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88/117

最終決戦vs武蔵タイタンズ①

東京ドームの空調すら、今夜ばかりは熱気を鎮めきれていなかった。


チケットは即日完売。


開門と同時にスタンドを埋め尽くしたのは、今この瞬間を待ち望んできた者たちの

声と、息と、祈りだった。



三塁側、ジャガーズのベンチ前。

円陣の中心で、新城剛志が静かに口を開く。


「とうとうここまで来た。今日からの3連戦で、あと2つ。あと2つ勝てば、優勝や」


その声に、全員の視線が集中する。

リラックスした笑顔は消えていた。

新城は、あくまで“本気”の顔をしていた。


「1985年の日本一から10数年、いまだにあのシーズンのことを聞かされる。

今までドンケツの方でうろついてたからや。

せやけどな……今、俺らは違うやろ」


「スタンド、見てみ。

期待に満ちた顔がぎょうさんある。

あのファン皆んな、俺らの勝利を祈ってくれとんねん」


「俺がこのチームに入ってから、はじめてや。

最終戦でこんなに期待してもらえてるんわ。

ほんま、幸せなことや。」




「でもな──勝たんとあの笑顔が消えるねん」


ぐっと拳を握りしめる。


「そしてまた何年も前の、日本一を語るだけの毎日に戻る。」

「そんなんもう要らん。」


「今日、この試合と、あと一つ。勝って、あの笑顔を一生もんの思い出に変えるぞ」


「俺らが、“ジャガーズの野球”で、この3連戦、歴史を塗りかえるんや」



「「「「オゥッッッ!!!」」」」



吠えるような雄叫びが、三塁側ベンチを震わせた。

選手たちの目に、もう迷いはなかった。




プレイボールの瞬間、東京ドームに異様な緊張感が走った。

今季最多の観客数。全国放送のゴールデンタイム。


マウンドに立つ男の背中に、それらすべてがのしかかる。

武蔵タイタンズのエース──植原浩二。


背筋を伸ばし、ゆっくりと帽子を整えるその所作一つひとつに、威圧感があった。

無駄のないフォーム。淀みのないリズム。

そして、全身から漂う“絶対的な自信”。


日本代表のユニフォームを何度も背負ってきた男が、王者の盾として、堂々とこのマウンドに立っていた。


初球、矢のようなストレートがアウトローへ沈む。


「ストライク!」


乾いたミットの音に、打者だけでなく、スタンドすら声を失った。


「うわ……」

ネクストバッターズサークルで村瀬が、唇を噛む。


その後も、変化球、速球、緩急の全てが完璧に制御されていた。

ジャガーズの打者たちは、まるで手も足も出ない。


完璧。圧巻。静かなる支配。


「さすがやな……王者のエースや」


檜山の言葉に、誰もがうなずいた。

植原は、まさに“マウンドに降り立った壁”だった。


──そして、その裏。


ジャガーズベンチの奥から、ゆっくりとマウンドへ歩いてくる男がいた。

背番号18。

関西ジャガーズのエース──矢吹恵一。


沸き立つ三塁側スタンド。その声援に応えるでもなく、彼は帽子を軽く押さえ、静かにロージンバッグを叩いた。


特別な仕草は、何もない。

けれど、そこには植原とはまったく違う──覚悟の匂いがあった。


「ようやく、ここまで来たか……」


そう呟いて、矢吹はプレートを踏む。


初球、力強く振りかぶると──

インローいっぱい、150キロのストレートを突き刺した。


「ストライク!」


ミットの音が弾けた瞬間、三塁側ベンチが一斉に沸き上がる。


だが、矢吹本人はというと、表情ひとつ変えず、黙ってボールを受け取り、次の構えに入っていた。


かつて“孤独なエース”と呼ばれた男は、もういない。


今は──

“仲間の期待を背負うエース”として、ここに立っている。


変化球も織り交ぜながら、丁寧に、正確に、そして力強く。

タイタンズ打線に対し、怯むことなく攻め続けた。


両軍のエースが、それぞれに持ち味を発揮し、序盤は一歩も譲らぬ投手戦。


一方は、完成された絶対王者の風格。

もう一方は、逆境を知る者だけが持つ、不屈の炎。


この夜、東京ドームには──

二つの魂がぶつかり合う音が、確かに響いていた。




そして5回裏。

ついにタイタンズが試合を動かす。


6番・衛藤のレフト線へのツーベースから、送りバント、そして犠牲フライ。

わずか数球での1点先制。


それでも矢吹は崩れなかった。


「1点でええ。1点で止めたら、あとはアイツらがなんとかしてくれる」



そして、6回表。先頭の紅星、しぶとく転がした打球が内野を抜ける。全力疾走で一塁を駆け抜けた。


続く村瀬。初球、バントの構えから……突然バットを引いてバスター!!


