013 ミーナの予言
営業3日目。
この日は、ついに開店前からお客さんがふたりほど店の前で待っているという状態が起きた。
行列というわけではないが、嬉しい兆しである。
「ちょっと早いけど、開店しようか」
「はい!」
「了解ニャ!」
朝の開店準備は整ったので、少し早いが店を開けることにした。
俺が扉を開けると、すぐにお客さんが入って来る。
「いらっしゃいませ!」
もうすっかり仕事に慣れたふたりは、スムーズにお客さんの対応をしている。
「ん?」
俺は、いつの間にかリサが注文のメモを取っていることに気付いた。ふたりのお客さんの退店を待って、俺はリサに問いかける。
「いつの間に字が書けるようになったんだい?」
「ミーナさんに開店からずっと教わっていて。でもまだうちの商品名と数字ぐらいしか分からないんですけど」
リサは恥ずかしそうに、もじもじしながら答えた。でも少し文字が書けるようになったことが、嬉しそうでもある。
「いやいや、凄いよ。こんな短期間で。文字だってミーナより奇麗じゃないか」
「酷いニャ、店長!」
ミーナが怒って俺をポカポカと叩いてくる。彼女は素直で感情が分かりやすく、そこがまた可愛い。
「ごめんごめん。ミーナの字も元気があっていいと思うよ」
「さすが店長ニャ。私の字の良さに気が付くとは」
ミーナはすぐに機嫌を治して、嬉しそうに笑っている。本当にコロコロと気分が変わる素直で楽しい娘だ。
「よし。じゃあ今日はお客さんひとりに、ひとりづつ対応してみようか」
「は、はい」
リサは少し緊張し出したが、たぶん彼女なら大丈夫だろう。
「了解ニャ~!」
むしろこちらのほうが心配なのだが……。
こうして3日目の営業は順調にスタートしたのだった。
「店長、この塩の樽そろそろ空になりそうです」
「え?もう?」
そう言って塩の樽の中を覗くと、確かにほとんど塩は入っていなかった。
急いで隣の新しい塩樽のフタを開ける。中には20キロの塩の紙袋が買ったそのままで入っているので、袋の口をナイフで切って大きく開いた。
「新しい塩樽あけたから、こっちから取ってね」
「了解ニャ!」
俺は空になった塩樽を斜めにして転がしながら、隣の在庫部屋へと持って行った。
今日は朝から混み合うというほどではないものの、客がぱったり途切れるということもあまりなかった。そして朝から塩がよく売れているのだ。
まだまだ在庫はあるが、もう少し買い足しといたほうがいいかもなぁ。在庫棚を見ながらそんなことを考える。
「店長~!」
店からリサの俺を呼ぶ声が聞こえる。急いで店に出ると、そこには木工房の親方が立っていた。
「下見に来たぜ」
「あ、ご足労いただき、ありがとうございます」
「いやいや。で、場所はどこだい?」
「ご案内します」
俺はいったん店を出て、建物の脇道を通り親方たちを裏庭へと案内する。今後の作業などを考えると、店舗は通らないほうがいいだろう。
裏庭には井戸があり、薪が備蓄してある小屋とトイレがすでにある。なので薪小屋に並ぶように台所を配置したいと考えていた。
親方は鋭い目で裏庭を観察すると、台所予定地の地面を何度も強く踏んづけたりしている。
「地面はしっかりしてるから、土は追加しなくても大丈夫そうだな」
親方の下見を見守っていた俺のところに、親方がそう報告に来た。どうやら地盤はしっかりしているようだ。
「これだったら、台所小屋と風呂小屋だけで、金貨5、6枚ってとこかな」
70万から80万円というところか。いちからグレードの良い物を作るとしたら、安いんじゃないだろうか。
「あの、かまどと、それに合わせた鉄釜もお願いしたいですが」
「うちで作るわけじゃないが、知り合いの職人に発注して、全部うちで取りまとめることは出来るぞ」
「じゃあ、それでお願いします」
「そうすると金貨7枚ぐいかな?8枚まではいかないと思うが」
「予算を金貨9枚までは考えてますので、親方の好きにいいものを作ってください」
「おお、任せときな!」
親方は俺の背中を叩くと、豪快に笑った。どうやら、お任せが気に入ったようだ。
