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二十一話



「うわぁ!」


 お清は家の木戸を引くと、中に飛び込んで歓声をあげた。

中は先の持ち主の好意によりすぐに住める状態になっていた。

錦之丞と老婆もお清に続けて入り、頼んでいた家具がしっかりと設置されていることを確認して満足げに家の中を見回した。

 

 家の玄関口ともなる土間には水回りと竈があり、盥に水をはると一行は足を付けて旅の汚れを落とした。

土間と続きになっている六畳ほどの板の間部屋に荷物を適当に置くと、皆はそのまま腰を落ち着けた。

戸棚を見つくろっていた老婆が、新しい茶葉と茶器の一式を見つけたので一服用意する。

これからは屋敷にいたころのような贅沢は控えるべきであったが、この茶葉も前持ち主の好意であったので今日だけはありがたくいただくことにした。


 お清は出された茶をありがたくいただきながらも、ちらちらと板戸の向こうを気にしていた。

今いる部屋に板戸が二つある。

板戸の向こうはどうなっているのか、お清は早く見たくてうずうずしていた。


「その向こうは居室となる。寝起きやらはその部屋になるな」

お清の視線に気が付いた錦之丞がそう声をかけ、そしていちど咳払いをして続けた。


「居室は二つある」

「あぁ、今までのように錦之丞さまの部屋と、わしとばぁちゃんの部屋だな」

「いいや」


 お清が振り返ると、なにやら錦之丞が難しい顔をしていた。


「フキの部屋と、……俺とお前の部屋だ」





 その夜は持ってきた干し飯などを戻して簡単な夕食をとった。

食べ終わるとすぐに錦之丞は「もう休む」と一言残して自室に入って行った。


 お清と老婆は器を洗って片付け、そして灯していた火を消した。

部屋は真っ暗になり、かろうじて月明りで物の輪郭がわかるぐらいとなる。

二人はゆっくりと足を進め、そして一緒に居室に入ろうとした。


「あら、お清の部屋はあちらでしょうが」

「……今までばぁちゃんと一緒の部屋だったから、何だか変わると落ち着かない」


 そう言ってお清は暗闇の向こう側にある木戸に目をやる。

木戸の隙間から明かりが漏れている。

あの木戸の向こう側に錦之丞がいると思うと、なにやら胸がざわついて落ち着かない。

今まで乳を丸出しにして抱き付いたことだってあったし、酒を呑んで取っ組み合いをしたこともある。

錦之丞の部屋に話をしに行くことだって何度もあった。


 それなのに、今あの木戸をあけて中に入るのはなぜかためらわれた。


 が。

「それではお休みなさいませ」

向こうの部屋のに戸惑いためらっている間に、老婆はさっさと自室にひっこんで木戸を閉めてしまった。

とっさに追いすがろうと戸板に手をかければ、老婆はつっかえ棒でも仕込んだのか頑として動かない。


「ばぁちゃん、薄情な……」

お清は情けない声を上げると後ろを振り返った。

先ほどまで食事をとっていた板の間。

畳でもなく布団も敷いておらず冷たく固い板の床であるが、自分ならどこでも眠れるし問題はないか……。

そう判断して足を一歩踏み出し、どうして自分がそこまで錦之丞のいる部屋に入るのを避けているのかと首を傾げた。


 ……考えてもわからないし、そもそも考える頭もない。

ちゃんと自分が寝るところを準備されているんだ、そこで寝ればいいではないか。

そう思ってもう一度錦之丞の待つ部屋の前に立つ。


「……」


 木戸に手を伸ばしかけるが、触れる前に自然と手が止まってしまう。

手を宙にとめたまま、お清はふと気が付いた。


 前の屋敷では、音がせずとも絶えず人の気配があった。

それがどうだ。今はこの家にたった三人。


 そしてこの部屋に入れば錦之丞と二人きり……。


 お清の顔は一気に火が噴いたように熱くなった。

別に男女の営みを思い浮かべたわけではない。

それよりも錦之丞と二人きりでいるというその事自体がとても生々しく、そして気恥ずかしいことに感じた。


「何をしているんだ?」


 目の前の木戸が開き、怪訝な顔の錦之丞の姿がそこにあった。

すでに旅装から寝間着に着替えており、屋敷の中でもあまり見ることのなかったくつろいだ姿をしている。

