三章2話 魔法使い
何かが飛んで来る気配が有ったので思わず剣を抜き放ち叩き落してしまった。
「これは、矢か、って事は……」
こんな小さな物の飛んで来る気配を感じて正確に叩き落すとか、俺も人間離れしてきたな……。
矢で狙われるなんて何時振りだ? 確か一番最初に盗賊に狙われた時以来だから……一月ちょい前か。あの時は俺じゃなくて乗合馬車の馬を狙ってたんだよな、俺が狙われた時は先制で剣をぶん投げたから射られる前に仕留められたし……。
今回は見事にヘッドショット狙って来たな、まぁ、失敗に終わったんだけど。
「…………」
お? いつものアホな盗賊と違うな、矢の飛んできた方向に意識を集中させると人の気配は有るが、不用意に出てこない。いつもだったら命が惜しかったら金出せ~って出てくるんだけどな……。
待ってても出て来そうに無いな、それに背後に他の奴の気配がする……。
出て来いと小さく囁いての……
「アイシクルスティンガー!」
矢の飛んできた方に潜んでいる奴の気配の頼りに魔法剣をぶちかます。
距離が有り過ぎたか、当たった感覚は無い。
仕留められなかったか、後ろの奴も弓持ちだと面倒だな……。
よし、逃げよう。そうと決まれば即実行に移す、盗賊の気配の無い方へいきなり走り出した。
いきなりぶっ放していきなり逃げる、不意は突けたと思うんだが……きっちり付いて来るな、けど前後に居た盗賊の気配が全部後ろに固まった。
それにしても未だに敵の気配しか感じ取れない、姿が全く見えないって厄介だな。
これ、盗賊の強さが一気に上がってないか? 今まで会った盗賊ってぶっちゃけアホの集団だし……。
このまま逃げてもいいけど、さっきから背後から妙な言葉が聞こえてくる……まるでリミュールが魔法を使った時の詠唱のような……。
「火球!」
うお! 魔法だ、声のした方向を見ると野球ボールぐらいの火球が3つ飛んで来ていた。
これなら矢を撃った方が早くないか? 飛んで来る速度も矢より少し遅い気がする、3つ飛んで来るのが脅威って言えば脅威か?
でも、多分問題無い。
「アイスエッジ」
迫り来る火球を剣で斬り払う、普通だったら無理だろうけど、込め直した魔力で剣に魔力でできた氷刃を纏わせている。
魔法の火球に魔法の氷刃をぶつける、威力さえ上回っていればこれで火球は打ち消せる。威力が有り過ぎる竜豚の吐く炎弾には使えなかった方法だ。
しかし……盗賊の中に魔法使いが居るのか?
「残念だが、詠唱の声と飛んで来た魔法で位置は割れたぞ……」
まぁ、面倒なんで逃げるんだけどな!
再び盗賊共が潜んでいる気配の有る場所に背を向け走り出した。
姿を見せるない、つまり隠れる事に労力を使ってるって事だ。そんな相手なら思いっきり走れば逃げられるだろう……。
「あっ!」
転んだ……。
滅茶苦茶恥かしい! くそ! 今まで森で魔物を狩ってた時に躓いたりする事すらなかったから油断してた! 新調した防具に慣れていないことも要因のひとつだな……。
「火球!」
急いで体勢を立て直す中、また、火の魔法を放ってくる来る。
飛んで来た火球は、魔法剣が準備できていなかったので師匠からもらったグローブで叩き落した。けど……もう逃げないで倒す方が楽そうだな。
「サークルスラッシュ」
剣に魔力が込められた事を確認し即、振り返り敵に向かって魔法剣を放つ。魔力の刃で剣の延長上の周囲も切り裂く、つまり、半径5メートル周囲の木を斬り倒した。相手が火の魔法を使ってくるなら周囲の木に配慮してても不利なだけだ、遠慮無く斬り倒す。
「意外と近くに居たな……」
左前方に弓を持った奴が木と一緒に斬り倒されて沈んでいる。右前方にローブを羽織った奴がしゃがみこんで倒れてくる木に耐えている。俺の魔法剣をしゃがんで避けたのはいいが、木も避けろと言いたい。
他にも盗賊って感じの格好の奴が周囲に倒れてるな……魔法使いと弓持ち以外の奴か?
