015 売り上げ管理問題
「おお、凄い!」
裏庭に行ってみて、びっくりした。もうほとんど小屋が出来ていたのだ。
「もう内装工事に入ったから、完成まであと2日ってとこかな」
ドワーフの親方が腕組みしながら、俺に報告してくれた。その表情は自信に満ち溢れている。
「凄いですね」
「まぁ完成を楽しみにしててくれ、ガハハハッ」
そう言って親方は笑いながら作業に戻って行った。
いやいや、さすがはドワーフということだろうか。想像以上に作業が早い上に、デキもかなり良い感じだ。
もっと間近で観察したいところだったが、作業の邪魔になるため楽しみは後に取っておくことにしよう。
しかし親方のお陰で、貴族のせいでモヤモヤした気持ちが少しは晴れたようだった。
「塩200ガロルで銅貨120枚になります」
店に戻ると、カウンターの前にお客さん3人ほどの行列が出来ていた。いや、行列というほどのものではないが、でも初めてお客さんが順番を待っているのを見たのだ。
うんうん、着実に客の数は増えているぞ。たとえ貴族が来なかったとしても、店舗を維持するだけの売り上げはもう上がっているだろう。
安心するのはまだ早いだろうが、ビジネスとしては順調に流れ出している気はしてきた。
「ありがとうございました!」
ふたりの手際もかなり良くなり、数人の客だったらいっぺんに来てもさばけそうだった。
携帯の時計を確認すると、もうそろそろ閉店時間である。
貴族のおかげで売り上げも凄いことになったことだし、今日はもう閉めようか。
と、思っていると、店の前に一台の馬車が止まったのだった。しかも、なかなか豪勢な造りの馬車だ。
もう嫌な予感しか、しなかった。
チリンチリン
店に入って来たのは執事風の小父さんであった。
「い、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませニャ」
俺だけでなく、リサとミーナもホッとしたようだ。ほんと貴族なんだったら、こうやって誰かに買いに行かせればいいのだ。
「こちらに素晴らしいガラスのカップと鏡があるとお聞きしたのですが」
「はい、こちらになります」
いつものようにリサがカウンターのサンプルを指し示す。
執事の男は、グラスと鏡を手に取ると、チェックするように観察しだした。そして一通り観察し終わると、ひとつ息を吐いて話し出した。
「確かにいいものでございますね。こんな素晴らしいガラス製品は初めて見ました」
「ありがとうございます」
「少し多めに欲しいのですが、大丈夫でしょうか?」
「まだ在庫は充分ありますので、大丈夫かと」
「それでは、このガラスのカップを100個と、鏡の大きいほうを100枚。あと小さいほうを50枚いただけますか?」
一瞬、立眩みのような状態になり、俺はその場に崩れそうになるのを足を踏ん張りおさえた。またまた来ました貴族の大量買い。
貴族の中で、どんどん注文数を増やしていくというゲームでも流行っているのだろうか?
気が付くと、俺だけでなくリサとミーナも固まっていた。
「よ、用意しますので、しょ、少々お待ちくださいませ」
俺が声を掛けるとようやくふたりは、我に返り動き出した。数が数なので、三人がかりでも意外と時間が掛かる。
俺たちが商品をカウンターに置いていくと、執事が外に声を掛けた。すると何人かの若い使用人が入って来て、持って来た袋に商品を詰めていく。
「丁寧に扱うように」
執事が使用人の男に注意をしている。確かにグラスは大丈夫だが、鏡は気を付けないと運搬中に破損する可能性があった。
「お会計よろしいでしょうか?」
「はい」
そう言って執事は、大き目の革の鞄を取り出した。支払いのほうも量が量だけに、さすがに革袋で持って来るというわけではないようだ。
「グラスが100個と鏡の大きいほうが100枚に小さいほうが50枚で、合計金貨260枚になります」
日本円にして3640万円!ちょっとしたマンションだよ。ただの100円の鏡なのに。まったく現実味が感じられな無く、冗談に思えてきた。
しかし、さっきの貴族の買い物で耐性が出来て無かったら、ここで倒れていたかもしれなかったな。それほど衝撃的な高額の買い物だ。
「た、確かに金貨260枚、いただきました」
「ありがとうございます。では、また」
執事はそう言って去って行った。また?また来るの?こんな買うの?
