040 好転
「こ、これは、いったい……」
塩がまた売れ出したかのように見えた翌日の朝、俺は開店準備をしようと店に来ていた。
しかし、どうも店の外が騒がしい。何事かと外に出たところで、思わず体が固まってしまった。
なんと、うちの店の前に、たくさんの人だかりが出来ていたのだ。それも数人ということではなく、50人以上はいると思われるほどたくさんだった。
「あ、あのぉ……うちに何かご用でしょうか?」
俺は恐る恐る人だかりに声を掛けてみた。
「ご用って、塩を買いに来たに決まってんだろ」
俺のそんな疑問に、恰幅の良い元気そうなおばさんが答えてくれた。
「え?マジですか?」
「えって、まさか売り切れかい!?」
「いえいえ、あります!あります!」
なんと塩を買い求めて、店に人だかりが出来ているというのか?
いったい、どうなってるんだ?
「店長!店長~!」
呆然と立ち尽くしていると、リサがこちらに走り寄りながら声を掛けてきた。リサに珍しく、かなり慌てているようだ。
「大変です!大変です!」
「そ、そうなんだよ、大変な人だかりなんだよ!」
「それもですけど、違うんです!」
「なにが?」
「私の近所で、朝から凄い噂が流れているんです!」
「ま、また噂?」
俺がげんなりした顔でそう言うと、リサが激しく顔を左右にブルブルと振った。
「違うんですよ!うちの塩の悪い噂は、うちを妬んだ誰かの嫌がらせだって、みんな言ってるんです!」
「え?」
俺たちがあんなに色々と訴えても信じてもらえなかったことが、急に一晩で噂になって出回ってるってこと?
「な、なんで?」
「分からないんですけど、みんな凄い噂してるんですよ!」
なるほど。それでみんな朝から、手のひら返してうちへ押しかけて来てるってわけか。現状、世間はもの凄い塩不足におちいっているわけだしね。
「店長!店長!店長~!」
今度はミランダさんが息を切らせながら、俺のもとへ走って来た。
「ハァハァハァ……店長……」
駆け寄ったミランダさんが俺にしがみ付き、激しい息遣いで見上げてくる。激しい息遣いで……ミランダさん……。
「店長っ!」
「痛っ!」
リサが俺のスネを蹴ってくれたので我に返った。危ない、危ない。
「わ、私の住んでいるところで、凄い噂になってるんですよ」
ミランダさんがリサと同じことを言ってきた。噂の内容も、だいたい同じだ。
「そっちでもですか?」
「はい。それが原因は、昨日のエマ様みたいなんです」
「エマ様が?」
「王族が買い物をする店が、毒塩を売るわけないって」
そんな単純なこと?そんなことで、こんな急に真逆の内容を信じちゃうのか?
いや、人の噂話なんて、しょせんこんな程度のことなのかもしれないな。
しかし、エマ様のおかげで助かった。逆にあの時、エマ様に相談しなかったのは、やはり正解だったな。
「開店お待ちの方は、こちらへお並びくださ~い!」
気が付くとセシルさんが店の前のお客さんたちを整列させていた。いつの間にか100人近くの人が並んでいるようだ。
「これは下手すると塩が足りなくなるぞ」
最近まったく売れなかったとはいえ、この勢いでは塩の在庫が心配になってきた。
俺はみんなに店を任せると、急いで扉をくぐって自分の世界へと引き返すことにしたのだった。
「いま送れるだけ、すぐに送ってください。送料はかかってもいいので」
俺は急いで取り引き先である塩の製造会社に連絡して、いまあるだけの塩を確保した。超特急なので送料は倍以上かかるが、それでも充分な利益は出る。
さらに追加で塩を800キロほど発注する。これは出来しだい随時発送してくれる手筈だ。
「よし!急いで店を回ろう」
俺は塩の発注を済ませると、レンタカーショップで大きめのバンを借りて塩を買いに走り出す。
超特急とはいえ塩が届くのは4時間後だ。なので当面の販売する塩を確保するため、近所の店を回ってかき集めることにしたのだ。
「はぁ、意外と無いもんだな……」
