革命の芽吹き
9月。
関西ジャガーズの順位は、例年のごとく6位に沈んでいた。
名将・乃村監督を外部から招聘し、飛躍を期待していたファンや地元マスコミの落胆は大きい。
「また今年もダメか。来シーズンもどうせ定位置だろう」
そんな空気が、チームを包み込んでいた。
だが──乃村だけは、違っていた。
(就任前から思っていた通り、単純に戦力が足りてへんかったな。
せやけど、野手では新城と壷井、今丘に加えて矢乃が戦力として数えられるようになったのは大きな収穫や。
センターラインがしっかりしてへんチームは、土台から脆い。そこが整ってきたんは、ええ兆しや。
外国人助っ人の当たり外れで、一つか二つは順位を動かせる。
檜山あたりがあともう少し育つか、他に長打を打てる選手が出てくれば、助っ人に頼らんでもチームとして安定するんやけど……
飛距離だけは、どうしても天性の要素が大きいからな。
あとは輪田が怪我なく、シーズン通してコンディションを保ってくれたら……
それと、小僧──村瀬が想定以上のスピードで育ってきとるのも、嬉しい誤算やな。
投手陣は、矢吹ひとりに頼り切り。ここにもう一人、次の柱が育たんことには、上は目指されへん。
飯川あたりがもうちょい育ってくれたら、、、
今年入った若いの二人も、そろそろ身体ができてきたみたいやし、来年は少しはマシになるやろ。
補強の最優先は、投手と長距離砲や。
……比呂澤あたりがタイタンズから放出されたら、フロントに声をかけさせるか)
その頃、ファームでは静かに変化が芽吹いていた。
富士川球児は、夏を越えて一段と体が厚くなり、球速・球威ともに伸びていた。
鋭くホップするような「伸びる」ストレートは、打者の手元で一気に加速する錯覚を与え、「ファイヤーボール」と称されるようになっていた。
ブルペンで捕手のミットを弾く乾いた音には、誰もが一瞬、息を呑んだ。
一方、小久保友之もまた、着実に階段を上っていた。
テンポよく投げ込みながら、フォームの再現性と制球力を高め、登板過多にも耐えうるフィジカルの土台を築きつつある。
富士川とはまた違う、静かな闘志を胸に秘めた男だった。
乃村は彼らの成長を、球場の片隅から静かに見つめていた。
焦らず、だが確実に、次の芽が育ち始めていることを、誰よりも肌で感じていた。
その夜、一軍の試合では輪田がスライディングの際に膝を軽く痛め、途中交代した。
状態は軽症と見られたが、大事を取って翌日以降の出場は回避されることになった。
チームが低迷し、主力にも不安が生じる中で──乃村は腹をくくった。
(……このタイミングしかないな。あの小僧、試してみるか)




