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019 荒い洗礼

「ウ~ン、よく寝た」

 俺は布団から出ると、大きく伸びをした。

 新居2日目の朝である。いまだに部屋には布団以外なにもないのだが。

 昨日はミーナを必死に泣き止ませたあと、急いでこっちの世界に戻って来た。

 最近、グラスと鏡の売り上げが伸びてきており、在庫が心配になってきたからだ。

 近所の百円ショップを3軒まわり、グラス150個と鏡を大小100枚づつ、なんとか確保することが出来た。

 しかし、この調子だと全然、在庫が足らないのだ。なので、そのあとカフェに行きネットをつなげて業者に問い合わせメールを出しておいた。

 メールしたのはグラスの会社と鏡の会社、さらに布の巾着袋の製造会社にも問い合わせをしておいた。

 内容は、商品を大量に購入したいので注文の最小ロットを教えて欲しいということで、見積もりくださいと書いておいて。

 もちろん新規取引なので、料金を先払いするという旨も付けておく。

 それと、あまり怪しまれないように、こちらの名前は個人名だけではなく『異世界商会』の代表としておいた。

 これで上手くいけば在庫が大量に確保することが出来るはずだ。

 さらにもうひとつ、メールをした件がある。

 それは会社ロゴマークの制作だ。

 ネットで調べてみると、かなりの数のデザイン会社があって驚いた。その中から、サンプルで出しているロゴやデザインを見て、ひとつのデザイン会社を選んだのだ。

 その会社は会社ロゴを6万円で作成するということだった。相場が分からないのだが、なにか安い気はしている。

 デザイン発注内容は、まずは異世界の皿のような形を伝え、端から幾筋かの水が滝のように流れ落ちているイメージで。

 そして、その皿の中央に海に浮かぶ大陸があり、その大陸の中央にはエスカナ山が高くそびえている感じだ。もちろん資料としてエスカナ山の写真も添付しておいた。

 こんな感じのロゴをリアル系とディフォルメ系の2パターン、まずはラフでいいので見たい、という感じでオーダーしてみた。

 これで会社ロゴが出来れば、異世界商会も会社らしくなるだろう。

「ヤバい。そろそろ、その異世界商会へ行かないと」

 時計はもうすぐ10時になるところだった。俺は慌てて服を着ると、一階の倉庫部分へと急いだ。

 もう自分が借りた家なのだから、広い倉庫に扉を出しっぱなしでもいいのかもしれないが、なんか怖いので、戻ったらすぐ扉は小さくしておいた。

 開きっぱなしだと、異世界から誰かがこっちへ来てしまうという危険性もあるしね。

 俺は昨日コンビニで買っておいた菓子パンを食べながら、小さくなっている扉を倉庫の床へ置いた。

「扉よ開け」

 そう唱えるといつものように扉は光り輝き、高さ3メートルの巨大な扉へと変身する。

「あ、そうだ。ひとつ試したいことがあったんだ」

 俺はそれを思い出し、倉庫に備え付けられている棚から一枚、棚板を外した。その板は長さが2メートルほどのものだ。

 それを俺は開いた異世界への扉へと差し込んでみる。板の先は何の抵抗も無く、光の幕を通っていった。

「よし」

 俺は、その状態を確認すると板を下に置き、扉に首を突っ込み向こう側を覗き込む。

「うん、大丈夫そうだ」

 差し込んだ板の先端は、何事も無く扉から向こうの異世界へと飛び出していた。これで板は俺の世界と異世界に渡って、つながっていることになる。

 それを確認すると俺は元の世界へ戻り、昨日コンビニからもらってきた段ボール箱を板の下に置く。

 板が滑り台の様に傾斜し、下ったその先が異世界へとつながっている、という状態だ。

「これでいいかな」

 俺は板の傾斜を確認すると、空き瓶を取り出しその板に転がせた。瓶はゴロゴロと板を転がって行き、異世界へと開かれた扉の光の幕の向こうへと消えていく。

 それを確認した俺は、いそいで扉をくぐり向こうの世界へと移動した。

「よし。上手くいったぞ」

 異世界商会の地下倉庫に板を転がっていった空き瓶が、何事も無く転がっている。この実験で、俺が直接持ち込まなくても、物を行き来させることが出来るということが分かったのだ。

 これが大丈夫なら、俺が考えているちょっとした搬入システムを作ることが出来る。これが上手くいけば、商品の搬入はかなり楽になるはずだった。

「おっと、こうしちゃいられなかった」

 そろそろリサとミーナが出勤してくるはずだ。

 俺は急いで異世界へ向かうのだった。


「まだ、ふたりとも来てないみたいだな」

 俺は店のカウンターから、ガラス窓越しに外をうかがった。

「ん?」

 その時、窓に少し違和感を感じる。よく見ると、窓ガラスの一枚が割れているじゃないか。

「なんだこれは!?」

 俺は慌てて窓ガラスに近づいた。格子状になっている窓のガラスの一枚が割れているのだ。そして店内には、飛び散ったガラスの破片とともに、拳大の石がひとつ転がっていた。

 この大きさの石が馬車などに弾かれて飛んできたとは思えない。たぶんこの石は、誰かに投げられたのは間違いないようだ。

「いたずらか?」

 俺はいちおう扉を開けて、店の外の様子も調べてみる。しかし、割られた窓ガラス以外に異常は無いようだ。

「ただのいたずらだといいんだが……」

 そう、子供のいたずら程度なら笑って済ませるが、これが嫌がらせの類だと少し面倒だ。やはり最近の売り上げ好調が原因なのだろうか?

