01.
「君は彼を加速させることも停止させることも出来る。壊すことも生かすことも失くすことも欠かすことも…――すべては君の望むままだ」
ジャック・ルドルフと名乗った正体不明の青年は、長い足を組み換えながらそう言った。
座るべき椅子も椅子の代わりに腰掛けられるような物も、ましてや地面や空すらもない灰色の何処までも平行線が続いているようで、それでいて狭苦しい箱の中に閉じ込められているような可笑しな空間に重力に逆らって浮いている彼は、空気に腰掛けている体勢で器用に宙に浮いていた。
「君には彼の傍で、すべてを見届けられる資質がある。彼が造り上げようとする過程や生み出そうとする結果に口出しをして手を入れて首を突っ込んで造り変え、果てにはすべてを変えてしまう素質も持っている」
彼はそこでふふ、滴るような、灰色の景色にまざまざと映える紅い微笑みを浮かべてみせた。薄く微笑んだ表情に交じる僅かな悪意が居心地悪い。
「ただね、それはあくまでも資質や素質があるだけで、資格や権利ではないんだよ。君にしか成れないかもしれない。でもそれは、君でなくともいいのかもしれない。君が成らなければ終わるかもしれないし、君が成ればもしかしたら始まることすらないかもしれない」
艶やかで毒々しい微笑みにそぐわない柔らかな声音が耳を通して全身を巡り身体中にたっぷりと浸透する。まるで粘度の高い蜂蜜みたいにねばつく甘さと息苦しい背景が相まって意識が揺らぎぼやける視界で、彼は艶然と嗤った。
「僕の言っていることが解かるかな?今はまったく解からなくとも君はそれなりに聡明だから、そのうちにきっと理解することが出来ると思うんだけどね」
だから込み入った事情の説明は止めとくよ。愉快でたまらないと表情で紅を滴らせる青年は、くすくすと窓際の少女の如く可憐な笑みを浮かべる。
「ふふ、愉しみだなあ。これからの君の行く末と、彼の行く果て、それから世界の幕の引き方が。僕はそういったことに不可侵じゃないといけないから、そこに少しばかり不満はあるけれど、ね。仕方がない。世界はそういう風に出来ている」
一人で何かを納得するように頷いて、彼は唐突にぱちん、と指を鳴らした。
瞬間、灰色に続く世界がぐにゃりと歪む。
歪んだ亀裂から差し込む光が眩しくて目を眇めれば、彼は座っていた空気から立ち上がって、立て続けにもう一度指を鳴らした。小さな破裂音が脳内に木霊する。
「さあ、君が紡ぐ誰かのハナシは今この時から始まるんだよ、代季くん。これまでの人生は一度全て忘れてしまって、今からはこれからだけを考えるんだ。――…いいね?そうすればきっと、自ずと結果は付いてくるはずだよ」




