021 真珠の騎士
「そこをなんとかならないだろうか!?」
路地を声のする方向へ進んで行くと、ひとりの女性とおっちゃんが口論をしているところに出くわした。
女性のほうが必死に何かを訴えているようだ。しかしおっちゃんのほうは、まったく相手にする気はないようで、女性のほうを見てもいない。
「この前は、もう少し高い金額だったではないか!」
「あれは、あんたが哀れで色を付けてやったんだよ」
「そ、そんな……」
女性は絶句したかと思うと、すぐに体が震え出した。表情は怒りというよりは絶望感に近い感じだ。
それにしても美しい女性だった。顔も整った気品のある美しさがあり、さらに目を引いたのがその長い金髪だった。
美しい顔に似合う、腰まではあるストレートの美しい金髪で、商人ギルドのエルフ、リーナスさんにも負けるとも劣らない金髪だ。
そして着ているものも、なにか気品の感じられる仕立ての良い服に見える。純白の服なのだが、縁などに薄いピンクの生地でラインが入っている。
イメージとしては、貴族などが普段着で着ているような恰好だった。
ただひとつだけで不思議だったのは、全体的に薄汚れている感じなのだ。
なぜだか着ている服だけでなく、心なしか髪の毛までも少し汚れてくすんでいるように見える。
「その剣だったら、引き取ってやってもいいがね」
おっちゃんの言葉に女性はビクッと体を震わせる。そして腰に吊るしていた剣を大事そうに掴むと、叫んだ。
「これは騎士の魂だ!これを手放すことは死ぬことと同じだ!」
「いつまでそんな恰好つけたこと言ってんだよ!おめーは、もう騎士でも何でもねーんだぞ!」
その言葉に女性は固まり、何も言い返せないようだ。そして諦めたように表情になると、力無く少し下を向いた。
「分かった。もういい……」
そうつぶやくように言うと、女性は男に背を向けトボトボと路地を歩き出した。
そして少し行ったところにあった木箱の積まれた場所まで来ると、そのひとつの木箱に座り込み頭を抱えだしてしまう。
「まったく。いつまで騎士気取りなんだか」
そう言っておっちゃんは、自分の店へと入って行った。
とりあえず俺は、そのおっちゃんの店へと行ってみる。どうやらその店は、宝石店のようだった。ただ路地にあるためか、少し薄暗く煌びやかさは無い。
「いらっしゃい」
店に入ると、先ほどのおっちゃんがやる気無さそうに店番をしている。
「さっきの女の人って、なんなんですか?」
「客じゃないのかい?」
俺の問いかけに、おっちゃんはあからさまに嫌な顔して俺を睨んできた。とても商売人とは思えない。
「いや、ちょっと気になっちゃって」
「客じゃないんなら帰ってくれ」
そう言っておっちゃんは、カウンターのイスに座ってそっぽを向いてしまった。
仕方ない。いちおう向こうも商売だ。
「え~と、これとこれと……」
俺は店にあるアクセサリーを適当に見繕った。よく分からないので赤い石のペンダントと、青い石のイヤリング、そしてダイヤっぽい指輪を選ぶ。
ついでに値段の調査もしたいと思ったので、全部、違う種類の石を選んでみたのだ。
「これ、いくらです?」
俺はおっちゃんの座るカウンターに3つのアクセサリーを並べた。
「紅玉のペンダントが銀貨22枚、碧玉のイヤリングは銀貨11枚、珀玉のリングが銀貨7枚だよ」
どうやら石の種類での価値の差はあまりなく、大きさや石の数で値段が決まっている感じだ。たぶん値段は高目の言い値で、値切り交渉できそうな相手だが、いまは時間がもったいない。
「じゃあ、全部ください」
「えっ!?……ま、まいどありぃ~!」
おっちゃんは今までの仏頂面が嘘のような満面の笑みで、宝石を布の小袋に入れ出した。おっちゃんの機嫌が治ったところで、俺は本題に入る。
「で、さっきの女の人なんだけど」
俺はおっちゃんに銀貨40枚を渡しながら訪ねた。