お清は開いた木戸から煌々と漏れる明かりを頼りに、錦之丞の寝間着姿を上から下まで一通り見て、そしてまた目線を上にあげた。

緩くくつろげられ、ちらりと見える胸板に目が留まった。


「ひぃやぁああああああああ!!」


 お清は顔を真っ赤にして悲鳴を上げると、持てる力の限りを出して目の前の木戸を閉めにかかった。


「痛い痛い痛い!!」

訳も分からずいきなり力ずくで木戸に挟まれ、しかも一向に力を緩める様子がない。

錦之丞はなんとか木戸を押し返して隙間を作ると、部屋から抜け出してお清の前に立った。


「部屋にも入らずこれだ。一体どうしたんだ?」


 そうして心配そうに見つめながらお清の両肩に手を置いた。

すでに錦之丞の顔を見れなかったお清は、さりげなく顔を横にそらす。

寝間着の袖がめくれ、ほどよい筋肉がついている腕が目に入った。

男らしく血管が浮き出て、筋の線がくっきりとしている腕。


(錦之丞さまって線が細いけど、以外と逞し……)


 そこまで考えてお清は思わず錦之丞の手を払いのけた。


「お清、一体どうしたというのだ!?」


 錦之丞はいきなり手を払われた戸惑いを隠せぬまま、お清の様子をうかがう。

明かりに乏しいためお清の様子が良く分からず、錦之丞はよくわからぬと身をかがめて覗きこんだ。

そこには、唇を噛んで必死に目をそらしている女の姿があった。

自室からもれる明かりに照らされて、心なしか目が潤み頬が赤らんでいるように見える。


 そこで錦之丞はある考えに至った。

それと同時に激しく違和感を覚える。

目の前にいるのはお清だ。あの阿呆なお清のはずだ。

それなのに目の前の女は顔を赤くして、まるで錦之丞を恐れるかのように目を必死にそらしている。

しおれた花のような儚さまで感じる。


 屋敷の人間たちが自分を恐れた目で見ていたのとも違う、いつもお清が阿保面でへらりと自分を見る目とも違う。

これは……。

いや、しかしあのお清が……?


「……お前、まさか恥ずかしいのか……?」


 信じられないといった錦之丞の言葉に、うつむいたままびくりと肩を震わせた。

あのお清がだ!

錦之丞は一体何が起きたのかわからないと額に手をやって呻いた。


「いや、だってお前、今まであれだけあられもない姿を俺に見せてきてだ、どうして今になって照れているんだ」

「……なんか、錦之丞さまと二人っきりていうのが妙に気恥ずかしくて……」


 俯いたままボソボソとお清が返事をする。

仄かに照らし出されるしおらしいお清の姿に、錦之丞もなぜか気恥ずかしくなって頬が熱くなってきた。


「た、確かにお前と会うときはフキも同席することがほとんどだったが、それでも……。ほら、あの夜! お前が酒を用意して俺の部屋で待っていたあの夜! あの時だってそんな雰囲気ではなかっただろうが!」

「あの時はばぁちゃんのこともあってそれどころじゃなかったし」

「それ以前にお前は乳をさらけ出して俺に『抱け』と迫ることもあったろうが!」


 どことなく焦った様子の錦之丞に気づかず、お清はあいかわらず視線をさまよわせる。


「ん……、あの頃の錦之丞さまは、なんというか、顔も姿もとってもきれいだったんだけど、何か、男って感じじゃなかったんだよな……。こう何ていうか、綺麗なひな人形とか、綺麗な刀を見ているような気分ていうか」

「まぁ、素直に認めたくはないが、言いたいことはわかる。……なら今はどうなんだ」


 お清はふっと顔を上げて、何かを確かめるように錦之丞の顔を覗きこんだ。

暗闇のなか灯に照らされた瞳が、やけに錦之丞の心に焼き付く。



「今は……活気に満ち溢れた、生身のおとこ(・・・)って感じで、何だか気後れしてしまう……」



 その言葉を聞いたとたん、錦之丞の身体を熱が襲った。

体中の隅々の血が沸騰しているようで、気が付くとお清の肩を強くつかんでいた。

突然のことに戸惑っているお清など構う余裕もなく、まるで喰らいつくように耳元に口を寄せる。



「ならば、今宵お前を抱くと言ったらどうする?」


 そして返事も聞かぬまま、白くて細い首に音を立てて口づけた。





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