012 エルーデン王家
営業2日目。
俺は店のカウンターで開店の前の準備をしていた。釣銭を揃えたり、試食用の塩と砂糖を補充したりだ。
目の前ではリサが床をモップ掛けしてくれている。窓の外に目を移すとぼんやりとしか見えないが、ミーナが店の前をホウキで掃き掃除している。はっきりと見えなくても元気なのだけはよく分かった。
今日は朝から少し体が重かった。昨日そんなに客は来ていないので疲れてはいないはずだが、何かここに来て今までの疲労がどっと出たようだ。
「そろそろ開店しようか」
「は~い」
俺は隠し持っている携帯をこっそり見て時間を確認した。声を掛けるとリサは掃除道具を奥の部屋へと片付けに行く。
「あれ?」
外を見ると掃除しているはずのミーナがいなかった。慌てて扉を開けて店の外へ出る。
「いた!」
ミーナは店の左の通りの先、5軒ほど隣の店の前まで掃き掃除をしていた。どこまで掃除する気だ、まったく。
「あら……ミーナさ~ん!」
何かあったのかと後ろから来たリサがミーナに気付いて大声で呼ぶ。
「ニャ!?」
リサの声に反応して耳を立てるミーナ。さすが猫耳。耳はいいようだ。そしてこちらに気付くとダッシュで戻って来た。
「どうしたニャ?」
「掃き掃除は両隣ぐらいまででいいからね」
「了解ニャ」
こうして我らの『異世界商会』2日目の営業が始まったのだった。
チリンチリン
「いらっしゃいませ!」
今日は開店からお客さんがやって来た。どこかで噂を聞いて来たのか、キョロキョロとやたら店内を見回している。見るからに商人風に見えるのは、俺が気にし過ぎているだけだろうか?
「本当に塩が50ガロル銅貨30枚なのかね?」
「はいニャ!試してみますニャ?」
ミーナが塩サンプルのポットを出すと、お客さんはすぐに手を出してきた。掌に出された塩を舐めると、分かりやすく目を見開いた。
「このクオリティーで銅貨30枚とは……」
商人風の男は驚きを隠そうとせず、俺のほうを見てきた。聞いてくることは、だいたい想像できる。
「申し訳ありませんが、産地も製造方法もお答え出来ませんので。すいません」
「むむぅ……」
そう唸りながらお客さんがカウンターに目をやると、ビクッと体を震わせ硬直させた。
「こ、これはいったい……」
そう言ってカウンターの上に置かれたグラスに顔を近づけていく。
「どうぞ、手に取ってご覧ください」
リサの言葉にビクッとしながらも、ゆっくりとグラスを手に取った。
「こ、これは……ガラス製かね?」
「はい。ガラスで作った飲み物用のカップでグラスと言います。丈夫ですので、普通に扱っていただければ簡単には割れませんので」
「た、確かに分厚く丈夫そうだ。なのにこの歪みの無い透明度といったら……」
お客さんはしばらくグラスを色んな角度から観察していた。
「こ、これは、いったいいくらなのかね?」
「銀貨10枚になります」
「たった銀貨10枚!」
俺からしたら日本円で1万4千円ほどもするのは高いと思っていたが、どうやら商人ギルドのエステバンさんが言っていたことが正しいらしい。
やはりガラス製品はこの世界では高価なものなのだと、改めて実感させられた。
そのあと鏡にも一通り驚いたお客さんだったが、手持ちが無いということで塩と砂糖、そしてグラスを買って帰っていった。
「ありがとうございました!」
いまのところ商品に対するお客さんの反応は、どれも良いものだ。これでうちの商品さえ知られるようになれば、どんどん売れていくのは間違いないだろう。
それにしても鏡は売れないなぁ。やっぱ設定価格が高すぎたのだろうか?
