第31話 二宮さんにキスマークつけられてる――。
「なんか今日、二宮さん下手じゃない?」
私の隣に座るゆったりした女の子は、何度もケアレスミスをしていた。
いつもなら勝つのなんて一回あるかどうかなのに、すでに二連勝している。
二宮さんはコントローラーの不調だと言っているけど、それはどうなんだろう。
ずっとしているのに慣れない落ちものパズルはいつもより少し楽しかった。
ゲームに勝てたってこともあるし、二宮さんと一緒だという実感があるから。
私たちは今日、ちゃんと仲直りをした。
元はと言えば花火大会の日、私が二宮さんを襲ってしまったのがよくなかった。
二宮さんはリビングで「一緒に寝るだけなんだよね?」って確認してきたのに。
それは間違いなく、私とセックスするつもりはないという意思表示だった。
それなのに私は我慢することができなかった。
私はその質問を適当にはぐらかして、二宮さんをベッドに連れて行った。
そして私たちは、肉体関係を結んでしまったのだ。
翌朝の二宮さんの空気は完全に凍っていた。
本人は否定していたけど、その表情や指先は私への拒絶をはっきり示していた。
彼女を見た途端、身体の力が一気に抜けた。
そしてすぐ、後悔の念が胸を締め付けてきた。
私は二宮さんに取返しのつかないことをしてしまったんだ。
あんなことをした私に、この子と一緒にいる資格なんてない。
そう思って私は、二宮さんから距離をとった。
はっきり言って、もう二宮さんと一緒にいられないと思っていた。
私たちの関係は、あの日を境に自然消滅してしまうんだろうなって。
本当に辛いけど、私のしたことはそれくらい大きなことだったから。
夏休みが終わるまで、私はずっと夜中に泣いていた。
後悔の念と寂しさ、そして二宮さんに対する恋しさでどうにかなりそうだった。
でも私が苦しむこと自体が罰だから、耐えないといけない。
そう思って、私しかいない部屋で嗚咽をひとり我慢していた。
「……二宮さんの親ってさ、今日はいつ帰ってくるの?」
ゲームをしながら、さりげなく尋ねる。
「あと一時間は帰ってこないかもね」
「ふーん」
二宮さんの言葉に、私は曖昧な相槌を打った。
私は彼女の家に来たとき、よくこの質問をする。
二宮さんには、いつまでいても良いかという質問に聞こえるだろう。
でも私にとっては別の意味が込められていた。
二宮さんの親、ちゃんといつ帰ってくるかわかってるだねって。
家に帰っても誰もいない私にとって、それが本当に羨ましかった。
――私の親は、子どもの私よりも仕事が好きになったらしい。
小学生の低学年まで、私の両親は普通だったと思う。
でも小学生五年生になった頃だったかな。
両親ともに仕事の都合と言って家を空けるようになった。そしてその頻度が増えていって、月に一度しか家に帰ってこなくなった。
私のいないときに帰ってきているらしく、テーブルにお金だけがポンと置かれている。書き置きひとつない茶封筒にお金だけ入ってて、私のことを気にする言葉は一文字もない。だから金銭的には苦労していないけれど、精神的にはかなり苦しかった。
地元の高校に進学したのだって、友だちがたくさんいたからだった。
だって、知らない場所で友だちができないと寂しくて苦しいから。
家でも学校でも孤独というのは、私には絶対耐えられない。
結果から言えば、その心配は杞憂だった。
高校に入ると、別の中学からの友だちもできたから。
なら別の高校に進学してもよかったかもだけれど、それはもう後の祭り。
そんな感じで、私は強い不安感を抱えず高校生活を過ごすことができた。
だからと言って、根本的な不安感が消えたわけではなかったのだけれど。
「あーまたミスった……」
隣から何やら悲しそうな声が聞こえる。
画面を見てみると、彼女の操作するキャラクターがばたんきゅーしていた。
ゲーム開始から数十分経っているはずなのに、二宮さんは本調子ではなさそう。
だから私はいつも通り連鎖をつなげて、コンピューターに勝つことができた。
「ねぇ、今日は私が勝っちゃってるけど大丈夫?」
「……大丈夫じゃないかも」
おかしいなぁ、と二宮さんは頭に触れる。
そして一呼吸おいてから、ぼそっと口を開いた。
「……大丈夫じゃないから、慰めて」
「……っ」
心臓がどくんと大きく揺れた。
そんなこと、前までなら絶対言わなかったのに。
私は遠慮せずに彼女の胸に飛び込んだ。
むぎゅ、と彼女の胸にぶつかって、柔らかく弾かれた。
二宮さんの温かな匂いが、鼻をくすぐる。
この匂いがとても好きで、ずっと嗅いでいたいと思っているのは秘密だ。
――最初は、二宮さんじゃないとダメだというわけでもなかったんだけどなぁ。
そんなことを、ふと思った。
私の不安を埋めてくれる人であれば誰でもよかった。
