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鎮めよ!  作者: オノダ竜太朗
第1章 諸法無我〜俺たちには実態がない
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数原 真樹夫

最終話 最期の儀式


「えっ。新幹線で行くの?」


 JR静岡駅まで行くタクシーの中、天馬さんは腑に落ちない顔で聞いてきた。


「なんか俺たち幽霊なんだから、頭でイメージしたりすれば、瞬間移動で東京に着いちゃうんじゃないの?」


 子供みたいな発想だが、実際そうだ。だけど僕には、生きている普通の人間として移動することに意味がある。霊は霊なので可能ではあるが、そんなオバケみたいなことじゃあ僕は満足しない。他の3人は、各々察してくれているようだ。沙千絵さんは、まだ嫌そうだけど。


 新幹線の中で作戦を練った。作戦というよりも、ただの雑談だ。沙千絵さんのいた会社に行って田村を呼び出してぶん殴る。いや、こっちはヤクザだって言って脅かす方がいい。労働基準監督署から来たって言ってパワハラを問題視すればいいんじゃないか。金をふんだくろう。全財産ふんだくろう。いっそ沙千絵さんが出ていって、化けた出てきたっていうのはどうだろう。

 そんなくだらないことをワイワイと騒いで話していた。新幹線に乗っていた周りの乗客から迷惑そうな視線を浴びたがお構いなしだ。新幹線で移動してるわけだから、駅弁も人数分買った。新幹線で買えるあのクソ固いアイスも食べた。

 僕は、こんな修学旅行みたいなことを望んでいたのだ。僕は10歳で死んでしまっているから、小学校の修学旅行なんか行ったことがない。だから修学旅行がどういうものなのか、よくわからない。ましてや育児放棄にあっているのだから、物心がついてから家族旅行なんてのも知らない。

 和尚に言われて岡山に行った時は1人だった。気心知れた人たちとの団体行動が、こんなにも楽しいものだとは知らなかった。僕は、こういうものを求めていたのだ。これが僕の心残りだったのかはわからない。でも、これを知らずして過ごしていたのなら、それは心残りになったのだろう。

 車窓に富士山が通り過ぎていく。何十年も毎日のように見ていたから、今までは富士山を見ても感情がピクリとも動かなかった。でも、これが最後に見る富士山だと思うと、素直に綺麗だと思えるから不思議だ。真夏の富士山じゃあ雪も少ししか残っていないのが残念ではある。




「結構デカいなぁ」


 東京駅から乗り継いで、ここは目黒区。沙千絵さんの案内で、沙千絵さんの元いた本社前に立っている。


「アパレルの会社って、無駄にデケえなぁ」


 天馬さんはあんぐりと口を開けてビルを見上げていた。田舎っぺ丸出しだ。


「流行ってるブランドなんだろ。見栄みえだよ、見栄」


 劉弦さんの意見は、相変わらず辛辣だった。


「さあ、行こうか」


 劉弦さんの号令に、二の足を踏む沙千絵さん。


「んー、やっぱ嫌だ。アイツの顔見たくないし。それに、誰か知ってる人に会うのも嫌」


「恨めしや〜、とか言やあいいじゃねえか」


 と、揶揄う天馬さん。


「やっぱり、ワタシ、ここで待ってる」


 そう言う沙千絵さんに、蓮実さんは「私も一緒に待ってるから、動画撮ってきて」と事がスムーズに済むよう機転を効かせる。そういうところは流石、蓮実さんだ。


「じゃあ、男だけで行くか!」


 張り切る天馬さん。それを鼻で笑う劉弦さん。僕は今まで復讐代行の仕事のことを軽視していた。そんなことしても仕方がない。彼らはなんで無意味なことに熱心になれるのか。はしゃぐ姿を見て、ガキじゃあるまいし、とバカにしていた。

 今は違う。楽しんでしまおう。復讐することを楽しむのは不謹慎だとは思うが、この復讐も僕たちが成仏したら、無かったことになってしまう。逆を言えば、何をやってもいいのだ。

 男として生まれてくれば、中高生くらいになると、こういう悪ノリで調子に乗る時期があってもおかしくない。これが思春期か。僕にはその思春期という時期がなかった。今、遅ばせながら思春期がきている。見た目は18歳なのだから、高校生デビュー。いや、社会人デビュー?んー、成仏前デビューというのが、1番正しいのか。とにかく、今から悪いことをするのにメチャクチャ、ワクワクしている。


