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北方砦偵察隊は酒を背負う


城の北方にある砦に駐留していた偵察隊の三名は、魔道具から中継された王命によりダンジョン『北の岩窟』へと馬で向かっていた。


昨日、突如として現れた黒竜は、城下街上空を通り過ぎて北へと向かったという。


その方角には黒竜が羽を休める為に降り立つのではないかと思われる深い森があった。


それが『北の岩窟』であり、国の脅威と認められているオーガ、『巨拳ダルモア』が支配するダンジョンだ。


帝国は命令なく手を出してはならないとする対象にその特徴を含んだ”脅威名称”をつけている。


ダルモアはその名の通り、”巨拳”。


もともと巨躯で知られるオーガであるが、その拳はそれと比較しても一回り大きい。


過去にも似たような特徴を持ったオーガの記録はあり、血縁関係にあるかもしれないと予測されている。


『巨拳ダルモア』はダンジョンから出る事は滅多にない。


支配するダンジョンも三十階層と規模も浅めであるが、油断と慢心により『北の岩窟』で命を落とした冒険者は多い。


ただし、憎悪の対象かというとそうでもない。


むしろ『北の岩窟』は比較的安全なダンジョンであり、そして特殊な相互利益関係にある。


偵察隊の隊長である少し白髪交じりの兵士は、背負い袋に満載した酒瓶の感触を確かめつつ、先を急ぎながら自分に続く部下の二人に確認する。


「お前達、酒を割るなよ」


「わかっていますよ、これが俺達の命綱ですからね」


「干し肉や果物もたんまりありますし、ちょっと期待できますかね」


「馬鹿な事を言うな。それらは保険だ。我々は商人ではない。あくまで商人の変装をしているだけだ」


そう、彼らは偵察隊の装備である革鎧などではなく、商人風の姿で武器も携行していない。むしろ武器を持つ方が危険な場所に赴いているのだから。


その理由は『巨拳ダルモア』と『北の岩窟』に棲む魔物達の生態による。


オーガの『巨拳ダルモア』のほかには、ゴブリンしかいないダンジョンであるが、そのゴブリン達もダンジョン外を徘徊する事はまれで、人の住む近隣の村などを襲った事はない。


だいたいはダンジョンの入口付近で火を囲んで歩哨をしているか、せいぜい森の中で食料の為に獣を狩ったりする程度だ。


もちろん、こちらからダンジョンの入り口に近づけばそのゴブリン達が警告を発してくる。言葉を話せないため、木の剣と盾を打ち鳴らし威嚇してくる。


採取人や旅人であれば、危険な縄張りに知らずに紛れ込んだと慌てて逃げ出す。


だが冒険者であれば剣を抜き、臨戦態勢に入るだろう。


その場合、ゴブリンたちはすぐにダンジョンに引き返す。


初めてこのダンジョンを発見した冒険者はそれを見て油断し、臆病なゴブリンの巣だと思いこみ攻略を開始した。


彼らは四人組であったが、ダンジョンに潜り地下一階層で待ち構えていたのは同数のゴブリンだった。


冒険者達はそれが逃げ遅れのゴブリンかと深く考えることもなく戦闘に入り、あえなく返り討ちとなった。


冒険者ギルドが帰らぬ彼らの為の調査依頼を出した後、このダンジョンの存在が明らかになる。


似たように返り討ちに会う冒険者が何組か出てしまい、冒険者ギルドが頭を悩ませていると、ある旅商人が驚くような報告を商人ギルドにあげてきた。


いわく『酒と魔石が交換できた』ダンジョンがあったとの事だった。


そして場所と特徴の報告を受けると、それが発見されたばかりのゴブリンのダンジョンと判明する。


冒険者ギルドの者が商人ギルドに飛んで行き詳しい話を聞くと、彼らは街道を馬車で走っていたところ盗賊に襲われ、ほうほうの体で森に逃げ込んだところ、ゴブリンが群れた洞窟の入り口らしき場所に出くわした。


