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二十話



 乳白色の世界で、しばらく悩み続ける三人の唸り声だけがあった。


『……もういいじゃん、男に戻ることはないんだからさぁ。二人で仲睦まじく暮らせばさぁ……』


 ときおりあくびまじりのような仙女の声がしたが、悩む三人の耳には届かず。

そして三人にばれないようにこそっと乳白色の世界を解いてとんずらしようとすると、


「待たれよっっ!!」

『ひぃいいいいいい!!』


と、錦之丞が半端ない殺気を飛ばし、仙女をその場に留めるの繰り返しだった。



 が、やがて。


『もういいじゃん! もういいじゃん! 元おっさんが乙女だろうがどうだろがどうだっていいじゃん!! あんた達、この世で最もどうでもいいことに頭を悩ませて、もっとも無駄な時間を費やしているのよ!! もうこんなことに仙女を付きあわせないでよぉぉぉぉぉぉおおおお!!』


 とうとう仙女が癇癪をおこし、乳白色の世界に四方八方に稲妻が走った。



「あぁああああああ!!」


 稲光が轟くと同時に、突如錦之丞が天を見上げて叫んだ。

皆はぎょっとして錦之丞を見た。

老婆は、もしやお清の奇妙な振る舞いが移ってしまったのではないかと本気で心配した。



「仙女、仙女殿!」


 錦之丞は興奮に身を震わせながら叫ぶ。


「俺は以前聞いたことがある! とある剣の達人が、薙刀の達人である女子を娶ったという」


 なんの脈絡もない錦之丞の話だが、珍しく興奮した姿に皆それとなく神妙に続きを待った。

「その女子、気立、器量ともに良く、夫をたてて貞淑な妻であったそうだ。しかし……」


 そこで錦之丞は声をひそめる。

皆も自然と固唾をのみ、乳白色のもやも身を乗り出すようにざわ…ざわざわ……とわなないた。


 空気が張りつめた中、錦之丞は囁くように続きを語った。


「しかし初夜を迎え、その女子は……未通ではないことがわかった……」

『そ、その女子、不貞を働いていたのか、またはすでに想いあう男と結ばれていたと!?』


 鼻息も荒く勢い込んで訊く仙女の声が響く。


(女子はこのようなよそ様の痴話話が好きですものねぇ……)

と老婆は内心ため息をつき、お清は

(他の女の話を錦之丞さまの口から初めて聞いたけど、なんだろう……なんだか胸の辺りがもやもやする……)

と不思議そうに胸元をはだけて、じっと己の剥き出しの乳房を眺めていた。



「そう、驚いた男は初夜の途中で花嫁を置いて家を飛び出してしまった」

『うわっ、男も最低!!』


 何となく自分の世界に入っているお清と老婆をおいて、錦之丞の話はすすむ。


「そして男はそのまま剣の師匠のもとに行き、夜更けの突然の訪問に驚く師匠に全てを話した」

『うわっ、情けない!』


 錦之丞は一度唾を飲み込んで口を湿らせた。


「そして、師匠に教えられた。……『武術を嗜む女子は、その激しい鍛錬により自ずと破瓜してしまう』という事を」


『えっ……そんなことあるの? じゃあ、その妻も……』

「そう! その妻も激しく厳しい鍛錬により破瓜したものであり、その身体は確かに男を知らぬ生娘だった!」

『うわっ、それじゃ男は最悪じゃん!!』

「男は家に帰ると妻の前で土下座をし、更にしばらくお預け状態をくらったものの、怒りを解いた奥方をある晩抱いて間違いなく生娘であったことをしみじみと実感したそうだ!」