5店舗ほど大型店を巡ったが、20キロ袋のような大きな塩は18袋ほどしか手に入らなかった。
「とりあえず、これだけでも店に運びこもう」
店の現状が心配なので、とりあえず手に入れた塩を持って俺は急いで戻ることにした。
しかし、いくらベルトコンベアがあるとはいえ、20キロの塩18袋の異世界への搬入はさすがにしんどい。
少なくともこっちの世界での作業は、誰にも手伝ってもらうわけにはいかないのだ。
俺は黙々と塩の袋をバンから運び出し、ベルトコンベアに載せていく。
「ふぅ~……や、やっと終わった」
とは言っても、こちら側の作業が終わっただけである。
俺は疲れた体にムチ打って、異世界への扉をくぐり店の地下室へと移動する。
「ハァ~まぁこうなるわな……」
地下室の床には、乱雑に塩の袋が積み重なるように転がっていた。ベルトコンベアにより次々と異世界の扉より吐き出されたままなので当然だ。
さすがにここからひとりで上の倉庫へ塩の袋を運ぶのは無理だ。
「これ買って来てよかったよ」
そう言って俺は大きな布生地を取り出した。塩を買うついでに、大きな手芸店で購入した4メートル四方もある大きな白っぽいベージュ色の布生地だ。
その布生地を光り輝いている異世界の扉を隠すように掛ける。厚めの生地なので、上手いこと扉を隠すことに成功した。
「よし!ひとまずこれでいいだろう」
若干、向こうが光っているのは感じられるが、布の向こうに何があるのかまでは分からない。
店のみんなは信用しているが、だからといってこの扉だけは見せるわけにはいかないのだ。
俺はもう一度、扉が完全に隠れていることを確認すると、急いで上にあがった。店の倉庫部屋に入ると、すぐに店舗からにぎやかな様子が伝わってくる。
「お待たせしました、塩500ガロルです!」
「はい、塩800ガロルですね!少々お待ちください!」
思った通り店舗には客があふれていた。
しかしリサたちはテキパキと客を捌いていく。ほとんどの客が塩の注文なので、数が多い割にはパニックにはなっていないようだった。
そんななか、ひとり黙々と塩の在庫を運んでいるセシルさんに声をかける。
「セシルさん、すいません。地下から塩を運んでもらえますか?」
「ああ、よかったです。この調子だと、いま外に並んでいるお客さんまで塩が回らないところでした」
おお、危ないところだった。
ひとまずセシルさんには悪いが地下からの塩運びは彼女に任せ、俺は急いで次の塩を買い付けに行くことにしよう。
「力仕事は任せてください」
「すいません。次の塩が準備できたら、またお声がけしますので」
こうして、俺はしばらく塩の在庫確保に奔走することになった。
「いらっしゃいませ~!」
閉店時間を過ぎても、まだまだお客さんの途切れる気配は無かった。
しかし、ずっと働きっぱなしのリサやミーナ、ミランダさんにセシルさんは、疲労の色も見せることなく元気に働いてくれている。
たぶんこの店で俺が一番、疲れている表情を見せていることだろう。
午後になって、製造元で緊急にかき集めてもらった塩400キロが到着したので、在庫のほうは一安心となった。
さらに明日にも追加発注した800キロの塩が届く手筈となっている。この大量の塩は明日から4日間、毎日届けられるので、当面、在庫切れは起こさないでいられるだろう。
正直、今日はとにかく疲れた。
こちら側の搬入はセシルさんとミーナの力持ちコンビがやってくれたので良かったが、日本側の搬入作業は俺ひとりでやるしかないのだ。
この辺りも考えないと、今後、かなり辛いことになっていくだろうことが予想された。
「ありがとうございました~!」
元気なリサたちの接客が、まだまだ続いている。
先ほどから店の外に並ぶ列を確認しているが、常時2、30人のお客さんが並んでいる。常に減ったと思えば増えるという状態だ。
「これだと永遠に終わらないな」
俺は意を決して店の外へ出る。
「皆様、申し訳ありませんが閉店時間を大幅に過ぎておりますので、本日はここで閉めさせていただきます」