とは言っても、今日の客の入りは昨日に比べれば悪くはなかった。かといって込み合うというわけではないのだが。
こんな調子なら、店をふたりに任せても大丈夫そうだな。
「悪いけど、ちょっと買い物してくるんで、しばらくふたりで大丈夫かな?」
「は、はい」
「任せてニャ!」
リサは少し不安そうだが、ミーナは自信たっぷりだった。
そんなふたりに店を任せ、俺は商人通りを木工房ブロックへと歩き出す。店のとある工事を頼みたいと思っていたからだ。
改めて色々な店舗を見ながら通りをゆっくりと歩いていると、通りの向こうから2頭の馬が走ってくるのが見えた。
その馬には真っ赤な鎧を身にまとった騎士が乗っており、馬はかなりのスピードを出していた。慌てて通りを歩く人たちが脇に避けて道を空けている。
なかには商人の馬車もいたが、その馬車さえも慌てて脇に寄せ、騎士たちへ道を譲っているようだ。道路は騎士優先なのだろうか?
そんな真っ赤な鎧の騎士たちは、ちょうど俺の目の前にある店で通りを封鎖するように止まった。
「な、なにごとだ?」
俺が初めて見る光景にワナワナしていると、横の男が声を掛けてきた。
「あれは赤月の騎士だよ。初めて見たのかい?」
「あ、赤月の騎士?」
「ああ、第一王子のエルラン様が率いる騎士団さ。エルラン王子は武闘派だから、赤月の騎士は気が荒いぜ。気を付けろよ」
確かに赤月の騎士は、素人の俺が見ても強そうだった。通りを封鎖しながら、周囲を警戒するように目を光らせているように見える。
それからすぐにして、大きな4頭立ての馬車が3台やって来た。そのうちの真ん中の馬車だけは煌びやかな装飾が施されており、かなり豪勢な造りなのが分かる。そしてその馬車の扉には、大きな紋章のようなレリーフが輝いていた。
「あの紋章は?」
「あれはエルーデン王国の百合の紋章じゃねぇかよ。そんなことも知らないのかよ、あんた?」
「最近、王都に来たもんで、すいません」
とりあえず頭をかいてごまかす。まさかこんなところで、王家の馬車に会うとは思わなかった。
そんなことを考えていると、前後の大きな馬車から、ガチャガチャという鎧の音を響かせながら赤月の騎士たちがどんどん飛び出してきた。
そして、とある店の入り口の左右に、奇麗に並び出す。それを待っていたかのように、豪華な場所の扉が開かれ、ひとりの男が姿を現した。
「おお!エルラン王子だ!」
周囲の見物客から歓声に近い声が上がった。意外と民衆人気はあるようだ。
エルラン王子は赤月の騎士と同じ真っ赤な鎧に身を包んでいた。しかし、他の騎士たちの鎧と違い、美しく派手な金細工が全身に施されている。強そうな上に美しい、まさに王家に相応しい鎧だと言えた。
そんなエルラン王子は周囲の民衆には目もくれず、すぐに目的の店へと入って行ってしまう。
その店の看板には『ギャロック武器店』と書いてあった。さらにその看板の横には、王家の百合の紋章も小さく掲げられている。王家御用達ということだろうか?
うちの商品は塩や鏡とかだから、武闘派の王子様が来店することはないだろうなぁ。
「あ、こんなことしてる場合じゃなかった」
木工房に用があるのだった。店に残している、ふたりも心配だし、早く用事を済ませて帰ろう。
俺は王子見物の人垣をかきわけ、木工房へと進むのであった。
「風呂桶は分かるけど、シャワーって何だい?」
木工房の親方であるドワーフが腕を組んで俺の話を聞いていた。
そう、俺は店の裏庭に台所と風呂を増設しようと思ったのだ。しかし台所、というか薪のかまどは問題無く作れるということだったが、風呂はなかなか難しいようだ。
そもそも風呂桶にゆっくりつかるという文化が庶民には無いようで、親方は貴族の大理石造りの豪華な風呂しか知らないということだった。
ならシャワーだけでもと考えたが、そもそもシャワーなど知らないということらしい。
仕方なく、大きな桶に溜めたお湯を手桶で体にかける、というようなものを発注した。
その後、親方と水捌けの問題やお湯を溜めるための台所との動線などを打ち合わせすると、明日、現地の下見をしてから見積もりを出すということになった。
そろそろ健太の残した資金では足らなくなるかもしれないな。そうしたら、自分のまだ少しある貯金を使うか。
そんなことを考えながら、先ほどの『ギャロック武器店』の前までやって来た。
さっきの人だかりは嘘のように無くなり、もちろんエルラン王子も赤月の騎士たちもいなくなっている。
きっと王子様は高価な剣や鎧を買って行ったことだろう。うちの鏡も買ってください。
そんな恨めしいことを考えながら、ようやく店に戻って来た。ちょっと時間が掛かってしまったが、ふたりは大丈夫だろうか?
