038 塩の行く末
俺がチンピラに襲われてから、3日が経っていた。
その間みんなと色々話し合ってはみたのだが、これといった対応策は見つかっていない。
ただの風評被害なら時間が解決してくれる場合もあるだろうが、今回はエルモア伯爵の執拗な嫌がらせなので時間が味方してくれることは無さそうだ。
嫌がらせが始まってからの、この3日間で塩はほとんど売れなくなっていた。
市場の塩を買い占めているエルモア伯爵の思惑通りだと言えるだろう。
「しかし、売り上げがかなりあるのも皮肉なもんだな」
俺はまだ集計していなかった昨日の売り上げを数えていた。
塩と砂糖はまったく売れていないが、グラスと鏡は順調に売り上げを伸ばしているのだ。貴族からすると毒塩を売ってようが関係無いようだ。
「2日続けて5000万円越えじゃないか」
昨日、一昨日の売り上げの多さに、半分、呆れてしまう。こういうところでも、改めて貴族の恐ろしさを感じるのだ。
しかし商売としては成り立っているが、俺の目的は安い塩の普及なのだ。儲けが上がっていても、これでは意味が無い。
「ああ、もう~……」
何も対策案が浮かばず、思わず頭を掻きむしってしまう。
「て、店長……」
気が付くと店舗の扉が開いてリサが入って来ていた。俺の姿を見て心配そうに声を掛けてくれる。
「あ、ごめんごめん。どうした?」
「商人ギルドのリーナスさんがお越しです」
「あ、それじゃあここにお通ししてくれる?」
「分かりました」
俺は急いで売り上げを仕舞うと、イスに座り直し息を整えた。
リーナスさんがわざわざ来たということは、塩の件で何か分かったのかもしれない。
「失礼します」
そう言ってリーナスさんが部屋に入って来た。いつものように美しい金髪をなびかせているが、表情は穏やかではない。
「塩の件で、少し調査が進みましたのでご報告に参りました」
「わざわざすいません」
「塩の買い占めですが、私たち商人ギルドの予想を遥かに超える規模のものでした」
リーナスさんは向かいのイスに座ると、すぐ本題にと入った。
「この王都ディーデンだけでなく、エルーデン王国全土で塩の買い占めが実行されておりました」
「王国全土でですか?本当の買い占めですね」
「はい。それだけでなく、隣国にあるエルーデン王国向けの在庫も根こそぎ買い占められたようです」
「そ、そこまでですか?」
「その規模は約1億ガロルにのぼります」
「い、いちおく!?」
「塩50ガロルを銀貨1枚で購入したと仮定すると、総額、金貨2万枚という大金です」
「2万枚……」
日本円で28億円以上の塩を買い占めたことになる。なんという財力だ。俺はそんな化け物を相手にしようとしてたというのか?
「現在、塩の市場価格は銀貨4枚まで跳ね上がっています」
「4倍ですか!?」
「このままいくと、まだまだ上がる気配です」
塩を吸い占めた奴は、すでに84億円の利益を得ることになるのだ。
「塩を買い占めた者はもっと値を上げるため、いまだ塩を市場に流しておりません。おかげでこの国全土で深刻な塩不足が起こり出しております」
なんという卑劣な奴だろうか。しかし莫大な利益を生み出しているのも、また事実だ。本当に悪知恵の働く奴だ。
「ギルドでも色々と調査はしておりますが、エルモア伯爵の関与の証拠はやはり見つかりそうもありません。申し訳ないのですが商人ギルドとしても、なにも対策できないのが現状です」
「そうですか……」
予想通りではあるが、残念なのは残念だ。
「どちらにしろ利益を得るために、あと少しで一気に塩を市場に流すはずです。そしてしばらく塩は値上がりしますが、2か月後には来期の塩取り引きが始まるので、市場は落ち着くでしょう」
この短期間でエルモア伯爵はボロ儲けというわけか。
「市場が安定すれば、また異世界商会さんの塩も動き出すだろう、というのがギルドマスターのエステバンの見解でもあります」