『なんか最後の方は艶話みたいだったけどまぁまぁ面白かった!』



 一気に話しきった錦之丞は、そこで乳房をいまだ眺めているお清の腕をつかんだ。

お清は驚いて錦之丞の顔を見上げ、剥き出しの乳房はぶるんと揺れた。


「お清も、お清もそうなのではあるまいか!?」

「『ええっ!?』」


 錦之丞の言葉に、その場にいた女たちが皆疑問の声を上げた。


「錦之丞さま、わしは武術なんてしたことないよ」

「錦之丞さまが一番お分かりかと思いますが、お清の身のこなしは武術を少しでも嗜んでいるとは思えませんが……」

『そいつに努力とか厳しい鍛錬とか無理に決まってるじゃん』


 女たちは、錦之丞がお清の身の潔白を信じたいがために無理にこじつけようとしているのだと、どこか憐憫の表情で見やった。

だが錦之丞はいまだ興奮さめやらぬ様子で、掴んでいたお清を更に引き寄せた。


「いや、とある夜に俺とお清は酒を呑んで大暴れしたことがある。それこそ組み合いの稽古をしたようにだ!」


「あ」、とお清は空いた方の手で口を押えた。

老婆はお清の胸元をささっと直した。


「あの時、あのときにお清は破瓜したのではないだろうか!? 仙女殿よ、その千里眼で見ては頂けぬか!!」

『……めちゃくちゃ気が進まないんだけど……。……絶対に二人でいちゃこらしていたわけじゃないのね!?』


 仙女はその後もぶつぶつ言ったり、その時に二人がいかがわしいことをしていなかったかを何度もしつこく確認したが、やがて諦めて静かになった。



 そして。



『……うん、そうだわ……。あんた(錦之丞)(と取っ組み合いの大暴れをしたこと)が原因で破瓜したんだわ……』


「良かったな! お清」


 錦之所は輝かんばかりの笑顔でお清を抱きしめた。

だが、対するお清は顔を曇らせてぼそぼそと呟いた。


「錦之丞さま、そんなにわしが生娘でないといけないか?」

「……ん?」


 お清は無理やり錦之丞から体を離すと、笑みを浮かべている綺麗な顔をねめつけた。


「そんなにわしが生娘であることにこだわって……わしがそうでないのと嫌なのか? もしわしが生娘でなかったならば、そのときはどうしたんじゃ!?」


 激昂するお清を前に、錦之丞は笑みを深めた。

そして眉間に皺をよせているお清の顔を覗きこんで答えた。


「俺はお前が何者かに狼藉を働かれたのではないかと思ったのだ。そうであるならば、それも含めて俺がお前を全て受け入れたいと思った。だが、破瓜の原因がわかって、そなたの心が傷ついていないことがわかってほっとしたのだ」

「錦之丞さまぁ!!」


 お清は感極まって錦之丞の胸に抱き付いた。

錦之丞もしっかりと固く抱きしめる。


 そんな二人のまわりから、乳白色のもやはとっくの昔に消え去っていた。

老婆だけは見ていた。


『……あほらし……』

その一言のみを残して仙女がさっさと去って行ったことを。



 


 そのまましばし二人は抱きしめあい、そして老婆もそれを(生)暖かく見守っていた。

半刻が過ぎようと、一刻が過ぎようと、お互いの絆を深めあう二人を前に野暮なことはいうまいと老婆は生暖かく見守っていた。


 が、そろそろ日暮れも近くなる頃、老婆はこほんと咳をして錦之丞の肩をたたいた。

「日暮れも迫っております。どのようにいたしましょうか?」

「あぁ、すでに近くまで来ている。日が落ちるまでに急いで行こうか……」


 はっと我に返った錦之丞は照れくさそうにしながら早口にそう告げ、道端に落ちていた荷物を担ぎ直し、いまだぽうとしていたお清の腕を引っ張って歩き出した。

そうして足早にしばらく歩き日も暮れかけてきた頃、一軒の家が見えてきた。

ややこじんまりとしているがしっかりと手入れが行き届いており、どこぞの金持ちの隠れ家にも見えた。


「ここがそうでございますか」

「あぁ、なかなかよいところだろう?」


 老婆と錦之丞が交わす言葉に、お清は不思議そうに家と二人を交互に見やる。

錦之丞はそんなお清の肩を抱き、どこか自慢げに家を眺めた。


「お清、ここがこれから三人で暮らす家だ。屋敷とまではいかぬが、なかなかいい所であろう?」


 錦之丞は屋敷を出ると決めたときから、領主の伝手(つて)を頼りに使わなくなった別宅などがないか家探しをしていた。

そして領地から離れ、人里からも程よく離れた土地に家を見つけていた。

更に領主権限と伝手で商人組合の商売手形も手に入れており、懇意にしていた商人を通して様々な種類の小物を目利きして取り扱うよう商売をしていく手筈も整えていた。

さきほども小夜の夫となるであろう商人と話をつけ、さらに伝手を広げていたところである。


 お清と一緒にいる時間が長くなったせいでボケボケに見えてきた錦之丞であったが、一応やり手の元領主だった。



こんな話で一月も間を空けて申し訳ないです……。

テンションをあげないとね、書けなかったんすよ……。


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