ヒッチハイクシスターズ
一夜が明けて、二人は総出の見送りの中にあった。
「それでは行ってまいります。おばーちゃん、ありがとう。ダルモアさんとダンジョンの方々もありがとうございました」
アリスが頭を下げると黒竜は笑い、ダルモアはヒザをつき、ゴブリン達が平伏する。
彼女の黒髪と黒い瞳は金髪と碧眼となっており、この組み合わせは帝国によく見られるものである。
「では私達はこれで」
ヒビキもまた金髪となった長い髪の頭を下げ、アリスに出発をうながす。
その右手には大き目のカバンがある。全財産が入っているだけあってかなり頑丈なものだ。
魔獣の革に希少金属の補強を施し、鍵は魔錠でアリスかヒビキの魔力を感知しないと開かない。
ただし目立たないように金銀細工などの意匠はされていない。いかにも実用品といった物だ。
空いている左手でアリスの手をとり、馬車道へ向かって歩き出す。
その背を見送った黒竜はクスクスと笑いながらダルモアに問いかける。
「あんなに可愛らしくなってしまって。本当に大丈夫かしら?」
「……ヒビキ様であれば、どんな苦難も乗り越えられるでしょう」
「苦難ねぇ。あれは女難っていうんじゃないかしらね。ま、それもお姉ちゃんの可愛いおねだりだもの、仕方無いわね」
そうして二人が送った背中は、まるで仲の良い駆け出し冒険者姉妹だった。
――そう、姉妹である。
彼は彼女になっていた。
原因はもちろんアリスである。
出発間際の準備の際、アリスは当初の予定通り自分はワケありヒーラー、ヒビキはおつきの武道家という設定で行くつもりでいた。
ヒビキが持ち込んだ魔道具の一つを取り出し、そのペンダントの細工を色々と動かした後にアリスの首にかけた。
すると黒かった髪と瞳が金髪と碧眼に変わる。
「装着者の身体に軽い幻影効果をかぶせるものです。容姿を変えるほどではなく、どちらかという化粧道具のようなものですね」
「デザインも素敵ですし、良い魔道具ですね」
「もっとも、おばあ様くらいの魔力の持ち主だと、少し注視すれば看破されてしまいますが」
「おばーちゃんと同等の方がそういらっしゃるとは思いませんよ」
「左様ですね。ですので、完璧な変装と言えます。では私も失礼して」
アリスはてっきりヒビキも同じように魔道具で髪色を変えると思いきや、普通の鏡を取り出すとわずかな魔力を消費して瞬時に髪と瞳の色を変えた。
さらに肉体外観もいつもより筋肉質に変化させている所を見て、本当にふと思いついてしまう。
「ヒビキ、その体は?」
「ええ。近接格闘ジョブという事で、やや筋肉質な外観にしておこうかと。見た目だけですので、筋力があがっているわけではないのですが」
もともとホムンクルス素体に筋繊維はない。充填された魔力を消費して活動している。
パワーやトルクが必要であれば、それだけ魔力を消費すれば可能だ。
その上限はホムンクルス素体の性能によるが、魔王夫妻謹製のその素体であれば天井知らずだろう。だろう、というのはヒビキ本人も限界値を検証しておらず、また検証する必要性も感じないほどに余裕があったからだ。
悲観主義者と自認するわりには、緊急の必要性を感じないと行動しないという怠慢ぶりも発揮している。
ちなみに極端なサイズアップはできないが、身長に関してもプラスマイナスで五十センチほどは伸縮可能である。
その気になれば、子供から大人まで違和感無く容貌を変えられるだろう。
「そんな事ではなく。いえ、まったく関係ない話でもないのですが」
「では何ですか?」
「外観は自由がきくのですか? もう少し、こう、変化させたりとか?」
「……ああ、なるほど。自分好みの容姿にしたいと? すみませんね、お好みの顔でなくて」
