018 異世界の形を知る
「昨日は突然、悪かったね」
「いえいえ、気にしないでください」
「美味しいお肉が食べれたから、大丈夫ニャ」
リサは真面目で本当に良い娘だなぁ。ミーナはミーナで、こういう反応も嫌いじゃない。
「急用とかって大丈夫だったんですか?」
「ああ、お陰様で何とかなったよ」
「それは、よかったです」
そう言ってリサが微笑んだ。なんて心優しくて可愛い娘なんだ。俺もこんな娘が欲しいものだ。結婚どころか恋人もいないけどね。
「で、さっきから店長は何を描いてるんニャ?」
ミーナが不思議そうに、俺の手元を覗き込んでくる。
そう、俺は休憩室のテーブルで、朝からこの店のトレードマーク的なものを考えていたのだ。さらに会社のロゴとしても使うつもりだった。
店名が『異世界商会』なので、世界をイメージして地球をなんとなく描いてみたりしていた。
「この丸いのは、なんニャ?」
「え?これ?」
ミーナは地球、というか惑星を知らないみたいだ。リサを見ると、彼女も不思議そうな顔をして俺が描いた地球を見ていた。
この世界は形や存在から、地球と違うのだろうか?
「この世界って、どうなってるのかな?」
俺は疑問に思い、ふたりに聞いてみた。
「この通りの向こうは、立派な家がいっぱいだニャ」
「いや、そうじゃなくて、もっと広~い話で」
「この街の周りは、グルッと高い壁に囲われてるニャ」
「その街の壁の先の向こうは?」
「広い森があるニャ」
「その森の、もっともっと向こうは?」
「向こう?」
ミーナの頭の上に『?』がいっぱい発生し出した。どうやら彼女の生活圏を超えてしまったようだ。
「隣国ですか?」
今度はリサが聞いてきた。リサのほうがまだ世界に対する知識はあるようだ。
「隣国のさらにずっと先は?」
「海です」
「つまり、この国は海に浮かぶ大陸にあるということだよね?」
「はい、そうだと思います」
「その海のさらに先は、どうかな?それを全て合わせて『世界』ということだよね?」
「なるほど。世界というのは、そういう意味で言ってたんですね?」
「そうそう、この世界をお店のマークにしようと思ってるんだ」
「それがなんで、そんなまん丸の玉になるんだニャ?」
また横からミーナが俺の手元を覗き込んで来る。まったく意味が分からないという表情だ。
「いや、だから……」
またふたりが不思議そうな顔をして俺を見てくる。こいつは何を言ってるんだと言われているようだ。俺がおかしいのだろうか?
「え~と……ここの世界全体の形って、どんなのか知ってる?」
「店長!バカにしてるのニャ!?丸いに決まってるのニャ!」
ミーナが頬を膨らませて怒り出す。なんだよ、丸いって知ってんじゃないか。
「だったら、ほら」
そう言って俺はもう一度、描いた地球を見せる。しかし、ふたりはまたポカーンとするのだ。
「あの~……その丸い世界ってどんなのか、描いてみせてくれる?」
俺はふたりに紙とえんぴつを渡した。ふたりはそれを受け取ると迷いもなくスラスラと紙に何かを描き出す。
「店長、見るニャ!これが世界ニャ!」
「下手で、すいません……」
そうしてふたりは描いた紙を俺に見せてくる。ふたりとも大差ない同じような形が描かれていた。
それは皿だった。
「な、なるほど……そっちの丸なのね」
この異世界では地球平面説が常識というわけか。さすがに亀とか象の上に乗っているとは思っていないようだが。
「ちなみに、この海の端っこの縁は、どうなるの?」
「それは滝みたいに水が下へ落ちて行くニャ」
「滝みたいに?」
「そうニャ」
「ドドーって?」
「ドドド~っとニャ」
なるほど、だいたい分かった。しかし、目的は世界の真実を知ることではない。この世界の人たちが、自分たちの世界の形をどう思っているかが知りたかったのだ。
「おかげで、だいたい世界の形は分かったよ。それじゃあ、この国がある大陸の象徴というか、一番目立つ有名ものって何かな?」
「それでしたら、エスカナ山ではないでしょうか?」
リサが思いついたように言うと、ミーナも同意するように大きく頷いた。これに関しては悩むことなくスッと出た感じだ。
「エスカナ山?」
「なに言ってるニャ、店長?この街からも良く見えるニャ」
ミーナが腕を組んで鼻を鳴らして俺を見てくる。やれやれと言う表情が、少しイラッとするが、可愛くもある。
「エスカナ山はこの大陸のほぼ中央にそびえ立つ、とても高い山なんです。なので世界のどこにいても見えると言われています」
