020 冒険者ギルド
夜、いつものカフェでメール関係を確認すると、業者からいくつか返信が来ていた。
ひとつはグラスの製造会社で、いま生産している既存のデザインのものであるなら、すぐまとめて納品できるということだった。
単価は最小ロット500個製造すれば1個45円ということだった。さらに1000個の注文なら1個40円となり、2000個以上から1個33円ということだった。
「や、安いな」
最初はもの凄く安く感じたが、考えてみれば百円ショップで売っている商品なのである。卸値を考えれば、そんなものなのかもしれないな。
もともとグラスは1000個は注文するつもりだったが、最近の売り上げを見ると2000個注文しても問題なさそうだ。
さっそく2000個の注文を入れて、明日の朝、料金を振り込んでおこう。
さらに鏡の業者からもメールが来ていた。鏡は最低ロットが300個で鏡小が1個50円で大が60円だった。
鏡のほうも1000個以上の注文で小が40円で大が50円になるという。ということなので、これも2000個づつ注文を入れておく。
ただ鏡のほうは製造に5日掛かるそうである。
あとは巾着袋の会社からの返事待ちか。
そして商品関係とは別のメールがもうひとつ来ていた。デザイン会社からだ。
俺は少しワクワクしながらメールを開く。
「おお!いいじゃないか」
添付されていたファイルを開くと、ラフ案のイラストが6枚ほど出て来た。ラフと言っても充分デザインが分かるレベルである。
どれもいいが、リアル系は思ったよりリアル過ぎてロゴには向いていないように感じた。
逆にディフォルメ系はポップで良い感じのものが多い。その中から一番気に入ったものを選ぶ。
平面の地球の中央に大陸が浮いているのだが、それが少し丸っこい可愛い感じだ。その大陸はほとんどがディフォルメされた可愛いエスカナ山で構成されているため、大陸というよりエスカナ山が海に浮いているという感じに見える。
これなら線も少なく、異世界商会の木彫りの看板も作りやすそうだ。
さっそくデザイン会社に、このラフ案でお願いしますという返信を出しておく。早ければ明日には上がるはずだ。
そして、追加で塩と砂糖の製造会社にも購入希望のメールを出しておく。そろそろ塩は大規模に在庫を確保したほうが良さそうだからだ。
こうして夜の作業を終えると、いまだ在庫に不安のある鏡を探して百円ショップ巡りをしてから家に帰るのだった。
「なんてこった」
朝、異世界商会の店に来てみると、また窓のガラスが割られていた。しかも今回は、2枚もだ。
「一日毎に割る枚数を増やしていくわけじゃないだろうな?」
しかしこれで、子供とかのいたずらではなく何かしらの意図を持った嫌がらせなのは間違いないようだ。
「ふざけやがって……」
ガラスだってタダじゃないんだぞ。それにリサやミーナが怪我したかもしれないと思うと、怒りが込み上げてくる。うちの可愛い店員を傷付けるなど絶対に許せないのだ。
だが24時間、店を監視するわけにもいかないしなぁ。
とりあえず、あとで商人ギルドに行って相談してみようかな。
「ま、またですか!」
俺が割れたガラスを掃除していると、リサが出勤して来て声を上げた。だが今度は驚きよりも、怒りの方が強いようだ。リサが怒っている顔を初めて見たかもしれない。
リサをそんな気分にさせるなど、許せん。
「ちょっとドワーフの親方のところまで行ってガラス直してもらうから、店番よろしくね」
「わ、分かりました」
「あっ、あと商人ギルドにも寄るから、ちょっと時間かかるかも」
「お店は私とミーナさんに任せてください」
「じゃあ、よろしくね」
俺はリサの力強い言葉に押され、まずは木工房へと向かった。
「また割られたのか?そりゃあ災難だったな」
俺が窓ガラスの修理をお願いすると、ドワーフの親方が鼻を鳴らした。親方は作り手として、物が壊されるのに怒りを覚えているようだ。
