031 リットの歩むべき道
「ふぅ~また今日も食い過ぎた」
俺は異世界商会の休憩室にいた。
マジックショップと武器屋の帰りに、赤いグリフォン亭でみんなと食事をしたのだが、ミーナにつられてつい食べ過ぎてしまったのだ。
彼女の食べっぷりを見ていると気持ち良くなり、ついつい自分も食べられると錯覚してしまうのだ。
さらにミーナが注文を仕切ると、9割がた料理は肉になってしまう。
「ちょっと休憩してから帰ろう」
休憩ついでに在庫チェックや、今までの売り上げのまとめなどもしておこうか。
「まずは売り上げからやるか」
まだ手書きのメモだけしかないが、数字は正確だ。一度、落ち着いてPCに売り上げを入力したいのだが、なかなか時間が出来ないのだ。
俺は携帯の電卓機能で、今までの売り上げを単純に足していった。
営業は今日でちょうど10日目になる。その売り上げ合計は3億2116万980円と出た。
こうして改めてみると、もの凄い数字だ。この調子でいけば、貴族に対抗するのも夢ではないだろう。
在庫のほうに関しては、塩と砂糖は問題無い。注文すればすぐに届けてくれるからだ。その点ではグラスも大丈夫だろう。
鏡は少し時間が掛かるので、もう少し多めに在庫を確保しておいたほうがいいだろう。
意外と問題なのは巾着袋だった。問い合わせたメーカーから返事すら来ないのだ。仕方なく、昨日、新しいメーカーをネットで探し出し、改めて問い合わせメールを入れておいた。
ただ、当面の対策として、もう色や大きさの統一は気にせずに、布製で紐にも化学繊維を使っていない無地のものなら見つけしだい買いあさっておいたのだ。
これで、しばらくは在庫の不安はないだろう。
次に新商品だが、販売してみるまでどれだけ売れるのか分からないので、在庫もどれだけ必要か判断できない。
しかし、今までの失敗から、かなり多めに在庫を確保してから売り出そうと考えている。この辺は資金が出来たので、思い切ったことが出来るようになった。
「あとは人員だなぁ」
塩の値下げにより、いっそうの来客が予想される。ミランダさんが増えたとはいえ、まだまだ人手が足りないと言えるだろう。
ろくに休憩も取れないブラック企業には、絶対にしたくはなかった。
「そういえば、明日は給料日だったな」
異世界は10日毎に給料を支給するのが定番だということを、商人ギルドのリーナスさんに聞いたので、自分もそのシステムで行くことにしたのだ。
なので明日、初給料を渡すのだ。なんか渡す俺がドキドキしてきた。
ちょうどいいので、明日から給料をアップしよう。今まで日当が銀貨4枚だったので、明日からは銀貨6枚にする。
正直、もう少し上げたいところだが、なんか簡単に上げるのは俺にもみんなにも良くない気がしたのだ。それにこの金額でも、この世界の通常の給与の倍以上の額になる。
ただ、その代わりと言ってはなんだが、ボーナス制度を導入することにした。異世界ではボーナスというものは無いらしいが、売り上げが良ければ、どんどんボーナスで還元していこうと思うのだ。
「あとはなんかあったかなぁ」
色々と考えることは多いのだが、細かいことが多過ぎてパッと思いつかない。
ここまで、とりあえず始めてから考えようの精神で、ずっと急ぎ足でやって来た気がするのだ。そろそろ一度、ゆっくり歩くことも必要かもしれない。
そんなことを考えていると、2階から誰かが階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっといいですか?」
そこにはネグリジェを着たセシルさん……ではなく、リットが立っていた。
「どうした?寝れないのか?」
「あ、あのぉ……す、少し相談がありまして……」
あいかわらず、もじもじとしている。どう見ても、やはり女の子にしか見えない。
「いいよ。ここに座って」
そう言ってリットを向かいのイスに座らせた。
「どうしたの?なにかあった?」
「おのぉ……王立騎士学校の件なのですが……」
「うん、それが?」
「王立騎士学校には行きたくないんです」
「いや、お金の心配はしなくていいんだよ。そこはセシルさんとちゃんと話したから、気にしないで」
するとリットが顔を真っ赤にし、手を振って否定してくる。
「いえ、そうじゃなくて……僕……王立騎士学校には、行きたくないんです」
「王立騎士学校には?」
「……はい」
「もしかしたら、他に行きたい学校があるってこと?」
「そ、そうなんです……」
「それは、どこ?」
「王立魔法学院です」
「魔法!?そんな学校もあるんだ?」
「は、はい……ダメでしょうか?」
「いや、ダメじゃないと思うけど……セシルさんには相談したの?」
そう聞くとリットは顔をプルプルと横に振った。
「でも、俺よりもセシルさんに相談するべきだと思うよ。俺もセシルさんの意見は無視できないし」
「お姉ちゃんは……僕を王立騎士学校に入れたいんです」
「そうみたいだね」
「でもそれは、うちの……アーレセン家の伝統を守りたいだけなんです。僕のためじゃありません……」
「いや、セシルさんはリットのことを一番に考えてると思うよ」
でなきゃ自分の髪の毛を売ったりなんかしないよ。
「タクマさんは、どう思いますか?僕が騎士に向いていると思いますか?」
「い、いや、それは……」
するどいところを突いてきた。確かにリットが騎士に向いているとは思えない。体格的にも精神的にもだ。
