表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

2話 騎士と魔物

 部屋に足を踏み込んだマックスの目に飛び込んできたのは異様に大きなベッドだった。大人五人が横になれるくらいの大きさがあるベッドだ。その端っこのほうに一人の女性が座って本を読んでいた。その姿をみてマックスは息をのんだ。



 窓から差し込む陽光に照らされた彼女はまるで神話の世界から飛び出してきたかのような美しさだった。この国ではほとんど見られない純白の髪が腰のベッドに届くまで伸びている。同じく純白のまつ毛に覆われた儚げな碧の瞳が小さな本に向けられている。手は細く、触ったら壊れてしまいそうな精密なガラス細工のようだ。下半身は布団の中に埋もれ見えないが異様に膨らみが小さい。足が不自由なのかもしれない。召し物は粗末な病衣を着ていたがそれがかえって彼女本来の美しさを際立たせていた。



 ふと本から顔をあげた彼女はマックスの存在に気付いた。パタンと本を閉じた彼女はマックスに柔らかなほほえみを向けた。


「お初にお目にかかります。レイディアス・ヘイスティングと申します。寝台の上からで申し訳ございません」


 まるで竪琴の音色のような声で彼女があいさつした。マックスは慌てて挨拶した。


「お気になさらず。私はマクシミリアン・アルドリッジと申します。本日はよろしくお願いいたします。レイディアス様」


「レディアで構いませんよ。かしこまることはありません」


「ではこちらもマックスとお呼びください。」


 レディアはあたりをきょろきょろと見まわすと


「どこかにお掛けになってもらおうと思ったのですが椅子がありませんね……」


「お気になさらず」


 確かにこの部屋には椅子はおろか、家具一つない。壁面にはずらりと本棚が並んでいるがそれだけだ。まるで図書室に巨大な寝台を置いたかのような配置だった。


「そういうわけにはいきません。そうですね……」


 レディアは両手をベッドについて自分の体をずらし、空いたスペースを指し示した。


「こちらにお掛けください」


「それは流石に不味いでしょう。初対面の婦女の寝台に上がるのは騎士として正しい行いではありません」


 マックスが断った理由はそれだけではなかった。この屋敷に入った時から感じていた嫌な予感がこの部屋に入った時から危険信号を発していたのだ。魔物の巣に足を踏み入れてしまった時のような言葉では言い表せない感覚。そんな危険な感覚を抱えた状態で相手のテリトリーに入ることが嫌だった。


「そ、そんなつもりではなくてですね。す、すみません、はしたない提案をしてしまって」


 レディアが頬を赤らめて慌てる。少女的な自然なしぐさにマックスはドキリとした。しかしそれでも警戒は揺らがなかった。見た目が美しいものほど危険だ。マックスが左目を失う原因になった蜘蛛女もぞっとするほど美しかった。


「でも、立たせたままお話するのは心苦しいです。これほど広いのですし、お掛けになってください……マックス様は騎士であらせられるようですし、まさか不埒な行動に及んだりはしないでしょう?」


 レディアは上目づかいでマックスを見つめた。女性にここまで言わせて断るには相応の理由が必要だろう。


「そうですね……失礼します」


 分厚いマットレスの上に乗る。長時間過ごすための工夫なのか、沈み込むような感触がした。マックスが不思議そうにマットレスをなでると、レディアの口角が上がった。それは先程の少女的な笑みではなく不敵な笑みだった。




※ ※ ※ ※ ※




 レディアは今まで一度も森の外に出たことがないらしく、マックスの冒険話を楽しそうに聞いていた。上品に笑うレディアと時間を過ごすにつれ、マックスの警戒からくる緊張もほぐれていった。そんな折に、レディアは核心的な質問をした。


