だから火の玉でいいだろう。
「アイシクルインパクト」
何しろ実体が火な為、剣で斬っても余り効果が無い……だから魔法剣で弱点であろう氷をぶつけて対応する。
火の玉が霧散したと思ったら奥からフライングブックが団体で押し寄せてくる。一斉に魔法を使われると対処できそうに無いから一気に仕留めないとな。
再装填した魔力で再び魔法剣を放つ、炎の斬撃で一気に焼き払うのだが、最初に遭遇した火魔法を使って来るフライングブックは本の癖に火に対して耐性を持っていた、だから残ったフライングブック(火属性)の火魔法が一気に俺に襲い掛かってくる。
今回は後退して距離を取り避けたり払ったりして何とかしたが、安全に対処できるように剣をもう1本用意しておこう。残ったフライングブックも順に切り払って倒したが、フライングブックの落したアイテムを拾う間も無く次の魔物が押し寄せてくる……。
さすがにこれは多すぎじゃないか? 地下1階でこれならモンスターフロアのある地下2階はどうなってるんだ?
「とにかく魔物が多いって事はこの先に階段があるんだよな!」
にしても、魔物ってやつは好戦的だ、こっちに気が付いたら必ずってぐらい襲ってくるからな。
「バーニングスティンガー!」
先程と同じ様に炎の魔法剣でフライングブックを一気に焼き払う。
「アクアスパイラル!」
続いて残った火耐性を持つフライングブックをもう1本用意していた剣で魔法剣を放ち渦巻く流水で押し流す。
「うん、いけるな」
効率良く殲滅できれば進む事も容易い。2本の剣で交互に魔法剣を放ち突き進む。
また魔法剣に頼っているが、こう数が多いんじゃ仕方が無い。
「ん? あれは……」
前方に見えるフライングブックの群れの中に変な奴が居る、見た目は周りのフライングブックと変わり無いんだが地面に落ちた状態でずっと同じページの魔法陣を起動させている。その魔法陣が光り浮かび上がると、魔法陣から2~5匹のフライングブックが出てくる……。
「こいつがフライングブックを呼んでたのか、ってことは、あれを何とかすればこれ以上この辺りに魔物は増えない?」
とにかく倒してみよう。
襲い掛かって来たフライングブックを薙ぎ払って魔物を呼び出しているサモンブックとの距離を詰める、魔物の発生源なだけあって数が多くなかなか前に進めないが徐々に数は減らせている。
このまま行けばそのうち届くと思っていたが、突然サモンブックがページを変えた。
「げ……」
フライングブックを呼んでいた時よりもあきらかに禍々しい魔法陣が暗い光を放つ、絶対にヤバイのが出てくると確信してフライングブックの殲滅速度を速める。
「っち、間に合わないか」
漸くサモンブックに突っ込めるぐらいにフライングブックを殲滅できたが既に召喚が終わってしまっていた。とりあえずこれ以上召喚されないようにサモンブックに炎の魔法剣をぶち込んで燃やし周囲に居るサモンブックも片付ける。
残ったのはサモンブックが最後に召喚した魔物。
「ミノタウロスって奴か……」
牛頭人身の魔物……持っている大きな斧は奪い取ったら良い魔法剣の媒介になりそうなんだが、多分倒したら消えるんだろうな。
「BUMOOOOOOO!」
く、このダンジョンで初めて生物系の魔物が出て来たな、声が響いて五月蝿いんだよ!
例外無く俺を認識した途端襲って来やがった。もう迎撃、いやぶっ殺すしかない。
「うおぉ!」
大ぶりな武器なのに意外と攻撃速度が速くて驚いた。何とかかわせたけど結界が無かったら本棚なんて容易く粉砕されそうな一撃だった。
攻撃速度が速くても大ぶりな攻撃はスキが結構ある。攻撃の終わりにこっちの攻撃をぶち込もう。
「BUMOONN? BUMOOOOO!」
攻撃の後俺の姿を少し見失いやがった。存外馬鹿なようだ。
「BUMOOO!」
上段から振り下ろされる大斧、避けるのは容易く大斧が地面を叩いた瞬間俺は側面からミノタウロスに斬りかかっていた。
「BOMO!」
「っく、意外と硬い」
牛だろうが、素直におろされてろ。
「フレイムエッジ……」
斬りにくいから魔法剣で剣に火を纏って焼き斬る、焼肉だ……
「来い……」
「BUMOOOOOO!」
今度は横薙ぎに大斧が振るわれる、しゃがむか、跳ぶか、下がるかだが……下がろう、しゃがんでも跳んでも体勢が悪くなる、無理は禁物だ。
バックステップが足りないみたいなので大斧に剣をぶつけて反動で足りない分を後退する。
続けて打ち降しが来たので先程と同様に避けて側面から斬り付ける。
「BUMO! BUMOOOA!」
今度は剣に炎を纏った斬撃だ、ミノタウロスの肉を焼き斬りその腕に大きく傷を付ける。焼き斬った関係上傷口は焼けていて血が出ていないので失血死を待つのは無理そうだが、痛みは相等だろう……激しく暴れるミノタウロスに止めをさすためにフレイムエッジを解除して剣に魔力を込める。
「BUMOOOOOO!」
また横薙ぎが来るか……後ろに下がって、ってなに!
「がっ!」
ミノタウロスが横薙ぎに振るった大斧が怪我の為片手で振るったせいか途中ですっぽ抜けた。完全に避けきったと思っていたせいで回避が間に合わず、もろに大斧の直撃を受けてしまう。
「は……ごほごほ……」
幸い刃の部分だけは当たらずに済んだけど、肋骨を何本かやられたんじゃないかこれ?
普段自分が投擲を使っているから警戒しても良さそうなもんなんだが、これも油断か……。
痛みが有る分意識を手放さないで済む、その痛みを堪え魔法剣を撃つ為に構える、ミノタウロスがこっちに突っ込んで来るが、その勢いも利用させてもらう……構えただけで痛みが走る、やっぱり折れているっぽいけど魔法剣を放つ為に痛みを無視する、何度かやってきた事だ今回もやる。
「バー……ニング、スティンガー……」
突っ込んでくるミノタウロスに向って焔が走り正面から思いっきりぶつかる。
焔と正面衝突したミノタウロスは頭を焼かれ、俺の側に来た頃にはその勢いを無くして倒れ込んだ。
ミノタウロスが消えだしたのを確認した俺はその場に大の字になって倒れ込んだ。
既に不自然な身体の治癒力が働き出している、暫く安静に出来れば骨もくっ付くだろう……。
はぁ、何でこんな人間離れした思考になってるんだろうな……まぁ、今回はこの治癒力のおかげで助かってるんだが。
「ふう、そろそろ行くか……」
どうやらこの辺りの魔物はさっきのサモンブックが召喚していたもののようで俺が治癒に専念している間魔物が襲って来る事は無かった。
軽く身体を動かし痛みが無い事を確認して再び探索を進める、程無くして地下2階への階段を見つけることができた。
地下1階でこの様じゃ地下2階に行っても大丈夫なのかな?
多少の不安を抱きつつ俺は階段を下りていった。