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041 商品搬入対策

「こんなもんで、いいのかい?」

「はい、充分なデキです。ありがとうございました」

 俺は木工房のドワーフの親方と、店の地下室にいた。目の前には出来上がったばかりの木製の壁がある。

 地下室の奥、異世界の扉がある壁から2メートルほど手前に、部屋を仕切るように壁を作ってもらったのだ。簡単に言うと異世界の扉の小部屋が出来たような感じだ。

 もちろん、その小部屋を行き来できるよう、壁の右隅には木製のドアを付けてもらっている。

 そしてこの壁の一番大きな特徴は、中央の下側に1メートル四方の四角い穴が開いているということだ。

 さらにその穴からは木製の滑り台のような板が、異世界の扉側から滑り降りるように取り付けられている。

 この滑り台により、異世界の扉から飛び出したベルトコンベアで運ばれた荷物が、上手いこと滑り落ちてくるという寸法である。

 これで俺の世界側からどんどん荷物を異世界へ送り出しても、荷物がすぐに溜まって山積みとなり渋滞を起こすということは無くなった。

 さらに壁の穴の上方から短冊状の布切れをたくさん垂らすことによって、異世界の扉も、そこから飛び出したベルトコンベアも、こちらからは見ることが出来ないようになっている。

 イメージとしては、車で入るエッチなホテルの入り口のような感じだ。

「作っといてなんだが、こりゃなんなんだい?」

 ドワーフの親方が壁を前に首を傾げている。親方からすれば、まったく訳が分からないものを作らされた感じだろう。

 だが申し訳ないが理由を説明するわけにはいかないので、適当にお茶を濁しておいた。

 特急料金で少し予算は掛かったが、わずか4時間ほどでこの壁を仕上げてくれた。本当に親方にはいつも感謝しかない。

「まぁまた何かあったら、声かけてくれな」

「ありがとうございました」

 作業が終わった親方たちを見送り、俺は店舗へと顔を出す。

「塩500ガロルお待たせしました!」

「いらっしゃいませニャ~!」

 みんなの元気な声が響く店内は、お客さんの熱気に包まれていた。

 そう、本日も朝から大行列が出来ていたのだ。

 朝、その行列を見た俺は急いで行動を開始した。

 まずは木工房へ行き、親方に頼み込んで大急ぎで地下室に壁を作ってもらう手配をした。さらに自分の世界へ戻り、塩の発注を出来るだけ多く、そして早く届けてもらう交渉をしたのだ。

 交渉の結果、今日届く塩は800キロのままだが、明日からは1500キロ届くことになった。

 そこで問題になるのが、異世界側への塩の搬入である。

 日本側の倉庫に、いま作った異世界側のような壁を作る時間は無い。なので応急措置として、大きな布生地を天井から垂らして簡易的な仕切りとした。とにかく扉さえ見えなければいいのだ。

 ただ布を垂らしただけなので、ベルトコンベアで荷物を流しても布に引っ掛かることなく、荷物は無事に布を通過することが出来た。

 これで届けられた塩を直接ベルトコンベアに載せてもらえばいいので、塩が何千キロ届こうが俺ひとりでも対処できるだろう。

 しかし異世界側は、そうはいかない。そのまま大量の荷物をベルトコンベアで送り込んでしまうと、荷物の渋滞が起きることは確実だった。

 なので、急ぎドワーフの親方に壁と穴、そして滑り台を作ってもらったというわけだ。

 これで届いた塩を俺が日本側からドンドン送り出しても、しばらくは問題無いはずだ。あとはセシルさんやミーナに次々と滑り台の穴から滑り降りてくる荷物を、順次、上の倉庫へと運び込んでもらえれば何とかなるはずである。

 セシルさんやミーナのことは信頼してはいるが、やはり異世界の扉だけは見せることは出来ない。

 なのでこのような壁を作ったというわけである。

 それともうひとつ。この大量の塩はどこからやって来るのかという疑問を誤魔化すためでもあるのだが……。

 今はみんな疑問には思っているだろうが、俺に聞いてくることはない。ただ、このまま塩の量が増えていけば、いつか説明をしなければならなくなるだろう。

 この辺の理由付けも、急いで整えないといけない問題だ。

「タクマ殿、塩の在庫がそろそろ心配なのですが……」

 店の様子を見守っていた俺にセシルさんが話しかけてきた。

 今日、午前中に届くはずの塩を壁の工事のため、搬入は少し遅らせてもらっていたのだ。

「調度よかった。そろそろ届くころだから地下室に来てくれますか?」

「はい」

 俺はセシルさんを連れ地下室へと戻った。

「これは?」

「さっき親方に作ってもらったんです。これから、この穴から塩の袋がどんどん出てくるので、セシルさんは急いで上の倉庫へ運んでもらえますか?」

「分かりました」

 そう言いながらセシルさんは不思議そうに壁の穴を覗き込んでいた。しかし短冊状の布切れが垂れているせいで、向こうはまったく見えない。

「もし荷物が渋滞を起こして大変なようでしたら、遠慮せずミーナに言って手伝わせてください」

「了解です」

 壁などについて色々と疑問はあるようだが、セシルさんは一切、俺に質問はしてこなかった。そういうところも騎士らしいと言えるのだろう。


「そのままダイレクトに、荷物をベルトコンベアの上に降ろしちゃってください」

「了解です」

 塩を運んで来てくれたトラックをそのまま倉庫の入り口へと、後ろからバックで入れてもらった。そうすることで、荷台からベルトコンベアへと直接、塩の袋を降ろすことが出来る。

