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044 ゴーレム

 さっそくセシルさんの鎧を買い戻そう……かと思ったが、教えてもらった鎧を売っているという武器屋は、東の塔からけっこう遠い場所にあった。

 さらにゴーレムの販売店のほうは、逆に東の塔のすぐそばにあったのだ。

 なので移動効率を考えて、まずはゴーレムを買いに行くことにした。


「ここ……だよな?」

 俺たちはいま、巨大な石造りの建物の前にいた。

 高さは4、5階建てビルほどはあり、横幅もかなり大きい。まさに倉庫という感じの建物だ。

 造りはしっかりとした大きな石で建造されているが、真四角で装飾はまったくない。豆腐建築というやつだ。

 正面には、これまた巨大な扉が取り付けられていて、飛行機の格納庫にも見えるほどだった。

 この扉から入るのかと物怖じしていたら、脇に通常の入り口と思われる扉を見つける。

 さっそく俺は、その扉へと向かった。

「第4魔法研究所?」

 セシルさんが入り口の横に取り付けられていた看板の文字を読み、首をかしげる。

 俺はエマ様からもらった推薦状を確認した。そこには第4魔法研究所所長宛てと、しっかり書いてある。

「どうやらここで間違いないようです」

 ゴーレムを買えるというのでお店を想像していたが、まったく予想外の施設であった。

 不安に思いつつも、とりあえず扉をノックしてみる。

 しかし、いくら待っても何の反応も無い。仕方なく扉を開けてみると、鍵は掛かっていなかった。

「あのぉ~すいません」

 俺は建物の中へ声を掛けながら、恐る恐る入ってみた。

 中は外見から想像出来た通り、とても広い。

「おおっ!」

 そして、その広い敷地には、もの凄い数のゴーレムが並べられていた。

 エマ様のところで見た3メートルほどのものから、10メートルはあろうかという巨大なものまである。

 また形も様々で、ただの真四角のものから人型のもの、中には足が6本もあるものまであるのだ。

 使用されている素材も石や土だけでなく、金属と思われる重厚なものまであった。

「なにかご用かな?」

 突然、声を掛けられて思わず軽く飛び跳ねてしまう。慌てて声の方を見ると、青いローブを着た老人が立っていた。

 長く伸ばした髭も、髪の毛も真っ白で、いかにも魔術師といった感じだ。かなりの年のようで、顔に刻まれた皺は深く、度の強そうな眼鏡もかけている。

「あ、すいません。エマ様の紹介でやって参りました」

「エマ様の?」

 俺は急いでその老魔術師に、エマ様から貰った紹介状を渡した。

「ほう、あのエマ様がのう……珍しいこともあるもんじゃ」

 老魔術師はエマ様の紹介状を見ると、優しい表情で俺に話しかけてきた。

「で、ゴーレムが欲しいのかね?」

「は、はい。できましたら……」

「何に使用するつもりかな?」

「わたくしは商人で店を経営しておりまして、ゴーレムをその店での重い商材の運搬などに使えないかと思いまして」

「荷物運びだけにゴーレムを使うのかね?」

「は、はい……ダメでしょうか?」

 老魔術師は自分の長い髭を撫でながら、小さなため息をついた。

「どんなに大規模な商人や金持ちの貴族でも、ゴーレムを荷物持ちなどには使っておらん。なぜだか分かるかね?」

「荷物運びには、向いていないのでしょうか?」

「向いておる。ゴーレムは力仕事が一番の得意分野じゃ」

「で、では、なぜでしょうか?」

「割に合わんからじゃ。ゴーレムの値段を知っているのかね?」

「い、いえ。エマ様に聞いても、値段など知らん、と一喝されまして……」

「エマ様の塔にいるゴーレムは、小さなストーンゴーレムで価格は安いほうじゃ。値段は金貨150枚といったところかのぉ」

「安くて金貨150枚ですか……」

 約2100万円か。超高級スポーツカーといったところだろうか。

「その金があれば荷物運びなど何百人と雇えることじゃろう。だから高価なゴーレムを普通そんなことには使用しないのじゃ」

「な、なるほど」

 費用対効果というやつか。確かにこの異世界では人件費のほうが異常に安い。

「どうするかな?まだゴーレムを欲しいかね?」

「はい」

 しかし異世界の新参者の俺からすれば、信頼できる人間を探すほうが大変なのだ。なので、そんな俺からすれば、決してゴーレムは高くない。

「…………変わった奴じゃな」

「すいません」

「まぁいい。エマ様の紹介なんで、なんに使われようとこちらも文句は言わないが……」

 そう言って老魔術師は呆れてまた、大きなため息をついた。でも俺にとっては荷物運びは、かなりの重要案件なのである。

「あの、ひとついいでしょうか?」

「なんだね?」

「あのエマ様のゴーレムぐらいのものが、一番小さいものなのでしょうか?」

 俺はずっと気になっていたことを聞いてみた。この広い建物の中に数多く並べられているゴーレムは、どれもかなり大きい。

 その中で一番小さそうなのが、エマ様のところでも見た3メートルほどのサイズのものなのだ。

「ゴーレムの性質上、小さくする意味は無いからの。エマ様のゴーレムは、かなり小さいものと言えるな」

「そうですか……あまり大きいと地下室に入れないからなぁ」

「どれぐらいの大きさが希望なんじゃ?」

「出来れば大きな人間ぐらいがいいかなと」

「バカ者!それはもうゴーレムではないわい!」

「やっぱないですか……」

「ないこともないがの」

 あんのかよ?どっちなんだよ?