「すぐに若い奴を行かせて直させるからな」
「ありがとうございます」
代金を払おうとしたら、直してからでいいと言われたので、とりあえず次の商人ギルドへと向かうことにした。
「それは、たぶん嫌がらせでしょうね」
「やっぱりそうですか」
俺は商人ギルドマスターの部屋でエステバンさんと話していた。
窓ガラスを割られた件を相談したところ、エステバンさんの見解も嫌がらせだろうということだった。
「例えば塩とかを安売りしているので、今まで塩を扱っていたところが怒っているとかでしょうか?」
俺は懸念していることを聞いてみた。しかしエステバンさんは顔を軽く横に振る。
「確かに塩を扱っている商人は多いのですが、逆に誰でも扱えていたのが塩なのです。つまり塩だけで生計を立てている商人はいません。塩はみんなついでに運んで扱っているのが現状なのです」
確かに塩専門店という店は見たことがない。この国は海が無いため、ほとんど塩が生産できない。なので、基本的には他国からの輸入に頼っているのだ。
だから塩をメインにしている商人は、いないということだった。
「それでは塩が原因ではないと?」
「塩だけを見れば原因とは考えられません。たぶん、総合的なものでしょう」
「総合的?」
「つまりタクマさんの店が繁盛しているからだと思います」
「目立ち過ぎましたか?」
「だと思いますね。しかし、それは商売が成功すれば、いつか通る道ですから。タクマさんの扱う商材を見れば、時間の問題だったでしょうね」
「出る杭は打たれるわけですね」
「有名税とも言えますな」
この辺は俺も店を開く前から懸念はしていた。なので宣伝などせず、目立たず少しづつ売り上げを伸ばしていく予定だったのだ。
しかし俺の予想を遥かに上回るスピードで売り上げは伸びていった。この辺は俺の甘さと言えるだろう。現にエステバンさんは今回の件を当たり前のようにとらえている。
「なにか防衛策はありますか?」
「正直、難しいですねぇ。深夜警備をずっとつけるというわけにもいきませんでしょうし」
「たとえば警備とか用心棒とかは、どこで雇えるんでしょうか?」
「うちの商人ギルドでは、その類のものは斡旋しておりません。頼むとしたら冒険者ギルドでしょうか?」
「冒険者ギルド?」
「ただ、警備や用心棒が彼らの仕事になるかは少し疑問ですが……」
「何か他に手は無いのでしょうか?」
「もし私なら……」
「エステバンさんなら?」
「何もしません」
「え?」
「色々とやれることはあるとは思いますが、費用対効果を考えると何もしないという結論になるかと思います」
「費用対効果ですか?」
「ええ。今回の件の対応で一番失われてはいけないものは何だと思いますか?」
「え?お金……でしょうか?」
「いえ、違います。時間です」
「時間……」
「そうです。あなたが今こうしてここに来ているように、お金以上に時間が失われているのです」
エステバンさんの言葉に、俺は頭が殴られたように感じた。
最近感じていたのは、時間が足りないということだった。こうして今も時間を消費してしまっているのだ。
「こうしてあれこれ対応策を考えている時間を、商売にあてたほうが費用対効果が高いということですね?」
「まさに、その通りです」
「改めて自分の商人としての甘さが認識できました。ありがとうございます」
「いえいえ、私も偉そうなことを言ってしまいまして、すいませんでした」
「いえ、エステバンさんには、いつも感謝しかありません」
本当にエステバンさんの助力にいつも助けられている。ここは商売を繁盛させることが恩返しになると考えて、頑張るしかない。
「とは言え、まったく何もしないというのも心もとないでしょう。なので街の警備兵に商人ギルドからの要請として、警戒を上げてもらうように言ってはおきますので」
「ありがとうございます」
改めてエステバンさんにはお礼を言い、さっそく俺は行動を開始する。
まさに時は金なりだ。
