五話目
ジェイミ-様から再来訪の連絡が来た。
私は嬉しさと不安で泣きたくなってしまう。
ジェイミ-様に嫌われたらどうしよう?とずっと思っていたのだ。
だけど、再来訪というのだ、きっと嫌われてはいないだろう、私は一安心した。
お父様は上機嫌だった。
王妃様は献上した陶器を大層気に入って、ロイヤルピンクという名前を下賜された。
今後、ポタリ-伯爵家の陶器の目玉となるだろう。
若いのに、よくやった、と手放しで褒めている。
私が褒められたようで、私まで嬉しくなる。
それにしてもお父様ったら、お前は掘り出し物を見つけた、ですって。
失礼しちゃうわ、本当に。
ジェイミ-様は掘り出し物なんかじゃないわ。
最初からとっても素敵な方なのに。
あの栗色の柔らかそうなフワフワした癖のある髪の毛。
ハシバミ色の優し気な少したれ目気味の目。
いつも穏やかそうに微笑み、ゆっくりと話す聞き取りやすい低い声。
夜会の時だけはきっちりとまとめてオールバックにすると、彼の優し気なたれ目が、急になんか、色っぽい感じになるの。
普段と一気に雰囲気ががらりと変わるのも素敵。
そう、そうなのよ、もう!
ジェイミ-様は全てが完璧なのに。
もう来年の社交シ-ズンまで会えないと思っていたから嬉しさがこみ上げる。
堪えようとしても、つい口元が緩む。
自然に上がる口角に、お母様も苦笑している。
翌日、ジェイミ-様がいらっしゃるまで、タイにジェイミ-様の家紋の刺繍をしていた。
そうでもしていないと、どうしてもソワソワしてしまって部屋中を行ったり来たり歩き回って落ち着かないから。
無理にでも精神統一して手を動かす。
ジェイミ-様がいらっしゃったと聞いて急いで客間に向かう。
ジェイミ-様とお父様とお母様が和やかに歓談していた。
「ジェイミ-様、いらっしゃいませ」
あぁ、いけない、ついはしゃいだ声を出してしまった。
ジェイミ-様は私に気が付くと、いつもと同じようにニッコリ笑った。
あぁ、私は彼の笑顔が大好きだなぁ。
そんな事を考えながら全員でお茶を飲む。
今晩は夕餉を一緒に取ることになったそうだ。
今回の滞在はいつも以上に一緒にいられる時間が長い。
それだけで、私は嬉しくてたまらない。
気を付けないと、笑みが零れてしまいそうになるので、締まりのない顔にならないよう慌てて気を引き締めた。
お父様とお母様が退出して二人だけの歓談の時間になる。
陶器の話をしていないのに、いつもより、ちょっぴり饒舌なジェイミ-様。
いつもと少し違う…?
なんとなくだけど、少し違和感を感じる。
やっぱり、恋がしたいなんてお願いをしてしまったから、はしたない女だと思われたのかもしれない。
軽蔑されていたらどうしよう。
顔に笑顔を貼り付けながらも、心の中で私は焦る。
その時、何を話していたのか。
自分の焦りにばかり気が言って、彼の話を聞いていなかった。
少しの沈黙。
「アナベル嬢」
「は、はい、ジェイミ-様」
ジェイミ-様が私の名前を呼んだので、すぐに返事をする。
それなのに。
ジェイミ-様は、次のセリフを口にしない。
どうしたのかしら?
やはり、嫌われてしまったのかもしれない。
思わず俯いて下唇を噛み締める。
「あ…」
ジェイミ-様が何か言いかけた。
私は覚悟を決めて、ジェイミ-様を見る。
珍しく、ジェイミ-様が視線を泳がせている。
…私は何てことを言ってしまったのかしら。
後悔が募る。
やっぱりあの発言は、ジェイミ-様にとっては許せないものだったのだろう。
どうしよう。
私はジェイミ-様に意識してもらいたかっただけなのに。
きっと優しいジェイミ-様は、私に怒れないのだろう。
ジェイミ-様を困らせたくない。謝ろう。
はしたない事をいって申し訳ありませんでした、と。
私は組んだ指に力を入れた。
「あの、ジェイミ-様…」
ジェイミ-様と私の視線が合った。
視線が合ったのは一瞬で、すぐに視線は宙を舞う。
「ア、アナベル嬢、これを…」
ジェイミ-様が私から顔をそらし、突き出すようにして小さな袋を渡された。
…?
