松下劉弦
第13話 新しい風
翌日、一休は朝からお怒りモードだった。
老体に鞭を打って走ったので、精舎に帰ると、また一休の存在を忘れて、そのまま寝てしまった。
一休は隠れてスマホで撮るだけの役割だったので、変装もしていなかった。坊主頭なので、キャップを被っていただけだ。その童顔は未成年丸出しで、幼い顔にベースボールキャップは更に幼く見えたらしく、繁華街で1人子供がフラフラしていると、補導されたそうだ。
静岡の条例では、23時から4時までの未成年の外出は禁止されているらしい。18歳で社会人の場合はどうなるのか、細かい法律は知らないが、本人が18歳と言い張っても見た目は小学生か中坊だ。身分証も持っていないから、彼は交番まで連れて行かれた。
親の連絡先を教えろと言われても、一休には身寄りがない。僧侶だと言い張ると、坊主頭を見て失笑されたと言う。景観が寺に連絡をし、うちの僧侶で間違いない、と和尚が言うと、誰かが迎えに来ないと帰すことはできないという流れで、雲仙さんが一休の保険証を持って迎えに来て、解放されたらしい。
「一休、お前、激オコプンプン丸だな」
本堂の廊下を磨いている最中に、天馬が揶揄う。
「それ、今の人たち、もう言わないですよ」
一休はオッサン扱いして反撃するが、天馬はヘラヘラとしていた。
その日の座禅と和尚の説教は長かった。姿勢を崩したわけでもないのに、警策で叩かれる数も多い。俺たちが《《仕事》》をしてきた翌朝は、いつもそうだ。
和尚は俺たちの行いを咎めることはなかった。でも容認しているとも言い難い。俺たちの行いは、お釈迦様の教えには反しているのだ。もちろんそんなこと、俺にだってわかっている。俺は首を傾けて、自ら肩を差し出す。警策から、和尚が言わんとしていることを読み取ろうとした。仏陀のように自ら悟れというのか。
ハラスメントに限ったことではないが、世の中には野放しにされている『悪』が多すぎる。俺たちにはターゲットにされた当人からして見れば、俺たちが『悪』だ。視点を変えれば矛盾が生じる。その答えは、まだない。俺の中の葛藤と、答えの出ない俺自身に対する憤り、それをリセットするために、俺は和尚の説教を懺悔する場として受け入れている。
昼前のルーティンで蓮実の娘の墓に行くと、蓮実が先に来て、花を生けていた。俺は絞ったタオルで墓石を拭いて綺麗にするのを手伝った。
「横田さん、今日仕事終わったら来るんだけど」
一休は、昨夜警察から解放されて帰宅してすぐに、昨日の動画を横田に送信したと言っていた。それを見た彼女は、朝イチで蓮実に連絡してきたらしい。
「詳しくは聞いてないけど、なんか、この間より声が明るかった」
「それなら、よかった」
素っ気ない返事をした。俺のやれる事はあそこまでだ。その後のケアは、蓮実の仕事。少しでも気分が晴れてくれたなら、俺もやった甲斐があったというものだ。
「なんか、彼女、天馬くんのことカッコいいって。気に入っちゃったらしいよ」
「それは、よかった」
くだらない。どうでも良い話だ。べつに自分が選ばれなかったのが悔しいわけではない。俺は出っ歯の情けない役所で、天馬の方が美味しい役なのだが、あのチンピラを気に入るとは、どうやら横田はダメ男に惹かれるタチらしい。
「彼氏役に感情移入しちゃうって、よくある話よね。でも、天馬くんじゃあ、あまりオススメはできないよね」
「どっちだって、いいんじゃねえか」
あまり興味も湧かない話は放っておいて、俺は墓に手を合わせて、本堂へ戻ろうとした。
「あと、今日夜にもう1件、カウンセリングに来る人いるから」
蓮実は言った。ハラスメントで悩んでいる人は後をたたない。
夕方、横田は来た。俺は今回は付き添わず、代わりに天馬に行かせた。その方が彼女もきっと喜ぶだろう。