 トラックの荷台からベルトコンベアに次々と載せられた塩の袋は、少し遅めに設定したベルトのスピードで布の垂れ幕の向こうへと運ばれていった。

 布で仕切られて見えないその先には異世界への扉が開いており、ベルトコンベアはその扉をくぐって異世界へとつながっている。

「これで最後ですねぇ」

 40個目の塩の袋をベルトコンベアに載せたトラックのお兄さんが爽やかにそう言ってきた。さすがプロ。これぐらいの量では、汗ひとつかいていない。

 20キロの袋が40個で、全部で800キロの納品完了である。

「ありがとうございました!」

 俺は帰って行くトラックを見送ると、急いで異世界へと戻ることにする。やはり、ひとりで塩を運んでいるセシルさんが心配だった。


「あ、もう終わりますから手伝わなくとも大丈夫です」

 俺の心配をよそにセシルさんは涼しい顔で、塩の袋を地下室から上階の倉庫部屋へとひとり運んでいた。しかも20キロの袋を3つ重ねて持っている。

「お、重くないですか?」

「たしょう重いですが、何度も往復するよりいっぺんにたくさん運んでしまったほうが楽ですので」

 そう言ってセシルさんは60キロの塩を抱えて階段を上がって行った。それを見ただけで俺の筋肉は悲鳴を上げそうだ。

 明日から搬入する塩の量が増えるのだが、このぶんだと大丈夫そうだな。


「やっぱりお客さん、まだまだいるなぁ」

 俺はリサたちの手伝いをしながら、店の外の様子をうかがった。

 やはり昨日のように、店の前には何十人かのお客さんが、まだまだ列を作って並んでいる。

「店長、まだまだ大丈夫ですよ」

 心配そうに店の外を見ている俺に、リサが気を遣って声を掛けてきてくれた。笑顔を作ってはいるが、疲れているのは確実だ。

「いや、今日は閉店時間で店を閉める。そして今後も閉店時間は厳守だ」

「でもそれじゃあ、お客様が……」

「毎日ちゃんと塩を切らさず売り続ければ大丈夫。それにこんな混乱は今だけだから」

 俺はリサに笑顔で宣言すると、店の外へ出た。

「お客様、申し訳ありませんが、本日はもう閉店時間となります。また明日お越しください」

「ええぇ~!!」

 予想通り並んでいるお客さんたちから、いっせいにブーイングを浴びせられた。

 しかし、ここは毅然とした態度で対応するしかない。こうしたことを曖昧にすれば、ただただ混乱を招いてしまうだけだ。

「また明日お待ちしております」

 最後まで食い下がっていたお客さんが、ようやく帰ってくれた。明日以降も塩はずっと売り続けると言って、なんとか納得はしてもらったが。

「店長、お疲れ様でしたニャ~」

 ぐったりして店に入ると、ミーナが出迎えてくれた。閉店時間通りに終わったからか、昨日よりは元気そうだ。

「お掃除終わりましたぁ~」

 ミランダさんとリサが奥から出て来て報告してくれる。みんな働き者で本当に助かる。

 しかし閉店時間通りに終わったとはいえ、忙しかったことに変わりはない。申し訳ないが、今日も皆には早く帰宅してもらうとしよう。

 やはりみんなも疲れているのか、俺の言葉に素直に従いすぐに帰宅していった。

「さて、今日の塩の売り上げは……」

 みんなを帰してから、俺は休憩室にていつもの集計を始めた。なんか昨日よりも売り上げが多いのが、見た目だけで分かるんですが……。

 俺は気合を入れて売り上げ伝票の山を処理していく。ここは栄養ドリンクが欲しいところだ。

「ハァ~…………お、終わった」

 疲れた体にムチ打って、ようやく地獄の集計が終わる。

 本日の塩の売り上げは、やはり昨日より増えて1422キロになった。銅貨56万8800枚、日本円で約796万円ほどの売り上げとなった。

「確実に塩の売り上げ数が上がっているな」

 塩不足のいま、この勢いはあと数日は続くと思われる。

 ただ、なんとか塩の在庫は確保しているので、品切れになることは無いだろう。

 もうしばらく混乱は続くだろうが、少し落ち着いたら塩の卸しなどの件も早急に進めたいところだ。

「売り上げが戻ったら戻ったで、色々とやることが山積みだな」

 俺は改めてビジネスの大変さに気付かされた。

 けど、だから面白いとも言えるんだけど……。

「フアァ~」

 思わず大きな欠伸が出てしまう。やはり疲れがだいぶ溜まってきているようだ。

 だがしばらくはゆっくり休むなんてことは出来そうにない。

 明日からも続くであろう戦いに向けて、改めて気を引き締める俺なのであった。

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