追ってきていた盗賊たちはゴブリンの巣を知っていたのかすでに姿はなく、商人数人はゴブリン達に囲まれた。


死を覚悟しつつも、持っていた荷物の食料などで注意をそらしてなんとか逃げられないかと、コブリンたちにそれを投げ渡した。


ゴブリン達はすでに威嚇をやめており、どこか困惑したように投げ渡された食料や酒を見て、それぞれ目を合わせて考えている。


結局、一匹のゴブリンがダンジョンに帰って行き、ややあって現れたのは巨躯をもったオーガであった。


それまでは死を覚悟しつつも、どこかまだ希望を持っていた商人達も、これには悲鳴を上げてすべての終わりを感じた。


一方でオーガは商人達が投げ出した荷物を検めていた。それらは食料、酒、貴金属。


宝石の類をつまむと、それを商人達へと投げ返し、食料や酒類に関してはゴブリン達を呼び寄せて食べさせていた。


この隙に逃れられればと思うものの、オーガはなにやら考え込むようにして商人達を見ていた。


やがて近づくと腰に下げていた革袋から何かを取り出して、その大きな手のひらに載せる。


そして商人達に寄り、かがみこむとその手の上にあるものを見せた。


「……魔石ッ!」


商人達は驚き目を見張る。


魔石の流通は極々わずかである。そしてオーガが手のひらに載せているような、透明度が高く不純物のない魔石となれば非常に希少だ。


ダンジョンに富を求めて挑む冒険者の大半の目的はこの魔石である。


オーガは右の手のひらにのせた大小あわせて五つほどの魔石を商人に突き出し、左手でゴブリン達がむさぼっている食料を指差した。


商人達は恐怖の中でさらに困惑するものの、商人の一人がありえない事を言い出した。


「もしかして、代価を取れ、という事、か……?」


恐怖でかすれた声で搾り出す。


そんなわけがあるかと他の商人が叫ぶが、オーガはさらに右手の魔石を商人達におしつけるようにする。


ただその魔石の量は、商人達が差し出した荷物に比べ高価すきるため、最も小さい魔石をおそるおそる摘み取った。


オーガの手は自分の胴など鷲掴みにできるほど巨大であり、わずかにふれた商人の指先には鉄のような硬さをも伝える。


魔石を一つとった商人にオーガは視線をよこす。それでいいのかと問いかけているようで、商人は何度も何度もうなずいた。


するとオーガは立ち上がり、コブリン達に何かを指示をする。


オーガがダンジョンの中へ戻って行くと、コブリン達は食事をやめて、食いかけの食料や酒などすべてを手に抱えてダンジョンに運び込んだ。


残された商人達は拾った命と、思いがけない商取引を追え、抜けた腰で森を後にしたという。


この情報がもたらされて以来、『巨拳ダルモア』は無差別に脅威を振りまく魔人ではないだろうと判断された。


また、ならばむやみに刺激するべきではないと、冒険者ギルドは接触を禁じた。


だが命を天秤にかける商人もおり、それらは酒や肉、食器や衣類などを持ち込み、魔石と交換していた。


冒険者ギルドは商人ギルドに対し、そういった商人を罰するよう要請するが、商人ギルドはそれを拒否。


彼らいわく、定期的に酒や食料を提供する事で彼らは糧を求めて近隣を荒らさないと反論。


魔石目的である事は明白な言動であったが、貴重な魔石は装備品などでも重宝されるため、結果として冒険者ギルドが一歩引くものの、冒険者ギルドにおいての『北の岩窟』への護衛依頼は禁止という所で結論としていた。


そういった背景もあって、『巨拳ダルモア』は、憎むべき魔人、恐るべき脅威、という認識はない。


だがオーガという存在そのものが脅威である以上は放置できない為、定期的な監視と調査をするために近場に砦が設けられ、今日のように偵察隊が作戦行動をとっている。


しかし今回はいつもの偵察とは違う。


「隊長、黒竜が『北の岩窟』の方角で降り立ったらしいとの村民からの報告の後、どこかへ飛び去ったという報告は?」


「少なくともまだあがっていない」


「じゃあ、まだ『北の岩窟』付近にいるって事ですか……」


いつものように遠巻きに『北の岩窟』の入り口付近を偵察するだけではない。


黒竜が本当に森に降り立ったのか、それならばまだ留まっているのか。


姿が見えなければ何か痕跡を残していないか、など調査をしなければならない。


すでに近くの村や集落には別の隊員達が目撃証言を集めつつ、しばらくは外出しないようにと昨夜の内に知らせて回っている。


もっとも、言われずとも多くの者が自ら目にした黒竜だ。


空を我が物とばかりに悠々と巨体で羽ばたくアレを見て外に出ようという者は、よほど事情があるか、よほど危機感がないかのどちらかだ。


隊長は『巨拳ダルモア』のダンジョンがある森の手前で馬を止める。


早朝、砦を出てずいぶんと走った。すでに日は落ち、夜が始りかけていた。


ここからは街道を外れて、ゆっくりと徒歩で進む必要がある。


いつもであれば日が落ちた後に森に入るなど自殺行為であるが、今回は緊急の任務である。


馬を近くの木に留めると、三人が目をあわせて互いの覚悟を確認し、いざ森へと踏み込まんとした時に声がかけられた。


「ん? あれは……女か?」


「旅人にしては軽装すぎるし、かなり大きなカバンを持っていますから商人? ……でも、なさそうですね。装備は冒険者のようですが?」


「色々とちぐはぐですね。それに若い女二人だけで『北の岩窟』の森付近で一体何を?」


三人が声が飛んできた方向に目をやれば、二人組の女達が手を振って歩いて来ている。


大きなカバンを持った小柄な女が空いている手を振り、すみませーん、とか、ちょっとお時間いいですかー、などと声を張る。


やや後方の少し年上らしい女は、両手をぶんぶん振り、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら興奮して上ずった声で、ごきげんよーう、などと声をあげながらだ。


「おい、やめさせろ!」


「はっ!」


魔物を引き寄せかねない行動に隊長が青ざめて指示を出し、部下の二人も血相を変えて走り出す。


こうして北方砦の偵察隊は、緊張感のかけらもない自称冒険者志望の姉妹を保護した。


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