と、そんな心配をする俺の目の前に、店に並ぶ長蛇のお客さんの列が、そしてなんとかそれを泣きながら悲鳴を上げさばいているふたりの姿が……。
なんてことはなく、いつもの通常営業でお客さんは店にいなかった。
「お帰りなさいませ、店長」
「遅かったニャ~店長!」
リサからは労いが、ミーナからは不満がやってきた。とてもふたりらしいリアクションである。こちらも通常営業である。
「ごめんごめん。途中でエルラン王子の一行に会っちゃってね」
「王子様が!?」
リサは手を口にあてて、興奮した様子で顔を高揚させている。やはり王子は乙女心に突き刺さるらしい。
「さすが店長ニャ!王子と仲良くなったニャ?」
「ならないよ。話すどころか遠くから見てただけだから」
「ダメな店長ニャ~」
「無茶言うなよ」
王族に気軽に声なんか掛けたら、斬り殺されそうだ。
「それで、お店のほうはどうだった?」
「はい。混み合うことはありませんでしたが、昨日よりはお客さんは来ています」
「ひとりが買う量も昨日より多い気がするニャ~」
「おお、そりゃ良い感じだね」
閉店後の集計が楽しみだ。
俺が合流してから1時間ほどたった。まもなく閉店時間だ、というその時、ひとりの客が店に入ってきた。
その客は店に入るなり、カウンターにあるグラスと鏡のサンプルに飛びついた。
「おおっ!話は本当だったのか!これは凄い!」
その客は誰かから、うちのことを聞きつけてやって来たようだ。
「い、いらっしゃいませ」
リサが少し引き気味に、その客に対応する。しかし客はリサの声がまったく耳に入ってないのか、夢中でグラスと鏡に見入っていた。
リサとミーナが顔を合わせ、ふたりとも俺のほうを伺うように見てくる。
「まぁまぁ」
俺は苦笑いしながら、手でふたりに落ち着くよううながした。
そんな俺たちの様子には一切感心無い様子で、客は独り言をいいながら、しばらくサンプルをこねくり回しているのだった。
「こ、これはいくらかね?」
ようやく客がリサたちに気が付き口を開いた。いや、気が付いたというより、質問が出来たというだけなのだろうが。
「グラスは銀貨10枚。鏡は大きいのが金貨2枚で、小さいほうが金貨1枚です」
「な、なんという安さ……ムムゥ」
値段を聞いた客は、またグラスと鏡を凝視すると唸り出した。やっぱ安いですよね?でも売れないんですよ。
「これは、いくつあるのかね?」
「100や200なら、今ご用意できますが」
「そんなにかね!?」
いちおう在庫はもっとあるのだが、俺は少なめに言っておいた。買い占められても面倒だし、なんか手の内を明かしたらいけないような気がしたのだ。
「数日お時間いただければ、何百という注文にも応えられるとは思いますが……」
「そんな量産技術もあるのかね!?」
これは転売しようと考える者への牽制の意味もあった。転売しようとしても、うちが品切れを起こさなければ値はそんなに上げられないはずだ。
「ムムゥ、このクオリティーの物をまさか量産できるとは……ウ~ム」
そう言って客は、またしばらく唸り出した。
これで買わないで帰ったら怒るよ、ほんとに。
「で、お客さん、買うのかニャ~?」
ナイス、ミーナ!こういう時に空気を読まない娘がいてくれて本当に助かる。
「おお、これは失礼した。では、このグラスとやらを20個に、鏡を大小、各10枚いただこうか」
ついに売れたぁ~!しかもまとめ買い~!商人ぽいけど、このさい売れれば問題無~し!
