vs武蔵タイタンズ②
東京ドームに静寂が満ちていた。
いや、満員の観客が詰めかけるこの空間で“静寂”という言葉は不適切かもしれない。
ただ、ピッチャーマウンドとバッターボックス、その間に張り詰めた空気だけは、時間すら止まっているかのようだった。
第2戦。関西ジャガーズの先発は濃見篤史。対する武蔵タイタンズは鍬田真澄。
球界でもトップクラスの制球力を誇る技巧派投手の両者が見せたのは、まさに魂のピッチングだった。
濃見はテンポよく打たせて取る投球で、序盤からタイタンズ打線を寄せつけなかった。
内外角を丁寧に突き、変化球で緩急をつける。一方の鍬田は、真っ向から力でねじ伏せた。浮ついた球がひとつもない。ストレートとスプリット、そして時折混ぜる魔球のようなカーブ。その全てが冴え渡り、ジャガーズ打線を封じ込めていく。
六回終了時点で、両軍無安打・無出塁。
完璧な投手戦だった。
試合がようやく動いたのは七回裏だった。
先頭打者は、4番・松居。今季35本塁打の長距離砲。濃見は、この回すでに100球を超えていたが、その表情には揺るぎがなかった。松居の執拗な粘りに対し、低めのチェンジアップで詰まらせ、セカンドフライに仕留める。ワンアウト、ランナーなし。
だが、その次だった。バッターボックスには、5番・茅原和博。
構えたバットの位置は高く、迷いのない目がマウンドを射抜いている。
高卒1年目からプロ野球でスタメンを獲得して以来、球界を代表する強打者として活躍するも、タイトル獲得経験が無く「無冠の帝王」と呼ばれ続け、数々の名場面で悔しさを味わってきた男。
かつて甲子園を席巻した“KKコンビ”のもう一人。そして、今マウンドには、あの頃と変わらぬ鋭さを保つパートナー・鍬田真澄がいる。
「この打者は……違う」
濃見も、捕手の矢乃も、直感的にそう思った。
2球で追い込んだ。カウント0-2。続く3球目、捕手のサインは“釣り球”。高めに外して打たせない球。濃見は頷き、振りかぶった。
放たれたストレートは、意図よりもわずかに低く、わずかに中へ。
カンッ!
バックスクリーン直撃の打球音が、ドームを裂いた。打球の行方を見守る暇もなく、観客が総立ちになった。真っ白な放物線は、一直線に中堅スタンド最上段へ吸い込まれた。
武蔵タイタンズ、先制。均衡を破ったのは、一振りだった。
ベンチの鍬田は、唇をきゅっと引き結び、マウスピース越しに声を押し殺した。
——ありがとう、カヤ。
マウンドにしゃがみ込む濃見の背に、静かに今丘が声をかけた。「まだだよ」。その言葉に促され、濃見はすぐ立ち上がった。動揺を抑え、後続の6番・7番をきっちり抑えてベンチへ戻る。
そして、八回表。関西ジャガーズも反撃の兆しを見せた。先頭の4番・新城が、鍬田の内角直球を叩き、レフト線へのツーベース。ようやく生まれた初ヒット。しかし後続が凡退し、得点には至らない。
八回裏にはジェンセンがマウンドへ上がる。抜群の制球力で三者凡退に切って取り、最終回へと望みを繋げた。
九回表、8番・壷井がしぶとく粘って四球を選ぶ。ノーアウト一塁。ベンチがざわつく。代打・輪田が送られ、送りバントをきっちり決めてワンアウト二塁。そして、迎えるは1番・紅星。
客席にどよめきが走る。この瞬間のために野球を続けてきた——そう思わせるような場面だった。
だが、鍬田が勝った。フルカウントからのスプリットで紅星のバットは空を切る。
そして、ツーアウト。打席には2番・村瀬。
鍬田が渾身のストレートを投げる。村瀬も意地で喰らいつく。ファウル、ファウル、またファウル。12球。もはや気力の勝負だった。
だが13球目、スライダーにタイミングを外され、空振り三振。村瀬は膝を折り、そのまま地面に手をついた。
——試合終了。
鍬田が吠える。マウンド上で拳を突き上げ、胸を叩いた。
かつて高校野球を支配した「KKコンビ」、その一角・鍬田が、このプロの舞台でもなお勝負を決めた。
スタンドでは、茅原が帽子を取って空を仰ぐ。そして、にやりと笑った。
ジャガーズベンチは静まり返る。濃見は黙ってグラブを外し、村瀬の肩を叩いた。
この試合、両軍合わせて得点はたったの“1”。だが、その“1”があまりに重く、あまりに尊かった。
ヒーローインタビューでは、茅原が少し照れくさそうに言った。
「クワが踏ん張ってたんで、一本打とうと思って打席に入りました」
その直後、鍬田も笑みを浮かべて言った。
「カヤが打ってくれると信じて投げ切りました。こいつは、昔からここぞって時に打つんです」
まるで何も変わっていない。いや、何かが変わっても、それを超えて今も支え合っている。
——勝負の行方は、三戦目へ。
東京ドームの屋根の下に、また新たな物語の余韻が残された。




