戦乙女と罠
商業地区の東、歓楽街から程近いこの辺りは所謂成り上がり者の商売人が多く住む地域じゃ。
山手ほど格式張っておらず。下町程地元意識が強くもない、商業的な新興勢力の拠点とも言える地域じゃな。
ここに今回の騒ぎを起こした輩の屋敷がある。
リーベルトの調べによるとそ奴は歓楽街で新興の店舗グループを束ねる顔役の一人で、まあ、よくない噂が絶えぬやつらしい。
今回の地上げも老舗に酒場の並ぶ旧歓楽地に新店舗を出し、自らに箔を付けて他の顔役たちに一歩差をつけようとの算段だったそうじゃ。
後から入って来た者たちにとって、あの辺りに店を持つのは一種のステータスなのじゃそうな。
じゃが、数ある店の中でマリーナさんの店を選んだ裏には何やら第三者の入れ知恵があったようで、それがこれから捉える邪術士ではないかとはリーベルトの談じゃ。
まあ、細かいことは本人に喋らせれば良い。
「お父様、バルキリー全機配置に付きました。何時でも突入可能であると報告します」
うむ、そろそろ頃合いかの。
「主犯は出来る限り生かして捉えよ。悪魔は魂さえ確保できれば何でも良い。その他は無力化する際殺さぬように気をつけよ。まあ、死んでさえおらねばわしが何とかしよう。以上じゃ。」
「全機に通達完了。『ドライ』、『ヒュンフ』より異議申立て。却下しました。」
「目標の反応変化無し。突入します」
正面からはワシ、アルテア、ラジエル、バルキリーの「ツヴァイ」。
裏口が「アイン」「ドライ」「フィア」。
「フュンフ」は上空待機じゃ。
先ずは門の前で、作戦内容の告知。これをやっておかぬと後で大事になりかねんからな。
魔術で音を拡大し辺り一帯に聞こえるようにする。
「これより当地にて、悪魔とその契約者の討伐を行います。異議のある者は武力をもって抗う意思を示すこと。異議の無い者は両手を頭に床に伏せなさい。命は保証しましょう」
随分な告知だと思うじゃろ? しかしな、本来ならば屋敷を囲み火を放ってからやるのが通例だったのじゃぞ。
それだけ悪魔が手強い相手だと認識されておるとゆうことじゃ。
門番を無力化し門を破壊し、先頭のツヴァイが槍先に取り付けた「悪魔打ち」の旗を掲げて進む。
玄関前に旗を突き立て邸内に入ると、ホールには怖い顔のお兄さん方が勢揃いじゃ。
アルテアが一歩前に出ようとしてやめる。ツヴァイが出るようじゃな。
「私頑張っちゃうからラジエル君応援しててね」
緊張感は無い。10人程度のゴロツキや冒険者崩れなどはなっから眼中には無いのであろう。
「おう! おめえらココがどこだか「ザシュッ!」ギャー!」
威嚇を始めた途端に得物ごと腕を切り落とされる男。
「な、な! 何て無茶苦茶しやがる!!」
咄嗟に身構える男達にせまるツヴァイ。
いくら武装していようと見た目は、10歳の少女。
男達に戸惑いが見える。
低い身長が更に低く構えと地を這うように近づき、足を切り裂く。
「う、うわー!」
「ギャー!!」
「ヒィ!」
次々転倒する男達。
「いきなりやって来てこんな事しやがって!許されると思ってやがるのか!」
最後の一人になってしまった男が、怯え交じりの抗議の声を上げる。
「えぇー、だって最初にアルテア様が言ったじゃない。『悪魔の討伐』をするって。
おとぎ話とかで聞いたことない?悪魔に味方した村人が村ごと焼かれましたってやつ」
「あ、あっ、いやだ!助けて……」
「残念でした。後悔先に立たずですね〜。では!」
「武器を捨て、床に伏せて、両手を頭じゃ。痛い思いをしたくなければ早くすることじゃ」
必要以上に怪我人を出しても仕方がない、横から助け舟を出す。
ツヴァイは不満そうじゃな。仕方ない、懐から砂糖菓子の瓶を取り出して口の中に一つ放り込んでおく。
うむ、おとなしくなったのぉ、なんとなく頭を撫でてみるのじゃ。
少しイヤイヤされてしもうたが、懐かしい感覚じゃったわい。
言っておくがワシ何人も教えた教師で子育ても終えた父親じゃからの?