「あれは真珠の騎士さ」
「真珠の騎士?」
「と言っても、そう呼ばれていたのは一年前の話でね。今はお家取り潰しにあって、我々と同じただの平民だよ」
「お家取り潰しですか?」
「ああ、あの女の兄も騎士でね、王宮勤めだったんだよ。でもそこで抜剣騒ぎを起こしちまってね」
「剣を抜いたんですか?」
「ああ、それも上司の貴族に斬りかかっちまったんだよ。王宮での抜剣は重罪だ。しかも貴族に斬りかかったとあっちゃね。翌日には処刑されたよ」
そう言っておっちゃんは自分の首を手でトントンと叩いて、斬首の仕草をしたのだった。
「お兄さんは、なんでそんなことを?」
「さぁ、なんかの喧嘩だったって話だが、貴族に喧嘩を売ってただで済むわけないわな」
「それで、お家も取り潰しですか」
「ああ、アーレセン家といえば代々騎士を輩出している名家だったんだけどね。で、兄の処刑のあと、両親はすぐに自殺しちまって、今はあの娘と小さい弟の二人暮らしってわけさ」
なんと悲惨な事件なのだろう。改めて貴族の恐ろしさも認識させられる。
「で、時々ここに宝石を売りに来るんだが、ろくなもんは無くてな。かなり生活には苦労しているようだよ。なんせ貴族に斬りかかってお家取り潰しにあった奴だ。どこもまともに雇ってはくれないからな」
なるほど、そういう訳だったのか。だから気品はあるのに、少し薄汚れているのか。
このおっちゃんからも、もう充分な情報は得られた。あとは直接、彼女に接触してみよう。
「ありがとう。それじゃあ」
俺は宝石の小袋を持って店を出る。路地の先を見ると、まだあの女性は小箱に座ってうなだれていた。
ここは路地裏なので人の通りもほとんどない。なので彼女を気にする人もいないのだ。
俺はある提案をするために、彼女へと近づいた。と、その瞬間、彼女はいきなり立ち上がると、表通りの方へ速足で歩き出してしまった。
急いで俺も彼女のあとを追って表通りへと歩き出す。
「ど、どこへ行くんだ?」
もと騎士の女性だからか、かなりの早歩きで通りを進んでいく。その真っ直ぐ歩く様子から、目的の場所は決まっているようだ。
しばらく歩くと、ある店の前でピタリと歩みを止めた。そして何かを決意した感じで、その店へと入って行く。
俺も急いでその店へと行ってみた。なんとその店は、かつら専門店であった。
「なんで、ここに?」
店が店なだけに非常に入りにくい。仕方なく俺は店の前で彼女を待つことにした。
かつらを買って変装でもするのだろうか?なんて色々と考えていると、ようやく彼女が店から出てくる。ずいぶんと時間が掛かったな。
「んあっ!!!」
俺は店から出て来た彼女の変化に気付き、思わず叫びそうになり変な声を出してしまった。
なんと、あの美しい長い金髪が、首元までバッサリと切られていたのだ。
「ま、まさか髪の毛を売ったのか?」
いや、確実にそうとしか考えられなかった。かつら屋に入った時点で気付くべきだったのだろうが、まさか髪を売るとは夢にも思っていなかったのだ。
ショートカットになったそんな彼女は、何事も無かったかのようにまた歩き出した。
俺はショックで呆然としながらも、ただ彼女のあとを追いかけて歩いていく。声を掛けたかったが、あまりの出来事に機会を失ってしまったのだ。
ショートカットの彼女は商人通りを抜け、さらに街の外壁のほうへと、どんどん歩いて行く。相変わらず女性にしては歩くスピードがかなり速く、ついて行くのが大変だった。
そう言えば、商人通りから出るのは初めてであった。なんか急にドキドキしてきたぞ。
どれだけ歩いて来ただろうか?気が付くとかなりボロボロの家が並んでいる、スラム街のような場所に来ていた。
「どこまで行くんだよ?」
そろそろビビッて引き返そうかと思いだしたその時、ある家の前で彼女が止まった。そして鍵を出して扉を開けようとしている。どうやらここが彼女の家のようだ。