「エスカナ山を目印にすれば、どこにいても迷うことはないのニャ」
なるほど、まさにこの大陸のシンボルと言えそうだな。日本の富士山みたいだな。
「ちょっと見てきていい?」
「はい」
「そのまま遊びに行っちゃダメなのニャ」
「行かないよ」
俺は苦笑しながら、店の扉を開けて通りへと出る。
「右の方。東の方角に大きく見えますよ」
リサがそう言って教えてくれた。俺は言われた通り、東の方角を見る。
「おお、なるほど!今まで気づかなかったよ」
俺の見る先には、確かに高く大きな山が遠くそびえ立っていた。かなり遠くにありそうだが、でもその大きさは理解出来るほどだ。
その山の形は富士山に似ていて美しいフォルムをしている。しかし山頂部分が富士山と違い、斜めにスパッと切られたような感じだった。
これはイラスト映えのする、良いシンボルになりそうだ。
俺は人目を避けて家の物陰に隠れると、携帯電話をこっそり出してエスカナ山を数枚、撮影した。
この写真をもとにどこかのデザイン事務所にロゴを作ってもらおう。
とりあえず今は店の開店時間が迫っているので、ひとまず店に戻り開店準備を急ごうか。
「ありがとうございました~!」
「フゥ~疲れたニャ~」
最後の客が帰り、ようやく店を閉めることが出来た。
今日は最後まで客が多かったため、閉店時間を30分ほど過ぎてしまった。
「ふたりとも、お疲れ様。今日はお客さん多かったね」
「本当に増えましたね」
さすがにリサも疲れた表情をしているが、笑顔は絶やさない。本当に子供なのに偉い娘だ。
「ふたりは大丈夫だった?」
「はい。まだ大丈夫です」
「私も、まだまだいけるんだニャ~」
そう言ってミーナは腕をブンブンと振り回している。本当にまだまだ体力はありそうだ。
今日の売り上げを集計しなければ分からないが、客は昨日の倍ぐらい来ていたイメージだった。長い客の列が出来るほどではないが、会計待ちの客が数人出来るという状態には何度もなっていたのだ。
リサとミーナの働きぶりを見た感じでは、まだまだふたりでもこなせそうではあった。しかし、そろそろスタッフの増員を考えたほうがいいだろう。
また商人ギルドに紹介してもらおうかな?
「店長~売り上げ隣に運んだニャ~」
ミーナが気を利かせて売り上げの入った重い箱を隣の休憩室に運んでくれた。指示しなくても自分で考えて動いてくれるなんて、なんて良い娘たちなのだろうか。
「店長、なんで泣いてるニャ?」
「感動してるんです」
さて、今日の売り上げの集計に入ろうか。箱の中を見るとかなりの硬貨が入っているのが分かる。
これは本格的に、打ち易い大きい電卓の導入を検討したいところだ。しかし俺ルールがそれを阻む。とは言っても携帯は持ち込んでいるから、自分に都合よく解釈するザルルールなんだけどね。
しかし、今日もまた気合を入れて計算しないとならない量だぞ。
俺は腕まくりをして計算を始める。
「フゥ~終わった」
ようやく集計が終わる。昨日ほどではないにしろ、今日も貴族の使いらしい人たちが鏡をたくさん買ってくれた。なので売上額はけっこういっている。
本日の売り上げは塩40600ガロル、砂糖2200ガロル、グラス130個、鏡小120枚に大が100枚だった。
その売上合計金額は金貨336枚と銀貨75枚に銅貨60枚。日本円にして約4714万5840円なり。
「…………」
昨日の売り上げと合わせると1億円を超えたことになる。
「フゥ~…………」
俺は深く息を吸うと、大きく息を吐き出した。
信じられない。ただ百円ショップで買った物を異世界へ持ち込んで売っただけで、一週間もたたずに1億円以上を売り上げてしまったのだ。
なんか楽して儲けた罪悪感のようなものが込み上げてくる。そして同時に簡単に大金を手にしてしまった恐怖も感じるのだ。
つい先日までは嫌な思いをしながら疲れるまで日々もくもくと働いていた。しかし今は仕事を楽しみながら、今まで稼いだ総額の何十倍もの大金を簡単に手にしてしまったのだ。
「なんか切なくなってきた……」
せっかく大金を手にしたというのに、こんな気持ちになるとは思いもしなかったよ。
「店長~」
俺が売り上げを前にうなっていると、ミーナが扉の隙間から覗き込んできた。
「どうした、ミーナ?」
「凄く言いにくいことなんだけどニャ……」
ミーナがチラチラと俺のほうを見ながら、なにかもじもじしている。どうやらミーナにも心配かけてしまったようだ。それとも何か問題でも起きたのだろうか?