「おはようございます!」

 俺が店の前で考え事をしていると突然リサに声を掛けられた。

「ああ、おはよう」

「どうしたんですか?」

 俺の様子に気付いたリサが心配して聞いてくる。本当によく気が付く娘だ。

「いや、これ」

 俺は割れた窓を指差す。

「キャッ!」

 リサは小さい悲鳴を上げて、口を手で覆ってしまった。ちょっとショックだったみたいだ。こういうところを見ると、彼女も子供なんだということを思い出すな。

「ど、どうしたんですか、これ?」

「分からん。朝来たら、割れてたんだ。中には石もあったから、いたずらだと思うけど」

「た、大変!」

 リサは散らばったガラスを見ると、掃除しようと屈み込む。

「ダメダメ!手で触ったら危ないから、ホウキ使って」

「あ、分かりました」

 俺が注意するとリサは慌てて手を引っ込めた。そして奥の部屋へホウキを取りに向かう。

「どうした?朝から騒がしいな?」

 後ろから、そう声を掛けられた。振り向くと、ドワーフの親方が腕を組んで立っている。

「ああ、親方。おはようございます」

「なんだ?割られたのか?」

 親方が割れた窓を見て言ってきた。

「はい、朝来たら、こんな感じで」

「俺たちも朝からここにいたが、変な音は聞こえなかったな」

「ということは夜のうちにやられたってことですかね?」

「そうなるだろうな……で、直すんだろ?」

「ええ、どこかに頼もうかと」

「任せときな。おい!」

 そう言って親方は若いスタッフを呼ぶと何か指示を出した。すると指示を受けたスタッフは、割れた部分のガラスのサイズを測ると、どこかへと走って行ってしまった。

「すぐに替えのガラスを取って来るからな」

「ありがとうございます」

「んで、裏庭の工事なんだがよ」

「ああ、はい。何かありましたか?」

「さっき完成したよ」

「本当ですか!?」


「これは凄い!」

 俺はドワーフの親方に連れられて裏庭へとやって来た。そこには俺の想像を上回る、立派な台所小屋と風呂小屋が建っていたのだった。

「中も見てくれよ」

 親方に言われて台所小屋の中へと入る。

「いやぁ立派ですね!」

 台所には、しっかりした作りのかまどが2つある。そのうち1つは、釜が2つ並べて使用できるものだ。つまり最大で3つの釜で同時に調理できるのだ。

 火の周りは防火対策なのか、壁も石が貼られていた。そして上には排気用の煙突口がある。

 さらに横には大きな水がめが置かれていて、その横には洗い場の台もあった。

 台所全体の床は大理石のような光沢のある石で造られており、水捌けも良く掃除はかなり楽そうだった。

「どうだ?気に入ったかい?」

「気に入るもなにも、最高ですよ!」

「そりゃ良かった」

 親方も満足そうに笑っている。良い仕事を仕上げた、まさに職人の顔だ。

 風呂のほうも大きな水桶があり、床は石造りの上に木で作ったスノコのようなものが置かれていて、滑らないようにちゃんと配慮されている。

「ありがとうございます!こんな立派なものを造っていただいて!」

「な~に、いつもこんなもんよ」

 親方が嬉しそうに、分かりやすい謙遜をしている。このデキを見れば腕に自信があるのも頷けるというものだ。

「それで最終的にお代はいくらになりましたか?」

 俺は工事代を払うため、金貨の入った革袋を出した。

「おう、約束通り金貨7枚でいいぜ」

「え?本当ですか?」

 どう見ても当初の予定より色々と手を掛けてくれている。なので最初に言っていた金額で収まるとは思えない。

「俺が金貨7枚って言ったんだから、金貨7枚だよ」

 どうも親方は意地になっているようだ。こういうところも職人気質ということだろうか。

 周りのスタッフたちを見ると、またかと苦笑している感じだ。

「では、どうでしょう?お代は金貨7枚で、あとは僕がこの仕事のデキに感動したので、少し色をつけさせてお支払いさせていただくというのは?」

「ま、まぁ、あんたがそう言うんなら、別にいいが……」

「ありがとうございます。では、これで」

 そう言って俺は親方に金貨を10枚渡した。

「おいおい!色付けるって、こりゃあ色付け過ぎだろ!」

「いいんです。本当に僕の気持ちなんですから」

「そ、そうかい?そんじゃあ遠慮無く……」

 そう言って親方は渋々ではあったが、金貨を受け取ってくれた。たぶんこの金額でも、そんなに儲けは出てないだろうと思える。

 それにポールを作ってもらったり、今もガラスを直してくれているのだ。

 俺としてはもっと払いたい気分なのだが、たぶんこれ以上の金額になると親方は頑なに受け取ってくれない気がした。