「マックス様はどうして騎士をおやめになったのですか?」


 純粋な興味からくる質問にマックスはほんの数秒考えた。そして


「片目を失ったからです」


と包帯の巻かれた左目を指差した。そのそっけない返答に何かを感じ取ったのか、レディアは少し申し訳なさそうな顔をした。


「その……もしよろしければですが理由をお聞きしてもよろしいでしょうか……?」


 おずおずと尋ねるレディアを安心させようとマックスはにこやかに笑った。


「いえ、構いません。ただ、あまり面白い話ではないのです」


 そう言って、マックスは静かに語り始めた。



※ ※ ※ ※ ※




 騎士を辞める前の最後の任務は小さな子供から始まった。彼がいうにはお姉ちゃんが洞窟の神様の生贄にされるから助けてほしいということだった。王国では国民に土地の神を信仰することは許しておらず、まして生きた人間をささげるなんてことは論外だった。さらにその洞窟から蜘蛛型の魔物が発生していることから、信憑性が高いものとして騎士団の派遣が決定された。村長はすぐに拘束され、当日に生贄に出された女性の安全を考慮した私たちはすぐさま洞窟の掃討に向かった。練度の高い騎士団の活躍によって魔物は一掃され、残すは最奥部で土地の神としての伝承が残る蜘蛛女だけとなった。蜘蛛女は上半身が人間で下半身が蜘蛛の魔物で、会話が成立すると思われたが、洞窟の魔物を殺されたことで激昂しており、生贄の所在を確認することはできなかった。死闘の末、何とか討伐することができた騎士たちは、瀕死の蜘蛛女にもう一度生贄の所在を確認しようとしたが返答は、『どうして子供たちを殺したんだ』という悲痛なものだった。その言葉に気を取られた私は彼女に毒液を吐かれ、それが目に入った。未知の毒を放置できないとして即座に私は自分の目をえぐり取った。これまでの探索で見つからなかったことから発見可能性が低いとして少女の捜索は打ち切られた。少女を助けられなかった私の部隊は少年に嘘つきと酷く罵られたが返す言葉はなかった。そして私達はそのまま王都に逃げ帰った




「と、まあこういうわけです。彼女のことは悔やんでも悔やみきれません。それに片目を失うのは日常生活では問題ありませんが戦場では致命的なものですからね。それで自分から辞職願いを出したのです」


 レディアはその話を聞いて顎に手を当てて考え込んだ。そして


「一つ質問があるのですが」


とつぶやいた。なんでしょうと答えるマックスに


「悔やんでいるのは生贄の女性のことですか?」


とレディアが冷たい声で尋ねた。マックスの顔がひきつる。



「どういう意味でしょう?」


「まず土地の神とされる蜘蛛女は上半身が人間なのですよね? そんな魔物が人間の生贄を欲しがるでしょうか。人型の魔物の多くは消化器官が人間と同じものをしています。雑食生物の肉は臭みが強く美味とは言えませんし、たいてい羊や豚といった家畜が送られます。人をささげるとしても神への忠誠の証として赤子をささげるくらいでしょう。つまり伝承として生贄を出すという話はよくありますが、それは多くの場合子供にいうことを聞かせる際にそういった話のほうが有効だからであって実際に行われることは滅多にありません。そして生贄は村長の指示で行われていたのですよね? 子供の通報ですぐ騎士団が飛んでくる地域で魔物と取引なんてするでしょうか? 同じ人間である騎士を頼るほうが自然です。それにそんな狂信的な儀式を行う村が村長の拘束だけの処罰で済むとは思えません。そして最後に目を失った場面ですが、生きた人間を食べるような悪い魔物が子供を殺されたと叫んだところでうすら寒く映るだけです。経験豊富な騎士であるあなたがそんなことで動揺しないでしょう」


 レディアは微笑を浮かべながら淡々と話した。そして談笑中にクローディアが持って来た茶を一口すすり外を見た。


「話は変わりますが、この森は住民たちには神隠しの森と呼ばれているそうです。しかしマックス様が無事にここまでたどり着けたようにそんな実態はありません。実際は村の口減らしで他の都市に送ったりするときに、この森で神隠しにあったというふうに説明するそうです。口減らしなんて公にするには人聞きが悪いですしね。それに子供に言う事を聞かせるときにそういう伝承があると効果的です。出会うことのない神様や魔物にそういうことを押し付けた方が村の運営はしやすいでしょうね」


 そしてレディアはマックスの方を振り向く。


「ただそんな村に騎士団が呼ばれて、実際に魔物が住んでいたらどうなるんでしょうね?」


 彼女の想像は正しい。実際は他の街に送るのではなく人身売買だったが。


「魔物は討伐されるでしょう。すべての業を背負わされて」


 レディアは笑顔のままマックスを見つめる。傍から見れば仲睦まじいカップルのように見えたことだろう。しかし目の奥は笑っていなかった。


「私も少々質問があるのですが、よろしいでしょうか?」


「なんでしょう?」


 マックスの言葉にレディアが小首をかしげる。


「随分と魔物の生態に詳しいのですね。上半身が人型の魔物は消化器官が人と同じだから人の死体を食べないなんて騎士団でもあまり知られていませんよ。まるで試したことでもあるかのようだ」


 マックスの言葉にレディアの顔から笑みが消えた。マックスは一息ついて窓の外を見た。


「そういえば最近この森で子供が神隠しにあったそうですね。また口減らしがあったのか、はたまた本当に悪い魔物でも住んでいるのか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