「リットは、魔法が好きなのか?」
「はい!昔から魔法は大好きなんです!」
リットの目が輝いた。今までとは比べ物にならないほどの笑顔だ。こんなリットは珍しいな。
「それでマジックアイテムにも詳しかったんだね」
「はい。魔法関係の文献は小さいころから読み漁っていました。昔は家に書物もいっぱいあったので……」
「だから魔法学院に入りたいわけか」
「ダメでしょうか?」
「ダメというか……セシルさんが何て言うか」
凄いガッカリする可能性もあるよなぁ。セシルさんの気持ちを考えると難しい問題だ。
「タクマさん……お姉ちゃんを説得してもらえませんか?」
「えっ!?俺がっ!?」
「お願いします!」
「ムリムリムリムリ!セシルさんのことを考えると何て言ったらいいか分からないよ」
「僕も分からないんですぅ~」
「リットが分からないものを、俺にも無理だってば」
「そんなことを言わないで、お願いしますぅ~」
そう言ってリットが涙目で俺に、しがみ付いてきた。近い近い可愛い。
でも無理なもんは無理。
「やっぱりここはセシルさんにちゃんと想いを伝えて、説得したほうがいいよ」
「それが出来ないから、相談してるんじゃないですかぁ~」
「ちゃんと話せば想いは伝わるって」
「怖くて、こんなこと話せないですよぉ~」
リットがどんどん俺に、しがみ付いてくる。涙と鼻水が俺に垂れてきた。
「誰が怖いのですか?」
その声に俺とリットの体は凍ったように固まった。
恐る恐る見た先に、セシルさんが立っていた。
「セ、セシルさん……どうしました?」
「どうしました、じゃないですよ。そんな大声で騒いでいれば、誰だって気付きます」
そう言って大きな溜息をつくと、セシルさんはリットの横のイスに座った。
「も、もしかして、聞いてました?」
「はい。だいたいは」
相談する手間がはぶけたじゃないか、と思ったがリットに悪いので黙っておこう。
「リット、なんで私に言ってくれなかったのです?」
「だ、だって……お姉ちゃんは僕を、ど、どうしても王立騎士学校に入れたいじゃないか」
「それは、あなたのためになると思ったからです」
「で、でも僕は……」
「話は聞きました。本当に王立魔法学院に入りたいのですか?」
「で、できれば……」
「できれば?あなたの気持ちは、そんなものなのですか?」
「は、入りたいです!僕は王立魔法学院に入りたいんだ!」
「はじめからそう言ってくれればよかったのに」
セシルさんは優しく微笑みながら、リットの頭を撫でてあげる。姉というより母のような気持ちなのかもしれない。
「だ、だからセシルさんに、ちゃんと相談しなさいって言ったんですよぉ」
「タクマ殿」
「は、はい!なんでしょう?」
「弟がご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「い、いえ、迷惑だなんて全然」
「それにタクマ殿はリットの学費を出していただけると言ってくれましたが、それも無くなりそうです」
「いやいや、出しますよ。騎士学校だろうが、魔法学院だろうが、勉強は勉強です。学校で学ぶなら、ちゃんと学費は出しますので」
「ほ、本当ですか!?」
「はい。それにどうせならリットのやりたい事をやらせてやりたいじゃないですか」
「ほ、本当にありがとうございます」
セシルさんが俺に深く頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!」
慌ててリットも頭を下げてきた。
「あ、頭を上げてください。いやぁ、それにしてもどうなることかと思いましたが、これで全て解決ですね」
「それがタクマ殿」
セシルさんが突然、顔を上げて俺に迫って来た。
「な、なんです?」
「実は大きな問題がひとつあります」
「そ、それはなんでしょうか?」
「王立魔法学院は、学院卒業生か学院関係者の推薦や紹介がなければ、入学できないのです」
「ただ入りたいだけじゃ無理なんですか?」
「はい」
「お金で解決とかは?」
「出来ません」
一見さんお断りという京都スタイルというわけか。
「それに、もうひとつ問題が」
「問題はひとつって言ったじゃないですかぁ~」
「いえ、これはその紹介に関する問題なのですが……」
「そ、それは?」
「お家取り潰しにあったアーレセン家を推薦する方は、いないのではないかと言うことです」
「そ、それは……」
出す言葉がみつからない。ここにもエルモア伯爵の影響が出てくることになるのか。
いつの間にかリットも下を向き、涙を流している。王立魔法学院に入学するのは絶望的と考えたのだろう。
確かに難しい大問題ではある。しかし、やはり、リットの希望を、夢を叶えてあげたい。
「な、なんとかしてみます」
思わず、そんな言葉を言ってしまった。無責任なのは分かっている。でもなんとかしたいのだ。
「え?」
「まだ方法は分かりませんが、全力でリットが王立魔法学院に入学できるよう、死力を尽くします」
「し、しかし、タクマ殿にそこまでしていただくわけには……」
「いえ。これはもうリットやセシルさんだけの問題じゃないんです。これは異世界商会とエルモア伯爵との戦いの前哨戦です」
そうなのだ。リットを入学させられなくて、なにがエルモア伯爵に対抗する店にする、なのだ。
これから、俺の負けられない戦いが始まろうとしていた。