「ええぇ~!?」
当たり前だが並んでいるお客さんたちからは、不満の声が上がった。しかし申し訳ないが、これ以上スタッフのみんなに無理はさせたくない。
「塩の在庫はまだまだ充分ございますので、申し訳ありませんが明日またお越しください」
しばらくお客さんの不満の声は続いたが、ここは責任者として強い意思を示さなければならない。
「本当に申し訳ございません。また明日お待ちしております!」
しばらく軽い押し問答はあったものの、なんとか並んでいたお客さんたちには帰ってもらえた。
「ありがとうございましたニャ~!」
ちょうど店内にいた最後のお客さんも帰ったようだ。
「みんな今日は本当にお疲れ様でした!」
俺は店に入ると、さすがに疲れた表情のみんなに声を掛けた。本当にみんな頑張ってくれた。
「さすがにちょっと疲れたニャ~」
「本当に」
ミーナとリサがホッとした表情で息をもらす。意外とミランダさんは疲れの色をまったく見せていない。さらにセシルさんは、さすがに顔色ひとつ変えていない。
「なんか食べにでも行く?」
みんなろくに昼飯も食べてないので、そう提案してみた。
「行きたいけど……今日はもう帰りたいニャ~」
あのミーナが食事を断るとは、よっぽどのことなんだろう。正直、俺も飯よりも早く家に帰りたい。
「じゃあ、少ないけど、これでみんな何か食べて帰って」
俺は臨時ボーナスではないが、ほんの気持ちとしてみんなに銀貨5枚づつ渡すことにした。
予想通りリサやミランダさんは簡単には受け取らなかったが、今日はそのやり取りももどかしいので、強引に銀貨を握らせ店の掃除も明日にしてみんなを帰宅させることにする。
「ふぅ~」
とりあえず在庫の確認と今後の発注数の検討もあるので、今日の売り上げは集計しないといけない。それに店舗に売り上げ金を置いておくのも物騒だ。
早く帰って休みたいところだが仕方ない。
「売り上げ、ここに置きますね」
セシルさんがいつものように、休憩室に本日の売り上げ金を運んでくれた。
「ありがとうございます。セシルさんも今日はもう休んでください」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」
そう言ってセシルさんは素直に2階へ上がって行った。顔には出さないが、さすがに少し疲れているようだ。
「さて、塩はどれだけ売れたんだ?」
売り上げ金の入った袋を見て、俺は思わず固まってしまった。
今までにないほどの大量のお金が袋パンパンに詰まっているのだ。気が付けば、いつもはひとつしかないその袋が3つもあった。
「マジかぁ~……」
俺は半泣きになりながら伝票の集計と、売り上げ金の確認を始めた。
伝票の束もいつもの何倍もあり、さらに混雑していたせいか書かれている文字がいつもより汚い。特にミーナの文字は、判読に少し時間が掛かるものもあった。
「な、なんとか終わったか……さすがに今日は誤差があってもいいや」
2時間ほど掛けて、ようやく売り上げの集計が終わった。
なんと本日の塩の売り上げは1158キロにも上ったのだ。銅貨46万3200枚の売り上げとなり、日本円では約648万円ほどになる。
値引き後の塩でこの売り上げは驚異的と言えた。
在庫のほうも1000キロちょっとになったため、明日届く発注が間に合わなかったら危ないところだった。
「これは塩の発注数をもっと増やしたほうが良さそうだ」
この売り上げがずっと続くとは思えないが、エルモア伯爵のせいで塩不足が起こっているいま、しばらくこの程度の売り上げは続くものと思われる。
そのエルモア伯爵へ打撃を与えるためにも、塩の品切れだけは絶対に回避しなければならない。
うちで安くて良い塩がいつでも買えるということをキープすることが、エルモア伯爵へのダメージにもつながるはずなのだ。
「いままでの恨み、何倍にもして返してやる」
さっそく俺は塩の確保のため、急いで自分の世界へと戻ることにしたのだった。