昨日の売り上げのおかげで、予算にはけっこう余裕がある。ここはケチらず、ちゃんとしたものを作ってもらおう。
さっそく親方は若いスタッフに何か指示すると、小さな木の杭を何本か地面に打っていった。
「じゃあ、さっそく取り掛かるぞ」
「はい、お願いします。何かありましたら、お呼びください。だいたい店舗にいると思いますので」
「おう!」
そう言って親方は、すぐに作業に取り掛かった。
「何かあったんですか?」
店に戻ると、リサが心配そうに尋ねてくる。
「いや、台所を作ろうと思ってね」
「まぁ~凄い」
「これで店でも美味しいものが食べれるニャ~!」
「出来ても、お茶や簡単なものだけだよ。食堂じゃないんだから」
「ニャ~……」
ミーナは耳を垂らして残念そうだ。でも、そうは言ったものの、実はいつか何か俺の世界の料理を作ってみたい気もあった。
と、昨日までだったらこんなまったりとした時間を楽しめたのだが、今日はそうもいかなかった。
チリンチリン
すぐに新しいお客さんがやって来る。今日はなかなかいい来店ペースで来ているようだ。
しかしふたりは慣れた感じで次々とお客さんをさばいていた。たまに注文数の多い客には、ヘルプで俺が入ったりもしたが、それはあくまでもサポートだけだ。俺がいなくても充分ふたりだけで、こなせるようだった。
うんうん、いいよいいよ。これぐらいの感じで、このまま店が続けば、ありがたい。
たまに商品に関して根掘り葉掘り聞いてくる商人風の客もいるが、いつものように俺がのらりくらりと対応する。
するとそれをずっと見ていたからなのか、リサもミーナもそんな客に対応できるようになっていた。
リサは真面目に対応していたが、ミーナは何か楽しんでいるようでもあった。
「なんか極秘の製法で、なんか極秘のルートがあるようなのですニャ」
ミーナがかなり適当なことを言って対応している。まぁいいんだけど。
「もし私なんかがその秘密を知ってしまったら、きっと私の命は……ブルブルブル」
こらこら、いくら適当だからって、人聞きの悪いことを言うんじゃない。あとで肉おあずけの系だ。
俺の視線に気付いたミーナが、ドヤ顔で俺を見てくる。グッジョブじゃないからね。
そんなこんなで、今日の営業もそろそろ終わりの時間が近付いてきた。その後も、意外と客が途切れなかったので、今日の売り上げは良さそうだ。
「ちょっと裏の工事を見てくるね」
「はい」
俺は二人に声を掛けると、裏庭で作業する親方のもとへと向かった。
「てめぇーなんだ、その腰はッ!?もっと気合入れろ!」
裏庭では親方の怒号が飛んでいた。若いスタッフたちは、汗を垂らせながら必死に作業している。
「もう、こんなに!?」
思わずビックリして声が出た。建物の土台ぐらいは出来ていると思いきや、それどころか柱が何本も建ち、もう屋根まで出来ているではないか。
「は、早い……」
「おう、気合入れて作ってるから安心してくれ」
親方が腕を組んで俺の横に立つ。ドワーフなので身長が低く、親方の頭は俺の胸に届くかなぐらいだ。
ただ腕廻りは筋肉質で太く、俺の倍以上ありそうだった。
「あの、店舗のほうはそろそろ閉店なんですが」
「問題無いなら、俺たちはこのままもう少し作業を続けたいんだがな。もちろん、あんたたちはみんな帰ってもらって結構だ」
まぁ裏庭の工事なので店舗を閉めても出入りは出来るのだが。
「よろしいですか?」
「ああ、そのほうがこっちもやりやすい」
「じゃあ、我々は店を閉めますので、あとはよろしくお願いします」
「おう。こっちもキリの良いところで適当に切り上げるんで、気にしないで帰ってくれ」
ちょっと気がひけたが、ここはお言葉に甘えて、あとは全て親方に任せよう。まぁ俺がいたところで何の役にも立たないんだが。
工事は親方に任せ、俺は店へと戻った。
閉店時間になり、ちょうど客も切れたので店じまいとする。
いつものように清掃をふたりに任せて、俺は売上集計をすることにした。
「うぅ、重い……」