何だろう…?
もしかしてプレゼント…?
「え、と、有難うございます。
あ、あの、ジェイミ-様、開けても?」
ジェイミ-様は私の顔を見ずにブンブンと首を振っている。
その姿もいつものジェイミ-様と違って、可愛らしく感じて自然に顔に笑みが浮かぶ。
ピンクのリボンをほどいて袋を開けてみると。
可愛らしい小さな貝殻型の入れ物が出てきた。
王妃様に献上した品と一緒の物…?
ううん、違う。
あのピンクはもっと可愛らしい感じのピンクだった。
頂いた入れ物は、ピンクというには赤に近い、濃いピンク。
「とても綺麗な色…そして、とても可愛いわ。有難うございます、ジェイミ-様」
なんで私はジェイミ-様のタイの刺繍を終わらせなかったのだろう。
終わっていたらお礼に差し上げられたのに。
自分の手際の悪さを悔やむ。
「あ、あぁ、あの献上するのとは別に出来たやつで、その色になったのはそれ一つなんだ。
で、その、その色が、アナベル嬢みたいだと思って、で…」
ジェイミ-様がしどろもどろに説明してくれる。
その横顔が少し赤くなっていると思うのは、私の自惚れだろうか?
心の中がじんわりと暖まるような気持ちになる。
こんな綺麗な色を私みたいと言ってくれるなんて。
ユックリと蓋を持ち上げて、そして、蓋を外して目にしたのは、サファイアのピアス。
ジェイミ-様はいまだ横を向いている。
だから、彼の左耳のピアスが自然に目に入る。
昨日までのピアスとは違う。
今、彼がしているピアスはサファイアで、入れ物の中に入っているピアスと同じ形。
…もしかして、これはお揃いなの!?
「その、リ-ド伯爵家御用達の宝石店は僕にはやはり敷居が高くて…
僕でも買えそうなものは…それくらいで…」
先ほどよりも顔が赤くなったジェイミ-様を見つめる。
嬉しいと言葉って咄嗟には出ないのかもしれない。
何か口にしようとしたのに、その前に涙が出てきて、嗚咽がもれた。
嫌われてなかったという安堵と胸に広がる幸せな気持ち。
「あ、アナベル嬢?
あ、その、ピアスはその、嫌なら、その持っているだけでいいから…
嫌なものをつけなくてもいいんだよ?
ごめん、その、あの、泣かせるために贈ったわけじゃないんだ…」
困り切った顔で私を見つめるジェイミ-様の顔を見たら、もっと涙が出てきてしまった。
「ち、違うんです、違います、ジェイミ-様。
私、嬉しくて…すごく、嬉しくて…」
それ以上言葉が出なかった。
オロオロしていたジェイミ-様が席を立って私の隣におずおずと座って抱きしめてくれた。
それが更に嬉しくて、恥ずかしい程泣いてしまったのだ。
彼は私が落ち着くまで優しく背中を撫でてくれた。
まるで小さな子をあやすように、優しく、何度も。
ジェイミ-様は自分のハンカチを差し出してくれたのでそれで涙は拭かせてもらったけど、こんなみっともない顔、ジェイミ-様に見せれない。
何しろ私は盛大に泣いてしまったのだ。
鼻は赤くなってるだろうし、目も赤くなっているだろう。
少しずつ冷静になると、この状況が逃げ出したくなるほど恥ずかしい。
「じぇ、ジェイミ-様、ごめんなさい、私、取り乱してしまって。
あの、ちょっと席を外してきますね…
すぐに戻ってまいりますから、待って…待っていてくださいね」
ドアの前で控えていた侍女に化粧直しを手伝ってもらわないと。
急いで部屋をでようとしたら、ジェイミ-様が優しい声で仰った。
「アナベル嬢、僕は待っているよ、ずっと」
私は背中でその言葉を受け止めた。
自分でも頬が熱いのが分かる。
思わず自分の手で頬を抑える。
ジェイミ-様、ジェイミ-様、ジェイミ-様。
大好きです。
何度も心の中で呼びかける。
部屋に戻ったら、真っ先にジェイミ-様に伝えよう。
あぁ、その前に、まずは、右耳のピアスを取り替えて。
そうして、彼の目を見てきちんと言うのよ。
私、ジェイミ-様に恋をしているのって。
ジェイミ-様、どんな顔されるかしら?
終