この状態が2か月以上続くというわけか。それに、うちの塩がもと通りに売れるという保証は何も無いのだ。
「気を落とさないでください。塩に固執しないというのも、ひとつの手段かもしれませんし」
肩を落とす俺を慰めるようにリーナスさんが言ってくれる。言ってることは正しいと思うのだが……だけどそれじゃ意味がない。
塩に関しては普及が目的であって、利益目的ではないのだ。だからこそ塩に固執する必要がある。
「また何か動きがありましたら、ご報告に参りますので」
そう言ってリーナスさんは帰って行った。
まさに打つ手無しか……。
「こうなったら、もうあの手しかないか……」
ひとつだけ考えていたいたことがあった。
俺が目指しているのは塩の普及であって儲けでは無い。なので利益を独占することも目的ではないのだ。
ただ塩の供給が扉を使っての異世界への搬入なので、結果として異世界商会の独占販売となってしまっているにすぎない。
そして今回は、その独占販売というところを逆に突かれたというところもあったのだ。
なので俺は決断した。
「塩の卸売りですか!?」
セシルが驚いて思わず大きな声を出した。
俺はまだ開店中ではあるが客が全然いない店舗で、みんなに今後の展開を説明した。
「塩の独占販売をやめて、他の商人に塩を卸値で販売しようと思うんだ」
「しかし、そうすると売り上げが半減するのでは?」
セシルさんが当然の心配をしてくる。仮に卸値を定価の半値に設定すれば、売り上げは単純に半分になるということだからだ。
「もともと塩の一般庶民への普及が目的であったから、儲けは赤字にならなければ問題無いよ。それにうちの儲けの大半は鏡だからね」
「確かに塩の独占をやめれば、うちに対する嫌がらせの意味は薄くなりますね」
セシルさんがなるほどという感じでつぶやく。驚いたことにリサも納得したように頷いていた。本当にこの娘は子供なんだろうか?
ミーナも真剣な顔で話を聞いているようだが、たぶん話の半分は理解していない。
「さらに塩の買い占めにも打撃を与えられるから、一石二鳥だと思うんだ」
どんなかたちにせよ市場に塩が流れれば、買い占めた塩の儲けはかなり減るはずだ。
「タクマ殿がそれでよいならいいのですが……」
セシルさんは相変わらず申し訳なさそうな態度だった。エルモア伯爵の嫌がらせの原因が自分なのだから仕方が無いのだろうが。
「とにかく今後は、塩は卸売りの方向で行くから。販売方法もむ変えないといけないから……」
「なんニャ!?」
突然、ミーナが声を上げて体を強張らせる。耳はピンと立ち、目はまん丸に見開かれている。毛も逆立っているようだ。
「ど、どうした?」
「馬が凄い勢いで走って来るニャ!」
ミーナのその言葉に窓から外の通りを見る。しばらくして俺にも分かるほどの地響きが伝わってきた。結構な振動から、馬は一頭というわけではないようだ。
そしてすぐに、5頭ほどの馬がもの凄いスピードでうちの前を通り過ぎて行った。あまりの勢いに一瞬しか見えず、乗っている者は分からない。
「ま、まだ来るニャ!」
今度は、さっきよりも地響きが大きいようだ。
「いったい何事だ」
気が付くとセシルさんが俺のすぐ横に立って険しい表情をしている。リサとミランダさんはミーナにしがみ付いていた。
「来たニャ!」
大きな地響きとともに現れたのは、4頭の馬に引かれた豪華な馬車だった。
そしてその馬車は店の前を通り過ぎず、うちの前で急停車する。馬の蹄が石畳を削る音がもの凄い。
その馬車の豪華な造りから、どうみても貴族のものなのは確実だ。
「ま、まさかエルモア伯爵……」
俺は思わず、頭に出てきた名前を口にしてしまった。その瞬間、みんなに緊張が走るのが分かる。
セシルさんは腰の剣に手を掛けると、俺の前に立ちふさがり店の扉を睨みつけた。完全に戦闘態勢だ。
ついにラスボスの登場か……。
これから異世界商会の永い一日が始まろうとしていた。