「実は特殊なゴーレムがあるにはあるのじゃが……見るかね?」

「ぜ、ぜひ!」

 そうして俺たちは建物の一番奥のほうへと案内される。そこには2メートルを少し超える高さの細長い木箱が2つあった。

 なんか棺桶みたいだな……。

「これがそうじゃ」

 そう言って老魔術師は、木箱のフタを開けた。久しぶりに開けたのか、けっこう埃が舞う。

「おおっ!」

 その木箱に入っていたゴーレムは、まるで等身大の人形のように見えた。手足がある奇麗な人型で、材質は金属のようでもあり、磨かれた石のようにも見える。

 全体の造りはシンプルで派手な装飾などは何も無い。デッサンとか使われる木製の人形のような感じだ。

 そして顔はあるが目鼻などは無く、顔の中央には大きな青い宝石のようなものが、はめ込まれていた。

「これもゴーレムですか?」

「そうだ。珍しい人型の小型ゴーレムじゃ。だが用途が無いため買い手はつかず、何十年もずっとここに置いてある」

「動くんですか?」

「もちろん!性能は保証するぞ」

「力は?」

「大型ゴーレムとまではいかないが、人間の数十倍の力は出せるぞ。荷物運びなど楽にこなすじゃろうて」

 おお凄い。まさに俺の理想通りのゴーレムじゃないか。問題は値段だな。

「お高いのですか?」

「2体まとめて引き取ってくれるなら、1体金貨100枚でいいぞ」

 1体1400万で2体で2800万円か。安くはないが、先ほどの耐熱ビーカーの売り上げもあるし、ここは思い切って買ってしまおう。

「では、この2体ともいただきます」

「おおっ!ついにこれが売れたかっ!」

 まさか売れるとは思っていなかったのか、老魔術師がリアルに驚いている。本当にこのゴーレムは人気が無かったようだ。

 だったら、もっと値切ってもよかったな。

「では、さっそく主人の登録をしようかの」

 俺から金貨200枚を受け取った上機嫌の老魔術師は、奥の部屋から小さな鉄の箱を持ってきた。

 その箱はかなり厳重な鍵がいくつも掛かっていたようで、開けるのに時間が掛かっている。

「これがゴーレムの起動鍵だ」

 ようやく箱から出てきたのは、黄金に輝く鍵だった。さらに、いくつかの宝石のようなものもはめ込まれていて、見るからに高価で貴重なものだと分かる鍵だ。

「これをゴーレムの首の後ろにある穴へ差し込むのじゃ。その鍵でゴーレムを起動した者が、新たなそのゴーレムの主人となる」

 そう言って鍵を俺に手渡してきた。黄金で豪華な造りではあるが、形はまさに鍵そのものだ。

 俺は恐る恐る、その鍵をゴーレムの首の後ろにある小さな鍵穴に差し込む。

 このゴーレムは他より小さいとはいえ身長は2メートルほどあるので、俺は背伸びをしながらなんとか鍵を差し込んだ。

 そっと鍵穴に少し鍵を差し込むと、鍵はスッと自動で吸い込まれてしまった。

「おおっ!」

 鍵を入れたゴーレムの顔にある青い宝石が淡く光ったかと思うと、体が一瞬ブルッと震えた。

「ご命令を、マスター」

 動き出したゴーレムが、俺に頭を下げて話しかけてきた。その仕草は洗練されており、ベテランの執事という感じだ。

「これでそのゴーレムは、お主を主人(マスター)として認識したぞ。もうお主の言うことしか聞かぬ」

 俺の言うことだけを聞くゴーレムか。凄いな。

「さぁ、もう一体も起動せい」

 そう言って老魔術師が、もうひとつ鍵を渡してきた。さっそくもう一体のゴーレムにも鍵を差し込む。

「ご命令を、マスター」

 こちらのゴーレムも問題無く起動したようだ。

 2体のゴーレムは姿形はまったく一緒だが、顔の宝石の色だけが違っていた。最初のゴーレムは青だったが、もう一体のゴーレムの宝石は赤かった。

 老魔術師に何か違いがあるのか聞いてみたが、知らんと一喝されてしまう。

「これって、ずっと動けるのでしょうか?」

 燃料なども分からないので、気になる稼働時間を聞いてみた。

「ゴーレムは体内にある魔法石を動力にして動いておる。その魔法石の魔力が切れれば動きは止まるが、また魔力を補充してやれば問題無くまた動く」

「どれぐらい魔法石はもつのですか?」

「あのエマ様の小さいゴーレムでも、毎日ずっと稼働していて10年はもつのじゃ。なのでこの小型のゴーレムであれば、ずっと稼働しっぱなしでも数十年はもつじゃろうな」

「そんなに」

「過去、王宮の宝物庫を守っていたゴーレムが50年稼働していたという記録もあるくらいじゃ」

 魔法石ひとつで、けっこうもつんだな。これだったら突然止まる心配は無さそうだ。

「とにかくゴーレムは主人の言うことを忠実に守り、疲れることも無く、文句も言わずに永遠と働き続けることが出来る。最高の(しもべ)じゃな」

 なんだ本当に最高じゃないか。想像以上にゴーレムは素晴らしい買い物だったようだ。

「良いゴーレムを譲っていただき、ありがとうございました」

「いやいや、わしもこの子たちの行き先がようやく決まって嬉しいわい」

 そう言って老魔術師は嬉しそうに笑うのだった。ゴーレムを研究だけでなく、可愛がってもいるのだろう。

 俺は改めて2体のゴーレムを見た。

 ずっと俺の命令を待っているのか、こちらを見たままピクリとも動かない。

「まさに忠実なる僕か……」

 こうして俺は2体の忠実なる僕、ゴーレムを手に入れたのだった。

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