なんか異世界が、というよりは貴族が恐ろしくなってきたよ。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございましたニャ~!」
リサとミーナが元気よく執事を送り出した。ふたりはいつの間にか、いつもの状態を取り戻していた。
「早く店の扉しめちゃって!閉店!閉店!」
俺が言うと慌ててリサが扉へ向かい、外にかけてある札を『開店』から『閉店』へとひっくり返して扉を閉めてくれた。
「フゥ~やっと終わった」
なんだかドッと疲れた。客の多さに疲れたのではなく、貴族たちの爆買いにあてられてしまったようだった。
しかし今日の売り上げは、いったいいくらになるのだろうか?楽しみでもあるが、恐ろしくもある。
そう考えて売り上げの箱を持とうとすると、かなりの重さにビックリする。腰が心配になる重さなのでミーナに手伝ってもらって一緒に運ぼうと思ったら、ミーナは普通にひとりで箱を軽々と持ち上げ運んでしまった。意外と力あるのね。
さて売り上げを集計しますか。伝票の束をまずは計算する。けっこうな数があるので、かなり大変だ。仕方ないので携帯を出して電卓ソフトを立ち上げる。ふたりは掃除中なので、まだ部屋へは入って来ないはずだ。
「しかし多いとは思っていたが……」
いちおう電卓を使って2回ほど計算してみたが、売上合計金額は間違いはないようだ。次に実際の現金のほうを数えてみることにした。
テーブルの上に金貨を並べていく。まさか、こんな多くの金貨を実際に手にする日がくるとは、自分の世界でサラリーマンをやっている時には夢にも思わなかったなぁ。というか金貨自体、ここで初めて持ったのだが。
さらに銀貨と、これまた大量の銅貨も数えながらテーブルに積んでいく。
「フゥ~、どうやら間違いはないようだ」
伝票と実際の現金との間に、誤差は銅貨1枚分も無かった。前に仕事先の人がイベントの物販もやっていて、売り上げと実際の集計した現金には絶対に誤差が出ると言っていたのを思い出した。
そう考えるとリサとミーナは売り子として、かなり優秀なんだと思う。本当に良い娘を雇ったと改めて実感する。
そして、本日の売り上げは、塩21150ガロル、砂糖1350ガロル、グラス200個、鏡小が110枚に大が160枚となった。
その売上合計金額は金貨452枚と銀貨7枚に銅貨90枚。日本円にして約6329万1060円なり。
「ハ、ハハハ……マジか?」
これはヤバい。いや、ヤバ過ぎる。想定の金額を超えたってレベルではない。こんなすんなり大金を得てしまうとダメ人間になってしまいそうで怖くなってきた。
ガハハハ、ボロ儲けじゃ~、とは思えないところが、商人に向いていないところなのかもしれないが。
「それにしても……」
改めて貴族の恐ろしさを思い知らされた。俺の世界の中世時代の貴族たちも、こんな感じで金をボンボン使っていたんだろうか?
確かに現代の金持ちも、ミニカーのように高級車を買っている人がいるとは噂には聞いていたが。
やはり、まるで実感がわかない。自分の想像をはるかに超える現金が、いま目の前にあることに違和感を感じてしまうのだ。
「とりあえず……これどうしようか?」
そう、いま問題なのは、この大量の現金をどうするかなのだ。果たして、この世界に銀行など、あるのだろうか?
みんなどうしてるんだろう?
そう、こんな時は商人ギルドのリーナスさんに相談するのが一番だ。
「お掃除終わりました」
「ご苦労様。俺もこれから出かけるから」
俺は今日までの売上から金貨と銀貨を全部、ショルダーバッグに入れる。
「うぅ、お、重い……」
軽く20キロ以上はありそうだ。改めて金の重さを実感する。
俺はバッグを抱えるように持ち、リサとミーナと店を出る。ふたりはまた何か食べて帰るということで、俺はリサとミーナと別れ商人ギルドへと向かった。
「異世界商会のタクマと申します。リーナスさんはおられますでしょうか?」
「少々お待ちください」
商人ギルドの受付にいた女性に用件を伝えると、彼女は急いで奥の事務所らしきところへと向かって行った。
しばらくして、リーナスさんが現われる。いつ見てもロン毛の金髪がサラサラで、なんと美しいエルフだろうか。
「これはタクマさん。ギルド長もお話ししたいということですので、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんかまいません」
こうして俺はリーナスさんに連れられて、ギルド長室へと通された。
「これはタクマさん。お店は順調のようですな」
笑顔で迎えてくれたギルド長にイスをすすめられ、俺はギルド長の向い側に座る。
「お陰様で順調です。というか順調過ぎて少し怖いのですが……」
「それはいいことじゃないですか。他の商人からしたら嫌味に聞こえますよ」
「い、いえ、俺は決してそんなつもりじゃ……」
「ハハハ、分かっておりますよ」
ギルド長は笑っているが、軽く注意をしてくれたんだろうとも思う。こういうことにも気を付けなきゃいけないな。
「それで、本日はどうされましたか?」
「はい。実は売り上げ金が増えてきたのですが、預けるところとかご存じないかと思いまして」
「お金を預けるところですか?そういった類のものは、ありませんが」
やっぱり銀行みたいなところは無いのか。
「では皆さんは現金をどうやって保管されているのでしょうか?」
「まずは自宅の金庫でしょうかね。あとは隠れ家を持っている商人も多いですね。中には土地を買い、埋めたり洞窟に隠したり、なんてのも聞いたことはありますが」
「な、なるほど」
とりあえず店に金庫でもおこうかな。金庫ってどこで売ってるんだろう?