その家は小屋ほどのサイズしかなく、外壁も所々崩れて中のレンガが見えている。お世辞にも良いとは言えない、小さく粗末な家だった。
「やっと帰ってきたか、アーレセンのお嬢ちゃんよぉ」
扉を開けようとした彼女の後ろから、小太りの男が現われ声を掛けてきた。彼女は、その声にビクッと体を硬直させる。
「こ、これは大家さん。ごきげんよう」
「ごきげんようじゃねーよ!家賃何か月たまってると思ってるんだ!?」
「す、すいません!も、もう少し待ってください!」
「そう言って一生払わねーつもりだろうが!」
「そ、そんなことは……」
「金がねーんなら、その腰の立派なもんで払ってもらてもいいんだぜ」
「こ、これは……」
そう言われて彼女は腰に吊るした剣を掴んだ。みんなが剣のことをすぐ言うのは、それだけその剣が立派なものだからだ。素人目の俺から見ても、凄い剣だということが分かるくらいだ。
彼女は、その剣を売るよりも自分の髪の毛を売ることを選んだのだ。それだけその剣は、彼女にとって大切なものなのだろう。
「いいから見してみな!」
そう言って突然、男が彼女の剣を掴んだ。彼女は必死に剣を取られまいとする。しばらくもみ合っていると、彼女の懐から革の小袋が地面へと落ちた。
「おいおいおい、金あんじゃねーか!とんでもねー女だな、てめーはっ!」
彼女よりも早く男は体に似合わない機敏さで小袋を拾い上げた。袋が落ちた時の音で、俺でもその中にお金が入っていることは分かった。
「ま、待ってください!それは弟の学費に!」
「が、学費だぁ~?」
「弟は今年、高等学校に進学なのです!」
「ギャハハハハハ!家賃も払えない奴が、学校だと?おまえいつまで騎士様のつもりなんだ?いい加減に目を覚ませ!」
「クッ……」
彼女は言い返せず、ただ唇を噛んでいるだけだった。
「しかし、これじゃ全然足りねーな。もう今日中に出てってくれよ。明日いたら追い出すからな」
「そ、そんな……」
「文句があんなら、金持ってきな!」
そう言って男は下品な笑い声を上げながら去っていった。そのあとには、その場に泣き崩れる彼女がいるだけだった。
俺はようやく彼女へと歩き出す。今まで出るタイミングを完全に失っていたのだ。
「あ、あのぉ……少しよろしいでしょうか?」
泣き崩れる彼女に、俺は何とか声を掛けた。こんな状態の女性に声を掛けるのは俺からしたら、かなり勇気のいることだった。
「ウッ……ククゥ……わ、笑いたければ笑うといい」
彼女は顔を上げず、絞り出すように喋ってきた。
「い、いえ、そんなつもりは……ただ、少しご相談したいことがありまして」
「相談?」
ようやく彼女は顔を上げて、俺の方を見てくれた。その目は当然のごとく真っ赤だ。
「はい。お仕事の依頼というか……お願いと言いましょうか」
「仕事?」
「あ、申し遅れました。私は商人通りで異世界商会という店を経営しております、タクマと申します」
「わ、私はアーレセン。セシル・アーレセンと申します」
彼女はそう自己紹介しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「こんなところで立ち話はなんですから、狭いですがどうぞ」
そう言ってセシルは、家の扉を開けた。
家の中は一部屋だけで狭く、小さなテーブルとベッドがあるだけで他にほとんど物は無かった。この部屋を見ただけで、お金に困っているというのは良く分かる。
「お話を聞いていただいて、ありがとうございます」
俺は背もたれの無い簡素な木のイスに腰かけると、彼女に話しかけた。
「いえ、私としましても、いまはすぐにでも職が欲しいのが現状でして……それで仕事というのは?」
「はい。最近うちの店に石を投げてガラスを割るなどの嫌がらせが増えてきまして。しかし店にいるのは私と売子の女の子ふたりだけなので、なんとも心許ない状況なのです」
