011 ついに開店!
「ふぅ~在庫はこんなもんかな」
開店当日の朝、俺は地下室から商品在庫の一部を上の部屋へと運んでいた。
台車などが使えない階段なので、かなりの重労働となってしまった。
いま店にある商品数は塩2200キロ、砂糖600キロ、ロックグラス600個、鏡が大小500枚づつである。ざっと51万円使ったことになる。
これだけあれば、客がかなり来たとしてもしばらく在庫切れを起こすことはないだろう。
チリンチリン
そんなことを考えながら店舗部分で商品運搬の疲れを癒していると、店の扉が先ほど取り付けたベルの音を鳴らして開いた。
「おはようございます!」
元気に挨拶をしながらリサが店に入って来た。
「おはよう。早いね」
「はい。なんか早く起きてしまって」
まだ朝の10時ごろだ。開店まであと1時間ある。
「このベル、つけたんですか?」
「いいでしょ」
「はい!いい感じです」
そう言ってリサは扉を何回か開け閉めして、心地よいベルの音を確認していた。昨日、エプロンを買った店で見つけて取り付けてみたんだが、気に入ってくれたみたいで良かった。
「それじゃあ私、掃除しちゃいますね」
「ああ、お願いします」
昨日、掃除してまだ来客も無いので、まったく汚れてはいないが、こういうのは気持ちの問題でもある。
リサは井戸で水を汲んでくると、楽しそうに雑巾で拭き掃除を始めた。
おれはもう一度、在庫の確認をすると、サンプルの塩と砂糖なども確認する。カウンター下の釣銭もちゃんといっぱい入っているので大丈夫だろう。
チリンチリン
「おはようニャ!」
しばらくするとミーナも元気に出勤してきた。
「おはよう」
チリンチリンチリンチリンチリンチリン
ミーナは扉のベルに気付くと、何度も何度も扉を開け閉めしだした。目をまん丸にしてベルを見つめている。しっぽもブルンブルンだ。
「ミーナ、もうその辺で……」
「さすが店長ニャ!」
ようやく気が済んだのか、顔を赤らめながらミーナが店に入って来た。少し汗もかいてるようだ。
「あ、そうだ。ふたりに仕事中に着けて欲しいものがあるんだけど」
「何でしょうか?」
「ニャ?」
そう言って俺は昨日買ったばかりのピンクのエプロンを取り出した。
「制服ってわけじゃないけど、これを着けて接客してください」
「わぁ可愛いです!」
「良い色だニャ~」
ふたりはエプロンを広げて眺めながら声を上げた。気に入ってくれたようで何よりです。この世界でもピンクは女の子受けがいいようで良かったよ。
リサが器用にエプロンを着けると女の子らしく笑顔でクルリと回っている。うんうん、可愛い可愛い。
「ニャ~……」
ミーナはなかなか背中に回した紐が上手く結べないようでイライラしだした。見かねたリサが、すぐに結んであげる。
俺も黒いエプロンを着けてみた。エプロンを着けるなんて、中学の時の家庭科いらいだ。
「店長は黒なんですね」
「黒で男の渋さを演出するとは、さすが店長ニャ」
「いや、さすがにピンクは着けづらいよ」
そんなことをやっている間に、あと少しで開店時間だ。なんか不安でドキドキして来たので、最後にもう一度だけ段取りの最終確認をしておいた。
「よし。いよいよ開店だ。みんなよろしくね」
「はい」
「はいニャ!」
リサは少し緊張した面持ちだが、ミーナは普段通りの感じだ。こういう時のミーナは、本当に心強い。
「じゃあ、開けるよ」
俺はそう言って扉の外にかけてある札を『閉店』から『開店』へとひっくり返す。
次の瞬間、大勢の客が店の入り口に殺到する……ということはまったく無い。まぁ、なんの告知や宣伝もしてないので、当たり前ではあるが。
こうして我が『異世界商会』は静かに開店したのだった。
チリンチリン
開店から、しばらくして店の扉が開いた。
「い、いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいニャ~!」
リサは少し緊張気味にお客さん第一号を迎えた。ミーナは変わらず元気だ。
「開店おめでとうございます!」
店に入って来たのは、赤いグリフォン亭の女の子だった。俺はカウンターから出て彼女を迎え入れた。
「あっ!グリフォン亭の」
「今日、開店だって聞いて」
「ありがとうございます」
「なんか安くて良い塩があるって、そこの子に聞いたんで」
そう言って彼女はリサのほうを見た。俺が驚いてリサを見ると、彼女はモジモジしている。知らぬ間に営業しているとは、リサは本当に商売に向いているかもしれない。
「ぜひ、うちの塩を試してみてください」
俺がそう言うと、リサがテイスティング用の塩のポットを開けてグリフォン亭の女の子へ差し出した。女の子はポットにある小さな木のスプーンで少し塩を取ると、掌に出してペロリとなめてみる。
「んん!本当だ、凄い!」
価格が安いのでそんなにしょっぱくないとでも思っていたのか、かなり驚いた様子だった。
「じゃあ、この塩100ガロルください」
「ありがとうございます!」
リサがそう言って差し出された袋を受け取り、升2杯分の塩を袋へ入れる。
「お代は銅貨60枚ですニャ」
練習通り注文をメモに書いたミーナが代金を受け取り、足元の木箱へと入れた。
うんうん、ふたりとも良い感じに動けている。これだったら大丈夫そうだ。
「それじゃあ、またうちの店にも来てね~!」
そう言って赤いグリフォン亭の女の子は塩を持って帰っていった。
「良い感じだね。この調子でいこう」
「はい!」
「はいニャ!」
俺の言葉にふたりは元気に返事をする。しかし、この俺たちのやる気も、すぐに小さくなってしまう。その後1時間以上経っても、お客さんがひとりも来ないのだ。さっき昼の鐘を聞いてから、もうどれだけ経っただろうか。