やや失意した表情でヒビキが返すと、アリスが慌てて違います! と手を振る。
「そうではありません! そうではなくて! その、ですね、なんというか……そのぅ」
アリスをからかいつつ、ヒビキはこの状況でアリスが何を望んでいるのか考える。
この上目遣いで言いにくそうにしているあたり、自分の性癖、もとい、グッドシチュエーションの再現と追体験を望んでいるのだろう。
だが、行商人ヒッチハイクのオプションというと何だろうか? ヒビキはヒントが足りないなとアリスに問いかける。
「屈強な武道家?」
「いえ、悪くはないのですが……私、実は筋骨隆々お髭マシマシ頭ツルツル系な方は少しだけ苦手です」
確かに、アリスの秘密の本棚にはオラオラマッチョ系は少なかったなと思い起こす。
「では、可愛らしいネコミミ少年のテクニカルファイター?」
「うっ、ああ、それも捨てがた……いえ、そうでもなくて」
ちょったカスったなとヒビキが感触を確かめるが、正解ではないようだ。
考え込むヒビキ、言いよどむアリス、二人を包む微妙な沈黙。
「……私、お兄様と弟しかいないわけですよね」
決死の覚悟といわんばかりの一言。本人にとっては羞恥に頬を染めるほどの内容であったのだが。
「美人姉妹冒険記?」
「それ!」
ヒビキは次に思い当たった、ある本のタイトルを呟く。アリスが即座にヒビキを指差す。
それは美しい姉と可愛らしい妹の姉妹が、冒険者として暮らしていく話だ。
ゆるめの依頼を受け、ほどほどの報酬を得て、ショッピングやグルメを楽しむという、実に健全な冒険譚である。
移動シーンも多く、馬車内でも乗り合わせた冒険者や商人などと縁を結んだりと平和なお話だ。
自分の要望が伝わり満面の笑顔になったあと、ハッとしてしおしおとうつむくアリス。
「……それです」
「別に枯れなくてもいいですよ。貴方が楽しめればそれに勝るものは無しです」
「うう、恥ずかしいです。でも、ヒビキが優しくてお姉ちゃんは頭とほっぺがほっかほかです」
「では少し調整しますか。姉妹という事であれば……」
ヒビキは目の前で真っ赤になっているお手本を凝視する。
「なんですか? お姉ちゃんの美貌に見ほれましたか?」
さらに顔を赤くしてまでも、ヒビキをからかい、失いかけている姉の威厳を取り戻そうとする懸命な姉であったが。
「え? ああ、そうですね、そんなところですから。あ、ちょっと顔を動かさないで下さい」
「雑です! 邪険です!」
「頬をふくらませないで下さい。妹の顔もそうなりますよ? 今、貴方と同じような顔に調整しているところですから。肖像画を描かれている時のようにしてください」
「は、はい! あ、でも、妹は可愛い系より、ちょっとクール系がいいです」
さらっと要望を織り込んでくるあたり、妥協はしないらしい。
ヒビキは今のアリスを見本としてて、昔のアリスを思い起こして、人間容姿的に、三歳ほど下に見えるように調整していく。
クール系というので、やや釣り目がちで唇も少し細くしてみる。眉も細く釣りあがり気味にと色々やっていくうちに、お手本から遠くなっていく。
「むむ」
アリスと鏡とを見比べつつ、うまい具合に調整できないもどかしさ。
ヒビキがこんな事が以前にもあったなと記憶を探ると、前世でのゲームによく似ている。キャラクターカスタマイズの自由度が高ければ高いほど、イケメンや美女が作りにくくなっていくあの難しさだ。
「むむむ」
何でも物事を簡単にこなすヒビキが珍しく苦戦している。それも自分の突発的な要望を満たすために、アリスを喜ばせようとするためだけに。
アリスはそれがなんだか面白くて、おかしくて、うれしくて、ついつい微笑んだ。
と、そんな事もあり、目出度い旅の始まりは一部色々と予定を変更しつつも、ようやく幕を開けた。