俺と一休は夕飯まですることもなく、境内の掃除をしていた。午後5時を過ぎているのに、近所の子供達がまだ境内で遊んでいる。むかしの子供だったら鬼ごっこやコマ回しなんかしてるのだろうが、今の子供達は友達同士で会話もなく、スマホで遊んでいるだけだ。健康的な遊びだったら見逃してやったが、そんな遊びだったら家でもやれるだろう。夏だから、まだ暗くはないが、あまり遅くになって何かあって、寺のせいにされても困るので、早く帰るように声をかけた。
「あまり遅いと、家の人が心配するぞ」
「べつに。心配なんかされねえよ」
最近の子供は、口の利き方がなってない。少々腹が立ったが、ここは抑える。
「神様に怒られるぞ」
ここは神社じゃないから、正確には神様ではなく仏様だが、子供にはこっちの方がわかりやすいだろう。
「神様なんか、いねーよ」
そう言って子供達は走り去っていった。
しばらく境内の掃除をしていると、横田はにこやかな顔で俺に会釈をして帰っていった。見送りに蓮実と天馬も表に出てきた。
「あの人、今日は飯食ってかねえのか?」
我ながら意地悪な質問だった。
「お前よぅ。いつも俺が余分なこと言うから、立ち会わなくていいって言うのに、珍しく俺に行けって言うから、なんだと思ったら、お前は知っててそういうこと言うもんな」
「ほう。飯でも食いに行く約束でもしたか」
「してねえよ。『仕事上、依頼人とは付き合えないんです』って言ったら『考えておいてください』なんてヌカしやがるから、『俺には妻も子供もいる』って言ってんのに、『それでもいいですよ』なんて言いやがる。あの女、結構メンタル強えぞ」
これには俺も蓮実も笑った。ハラスメント上司との不倫は嫌だが、不倫自体はOKということなのか。もちろん天馬には妻も子もいないから、嘘を言ったのだが、それでもいいと言う彼女は不幸を吸い寄せる体質なのかもしれない。
「彼女、仕事続けるそうよ。朝一で部長が退職願提出したんですって」
「なんだそりゃ。急展開だな」
「もともと知人が会社を設立するのに誘われてた、っていう理由なんだって」
「うわぁー、ありがちな退職理由だな。嘘じゃねえけど、絶対うまくいかないやつ」
天馬と蓮実が話しているところ、寺の入り口には人影があった。
「急に部長のポストが空いたから、社長から部長に選任されたけど断ったんだって。同期の男の人が部長代理で、まあそのままその人が部長になるんだろうけど。彼女、今まで仕事仕事で、部長になんてなったら自分の時間が無くなっちゃうから、これからは自分のプライベートに時間を使うんだって」
蓮実はそう言うと、天馬に意味深な視線を投げた。
「だからさぁ。みんな、俺のタイプ知ってんだろ!」
天馬のタイプというのは、わかりやすいくらいグラマーで色気ムンムンの峰不二子みたいな女だ。横田はその真逆で、天馬のタイプからはかけ離れていた。
また夕食までは時間があり、それまで境内で談笑していた俺たちの目の前に、1人の女が現れた。さっきの人影、それがアンタだった。
「こんばんは」
アンタは辺りを見回し、不安気な視線をこちらに向ける。
「あの、カウンセラーの真鍋さんって」
「あー、私、私」
そう言って蓮実は右手を上げて、アンタの側に近づいた。
「今日のアポの、浅川さん?」
「はい」
「じゃあ、こっち、こっち」
蓮実は手招きして、本堂の入り口までエスコートして行った。アンタは、やたら俺の上から下まで見てきて、俺が何か気に障る態度でもしたのかと思ったよ。まさかアンタが、その後俺たちの仲間になるとは、その時は思ってなかったけどな。
ぬたっとした蒸し暑い空気の中、ふっと涼しい風が俺たちの横を通り過ぎた。




