間章二章3話 分岐点(田嶋颯太)
高深を送り出してから一ヶ月ちょいか……俺たちの訓練は完全に魔物討伐に切り替わっている。
戦闘組の奴らはレベルが上がって調子に乗り出している連中も居るようだ。俺と伊勢と美波の3人で帰還方法の捜索組の奴らも地味にレベルを上げているため、ステータス的には捜索組と戦闘組の違いは有れど致命的な差にはなっていないと思う。その証拠に捜索組の奴らが戦闘組の奴に無理矢理どうこうされたと言う事案は出ていない。まぁ、そんな度胸のある奴が居ないだけかもしれないが……。
豚王が色々と勇者に依頼を出しているようだが、大抵は相田たちが何とかしてくれる。白山たちは相変わらずだが、最近江ノ塚の危機察知が凄い事になってきていて白山たちに虐められる機会が減っている。その分白山たちは堪った鬱憤を街の歓楽街的な場所で発散しているようだけど、お前ら高校生だという事を自覚しろ、しかも彼女居るんじゃなかったか? この世界の感染症の類を警戒してそういう事は止めておいた方がいいと思うんだが……まぁ、あいつらの勝手か、どうなっても俺は知らん。
他にも異世界に来た不安で引き篭もってしまった奴を朝霧が復帰させたり、捜索組の一部が本格的にこの世界の文字を学びだしたり、訳の分からんタイミングで相田が覚醒して強くなったり色々有ったが、概ね順調と言っても良いだろう。
「田嶋君、ちょっといい?」
今日は珍しく相田以外の勇者も豚王に呼び出された。
全員が一斉に会いに行っても鬱陶しいだけなので、俺たちで分かれたチームの代表が時間になったら集まる事になっている。その集まる時間までの間を自室とは別に捜索組に与えられた広めの部屋で、次は誰のレベリングをしたらいいだろうかと思考していると美波が声をかけてきた。
「良いけど、長くなりそうなら王の話が終わってから聞くぞ」
「いえ、ぶt……王の所に集まる前に聞いて欲しいことよ」
急を要する? それとも豚王に何か伝えたい事があるか?
「わかった、場所はここでいいのか?」
「移動しましょう、精霊の話をするから……」
場所を移動して話さなきゃならない精霊の話……俺たちが召喚された場所を調べて分かった、勇者の力の代償になっているのが精霊の命ってことか、あの時黙って居ようって言ってたからその事だろうな。
スキルまで使って人気の無い場所に身を隠す、音も遮断して、もし人が近くに来ても俺たちの話は聞こえないようにする。
「魔物の大量発生の原因、分かったわ」
あれ? 精霊の話じゃなかったのか?
「前に、精霊が大量に死んだ影響がどう出るか分からないって話したでしょう?」
「ああ、その影響が魔物の大量発生か」
「世界のバランスを保つ要素の1つが精霊なの……このままこの国の精霊が減ったままだとその辺の管理が上手くいかなくて魔物の大量発生が止まらないわ」
「皆のレベルを上げるには良いんだろうけど……ずっとこのままだと面倒だな。
何か対策は有るのか?」
経験値が大量に稼げるのは良いが、魔物が多すぎるとその対応にばかり人員を割かないといけない。これから先、豚王も俺たちを戦場に投入する腹積もりで居るだろう、その時、大量発生した魔物退治もしなければならないとなると、戦力の分散は避けられない、なら今の内に魔物の方を片付けておけばいい。
「本来なら少しずつ他の精霊が多い所から移動して来て空いた分を埋めようとするんだけど、今この国には召喚された勇者が居るから……新しく精霊が集まって来ないの、そうなると今残っている精霊が成長して殖えるのを待つしかなくなるんだけど……」
「それだと、時間がかかるのか……他の所から精霊が集まって来ないのは俺たちが精霊を殺して得た力を振るっているからってところか……」
まぁそれ以外思いつかないよな……。
「成長に時間がかかるのも精霊が集まってこない訳も正解よ」
じゃあどうすればいいんだよ、精霊の代わりを探すのか? 今から? それだって代わりになるものを知らべたりで時間がかかりそうだ。
「大丈夫よ、私が他の国に居る精霊と交渉すればどうにかなる筈だから」
美波曰く、勇者の中にも精霊に嫌われていない者も居る、称号が精霊術士である美波がそれだ、おそらくこの辺りの精霊を纏める役割を持った精霊が美波の力の元になっているのだろうということだ。
だから言い方を変えればその精霊の力を受け継いだ美波なら精霊と交渉が可能、という事らしい。
「世界のバランスを保つ要素が欠けている状態は精霊にとっても都合が悪いからきちんと交渉すれば何とかなると思うわ」