「お肉食べ放題は、いつ行くニャ?」
「え?」
「なんかニャ~売り上げ金貨100枚超えたらニャ~、お肉食べ放題させてくれるって約束だった気がするんだニャ~」
しまった、忘れてた。一昨日の時点で、もう一日金貨100枚の売り上げは、とっくに超えていたんだった。
「リサは店長が忘れるはずないって言うけどニャ~……私も店長を信じてるけどニャ~……でも、もしもってこともあるからニャ~」
「ごめんごめん!今日行こうかなって、思ってたとこなんだよ」
すまん!完全に忘れていた。
「本当ニャ!?」
「本当、本当。このあとふたりが時間があればの話なんだけどね」
「あるある!あり過ぎるニャ!無くてもあることに出来るニャ!」
「そ、それは良かった。じゃあ、掃除が済んだら出掛けようか?」
「もうとっくに済んでるのニャ」
そう言ってミーナの目がキラリと光るのだった。
「よし!それじゃあ、みんなで赤いグリフォン亭へ行こう」
「やったニャ~!」
「ステーキおかわりニャ~!」
赤いグリフォン亭の店内にミーナの声が響く。いま5枚目のステーキが注文されたところだ。
「いいぞ、喰え喰え!今日は本当に好きなだけ食べていいからね」
「さすが店長なのニャ!まぁ最初から遠慮しないつもりなのニャ」
そう言うとミーナの目が怪しく光るのだった。
「ハハハ、リサも遠慮しないで、どんどん食べてよ」
「は、はい。でも私はもうお腹いっぱいです」
リサはステーキを半分ぐらい食べたところで、ナイフとフォークが止まっていた。
「無理しなくていいからね」
「はい。でも凄く美味しくなりましたね」
「いや、本当にそうだね」
赤いグリフォン亭の料理は、前に食べた時も美味しかったが、今日の料理はまた一段と美味しくなっているのだ。
「お待ちどう様~!」
いつもの女の子がステーキをミーナの前に置いた。美味しそうにジュウジュウと音を出して、湯気が立っている。
「ニャ~~~!」
ミーナが目の前のステーキに噛り付く。まだペースは衰えていないようだ。
「いや、本当に美味しくなったね。もちろん前から美味しかったんだけど」
「でしょう!?これも異世界商会さんの塩のおかげだね!ありがとう!」
そう言って女の子は、また別のテーブルへ元気に走って行った。
しかし塩が大事だとは聞いてはいたが、こんなにも塩加減だけで味が変わるものなのだろうか?
改めて塩の力に気付かされた。
やはり俺の塩を販売する考えは間違ってしなかったんだと、少し嬉しくなってくる。
「ミーナさん?どうしましたか?」
リサの声に気付きミーナのほうを見てみると、ステーキをくわえたミーナがプルプルと震えていた。
「ど、どうした?」
「ハムハムハムハム」
「何言ってるか分からん。とにかく、くわえてるステーキをいったん置きなさいって」
俺に言われてミーナは、くわえているステーキにフォークを刺して皿に戻した。
「大丈夫か?」
「店長……謝ることがありますニャ」
「な、なんだよ急に?」
神妙な面持ちでミーナが元気無く、呟くように喋り出した。
「私、調子に乗っておりましたニャ」
「え?」
「店長がいくらでも食べていいなんて言うから、肉をいくらでも食べれると思ってしまいましたニャ」
「そ、そうなんだ……」
「でも現実は辛く、肉は永遠に食べれないということを、いま知りましたニャ」
「つ、つまり?」
「もう、お腹いっぱいですニャ」
子供かっ!
「だ、だって……こんなに肉食べたことニャいから……ヒック」
な、泣くなよ、肉で。
「いやいや、凄い食べてくれて嬉しかったよ。余ったのは、おみやげにしてもらおうな」
「ヒック……ご、ごめんちゃいなのニャ~」
本当にいっぱい食べてくれて嬉しかったのは事実だ。なんか美味しそうに凄い食べる娘は好きなんだよなぁ。大食いの動画も、よく見てたっけ。
「気にしないでいいから。なんせ今日は売り上げ達成のご褒美なんだからさ」
「そ、そうですよミーナさん。いっぱい食べれて良かったですよね。私も凄く嬉しかったです」
「ニャ~~~~」
そしてしばらく俺とリサは、泣いているミーナを慰めるのであった。