 エントランスを入ると、受付のカウンターがあり、女性のスタッフが2人立っていた。2人は僕たちに向かって丁寧な会釈をした。

 2人が顔を上げた時には、劉弦さんたちは受付を無視して通過しているところだった。


「すみません。どちら様ですか?」


 受付の1人が慌てて声をかけてきた。


「総務部って、何階?」


 受付の質問に答えず、天馬さんは総務部の場所を聞く。


「総務部の誰に御用でしょうか?アポイントを確認しますので、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 綺麗な声で丁寧な言葉遣いだったが、明らかに警戒している。1人は眉間に皺を寄せて難しそうな顔をしているし、もう1人はチンピラみたいな柄のシャツを着ている。そして、僕は丸坊主の子供だ。このアパレルの会社に縁もなさそうな3人は、怪しい以外の何者でもない。

 劉弦さんたちは、それを気持ちよく無視してズカズカと奥へ進んだ。この人たちは不法侵入までするような人たちだ。その上、自分たちが霊であることで罪に問われることはないということが、より図々しさに拍車をかけている。もう怖いもの無しだ。

「お待ちください!」と声が聞こえたが、お構い無し。エレベーターホールに着いたところ、都合よくエレベーターの扉が開いたので躊躇なく乗った。運良くエレベーターの中には各階の案内のプレートがあり、部署が記載されていた。


「総務部、6階だって」


 扉が閉まると、静かに動いた。


「なあ、やっぱり脅して金巻き上げよう」


「死んでんのに、金巻き上げてどうすんだよ」


「いやいや、この背中の刺青を見せたら、その田村だとかいう奴以外の奴も、みんなビビるぜ」


「そのアシュラマンが?」


「阿修羅観音だよ!テメェ、俺の友達ツレが入れた刺青バカにしやがると、ぶっ殺すぞ!」


「いやいや。もう死んでるし。ここアパレルの会社だろ。せっかくだから、その絵、バックプリントでTシャツにしたら売れるかもしんねえぞ」


「マジ、殺す」


 このくだらない言い合いが、僕の心を和ませる。「なに、ヘラヘラしてんだ」と天馬さんに突っ込まれたところ、エレベーターが6階に着いた。


 エレベーターの目の前の部署が、総務部だった。入り口近くの女子社員がこちらに気づき、お疲れ様です、と声をかけてきたが、不審の目を向けてきた。そうさ、僕たちは不審者だ。外部の人間が直接総務部に来るようなケースは少ないだろうし、なんと言っても見た目が怪しいのだから仕方がない。


「えーっと......」


 田村さんはどの人ですか、と聞こうとしたが、そんなこと聞かなくても一目瞭然だった。お洒落の欠片もない地味な男が自分のデスクに踏ん反り返って、立たせている部下に怒鳴り散らしていた。


「あー、アイツだ」


 劉弦さんは指を差し、ズカズカと事務所に入っていく。みんなからの不審な目を一斉に浴びた。


「さて、利休さんよ。どうすんだい?」


 劉弦さんから呼ばれた時、一瞬自分のことだと反応できなかった。劉弦さんが利休と呼ぶのは初めてのことだった。


「アンタがこの件のリーダーだろ。どうすんだ?ソイツは背中出す気満々だぞ」


 天馬さんに目を向けると、ニヤつきながらシャツのボタンに手をかけているところだった。


「あの田村って奴は、いけすかねえ顔をしてんなぁ。目ん玉、穿ほじくり出して、その目ん玉ケツの穴に入れてやろうか」


「嫌だよ。汚え」


「じゃあ、ぶっ殺しちゃおうぜ」


 僕はギュッと拳を握った。天馬さんの言うようにとことん脅かしてやるのもいいし、ストレートにぶん殴ってやるのもいい。ぶっ殺すのも名案だ。はたして死んだ僕たちが生きてる人を殺すとどうなるのかな。僕たちが成仏したら、殺した事実は無くなってしまうのだ。


「なんですか、アナタたちは」


 田村という男は、なんとも貧相な顔をしている。肌も汚く、死んだ魚のような澱んだ目。その目で人を見下すような態度に、嫌悪感しか抱けない。

 気持ちが盛り上がって仕方がない。冷静になれ。鎮まれ。鎮まれ。興奮してきているのが自分でわかる。握った拳が震えてくる。これは、緊張なのか。怒りなのか。この腐った野郎の貧相な顔が歪むのを見たい。でも、冷静でいないと。鎮めよ。僕はもっと冷めている人間だったはずじゃないか。鎮めよ。鎮めよ。


「どうする?」


「出たとこ勝負で、いいんじゃないですかね」


 僕は握った拳をフルスイングで、田村の頬に力一杯捩じ込んでやった。田村は両手を上げて吹っ飛んで、白目を剥いて椅子から転げ落ちた。事務所に悲鳴が轟く。


 人生は、案外楽しい。

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