そこのところ宜しくじゃ!
まあ良い、これで、障害はもう無かろう。
本命を探すぞい。
あ、そうじゃラジエルよ、この怪我人共にこの薬を掛けておいてくれんかの。
わざとゆっくり効くように調合したポーションじゃ。
効果は中々のものじゃからちょっとずつな。
二階の角部屋、反応はそこにあるようじゃ。
裏口より進入したアイン達を後詰とし、邪術士の元へと向かう。
おお!入り口に罠が!
……
なんじゃこれ?おちょくられておるのかの?
アルテアと顔を見合わせる。
かぶりを振られたわい。
扉にタライが引っ掛けてある。
気がつかずに戸を開くと上からこのタライが落ちて中身を被ると。
ふぅ。
「まあ良い、アルテアよ扉ごと吹き飛ばしてしまうのが手っ取り早いと思うのじゃが」
「はい、ではそのように」
あーもう、今回の悪魔はハズレかもしれんのぉ。
アルテアが軽く腕をふ……るまえにツヴァイが!
「何をかたまっているんですか?サッサとかたずけちゃいましょう」
ガチャ。
ゴン!
バシャァ
きゃぁ!
…………
ああ、謎の液体を被ったツヴァイからしゅうしゅうと煙が上がっておる。
酸の類、この臭いなら、おそらくはアシッドスライムの粘液から精製された溶解液じゃな。魔法的な防御の無いものなら何でも溶かす強力な酸じゃ。
「ひぃ!あ、あ、あ」
おかしな声を上げるツヴァイ。
「ははは!本当にひっかがりやがった!世の中、信じられないようなバカは一人じゃないんだな!」
若い男の声がする。
これは、邪術士かの?
アルテアを先頭に部屋に押し入る。
まだ若い魔術師風の男と見慣れぬ格好の少女。
これがターゲットかの。
さて、どちらじゃ?
「だから言ったでしょ!これは私の国に古くから伝わる由緒正しい罠なんだから」
こちらじゃな。
「しかし薄情な奴らだな、あんな小さな子が罠に掛かって苦しんでるのに放置かよ」
ん?ああ、ツヴァイか。
「ツヴァイ、いつまで遊んでいるのです。早く戦列に復帰しなさい」
ふっと立ち上がるツヴァイ。
「だって、すっごくビックリしたんですよぉ。ぴりぴりするし、しゅうしゅう音がするし、今も何だかすうすうするし、ってええええ!?」
おう、金属の鎧から所々覗いていた布地が全てボロボロに崩れて、下から肌が覗いておるの。
「ひやぅ!へ、変態ぃぃ!!」
顔真っ赤じゃな。まるでアルテアとおるときのラジエルのようじゃ。
「鎧を着ておるし、露出部分もほぼ無い、あまり問題はないのではないかの?」
「ち、ちがうもん、それじゃないんだもん!」
なんじゃ?おかしな娘じゃな。
「お父様、少し同調率を上げてみたのですが、どうやら下着も溶けてしまったようです、と報告します」
ああ、それはすうすうするかもしれぬな……
「あーん、アルテア様、ラジエル君の前でそんな事バラしちゃいやー!」
泣き真似をしながら部屋から駈け出すツヴァイ。
おう!戦闘前に戦力が一人離脱してしもうた。
恐ろしい罠!じゃったのか?