第三十四話
「普通の男子高校生が男からのプロポーズを喜んで受けるわけがないだろう」
香月さんが呆れたように言った。
「花嫁候補の中に男の子が混じってるなんて、何かの手違いだろうと思ったさ。
最初は彼の反応が面白くて、冗談半分だったんだ。
なのに、気がついたら彼を脅す言葉を口にしていた。
自分でもバカなことをしたと思ってるよ」
紳一郎さんは額に手を当てひとつ溜息をつくと、僕の方を見た。
「望君。
申し訳ないことをした。
謝って済む事じゃないかもしれないが、後悔しているよ。
あんな卑怯な手段で、君を手に入れようとするなんて、最低の男だな、俺は」
紳一郎さん、顔色が悪い。
海外出張で疲れて帰って来たばかりなのに、
僕達に赤ちゃんのこと誤解されて、
それから、結婚のことで責められて、
ついでにおばあちゃんにも怒られちゃって。
なんだか……。
「紳一郎さん、あの」
「そんな目で見ないでくれ」
紳一郎さんは僕の言葉を遮るようにして顔をそむけた。
「え?あの、僕」
紳一郎さんはいきなりソファから立ち上がった。
「悪いが、少し休ませてもらうよ。
昨日から寝てなくてね。冷静に話せそうにないんだ。
おばあさん、申し訳ありませんが、失礼させてもらいます。
晶子君、部屋は用意するように言っておくから」
紳一郎さんは一気にそれだけ言って一礼すると
秘書のひとと一緒に部屋から出て行ってしまった。
ど、どうしよう。
追いかけて、離婚したくないって言わなくっちゃ。
脅されたことも、もう気にしてないって。
「リュウ、誰が器用な男だって?」
アンリさんが可笑しそうに言った。
香月さんも口に拳をあてて笑いをこらえている。
「撤回するよ。
ね、望君。さっき、君泣いてたよね。
あんまり泣き顔が可愛らしいから、抱きしめたくなって困ったよ」
「はあ?」
また変なこと言い出したよ、このひとは……。
今、そんな場合じゃないのに!
「どうして泣いちゃったの?」
「え……」
「私のこと紳一郎さんの愛人だと思ったんでしょう?」
晶子さんが優しい声で言った。
「紳一郎さんに愛人がいたことが許せなかったのよね。
それで、離婚したいなんて言ったんでしょう?」
僕は戸惑いながらも頷いた。
「でも、もう誤解は解けたから、問題はないわよね?」
晶子さんはそう言ってにっこり笑った。
おばあちゃんや他のひと達も笑っている。
……ここにいるひと達には、僕の気持ちは何故かバレバレらしい。
「…はい。
僕、紳一郎さんと話してきます」
紳一郎さんを疑ったこと、もう許してくれないかもしれない。
とても怖い顔してたもんね。
やっぱり離婚することになるのかもしれないけど……。
でも、
紳一郎さんに僕の気持ちを何も告げないままこの家を出て行くなんて
絶対後悔することになるよね。
勇気を出さなくっちゃ!
僕はソファから立ち上がりドアに向かおうとした。
「ノゾミ!忘れ物だよ」
「え?」
アンリさんの声に振り返ると、何かが僕に向かって飛んできた。
慌ててそれをキャッチする。
これって……。
「せっかく用意したんだから無駄にしないで欲しいな」
アンリさんはそう言って僕にウインクをした。