最後の夏・準決勝
春、選抜準々決勝。
あと一歩で届かなかった相手。
それが、鹿児島産業高校だった。
あの試合の悔しさを忘れた者は、誰一人いない。
だからこそ、今度は“夏の準決勝”という舞台で再びめぐり合ったこの巡り合わせを、運命と呼ばずして何と呼ぶか。
ブルペンでは、清瀬が黙々と肩を作っていた。その視線の先――鹿児島産業のエース、**綿田毅**が、変わらず静かにボールを投げている。
「春と……何も変わってへん。いや、もっと仕上げてきとる……」
無駄のない投球フォーム、吸い込まれるようにミットへ収まるボール。
1球投げるごとに、グラウンドの空気がわずかに震える。
それは、制球力と球威が完璧に融合した証――まさに、“完成された高校生投手”。
ドラフト上位確実の逸材・綿田毅。
彼を超えない限り、あの春の続きを描くことはできない。
一方、ダッグアウトではキャプテンの水科が、全員に声をかけていた。
「春、2-5で負けたあの悔しさ、覚えとるよな?」
頷く仲間たち。
「今日、それを全部、ここで返したる。綿田を超えて、甲子園の頂点、獲りにいこうや」
【1回表】
1番・岸谷海斗。2番・水科誠司。
綿田の立ち上がりは、春同様に完璧だった。
ギリギリを突くストレートと、緩急自在の変化球。
どちらも快音を許さず、あっという間にツーアウト。
3番・俺(村瀬浩)はフルカウントまで粘った末、四球を選ぶ。
だが、4番・立花力也が低めの変化球に手を出し、内野ゴロでチェンジ。
【1回裏】
鹿児島産業の攻撃。
先頭打者が粘ってヒットで出塁すると、スタンドが一気に騒がしくなる。
そして4番――町田修一。
春の試合で3打点を奪われた、まさに天敵。
清瀬は、あえて真っ向勝負を選んだ。
2球目のインハイ、食らいつかれた。
カキーン!
打球は鋭くセンター前へ。
春と同じように、町田の一打で鹿児島産業が1点を先制した。
【3回裏】
さらに、清瀬がツーアウトから連打を浴び、1点を追加される。
スコアは0-2。
ベンチの空気が一瞬、重く沈んだ。
【5回表】
そして迎えた5回表。
先頭の村瀬――俺が打席に立つ。
見据えるマウンドには、やはりあの男、綿田毅。
(春は内野の間を抜くだけで精一杯やった。でも、今の俺は違う)
フルスイングで叩いた打球は、レフトの頭上を越えていった。
「いった……!」
甲子園に、どよめきと歓声が混ざる。
ホームラン。通算4戦連発。スコアは1-2。
ベンチが一気に沸き立つ。
続くリキヤ――立花力也も、初球を迷いなく振り抜いた。
やや詰まりながらも、打球はライトスタンドへ吸い込まれていく。
連発ホームラン!スコアは2-2。
「よっしゃぁあああ!」
一塁ベースを蹴るリキヤが、こちらを指差して吠えた。
「春の借り、返すぞ、コラァ!!」
ベンチ前で全員とハイタッチを交わすリキヤ。
拳が震えていた。あの日、悔し涙をこらえたあの男の、魂の一発だった。
さらにソウタがヒットで出塁し、ナオキがきっちりと送りバント。
そして8番・ユウマの三遊間を破るタイムリー。
3-2、ついに逆転。
流れは完全にこっちに傾いた。
続く9番・清瀬も打席に立ち、気迫のセンター前。
これで4-2。鹿児島産業の誇るエース・綿田毅を、打ち崩した。
【5回裏】
だが、その裏。
清瀬が先頭打者を出すと、やはり“あいつ”が立ちはだかる。
町田修一。
1ボール1ストライクからの3球目――
狙っていたかのように振り抜かれた打球は、バックスクリーン右へ一直線。
「クソ……!」
清瀬が悔しげに拳を握る。
春も、今も、この男だけは止められない。
スコアは4-3。一点差に迫られる。
【6回表】
ここで鹿児島産業は、綿田毅を下げ、2番手・**杉本俊哉**を投入する。
春と同じように、“切り替え”のタイミング。
杉本は右サイドスロー気味のフォームから、緩急を巧みに使ってくる軟投派。
チェンジアップとスライダーを武器に、的を絞らせないのが特徴だ。
(でも、あいつの球も、春にしっかり見た)
静かに、火花が散り始める。