それともうひとつの問題があった。日本円への換金の都合上、手持ちの金をなるべく金貨にしたいのだ。
「それでは、お金を両替をしてくれるところはありますか?」
「ああ、両替なら、商人ギルドで行なえますよ」
「本当ですか?いまお願いしても?」
「では、私が……」
そう言ってリーナスさんが席を立つ。俺はテーブルに持って来た銀貨を並べていく。
「この銀貨を金貨に両替していただきたいのですが」
「了解しました」
そう言ってリーナスさんは俺が出した銀貨を持って、部屋を出て行った。
「いや、順調そうでなによりです」
「これもエステバンさんのアドバイスのおかげです。ありがとうございました」
「いえいえ、私は何もしておりません」
「いえ本当にエステバンの価格設定の助言があってこその、今の売り上げだと思ってるんです。特に鏡に関しては、ここにきて貴族の方に人気が出てきたみたいで」
「ほう、もう貴族階級の方々にも浸透しておりましたか」
「高価な鏡を買っていただけるのはありがたいのですが……貴族の方というのは、皆さんああいう感じなのでしょうか?」
「貴族と触れるのは、初めてでしたか?」
「はい。貴族の方とは、今までお話したことがなかったもので。それにお恥ずかしながら貴族階級に対する知識も無いのです」
そんな俺をエステバンさんはバカにすることなく、微笑みながら説明し出してくれた。
「このエルーデン王国は貴族制度をとっております。頂点に国王などの王族がいて、その下に貴族たちがおります。貴族にも階級があり、上から公爵、伯爵、男爵の順番ですな」
「王族が一番なのですね」
「ここは王国なので、王族が圧倒的な権力を持っております。ですが、王都以外の土地の開拓から維持はほとんど貴族がやっているので、貴族の権力も大きなものですよ」
「やはり貴族には逆らわないほうがいいんでしょうか?」
俺の質問にエステバンさんは少し表情を曇らせた。
「それはそうですね。下手をすれば簡単に命を失いかねませんので。貴族連中は我々一般庶民を家畜のように見ているところもありますのでね」
「はぁ~貴族と商売するのは気が重いですね」
「ですが圧倒的な財力を持っているのも、その貴族なのです」
「確かに。あの鏡の買い方を見せられれば、嫌でも彼らの財力を分からせられます」
「そこを上手くやるのも商人の資質だと思いますよ」
「そうですね」
自信ないけど。でも商売をすればするほど貴族が関わってくるのは目に見えているからなぁ。
この辺は、今後の大きな課題だな。
「お待たせしました」
そう言ってリーナスさんが部屋へと入って来ると、手に持った革袋をテーブルに置いた。
「お手数お掛けして、すいません」
「いえ。今後は両替だけでしたら受付でも出来ますので」
「分かりました」
そう言って俺は、両替してもらった金貨を持って商人ギルドをあとにするのだった。
「さて、この金貨の山をどうしたものか」
俺は店に帰り、休憩室のテーブルに手持ちの金貨を全て出してみた。先ほど両替したものも含め全部で485枚あった。
とりあえず今ある全ての金貨をインド人のハルシルさんに頼んで日本円にしてしまおうと考えている。明日の売り上げも見込めるので、こっちの通貨が足りなくなるということはなさそうだからだ。
「あ、台所とかの工事の支払いがあったんだった」
じゃあ、手元に金貨を15枚だけ残して、あとは日本円に変えてしまおう。
金貨470枚を日本円に換金すると、6768万円になる。
「うわ、本当にマンション買えるじゃん」
俺は金貨を全て持つとハルシルさんに連絡をするべく、急いで地下室の扉をくぐるのだった。




