三章6話 新たな冒険者
エバーラルドと造りが一緒じゃないか……。
マギナサフィアの冒険者協会は外観も中の造りもエバーラルドの冒険者協会と殆ど同じだった。
「ってことは、あっちの受付で登録ができるな」
伊勢と美波を伴い受付に向う、空いていた受付を適当に選び、ささっと2人の冒険者登録を済ませてしまおう。
今回担当してくれた受付は男の人……いや、男の子か? ウエーブがかかっているのか、癖の有る桃色の髪、伊勢と良い勝負な身長と肌の白さが少年に更に幼い印象を持たせる。
「いらっしゃいませ、今日はどういったご用件でしょうか?」
今回はエバーラルドの受付の時のように怪しまれたりしなかったな。
まぁ、今回は防具も身に付けて武器もしっかり帯剣しているから普通に冒険者と見られたんだろう。
「こっちの2人の登録を頼む」
「はい、ではお名前をお願いします」
俺は後ろに下がり登録は2人に任せる。
「玲奈……」
「冬子よ」
事前に話をしていたが、2人も俺と同じ様に名前だけで登録するようだ。
「レイナ様にトウコ様ですね、それでは、暫くお待ち下さい……」
そう言ってカウンターの向こうでなんか作業を始める。
この対応はマニュアルでも有るのかな、俺の時と全然変わらないな。
「お待たせしました。こちらがお2人の冒険者証になります」
俺の時と同様に出来上がって来た冒険者証を受け取って注意事項等の説明を受ける。
俺は一度聞いたことなので聞き流してぼ~っと待っていた。
そう言えば2人共、身分証明的な物持って無かったよな……シルバーブルで用意した物が敵国で使えないとは思うけど、冒険者は国に縛られない、だからシルバーブルの冒険者協会で発行した冒険者証でも街の出入時の身分証明には使える、何も持っていないよりはいいと思うんだけど……。
伊勢たちは何も持ってなかったからここに入る際も少し時間が掛かったよな。
俺がエバーラルドに入る時はレーヴェン商会の奥さんが色々手を回してくれたからすんなり入れたんだけどな。
「……どうする高深君」
ん? ぼーっとしている内に説明は終わっているようだけど、今俺は何を聞かれた?
「だから、パーティ登録をするかって聞かれてるんだけど、どうするの?」
パーティ登録か……それで得られる物って冒険者レベルが低くても一番高い者を基準にして依頼が受けられるって事と、遺品を回収された時にパーティを組んでいた者が受け取れるってだけだろ。必要無い気もするんだが……。
「する」
俺が答える前に伊勢が決めてしまった。まぁ、別に登録しても問題無いから構わないが……。
「それでは、冒険者証を貸して下さい」
俺はポーチから冒険者証を取り出して受付の男の子に渡し2人は受け取ったばかりの冒険者証を渡す。
「パーティ名はどうします?」
そんなもん要らん。
「どうでもいいから伊勢たちで決めてくれ」
「はぐれ2-B」
伊勢があっさりと適当に適切な名前を付けた……見事だ。
2年B組のクラスメイトたちから離れている俺らには合っている、それでいて適当だ。
「悪くないな、それでいこう」
美波もそれで問題無いようなので、決まった名前を受付の少年に伝え手続きを行って貰う。
「レイナ様、トウコ様、ソウヤ……様? エバーラルドの冒険者協会で登録されたソウヤ様……ですね」
こいつ今、許可無く冒険者証の情報抜いたよな? じゃなきゃ確信を持って今の台詞は出ない。
「そうだけど、お前……」
今個人情報抜いたよな、職権乱用で訴えるぞ。
「やっぱりそうですか! 妹から話しは聞いてます! こっちでもエバーラルドの冒険者協会から受けていただいたのと同じ依頼をお願いしたいのですが」
急にぐいぐい来たな、妹って誰だ?
