最終決戦vs武蔵タイタンズ①
東京ドームの空調すら、今夜ばかりは熱気を鎮めきれていなかった。
チケットは即日完売。
開門と同時にスタンドを埋め尽くしたのは、今この瞬間を待ち望んできた者たちの
声と、息と、祈りだった。
三塁側、ジャガーズのベンチ前。
円陣の中心で、新城剛志が静かに口を開く。
「とうとうここまで来た。今日からの3連戦で、あと2つ。あと2つ勝てば、優勝や」
その声に、全員の視線が集中する。
リラックスした笑顔は消えていた。
新城は、あくまで“本気”の顔をしていた。
「1985年の日本一から10数年、いまだにあのシーズンのことを聞かされる。
今までドンケツの方でうろついてたからや。
せやけどな……今、俺らは違うやろ」
「スタンド、見てみ。
期待に満ちた顔がぎょうさんある。
あのファン皆んな、俺らの勝利を祈ってくれとんねん」
「俺がこのチームに入ってから、はじめてや。
最終戦でこんなに期待してもらえてるんわ。
ほんま、幸せなことや。」
「でもな──勝たんとあの笑顔が消えるねん」
ぐっと拳を握りしめる。
「そしてまた何年も前の、日本一を語るだけの毎日に戻る。」
「そんなんもう要らん。」
「今日、この試合と、あと一つ。勝って、あの笑顔を一生もんの思い出に変えるぞ」
「俺らが、“ジャガーズの野球”で、この3連戦、歴史を塗りかえるんや」
「「「「オゥッッッ!!!」」」」
吠えるような雄叫びが、三塁側ベンチを震わせた。
選手たちの目に、もう迷いはなかった。
プレイボールの瞬間、東京ドームに異様な緊張感が走った。
今季最多の観客数。全国放送のゴールデンタイム。
マウンドに立つ男の背中に、それらすべてがのしかかる。
武蔵タイタンズのエース──植原浩二。
背筋を伸ばし、ゆっくりと帽子を整えるその所作一つひとつに、威圧感があった。
無駄のないフォーム。淀みのないリズム。
そして、全身から漂う“絶対的な自信”。
日本代表のユニフォームを何度も背負ってきた男が、王者の盾として、堂々とこのマウンドに立っていた。
初球、矢のようなストレートがアウトローへ沈む。
「ストライク!」
乾いたミットの音に、打者だけでなく、スタンドすら声を失った。
「うわ……」
ネクストバッターズサークルで村瀬が、唇を噛む。
その後も、変化球、速球、緩急の全てが完璧に制御されていた。
ジャガーズの打者たちは、まるで手も足も出ない。
完璧。圧巻。静かなる支配。
「さすがやな……王者のエースや」
檜山の言葉に、誰もがうなずいた。
植原は、まさに“マウンドに降り立った壁”だった。
──そして、その裏。
ジャガーズベンチの奥から、ゆっくりとマウンドへ歩いてくる男がいた。
背番号18。
関西ジャガーズのエース──矢吹恵一。
沸き立つ三塁側スタンド。その声援に応えるでもなく、彼は帽子を軽く押さえ、静かにロージンバッグを叩いた。
特別な仕草は、何もない。
けれど、そこには植原とはまったく違う──覚悟の匂いがあった。
「ようやく、ここまで来たか……」
そう呟いて、矢吹はプレートを踏む。
初球、力強く振りかぶると──
インローいっぱい、150キロのストレートを突き刺した。
「ストライク!」
ミットの音が弾けた瞬間、三塁側ベンチが一斉に沸き上がる。
だが、矢吹本人はというと、表情ひとつ変えず、黙ってボールを受け取り、次の構えに入っていた。
かつて“孤独なエース”と呼ばれた男は、もういない。
今は──
“仲間の期待を背負うエース”として、ここに立っている。
変化球も織り交ぜながら、丁寧に、正確に、そして力強く。
タイタンズ打線に対し、怯むことなく攻め続けた。
両軍のエースが、それぞれに持ち味を発揮し、序盤は一歩も譲らぬ投手戦。
一方は、完成された絶対王者の風格。
もう一方は、逆境を知る者だけが持つ、不屈の炎。
この夜、東京ドームには──
二つの魂がぶつかり合う音が、確かに響いていた。
そして5回裏。
ついにタイタンズが試合を動かす。
6番・衛藤のレフト線へのツーベースから、送りバント、そして犠牲フライ。
わずか数球での1点先制。
それでも矢吹は崩れなかった。
「1点でええ。1点で止めたら、あとはアイツらがなんとかしてくれる」
そして、6回表。先頭の紅星、しぶとく転がした打球が内野を抜ける。全力疾走で一塁を駆け抜けた。
続く村瀬。初球、バントの構えから……突然バットを引いてバスター!!