売り上げを入れている箱が昨日より、かなり重く感じる。これは期待できそうだ。
果たして、その結果は。
本日の売上は塩9400ガロルで銅貨5640枚。砂糖600ガロルで銀貨36枚。グラス5個で銀貨50枚。
その売上合計は金貨1枚と銀貨42枚に銅貨40枚。日本円にして約19万9360円なり。
「あれ?」
ちょっと期待し過ぎていたのか?どうやら箱が重かったのは、銅貨がいっぱいあったからのようだった。
いやいや、昨日が異常だっただけなのだ。この売り上げは初日に比べれば3倍ほどもあるのだ。20万円売り上げるなんて、ちょっとした人気ラーメン店ほどじゃないだろうか。
しかし改めて鏡の売り上げの高さを認識することになったな。
「店長、お掃除が終わりました」
「ああ、ありがとう。ふたりとも頑張ってくれたね。お客さんが増えてきて大変だったでしょ?」
「いえいえ、増えたといっても混み合うわけじゃないですから」
「店長には悪いけど、まだまだ暇なのニャ~」
「ハハハ……でも売り上げは上がっているよ。こんな感じで徐々に忙しくなるのが、俺の理想なんだよね」
「甘いニャ」
「え?」
急にミーナが真顔になって、俺を見てくる。それにしても感情の起伏が激しい娘だな。
「私には感じるニャ。奴はすぐそこまで来ているニャ」
「え?なに?怖いよ。奴って何よ?」
「客という名の嵐がもうすぐこの店を襲うニャ。ここはもうすぐ、客で溢れる予感がするのニャ」
「それは、うちにお客さんがたくさん訪れて、大繁盛するってこと?」
「簡単に言うと、そうニャ」
「そんな夢を昨日、見ました……じゃなくて?」
「獣人の予感を舐めないほうがいいのニャ。特に災害の予感は当たるのニャ」
「おいおい、災害って……」
まったくミーナは掴みどころの無い娘だ。本気なのか冗談なのか分からないよ。
どうしたもんかとリサを見ると、苦笑しているかと思いきや意外と真面目な顔でミーナの話を聞いていた。
こ、これはマジなのか?異世界では当たり前なの?まだ異世界のこと全然わからないんですけど。
「と、とりあえず対策を何か考えるよ」
「それがいいニャ。私たちもお客さんをもっと早くさばけるように特訓するニャ」
「お、お願いします」
なんか冗談っぽく見えるのだが、どうやらミーナは大真面目らしい。
そんな予言を残してミーナとリサは帰って行った。
しかし冷静に考えてみると、悪い予言というわけではないのだ。店に客がたくさん来て、大繁盛するということなのだから、むしろ良いことではないか。
だが、いま客が押し寄せられても、対応できる体制ではない。例えば行列が出来たとして、どこにどう並ばせるのかも考えてはいなかった。
さっそく外に出て店の前をチェックする。店前のスペースを考えると、列は蛇行させれば2、30人は並べられそうだ。ただそのさいは、ポールとロープのような物は必要になるだろう。
そう言えばまだ親方がいたんだった。
俺は裏庭に行き、ドワーフの親方に相談をもちかける。
「お忙しいところ申し訳ないのですが、急ぎで作って欲しい物があるんですが」
「なんだ?」
親方の眉がピクッと上がったが、怒ってはいないようだ。
「こんな感じの自立する棒を木で作れないでしょうか?」
俺は銀行のATМや行列店で見かけるポールのイメージを親方に伝えた。支えとなる木の板の真ん中に棒が立っているような感じだ。
「それで棒の上のほうに溝を彫ってもらって、こうロープを巻けるような感じなんですが……」
棒が自立して倒れなく、ロープが張れれば木製でも問題無いだろう。
「そんなものなら簡単に出来るよ」
「10本ほど欲しいのですが」
「それぐらいなら明日、作業のついでに作ってやるよ」
「ありがとうございます」
「もういいかい?」
「はい。お邪魔して、すいませんでした」
俺がお礼を言うと、親方はまた作業に戻り、若いスタッフの尻を蹴り上げていた。
これでいつ客が押し寄せても、ある程度はさばけることだろう。
まぁ本当に客が押し寄せるとは思わないが。俺はそんなフラグを立てるようなことを考えているのだった。