「何かありましたら、いつでもお越しください」
部屋を出る俺をエステバンさんは暖かく送り出してくれた。
「どういったご用件でしょうか?」
俺はいま冒険者ギルドの受付に来ていた。
商人ギルドに比べて建物内は簡素な造りである。なにか安い酒場の雰囲気さえもあった。
それに建物内にいる人たちの様相も、商人ギルドとはまったく違っている。剣などの武器を持ち、鎧などを着込んだ者たちがほとんどだ。まさに冒険者たちなのだろう。
俺は周りの視線にドキドキしながら、受付の女の子に問いかけた。
「あのぉ、依頼をしたいんですけど……」
「ご依頼?冒険者ギルドの方ではない?」
「はい、私は商人ギルド所属の者です」
「なるほど。それでは、どういったご依頼でしょうか?」
受付の女の子は姿勢を正して、改めて俺に問いかけてきた。
「あのぉ、お店を警備してくれる方を雇えないかと思いまして」
「店の警備ですか?」
「はい。店に客も増え、いたずらというか嫌がらせなども受けだしましたので、その警備が出来ないかと」
「用心棒……ということでしょうか?」
俺は、決してエステバンさんの助言を無視したわけではない。
あのあと、よく考えたのだが、やはり用心棒のようなものは居たほうがいいのでは、と思ったのだ。
今後、少なからず嫌がらせはあると考えると、リサとミーナが心配になってきたのだ。やはり店番は女の子だけでは危険がある。それに、俺もこれから店を頻繁に空ける可能性もあるのだ。
なので、用心棒的な人を雇えないかと、この冒険者ギルドへ相談に来たというわけだ。
「ええ、店の警備のような感じで、開店中は居ていただきたいのですが……」
「期間はどれぐらいですか?」
「期間ですか?出来れば、居られるだけ居て欲しいのですが」
「数日とかではなくて?」
「はい。なるべく永くお願いしたいんですが……」
「それは難しいですねぇ」
「え?」
受付の女の子は目を閉じて、顔を左右に振っている。まさにダメだこれは、という感じだ。
「あくまでも冒険者の方たちですから、メインはモンスター退治やダンジョン探索などになりますので、用心棒というのはどうも」
「難しいですか?」
「短期の警護の依頼はよくありますが。それも長くて2週間とかなんですよねぇ」
受付の子は、あからさまに無理そうな顔をしている。その表情から頼むだけ無駄だということが理解できた。
冒険者の特性をよく知らなかったが、こういう用心棒的なものは本来、冒険者の仕事ではないようだ。
特に俺は半年や1年というような長期的なことを考えていたので、なおさらダメそうである。
「分かりました。お手数かけて、すいませんでした」
「いえいえ、また何かありましたら、お越しください」
こうして受付の女の子の声に背中を押され、俺はトボトボと冒険者ギルドをあとにするのであった。
「参ったなぁ……」
けっきょく何の問題の解決もしていなかった。また無駄に時間を費やしてしまったことになる。
まさにエステバンさんが言っていたことは、こういうことだったのだ。
「なにが時間が足りないだよ」
そう、俺に時間が足りないのではない。自分で時間を無駄遣いしているだけなのだ。
誰しも一日は平等に24時間ある。問題なのは、それをどう効率的に使うかということだろう。ちゃんと計画的に動けば、こんなことにはならないのだ。
「ん?」
気が付くと俺は商人通りの端まで来ていた。考え事をしていて、いつの間にか自分の店を通り過ぎてしまったようだ。
「いかんいかん」
慌てて来た道を戻り店に向かおうとした、その時のことだ。
「どうしてだっ!?」
どこからの女性の大きな声が聞こえてきた。その言葉はどこか怒っているようで、焦っているようにも聞こえた。
また無駄な時間を使うのか?
脳裏にそんな言葉がよぎったが、なぜか俺はその声が気になって仕方なかったのだ。
俺は吸い寄せられるように、その声の主を探して路地へと入っていった。