宣伝をまったくしないのも失敗だったかな。そんなことを考えていると、とつぜん店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいニャ!」
「開店おめでとうございます」
そこに立っていたのは商人ギルドのリーナスさんだった。
「どうかしましたか?」
あからさまに落胆した表情をみせるリサとミーナに気付いたリーナスさんは、不思議そうな顔をしている。
「ハハハ、お客さんだと思ったもので、すいません」
頭をかく俺にリーナスさんは優しく微笑んだ。そして、お祝いだと言ってワインを1本、俺に手渡した。それは今年作られたワインらしく、開店祝いの定番だということだった。
「ふたりとも頑張ってね。それでは失礼いたします」
優しくリサとミーナに声を掛けると、リーナスさんはすぐに帰って行った。店の邪魔をしてはいけないという心遣いなのだろう。暇なんですけどね。
そして、それから1時間ほどして、ようやくふたり目の、実質ひとり目の客がやってきた。優しそうな、おじさんのお客さんである。
「うお!しょっぱい!」
「こっちも、どうぞニャ~」
「うわっ!甘い!」
おじさんは差し出された塩と砂糖のサンプルを試して、俺からすれば当たり前のことを言って驚いていた。
けっきょく、おじさんは塩と砂糖を50ガロルづつ買って帰った。たぶん、とりあえず買ったというお試しなのだろう。しかし、この積み重ねが大事なんだと思うのだ。
チリンチリン
「いらっしゃいませ!」
次に入って来た客は商人風の男だった。店の中をキョロキョロと観察しているようだ。まさに偵察に来たという感じだった。
「塩が50ガロル銅貨30枚というのは本当かね?」
「はい。試してみますか?」
リサが塩のポットを差し出すと、男はすぐに手を出し出された塩を舐める。
「これは!」
その後、砂糖も試食すると唸りながら、男は俺の前にやって来た。
「失礼だが、この店のご主人かね?」
「はい、そうです」
「なぜ、こんな値段で塩が販売できるのかね?今だけの赤字覚悟の客寄せ価格とか?」
「いえ、ずっとこの値段でいくつもりですが」
「むむぅ~……では何か特別な製法で単価をおさえているのかね?」
「それは企業秘密ですので、申し訳ありませんがお答え出来ません。ですが、ちゃんとした塩なので、ご安心ください」
「それは舐めれば分かる。ちゃんとどころか質の良い塩だ」
俺はこっちの世界の塩のほうが質が良いと思いますが。ミネラル大事。
その後、男は色んな情報を聞き出そうとしてきたが、俺はのらりくらりとはぐらかした。この人、もう商人だということを隠そうともしないのね。
「ありがとうございました!」
けっきょく男は塩と砂糖を50ガロルづつ買って帰った。彼もまずはお試しか、それとも調査研究というとこだろう。
その後、ポツポツとお客さんが入り始め、最終的には17時の閉店までに35人ほどのお客さんがやって来ていた。最初は客足が悪く震えそうになったが、昼過ぎからはまぁまぁの来客だと言え。
あまり忙しくならない俺の理想のスタートに近いかたちとなって、少しホッとした。
ふたりに店の掃除を任せて、俺は売上メモと売上金を持って隣の休憩室へと入る。
「どれどれ初日の売り上げはどうだったかな?」
メモと鉛筆を使って本日の売上集計を始める。こういう時に電卓のありがたみが分かった。しかし、ここで使うわけにはいかない。
「おお、まぁまぁの売上じゃないか」
俺は集計結果のメモを見て、思わず声をもらす。
本日の売上は塩2500ガロル、砂糖150ガロル、グラス2個で、鏡は残念ながらゼロだった。
そして売上金は銅貨1500枚と銀貨29枚。つまり銀貨44枚分、日本円にすると約6万円ちょっとの売り上げになる。
鏡がまったく売れなかったのは気になったが、予想よりは良い売り上げだった。
こんな感じで1、2週間いってくれればいいんだけど。俺はそんな淡い期待を抱いていた。
「店長~!掃除終わったニャ~」
そう言いながらミーナが部屋へ入って来た。
「ご苦労様!よし。それじゃあ、これから打ち上げでもしようか。ふたりとも、このあと時間はある」
「大丈夫ですが……」
「打ち上げって、なんニャ?」
ミーナがしっぽを激しく振りながら聞いてくる。意味は分からないが、なにかいいことなんじゃないかとは思っているようだ。
「打ち上げはね、お疲れ様って皆で食事とかすることだよ。いつもはやらないけど、今日は初日なんで特別にね」
「わぁ~!」
リサも嬉しそうに声を上げた。こういう時はやはり子供なんだと感じられて、なぜかホッとする。
「なにか食べたいものはある?もちろんご馳走するから、遠慮せず言って」
「にくにくにく、肉がいいニャ~!」
でしょうね。リサも横で苦笑しながら、うなずいている。
「でも知ってる店は一軒しかないんだよなぁ」
「ニャ?赤いグリフォン亭のステーキは最高ニャ!」
「昨日と同じでいいの?」
「いいに決まってるニャ!ねぇリサ」
「は、はい」
リサも同意しているが、苦笑は消えていない。
「リサ、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。私は食べれれば何でも嬉しいので」
「魚とかもあるみたいだから、好きなの食べてね」
「はい!」
赤いグリフォン亭の女の子には、当店来客第一号という恩義もある。改めてお礼も言わないとね。
こうして俺たち三人は、いつもの赤いグリフォン亭へ打ち上げに向かったのだった。