打球はセンター前に落ちて、ノーアウトランナー 一・二塁。スタンドがざわつく。


3番・檜山は空振り三振。静まり返る客席。その中、打席には4番・新城。


誰もが「ここは勝負どころ」と息を呑んだ、そのときだった。




──走れ。


乃村監督が腕を鋭く振り上げる。ダブルスチールのサイン。


タイタンズ先発・植原がモーションに入った、その瞬間。二人のランナーが飛び出す。

迷いのないスタートだった。


キャッチャーが立ち上がる。捕って、すぐ三塁に送球しようと構えた──その一瞬、守備陣にわずかな隙が生まれる。


新城がその空白を見逃さない。


「今だ」


低めのスライダーを叩いた。鋭いゴロが三遊間を抜け、レフト前へ。



紅星が三塁を蹴って突っ込む。全身を投げ出すようにホームへ――


滑り込んだ。


同点。スコアは1-1。


東京ドームが大きく揺れた。流れは、完全にジャガーズに傾き始めている。





その後はジャガーズは勝利の方程式・JFKを投入。7回裏、ジェンセンが得点圏にランナーを進められるも、得点は許さず試合は1-1のまま進む。


そして、運命の8回表──

再び打席には紅星。

今度は、ライトオーバーのツーベースヒット!


ノーアウトランナー二塁。打席には2番・村瀬浩。この一点が、試合を決める。

スタンドの空気が張り詰め、息遣いすら聞こえるような静けさが広がる。


村瀬浩がバッターボックスに向かうと、東京ドームに低いざわめきが走った。

一塁側ジャガーズファンの応援が、まるで時の鼓動のように重く、リズムを刻んでいる。


タイタンズのマウンドには、リリーフの牧原。

クセ球のスライダーと内角へのツーシームで、右打者の懐を抉ってくる技巧派。


村瀬はバントの構え。三塁ベンチの乃村監督も微動だにしない。セオリー通り、確実に一死三塁へ送るかに見えた。


初球、外角へのスライダーを見逃し、ボール。カウントは1-0


二球目。牧原はツーシームをインローへ沈めに来た。


その瞬間だった。


村瀬のバットが鋭く走る。

バントの構えから、右足をわずかに引いてステップイン。

下半身を一瞬で回転させ、体幹を軸にバットを走らせた。狙い澄ましたように、ヘッドが完璧な角度でボールに入る。


インパクトは短く、強く。

まるで拳銃のトリガーを引いたようなスナップで、ライナー性の打球が走った。


打球は左中間を真一文字に破る。

センターもレフトも追いつけない――

グラウンドに転がる白球をよそに、二塁ランナーが三塁を蹴った。

タイタンズの外野はまだ追いつけず、スタンドが爆発した。


「帰ってくる! ジャガーズ、逆転!」


村瀬は一塁ベースを蹴り、ガッツポーズも見せず、ただ唇を真一文字に結んでいた。

打った瞬間に確信していた――自分の狙いが完璧にハマったことを。


スコアボードが動く。

2-1、関西ジャガーズ逆転。


東京ドームが揺れる。

だが、村瀬の胸にあるのはまだ、喜びではない。

勝負は終わっていない。まだ一転差、相手に点を取られれば流れは変わる――

だからこそ、村瀬は顔を上げ、次の打者・檜山にバトンを渡す。


拳を固く握って。




9回裏、ワンアウト三塁。

マウンドには、関西ジャガーズの守護神・富士川球児。

同点のランナーが三塁にいる状況で打席には、タイタンズの四番・松居。


カウントはフル。

あと一球で、試合が決まる。


──ラストボール。富士川、振りかぶって──投げた!



火のようなストレートがミットを目掛けて放たれる!

だが松居も全力だった。

一閃──


カーンッ!


完璧に捉えた打球が、センター方向へ高く、遠く舞い上がる。


スタンドがどよめき、三塁ランナー・二丘がタッチアップの構えをとる。


センター・新城がフェンスに背を向けかけた位置から、一瞬で切り返しチャージを開始!


捕って──

そのまま、体を反転させて投げる!


全身のバネを解き放つような、渾身のバックホーム!


ワンバウンドでミットへ吸い込まれるような矢のような送球──

ホームベース前、捕手・矢乃が構える!


二丘、ヘッドスライディング!

矢乃、ミットを伸ばす──


「アウトォォォォ!!」


主審の右手が、力強く突き上げられた。


ゲームセット!


地響きのような歓声が、東京ドームを包んだ。

ジャガーズの選手たちが一斉にベンチを飛び出す。

矢吹はベンチ前で、小さく、しかし強く拳を握りしめる。



ナインが、新城のもとに駆け寄る。

泥まみれのユニフォームのまま、肩を叩き、抱きしめ、叫ぶ。


「これが、俺らの野球や!!」


歓声が、地響きのように球場を包む。


関西ジャガーズ──

この瞬間、確かに歴史の扉をひとつこじ開けた。



【スコア】


関西ジャガーズ 2 - 1 武蔵タイタンズ

勝利投手:矢吹恵一(6回1失点)

セーブ:富士川球児(9回無失点)

MVP:新城剛志(同点打+バックホーム)



次戦、第2戦──


この夜、矢吹の魂と、新城の想いが交わった勝利は、ジャガーズにとって“物語の始まり”だった。

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