ヒッチハイクシタイデス
様々な予定変更がありつつも、無事に美人姉妹が旅を始めた初日。
ダルモア達のダンジョンがある深い森を抜け、ようやく街道と言える程度にならされた道に出た。
森の中というのはやはり歩きにくく、この道に出るまでアリスはヒビキに運ばれていた。
いわゆるお姫様だっこであるが、抱きかかえているの方が小柄な女性の姿なので、なんともいえない光景だった。
「さて、ここからは歩いて行きますか?」
「ええ、ありがとうヒビキ。ようやく冒険の始まりですね!」
ヒビキの首を抱きしめていた腕を解き、アリスが道に降り立つ。
そしてヒビキの左手をとり、連れ立って歩き始めた。
「ふふふ、手をつないでの旅路。とても素敵です」
「冒険者が理由もなく外で手をふさぐというのはありえませんけどね」
肩をすくめてヒビキが返すが、アリスはお構いなしとばかりに笑っている。
「良い景色ですね。のんびりした感じです」
「意外と生活圏が隣接していますね」
遠方ではあるが、視界で確認できる範囲にも民家や畑などがある。
魔獣があまり生息していないのか、それらを駆逐できるだけの戦力があるのか。
どちらにしても、これであれば馬車に拾ってもらうのもそう難しくないかもしれない。
「さあ、行きましょう。街に向かって歩いていれば、すぐにどなたかの馬車に乗せて頂けるはずです」
「そうですね」
だがヒビキは断言できるほどに確信があった。アリスのこの笑顔、そうは長く続かないだろうと。
しばらくの間は、道端に生える草花、木々になっている実などに感動しつつ歩いていた。
しかしどこまでも変わらない景色、牧歌的すぎる刺激の無い道行き。
されど、期待している馬車を引いた行商人の姿は見えず。
そして朝日がその位置を正午あたりに変えた頃。
アリスの口数はずいぶんと減り、表情にも疲労が見え隠れしている。
「行商人の方、どこにもいらっしゃいませんね……」
「そうですね」
このやりとりも何度目だろうか。
そろそろかなとヒビキがアリスの様子をうかがっていた時に、アリスがヒビキの名を呼んだ。
「……ヒビキ」
「休憩しますか?」
「……ちょっとだけ」
「そんなに申し訳なさそうに言わなくても大丈夫ですよ。急ぐ理由など何もないのですから。ずいぶんと歩きましたからね」
いかに魔人と言えど、身体能力だけを見ればアリスは人間の若者とさほど変わらない。
ヒビキはさっと視界をめぐらせ、街道の整備などで脇にどけられていた岩を見つけると、カバンから厚めの布を取り出してかけてアリスを座らせる。
アリスは礼を言いつつ、そこで一息ついた。
「どうぞ」
「ありがとう、ヒビキ」
水筒からグラスに水を注ぐ。その際に手のひらに魔力を込め、軽く冷気を放射して水を冷やす。
一気に飲み干すアリス。もう一度注ぐと、二杯目はゆっくりとノドをうるおしていく。
「冷たくておいしいです。本当に貴方は何でもできますね」
「姫君を護衛する万能型ホムンクルスとしてデザインされていますからね。実際はこうして便利機能満載の執事として運用されていますが」
「今はメイドさんですね」
「便利機能で執事が化けているだけですよ。ハートは紳士です。腰も落ち着けましたし、時間も丁度良いですから昼食にしましょうか」
「ええ、お願いします。冒険者の食事ですね!」
軽口を叩ける程度には落ち着いたらしい。
ヒビキはアリスにはいつでも抱きかかえて移動しても良いといってあるが、本人ができるところまでがんばります、と言うのでしたいようにさせていた。
こういう苦労もいずれは思い出話のタネになるだろうと。長く残る思い出はいつだって苦しい出来事の方が多い。
ヒビキは街道から目の届く範囲で近くの木々を拾い集め、集めたそれに魔力で火をつけると水を鍋に満たして沸騰させる。
カバンから調理道具を取り出し、ダルモアから持たされた干し肉や野菜などを調理し、鍋へ。
気候的には暖かくも寒くも無いが、冷たい食事よりは湯気の立つものが良いだろうとスープに決めたヒビキは手を動かす。
手馴れた流れでヒビキはすぐにスープを作り上げると、木の器と匙を用意しアリスに手渡す。
空の器を持ってたアリスに、ヒビキがスープを鍋からよそう。
香り立つ湯気に顔を湿らせつつ、アリスがいい香りですと、匙をスープに浸してすくい始める。
ヒビキも自分の分を用意し、アリスの横に座ってスープを味わう。
活動源としての栄養補給は必要ない体のヒビキだが、食は精神を満たすものでもあるし、なによりアリスも一人で食べるよりは皆で食べたほうが美味しいだろう。
そうした腹を満たした二人は、小休止を終える。
「さて、行きましょう。次はもっと歩きますよ!」
ややあって、アリスが立ち上がる。
「ええ、無理をしないでくださいね。アリスのペースで行きましょう」
布やグラス、食器などを片付けて、ヒビキはアリスの手をとって歩き始める。
しかし今のところ馬車はおろか人影すら見ない。遠方に見える民家や畑にも人影はないままだ。
ダルモアの話では、街道まで出ればそれなりに通行があるとの事だったが、運が悪いのだろうか。
野宿の用意はもちろん万端だが、できれば避けたいと思いつつ道を進む。だが相も変わらず人影はない。
やがて日は暮れ、ヒビキの願いはむなしく散った。
現実は厳しいなと、野宿の準備を始めるのだった。