家族との繋がりが途切れた私を、優しく包み込んでくれるような人であれば。
私が欲しいのは身体的で直接的な人との繋がり。
家族の強い関係性に変わるようなものだった。
そんな中で、二宮さんがちょうどいい女の子だった。
一年生の頃から同じクラスで、大人しくて穏やかな性格から私のことを受け入れてくれそうだなって思ったから、声をかけたのだった。
でも私は自分が思ってた以上に強欲だった。
触れ合いが日常になるにつれて、もっと深く繋がりたいと思ってしまったのだ。
二宮さんが家族の代替であれば、キスやセックスなんてするべきじゃない。
そんなことわかってる。
わかってたはずなのに――。
「――ねぇ、二宮さん」
ハグをしながら名前を呼ぶと、私の髪を梳く手が止まった。
胸元から顔を見上げると、穏やかな表情の二宮さんが私を見ている。
「二宮さんが嫌じゃなかったらでいいんだけどさ……」
「うん」
「私に……その、キスマークつけてくれない?」
「……へ?」
私がお願いすると、二宮さんは虚を突かれたような表情になった。
できるんだったら二宮さんに身体に跡をつけられたい。
この子に私の身体を独占してほしい。
ずっと一緒にいるという証を、身体に刻み付けてほしい。
そんなドロドロな私の気持ちを、少しだけ出してみることにした。
だって二宮さんは私と一緒にいてくれるって言ってくれたから。
その約束ができたことで、脆くて寂しがり屋な自分を見せる勇気が出せた。
「私、つけかたわからないよ?」
「唇をつけて強く吸ったらできると思う」
できれば目に見えるところだといいな。
私の身体は二宮さんと一緒に共有してるって周りからわかるし。
私は制服のボタンを三個外して、胸元をはだけさせる。
そこまで外すとブラまで見えちゃってちょっとだけ恥ずかしい。
「ここらへんにつけてくれたら嬉しいんだけど、どうかな……?」
そういって私は胸の上あたりを指さす。
すぐに胸を見られている感覚が生まれて、身体が熱くなった。
……だって仕方がないじゃん。
私、二宮さんのこと大好きなんだから。
好きな人に見られて身体が火照るのは普通のことでしょ。
「上手くできるかわかんないよ……?」
「全然大丈夫。とりあえずやってみて」
それなら、と二宮さんはおずおずと唇を近づけた。
ぴとっとくっついた感触は少しくすぐったい。
でもすぐに強く吸われる感覚が生まれて、ピリピリとした。
いま私、二宮さんにキスマークつけられてる――。
その事実だけで、私の気分は高まった。
そして頭の中がとろとろと蕩ける感覚がやってくる。
下腹部もぽかぽかしてくるけど、我慢しないと。
今はそういうことする時間じゃないもんね。
「……こんな感じでどうかな」
二宮さんが唇を離して、口元を拭う。
私の胸元には、ほんの少しだけ赤い唇の跡が浮かんだ。
強く吸ってって言ったけど、まだもうちょっと弱かったかな。
不格好なキスマークを撫でると、とろっとした唾液が指先に吸いついた。
「ありがとー!」
めっちゃ嬉しい、と笑みを見せて二宮さんをぎゅっと抱きしめた。
二宮さんは不思議そうな表情しつつも、私のことを受け入れてくれた。
顔を上に上げると、二宮さんと目が合う。
そして私たちは、何も言わずに唇を重ねた。
ちゅっ、と軽やかなリップ音が部屋の空気に溶け込む。
軽いキスを何度かしてから、舌を中に入れ込んで二宮さんと深く交わった。
舌が絡みつくと淫らな水音は、私の心を大きく揺らす。
――ほんとにありがとう、二宮さん。
こんな私のことを特別に想ってくれて。
最初は不純な気持ちで近づいた私を許してくれて。
ずっと一緒にいてくれるって約束をしてくれてありがとう。
でも私、ちゃんとわかってるよ。
ほんとにずっと一緒にいられるなんてわからないってこと。
私が今日の帰りに事故に遭う可能性だってある。
二宮さんの家族の事情で離ればなれになる可能性だってある。
そんなことわかってる。永遠なんてないって。
それでも今は一緒にいてよ。
私と、もっともっと深くまで繋がって――。
そんな気持ちを二宮さんにぶつけることが正しいことなのかわからない。
でも、それが私の本心だった。
歪で綺麗じゃない私の本当の気持ち――。
じめじめした気持ちを唇に含ませ、私たちは満足するまでお互いに絡みついた。
お互いの気持ちを確かめ合える、本当に幸せな時間になった。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました!
本作については、いったん完結とさせていただきます!
レビュー等々いただけますと大変励みになります!
詳しい話は近況ノートをご覧ください!
次作も公開済みですので、そちらもどうぞ!
それではまたどこかでお会いできることを楽しみにしています!