「仕事とは、その犯人退治で?」
「いえ。腕に自信のある方に、ぜひお店に常駐してもらいたいと思っておりまして」
「店の警備というわけですか?」
「はい。騎士だった方にこのような仕事は、失礼な依頼なのかもとも思っているのですが……」
「いえ、仕事の内容に問題ありませんし、いまはどんな仕事でもやるつもりでおります」
彼女は真剣な表情で俺の話を聞いてくれている。その顔からはやる気と必死さがうかがえるほどだ。
「仕事内容は店の開店11時から閉店18時までの警備になります。申し訳ありませんが、しばらく定休日は設ける予定はありませんので、休みは応相談で」
「なるほど。それで失礼ですが、お給金のほうは?」
「それがなにぶん、こういう依頼は初めてなもので、相場がまったく分からないのです。失礼ですが騎士の時は、おいくらほど貰っておりましたでしょうか?」
「私は騎士と言っても、まだまだ駆け出しでしたから、一日銀貨10枚ほどでした。それでも一般兵士と比べれば、高いほうでした」
「なるほど……それでは一日銀貨15枚でいかがでしょうか?」
「いえ、そんなにはいただけません」
喜んでくれるかと思ったが、予想外に彼女は首を横に振った。
「いえいえ、私としてはこの仕事を引き受けていただけるだけでも、大変ありがたいのです。ですので決して高い給金だとは思っておりませんので」
「お気持ちは嬉しいのですが、その仕事内容ですと銀貨10枚だったとしても高いと思っておりますので」
髪の毛を売るほどお金に困っているはずなのに、なんて馬鹿真面目な人なんだ。いや、騎士のプライドというものもあるのか?
幼い弟さんがいるというのも心配なんだが……。
しかし、この分じゃ素直にお金を受け取ってもらえそうもないな。
そこで俺は直接的ではなく、間接的に給金を上げる方法を思いつく。
「それでは、ひとつご提案があるのですが」
「なんでしょう?」
「実は店の2階が住居になっておりまして、部屋がひとつ余っているのです。ですので、そこへ住み込みで働いていただくというのはどうでしょうか?」
「住み込み……ですか?」
「はい。正直、閉店したあとの夜の店も心配ではありまして。なので警備の方に住んでいただければ心強いかと」
「なるほど……」
「もちろん家賃はいりません。それに新しく台所と体を洗う小屋も増築いたしましたので、住み心地は悪く無いかと思います」
「それは非常にありがたい申し出ですが、私には弟がおりまして」
「はい、もちろん弟さんもご一緒にお住みいただければと思っております。申し訳ありませんが相部屋となってしまいますが」
「それは問題ありません。今も相部屋のようなものですから」
そう言って彼女は苦笑した。正直、ここの家の広さなら、うちの2階の部屋と大差はないだろう。
「本当にそんな好条件で、よろしいのでしょうか?」
「私としましては、住んでいただけるのなら本当にありがたいのです」
これで彼女の給金は上げなくとも、実質、家賃分の給金が上がったことになる。
お金を頑なに断る彼女への苦肉の策だが、俺としては警備が常駐してくれることは大いに助かるのだ。
それにここの地区の環境は、決して良いとは言えない。弟さんの教育にも、よろしくないと言えた。
「いかがでしょうか?」
「本当にありがたいお話で、こちらとしても嬉しい限りです」
「では引き受けていただけますか?」
「その前に、私の家がこうなった経緯をお話ししなければなりません」
「いえ、そう言った事情は、別に気にしませんので」
「いいえ、雇い主であるあなたには、ぜひ聞いておいていただかなければなりません。もしかすると大変なご迷惑が掛かる可能性もありますので」
「め、迷惑ですか?」
なんか重い話になってきたぞ。
そして俺はこのあと、また貴族という化物の恐怖を聞かされることになるのだった。