「そんじゃあな」

「また何かありましたら、お願いしますね」

「おう!」

 そう言って親方は、若いスタッフたちを引き連れて帰って行った。

「あ、店忘れてた」

 気が付けば開店時間はとっくに過ぎていた。もう少し台所とか見ていたかったが、これはあとの楽しみとしておこう。

 俺は急いで店に戻ったのだった。


「店長~!どこで遊んでたニャ~?」

「遊んでないよ、人聞きの悪い」

「開店から大忙しなんだニャ~!」

 店を見ると、少しお客さんの列が出来ている。ふたりが素早くさばいてはいるが、次から次へと客が来るので途切れることはないようだ。

「ごめんごめん、すぐ手伝うから」

 そう言って俺も商品の在庫補充などを始める。すでに塩の樽は、ひとつ空になっていた。

 相変わらず塩の売り上げは好調のようだ。


「フゥ~やっと客が途切れたね」

 昼を少し過ぎたあたりで、ようやく客が途切れて一休み出来るようになった。

「交代で休憩とってる?」

「え……ええ」

 リサが少し返事に戸惑う。どうやら忙しくて休憩が取れていないのだろう。1時間の休憩があるという契約なのだが、これでは問題だな。

「ごめんね、忙しくて休憩ちゃんと取れないよね?」

「いえ、休憩するほど長い時間働いてませんので、大丈夫です」

「いやいや、そうもいかないよ」

「でもニャ~ゆっくり休んでるほど暇でもなくなってきたんだニャ~」

「う~ん」

 これは一度、業務内容や給与などをふくめ、再検討する必要があるな。

「ちょっと考えるから、もう少し我慢してくれる?」

「はい。大丈夫です」

「問題無いニャ~」

 ふたりはこう言ってくれているが、スタッフの増員など、すぐに考えないといけないな。

 そんなことを考えながら、ふと窓を見る。

「あっ!ガラス直ったんだ」

「いまごろ気付いたニャ~」

「あのあとすぐドワーフの親方のところの若い人が来て、新しいガラスをはめてくれたんです」

「ヤバい。ガラスの修繕費、払ってないじゃん」

 あとで払いに行かないとな。それに新しいスタッフのことも商人ギルドに相談したいし。

 う~ん、なんだか時間が足りなくなってきそうだぞ。

 お金が儲かっても時間が無いんじゃ、しょうがないじゃないか。

 こういうところで、まだまだ俺の商人としての資質が足りないことを実感するのだった。


「今日も凄い売り上げだ」

 本日の売り上げは塩43200ガロル、砂糖3000ガロル、グラス150個、鏡小140枚に大が115枚だった。

 その売上合計金額は金貨389枚と銀貨39枚に銅貨20枚。日本円にして約5451万4880円となる。

「う~ん、これはもう完全に軌道に乗ったと思っていいんだろうか……」

 ビジネスに楽観は禁物なのかもしれないが、こうも儲けが上がってくると、上手くいっているとしか考えられない。

 とりあえず、儲かってるのは儲かっているので、ここは素直に喜ぼうか。

 ただ、いま金がいくらあったとしても、やることが色々とあって、とにかく時間が無いのだ。だからせっかくのお金も使う暇も無ければ、使い道を考える時間さえ無い状態だ。

「店長~掃除終わったニャ~」

「おお、ご苦労様」

「ムフフフ」

 報告が終わったのにミーナはまだ立って不気味な笑顔でこっちを見ている。

「ど、どうした?」

「今日も良い売り上げだったニャ~」

「行かないよ」

「ニャッ!?」

「売り上げ金貨100枚の目標は最初の1回だけだよ。そのルールでいったら、これから毎日ステーキ喰い放題じゃないか」

「私は別に毎日でもいいのニャ」

「そうもいかないの」

「ニャ~」

 ミーナはふてくされてブーブー言っている。本当は俺だって頑張ってるふたりに毎日好きなものを食べさせてあげたい気持ちもある。でも立場としては、なれあい過ぎは問題だとも感じているのだ。

 これからスタッフも増やしていくつもりなので、その辺は今のうちからちゃんとしておかないとな。

 それに、いまはゆっくり食事をしている暇が無いというのが一番大きな理由でもあるのだが。

「だから言ったじゃないですかぁ~」

 リサがそう言いながら、頬を膨らませてなかなか部屋から出て行かないミーナを連れて行ってくれた。

 昨日、あんなに泣いてたのに懲りないやつだな。

 なるべく早く、またステーキを好きなだけ食べさせてあげようと、けっきょく甘いことを考える俺であった。

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