慌ててリサとミーナが商品を準備する。もちろん俺も急いで手伝いに入る。こんなに売れるとは思っていなかったので、鏡はあまり準備をしていなかったのだ。
「グラス20個、鏡大10枚、小10枚で……お代は金貨32枚になります」
「では、これで」
そう言って商品を受け取った客が金貨の山をテーブルに置いた。
「い~ち、に~、さ~ん……」
ミーナが一枚一枚、丁寧に金貨の枚数を数え出す。なんか眼つきがランランとしていて少し怖い。
「い~ち、に~、さ~ん……」
金貨の数が多いので念のためか、ミーナはもう一度数えだした。
「い~ち、に~、さ~ん……」
ミーナが何かに憑りつかれたように、また数え出した。
「もういい、もういい!失礼しました」
「ハハハ、ちゃんと枚数あるだろう?それじゃあ」
お客さんは苦笑しながら、商品を抱えて店を出て行った。ミーナはまた金貨を数えようとして、リサに取り上げられている。
気が付けば閉店時間をけっこう過ぎているようだ。俺は慌てて店の入り口を閉めると、ふたりに店内の掃除をお願いした。
さてお楽しみの集計タイムだ。俺は売上の箱を持って奥の部屋へ入り、さっそく売上金を数えてみる。さらにミーナが書いている売上伝票とも照らし合わせた。
「おお、凄い!」
集計結果に思わず声が漏れる。
本日の売上は塩5500ガロルで銅貨3300枚。砂糖300ガロルで銀貨18枚。グラス23個で銀貨230枚。
そして鏡の小が10枚で金貨10枚、大も10枚で金貨20枚。
果たして今日の売上合計は、金貨32枚と銀貨81枚。日本円にして約459万3400円なり。
最後の客がいなくても昨日の売上を上回っていたが、最後の鏡まとめ買いはやはり大きかった。これは鏡が売れ出したら、売り上げは凄いことになっていきそうだ。
「店長、お掃除終わりました」
リサが掃除道具を片付けに部屋へ入ってきた。その後ろからミーナも部屋へ入ってくる。
「店長、今日、打ち上げはするニャ?」
「そんな毎日しないよ。昨日は初日だから特別なの」
「そんニャ~」
「だから言ったじゃないですかぁ」
そう言ってリサは、がっくりと肩を落とすミーナの背中を撫でていた。
可哀そうだが、毎日やるわけにはいかないからな。示しがつかなくなるし。
「それじゃあ一日の売り上げが金貨100枚超えたら、肉を好きなだけ食べさせてあげるよ」
「本当ニャ、店長!?」
「ああ、約束するよ」
「やったニャ~!」
「よかったですね。今日は一緒に焼き鳥食べて帰りましょう」
「いいニャ~!行く行くニャ~!」
こうしてふたりは仲良く店を出て行った。
でもミーナには悪いが、さすがに売上金貨100枚超えまでは、まだしばらくかかりそうだ。ただ店の目標としては、ちょうどいいんじゃないかと思う。
さて、俺も今日は早く帰って、ゆっくり休むことにするかな。
売り上げが上がってきたとはいえ、在庫にはまだまだ余裕もある。なので商品の買い付けも、しばらくしなくて大丈夫そうだ。
そう考えると疲れがどっと沸いてきた。
「風呂入って早く寝よう」
俺は店の戸締りをしっかり確認すると、地下室へと降りていくのだった。