「その為には、美波が他国へ行かなきゃならないって訳か?」
「ええ」
他国へ行く許可をこれからぶんどって来いと言いたいんだな。高深以外が無断で国の監視下を抜けると、追っ手とか差し向けられそうで面倒だからな。
まぁ魔物の大量発生が無くなるのは国にとっても有益だろう、豚王も許可を出さないなんて馬鹿な真似はしないだろうが、問題は人員だな。
美波1人で行かせるなんて論外だ、かと言って豚王もそろそろ俺たちを戦場に投入したいだろうから多くの人員は割いてこないだろう、下手に白山や寺坂辺りの奴やこの国の騎士団長なんかをつけられると美波が心配になる。なら、こっちで予め美波と一緒に行くメンバーを決めておかないと……。
とは言え、俺が信用して動かせる奴ってそんなに居ないんだよな。
朝霧は引き篭もったやつ等のケアとかで忙しいから無理だろ、そもそもあいつも攻撃力に不安がある、避けるのは妙に上手いんだけどな、あいつの占いは未来予知か? 捜索組の奴らは論外だ、身を守るためのレベル上げはやっているが多分美波の方が強い。美波も探索組だった筈なんだけどな、レベル上げにずっと付き合せていたから俺らと同じぐらいのレベルに上がっている。となるとそんな美波の護衛ができる奴なんて伊勢ぐらいしか居ない。伊勢なら俺たちとずっと一緒にレベルを上げていたから美波にも劣らない。
逆に伊勢以外を付けると不安になる、それでも女の子だけになるから不安って言えば不安なんだけど、いつの間にか捜索組の纏め役みたいになっちまってるから俺が行く訳にもいかないんだよなぁ……
「とりあえず伊勢に話してから、王に了承させる。精霊の居る場所の当ては有るのか?」
「お願いね、精霊の居場所は大丈夫よ、力の弱い精霊なら何処にでも居るから、その子たちに聞いて強い力を持った精霊を捜すわ」
大丈夫そうだな、なら後は豚王を説得するだけだな。おっと、その前に伊勢にも話さないとな。
「ん、それが必要なら、いいよ」
俺も伊勢が断って来るとは思ってなかったけど、あっさり過ぎるぐらいあっさり了承したな。話が早くて助かるが……。
これで後は豚王に上手く言って許可を貰うだけだ。
指定された集合時間が来る。
正直あの豚は見るのも不快なんだが、精霊の件も有るし、俺の居ない所で相田以外の奴に無茶を要求されても困るので時間通りに謁見の間に向った。
「良く来た勇者たちよ! お前たちの活躍は聞き及んでいるぞ、改めて礼を言おう」
相変わらずというかむしろ更に脂肪が増したんじゃないかという豚王が偉そうに俺たちを出迎える。俺たちよりも先にここに来ていたことだけは評価してやろう、呼び出しておいて俺たちを待たせるとかしたら更に不快になって何するか分からなかったぞ。
「我が国に大量発生した魔物の討伐、ご苦労であった」
今ここに集まっている勇者は俺たちで分かれた各チームの代表だ、それに加えて飯本も何故か個人的に呼ばれているみたいだけど……豚王、飯本に手を出す気か? 勇者の中では飛び抜けて美少女だが、相田にぞっこんのDQN寄りの女だぞ。豚王、悪い事は言わない、下手に手を出したら相田を敵に回すだけじゃなく速攻で殺されるぞ、もっと冷静に考えろ。
「それとは別件で勇者殿たちには頼みたいことが有るのだ」
いよいよ魔王軍との戦場に立てって事か?
その前にこっちの話をしてしまおう。
「悪りぃ、その前にちょっと良いか?」
基本は相田が受け答えをするのだが、今回は精霊の件も有り俺の方から口を出す。
「なんだ? 言うてみよ」
あの形で偉そうな豚王がウザイが我慢だ。
「捜索組の1人が魔物の大量発生の原因を突き止めた。その原因をどうにかしない限りまた近い内に魔物の大量発生が起こるだろう。問題解決の為に捜索組から2人、伊勢と美波が行動に移る許可を貰いたい」
「な! 女の子2人だけでなんて危険だよ!」
うん、尤もだが、とりあえず相田は黙っとけ、伊勢ならお前みたいにステータス頼りの力押しじゃないから戦闘能力に関しては申し分ない、美波も勇者の中では優秀な方だぞ、下手に護衛をつけるよりもあの2人で行動する方が安全だ。
「ふむ、具体的な魔物の大量発生の原因はなんなのだ?」
「何故かこの国に居る精霊の数が激減している、そのせいで世界のバランスが崩れてしまってるんだ、解決策としては時間が経てば精霊は元に戻るだろうけど時間がかかりすぎる、だから他の国の精霊にこっちに移って貰うように頼みに行く。交渉に向う人員は精霊と交渉しないといけない関係で精霊術士の美波は必須、護衛に勇者を大量に使うのも嫌だろ? だから十分実力のある伊勢1人に護衛は任せて最低限の人材2人だ。あ、国からの護衛はいらねぇからな、こっちはそこそこレベルの上がった勇者2人だ、この2人を守れる兵士が居るなら戦線に回せ……」