「マギナサフィアにも隷属の首輪の被害者は多いんですよ」
あ~はいはい、隷属の首輪ね、なら依頼ってのは被害者の首輪の破壊依頼か……いざって時の金稼ぎ方法と思ってたんだけど、まぁいつやっても良いか。
伊勢たちが魔法剣を使えなかったことから、どうやら俺のやっている破壊方法は簡単にできるものじゃないみたいだしな。
隷属の首輪に関してはさっきも話題に上げたけど過去の異世界人は面倒な物を残してるよな、複製方法が無いらしいから、それが救いって言えば救いなんだろうけど……。
「準備ができたらな」
個人情報を無断で抜かれたのは気に入らないが、隷属の首輪の被害者も気の毒だし報酬も良いので引き受ける旨は伝える。
「今日はどうする、簡単な依頼ならすぐに終わらせられると思うけど……」
これから各自で依頼を受けることもあるだろうから、一応経験者である俺が一緒にいる今の内に簡単な依頼でもこなして感覚を掴むのも悪くない。
「それより、高深君が受けた依頼って何?」
そっちに食いついたか、まぁ、いいけど。
「美波も見ただろ? 俺が剣を壊すところ……あれと同じ事を魔法道具にしてるだけだ。ただ、あれをできる奴が全然居ないみたいなんだよな、でも、それの被害者としては壊して欲しいから俺に仕事が来る、壊す方法を教えてないってだけなんだけど、前に美波たちと験して分かったんだが、どうも簡単にできるような事じゃ無いっぽいからな」
例えやり方を説明しても、他に魔法剣使いが居ないなら俺用の指名依頼になりそうだ。
「それより依頼はどうする?」
結局、パーティ登録を終えた冒険者証を返してもらってから3人で簡単な討伐依頼を受けることになった。討伐依頼を受けるには、登録したばかりの伊勢たちだけだと冒険者LVが足りていないけど、一応討伐依頼を受けるのに必要なLV10に達している俺が一緒なので大丈夫だ。厄介な魔物の討伐依頼を受けるとなると更に必要LVが上がったりするけど、軽く稼ぐ程度ならLV10でも問題無い。
「ブレイドボア討伐と牙剣の収集?」
受付の少年の勧めで受けることとなった依頼はエバーラルドでも俺がよく狩っていた魔物の討伐だ。
牙剣の収集はどうせブレイドボアを倒すんだからついでにってことで加わっている。
初依頼で一気に2つこなす事になるが、伊勢の速さなら牙を傷付けずにブレイドボアを倒すぐらい簡単だろう。
それよりブレイドボアってどこにでも居るな……シルバーブルでも、エバーラルドでも、マギナサフィアでも出てくる、余程一般的な魔物なんだな……。
「俺でも魔法剣無しで怪我せずに倒せる魔物だ、2人なら問題ないだろう」
とは言ってもこれまでの戦闘で美波が戦っているのを見ていないので美波は戦えるのか分からないけど、伊勢の速さがあれば美波が動く前に終わらせる事もできるだろう。なにより俺と合流する前まで2人で無事に旅して来たんだから色々大丈夫な筈だ。
「とりあえず行くか、依頼の期限はまだ先で今日中に終わらせないといけない訳じゃない、だから焦る必要は無いからな」
「ん……」
「りょ~かい」
結果、3人での初依頼は特にこれといった事も起こらず問題無かった。
「蒼也、収集品は牙剣……」
倒したブレイドボアから牙剣を回収する際に、俺がついでに肉も回収しているのに気が付いた伊勢が注意してくるけど、能力値の強化部位であるブレイドボアの肉は普通に美味いので、既に強化が終わっていても回収して食料にしている。
「へぇ、ステータスが強化できるのね」
2人に魔物から得られる能力値強化部位について説明すると感心した様に美波が呟く。
「そうやって高深君は強くなってきたのね」
伊勢と比べるとまだまだなんだけどな。師匠との修行は攻撃を喰らわないことを前提にして回避や受け流す技術を重点的に鍛えられた。だから速さとか反応速度には少し自信が有ったのだけど、伊勢の本気は俺の対応できる範囲を軽く超えるだろう、だから、まだまだなんだ。
それなりに戦えるようになった自覚はあるけど、皆と合流しても足手纏いにならないようにするにはまだ足りない。合流してまだ数日だけど、今、伊勢たちと共に行動するのはまだ早いんじゃないかと考えることがある。
「大丈夫、蒼也、強いから……」
俺の表情から何かを読み取ったのか、伊勢が励ます様な事を言って来る。気を使わせてしまったか。
「まぁな、戦いが能力値だけで決まる訳じゃないって言うのは旅してる中で分かってるつもりだ」
それなりに強い冒険者が盗賊の放った矢でヘッドショット喰らってあっさり死んだりするんだ、この世界の奴らは殆んどの奴が力押しを好むから、能力値の高さに目が行きがちだけど、能力値が高いだけでどうにかなるのは力をぶつけ合う時だけだ。能力値は高いに越した事はない、そこを否定する訳じゃないけどある程度は技術でひっくり返せるものだ。でも伊勢の本気の速さはそんなもの物ともしない感が有るんだよな……。
「にしても、美波の力がどんなものかと思って見せてもらったけど……もう少し加減が効かないのか?」
美波の能力は精霊術、精霊って存在にお願いして力を借りて行使する術って説明は受けたけど威力が半端無い、一発一発が竜豚の炎弾ブレスを軽く越えている為、標的にしたブレイドボアは跡形も残らなかった。
「これでも前よりは調整できるようになったのよ」
レベルアップの影響か、美波の努力の結果か……。この世界にはステータスなんて物が目に見える形で有ってレベルなんてシステムが有るから厄介だよな。本人の努力による成長が分かりにくい。いや、レベルを上げるのも努力か……やることは魔物の虐殺だけど……。
「とりあえず依頼は達成、報酬は山分けでいいな」
今回の報酬は依頼を2つ受けたとは言え簡単なものなので、3人で分ければそれほどいい報酬じゃない、だけど、かかった労力から言ったら十分なものだ。
「とりあえず、2人の冒険者LVを10まで引き上げるのを優先しようか……」
そうすれば俺が居なくても討伐依頼が受けられる、手分けして討伐依頼を受ければすぐに金も貯まってくるだろう。