打球はセンター前に落ちて、ノーアウトランナー 一・二塁。スタンドがざわつく。
3番・檜山は空振り三振。静まり返る客席。その中、打席には4番・新城。
誰もが「ここは勝負どころ」と息を呑んだ、そのときだった。
──走れ。
乃村監督が腕を鋭く振り上げる。ダブルスチールのサイン。
タイタンズ先発・植原がモーションに入った、その瞬間。二人のランナーが飛び出す。
迷いのないスタートだった。
キャッチャーが立ち上がる。捕って、すぐ三塁に送球しようと構えた──その一瞬、守備陣にわずかな隙が生まれる。
新城がその空白を見逃さない。
「今だ」
低めのスライダーを叩いた。鋭いゴロが三遊間を抜け、レフト前へ。
紅星が三塁を蹴って突っ込む。全身を投げ出すようにホームへ――
滑り込んだ。
同点。スコアは1-1。
東京ドームが大きく揺れた。流れは、完全にジャガーズに傾き始めている。
その後はジャガーズは勝利の方程式・JFKを投入。7回裏、ジェンセンが得点圏にランナーを進められるも、得点は許さず試合は1-1のまま進む。
そして、運命の8回表──
再び打席には紅星。
今度は、ライトオーバーのツーベースヒット!
ノーアウトランナー二塁。打席には2番・村瀬浩。この一点が、試合を決める。
スタンドの空気が張り詰め、息遣いすら聞こえるような静けさが広がる。
村瀬浩がバッターボックスに向かうと、東京ドームに低いざわめきが走った。
一塁側ジャガーズファンの応援が、まるで時の鼓動のように重く、リズムを刻んでいる。
タイタンズのマウンドには、リリーフの牧原。
クセ球のスライダーと内角へのツーシームで、右打者の懐を抉ってくる技巧派。
村瀬はバントの構え。三塁ベンチの乃村監督も微動だにしない。セオリー通り、確実に一死三塁へ送るかに見えた。
初球、外角へのスライダーを見逃し、ボール。カウントは1-0
二球目。牧原はツーシームをインローへ沈めに来た。
その瞬間だった。
村瀬のバットが鋭く走る。
バントの構えから、右足をわずかに引いてステップイン。
下半身を一瞬で回転させ、体幹を軸にバットを走らせた。狙い澄ましたように、ヘッドが完璧な角度でボールに入る。
インパクトは短く、強く。
まるで拳銃のトリガーを引いたようなスナップで、ライナー性の打球が走った。
打球は左中間を真一文字に破る。
センターもレフトも追いつけない――
グラウンドに転がる白球をよそに、二塁ランナーが三塁を蹴った。
タイタンズの外野はまだ追いつけず、スタンドが爆発した。
「帰ってくる! ジャガーズ、逆転!」
村瀬は一塁ベースを蹴り、ガッツポーズも見せず、ただ唇を真一文字に結んでいた。
打った瞬間に確信していた――自分の狙いが完璧にハマったことを。
スコアボードが動く。
2-1、関西ジャガーズ逆転。
東京ドームが揺れる。
だが、村瀬の胸にあるのはまだ、喜びではない。
勝負は終わっていない。まだ一転差、相手に点を取られれば流れは変わる――
だからこそ、村瀬は顔を上げ、次の打者・檜山にバトンを渡す。
拳を固く握って。
9回裏、ワンアウト三塁。
マウンドには、関西ジャガーズの守護神・富士川球児。
同点のランナーが三塁にいる状況で打席には、タイタンズの四番・松居。
カウントはフル。
あと一球で、試合が決まる。
──ラストボール。富士川、振りかぶって──投げた!
火のようなストレートがミットを目掛けて放たれる!
だが松居も全力だった。
一閃──
カーンッ!
完璧に捉えた打球が、センター方向へ高く、遠く舞い上がる。
スタンドがどよめき、三塁ランナー・二丘がタッチアップの構えをとる。
センター・新城がフェンスに背を向けかけた位置から、一瞬で切り返しチャージを開始!
捕って──
そのまま、体を反転させて投げる!
全身のバネを解き放つような、渾身のバックホーム!
ワンバウンドでミットへ吸い込まれるような矢のような送球──
ホームベース前、捕手・矢乃が構える!
二丘、ヘッドスライディング!
矢乃、ミットを伸ばす──
「アウトォォォォ!!」
主審の右手が、力強く突き上げられた。
ゲームセット!
地響きのような歓声が、東京ドームを包んだ。
ジャガーズの選手たちが一斉にベンチを飛び出す。
矢吹はベンチ前で、小さく、しかし強く拳を握りしめる。
ナインが、新城のもとに駆け寄る。
泥まみれのユニフォームのまま、肩を叩き、抱きしめ、叫ぶ。
「これが、俺らの野球や!!」
歓声が、地響きのように球場を包む。
関西ジャガーズ──
この瞬間、確かに歴史の扉をひとつこじ開けた。
【スコア】
関西ジャガーズ 2 - 1 武蔵タイタンズ
勝利投手:矢吹恵一(6回1失点)
セーブ:富士川球児(9回無失点)
MVP:新城剛志(同点打+バックホーム)
次戦、第2戦──
この夜、矢吹の魂と、新城の想いが交わった勝利は、ジャガーズにとって“物語の始まり”だった。