結局今の一発で残ったのはローブの奴だけか……ホント、戦った方が早かったな。
「はは、かくれんぼはお終いだな……」
剣を突きつけられた状態でローブの奴は俺を睨みつけてくる。
だが俺に問答する気は無い、剣を喉に突き刺しそのまま横に斬り抜く。
血が……いや、そんな事はどうでもいいか。
事切れた盗賊たちから武器を拝借する……投擲用の武器が補充できたな、弓は……一応持って行くか。
「これは……てめぇが殺ったのか?」
ん? 戦果をポーチにしまっていると声をかけられた。しかし周囲を見回しても生きている人間は見当たらない……空耳、じゃないよな。だったら、クラスメイトの何人かが持ってる隠密スキルみたいなものか……或いはそう言う魔法が有るのか。
「盗賊を撃退して何が悪いんだ?」
「そうか、こいつ等を殺ったのが判ったらもういい、死ね」
姿を隠しているくせに喋り過ぎだ。ここは無言で事を成すべきだったな。
殺気も消せていない、背後から迫るそれを大きな動きで回避しようとしたが、浅く腕を傷付けられる、しかし軽い傷は気にせず間髪入れずに師匠に貰ったグローブを填めた左手で相手が居るであろう位置に裏拳を叩き込む。
ガードはされたが空間が揺らぎ相手の姿を露にする。このグローブで正体が見えるようになったって事はミラージュソードのような魔法で姿を消していたか……自分が使ってる時は便利だったけど相手に使われると厄介なものだ……。師匠に貰った魔法を弾くグローブが無かったらずっと見えない相手と戦うことになっていた。
「そんな魔法が使えるなら、盗賊なんてやらずに生きていけるだろうが……」
この世界じゃ無理なのか? まぁ俺の居た世界だったとしても、こんなことできる奴なんて居なかったから分からないな。 俺がミラージュソードを使えるようになった時も思っていたけど、この世界の魔法は何処まで可能なんだろうな?
俺の魔法剣は何処までできるかは武器に依存するうえに攻撃寄りの効果だけど……火球を生み出して飛ばす攻撃魔法に今の隠密、リミュールが使っていた回復魔法や変装もあったな……ホント、何処までできるんだ?
「チッ……」
攻撃を防がれ裏拳とは言え反撃までされ舌打ちした相手は、魔法の効果が切れている事に気が付かずに無造作に俺の背後に回りこもうとする。
だから、擦れ違い様に斬りつけてやった。
「ガ! 馬鹿な!」
最後の言葉がそれでいいのか? まぁ、言ったところで誰にも伝わらないが……。
魔法を過信し過ぎたってところか、俺も気をつけよう。
「魔法使いとも戦えるみたいだな……魔法剣と師匠に貰ったグローブのおかげか」
何はともあれこれから魔法国なんてトコに行くんだ、魔法使いと問題無く戦えることが分かって少しは安心できたか、まぁ、盗賊の魔法使いなんて大したこと無いと思うんだけど経験は自信になる。
過信して今日みたいに醜態を晒すのも御免だ……新調した防具に慣れるまで無理せず街道を進むか。また大事な時にこけて恥をかくのも嫌だしな。
あれ? 急に地面が迫って来て、気が付けば体を地面に打ち付けていた。またこけた?
起き上がろうとするが身体が動かない……これは、もしかして毒か?
姿を見せずに奇襲し魔法も操り毒も使う、盗賊にしては厄介すぎるだろう……使える手段は何でも使って生存率を上げるのは間違ってないけど、やっぱり俺は油断し過ぎだ、もっと慎重になるべきだった。
シルバーブルの城を出た後だったらの方がまだ慎重に行動していたんじゃないか? ある程度戦えるようになってから調子に乗りすぎだ、もう師匠は一緒にいないんだぞ……。
やっぱり身体が動かない、どうする? 盗賊共の血に釣られて魔物が寄ってきたら俺になす術は無い、盗賊の死体共々魔物の腹の中だ。
この毒が唯の麻痺毒ならいつかは効果が薄れていくと思うけど、このままじわじわしに近付いていく物なら早急に対処しないと……毒消しの類はポーチの中に有るが、身体が動かない以上使うこともままならない、ホントどうしようかね……。
落ち着いている場合じゃないのは分かるんだけど、打つ手が無いんだよなぁ、一人旅って気楽だけどこういう時に致命的だよなぁ。
とりあえず、致死に到る毒でないことを願って、身体が動くようになるまで魔物に見付からないように祈るしかないか……。