相田にあれこれ言われるのも面倒なので、一気に喋ってしまう。
「ほぅほぅ、他の国から精霊を連れて来るか……」
あ~豚王の中では精霊を奪って来るって変換されてそうだな。まぁ別に問題無いから黙っていよう。
「よかろう、その2人に他国潜入し精霊と交渉してくる事を許可しよう」
「ありがとうございます」
よし、俺の仕事終わり。俺が一気に説明した事をまだ理解中なのか、理解した上で納得したのか相田からの反論も無い。
「魔物の大量発生に付いてはその2人の勇者に任せよう、それで、先も話した他の勇者殿たちには頼みたいことなのだが……」
どうやら本格的に魔王軍との戦場に投入される時が来たようだ。
戦闘組の奴がそれぞれに分かれた班で行くことになるのだろう、その方が連携なんかは取り易い。
俺の方は伊勢も美波も抜けるから固定メンバーが俺だけになるんだよな、まぁ暗殺者なんて1人の方が動きやすいけど……。
「問題は魔王軍と戦っている間に3方から攻めてくるエバーラルド、マギナサフィア、セントコーラルだ……」
四方を敵国に囲まれた上で国内にも魔物の大量発生の問題を抱えている、勇者が居なきゃ詰んでる状態だよな。魔王軍以外の国との戦争は今までこっそり調べた感じだと豚王の自業自得っぽいし……。
「勇者殿たちが魔王軍を押さえてくれるなら、今まで魔王軍との戦いに割いていた兵力を他に回せる、竜騎士の居ないエバーラルドならその兵力で拮抗状態にまでは持っていけるだろう、護りに優れ攻撃に劣るセントコーラルの兵も同様だ、しかし、マギナサフィアの魔法兵器だけは違う……」
魔法道具の研究や生産が盛んな魔法国マギナサフィア、当然のように魔法道具を兵器化した魔法兵器も研究、開発されている。
「あれにはいくら人員を配した所で的になるだけだ、そこで、結界術士であるリン殿に頼みたい。
マギナサフィアとの戦線に赴きその能力で砦を守ってほしい」
豚王も一応俺たちに人と戦わせないように気を使っているって体裁を保とうとしているようだな、魔王軍は魔物と獣人だし、飯本にも要求したのは結界で砦を守る事……。
でも、相田は当然魔王軍との戦いに駆り出されることになるだろう、そんな中で飯本だけが別方向であるマギナサフィアとの戦線に向うか? 無理だろ……。
「飯本さん、お願いできないかな」
どう断ろうかと悩んでいる飯本をどう勘違いしたのか相田が説得に回った。これならもしかしたら飯本も引き受けるかもしれない。
「俺たちと一緒に魔王軍との戦場に出るより、結界能力で砦を守るだけの方がきっと安全だよ」
飯本の結界は強固だからな、相田の聖剣による斬撃にも耐えるぐらいだ、あの光の斬撃には耐え切れなかったけど……多分飯本が本気ならそれにも耐え切っただろう。
「どうか俺たちが帰って来る場所を守ってほしい……」
じっと飯本を見詰めて説得を続ける、音声無しだと口説いてる様にしか見えないな。
「も、もう、しょうがないわね、引き受けてあげるわ!」
おお、飯本が折れた、まぁ予想できた結果だけど……飯本が相田と離れることを嫌って引き受けない可能性も有ったからな……でもそれだと相田からの評価が下がるか、なら健気に相田の帰る場所を守って待っている女を演じた方が有効か……。
「じゃぁ護衛は俺が!」
「馬鹿、相田は最前線確定だ。前の魔物討伐以降、訳の分からんタイミングで覚醒しまくってどんどん強くなってるお前が前線に行かないで、誰が戦闘組の奴らを守るんだよ」
「田嶋君、その言い方なんかおかしくない?」
知るか、お前の能力はなんかおかしいんだよ、だからおかしな説明にもなる。なんだよ、頭の中に聞こえる女の子の声に従って力を使ったら強くなれたって……どんだけテンプレ踏んでるんだ?
「飯本の護衛は……うわ、下手に男の護衛付けるとトラブルになる未来しか想像できねぇ」
「要らないわ、誰も私に指1本触れさせないから……」
そりゃ頼もしい事で……まぁ、飯本の能力なら冗談抜きで可能だから大丈夫だろう。
こうして、戦闘組は魔王軍との前線へ、伊勢と美波は他の国へ精霊と交渉へ、飯本はマギナサフィアとの戦線砦へ向う事になった。
さて、俺はどうするかねぇ……伊勢と美波が抜けて1人になったから動き易いって言えば動き易いんだけど、色々できる分大変だ。捜索組の方もちょっかい出されないように守らないとだから忙しくなりそうだな……。