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魚影を求めて、船上にて


三人は借りた船で湖の中心に向かってゆらゆらと進んでいた。


湖を注意深く見つめるジャックと船をこぐダニエル。


その魚影を発見した際の対処としてジャックの足元には数本の銛が用意されている。


ダニエルの手元にも網が畳んでおいてある。


そんな二人の間に収まるようにして座っているヒビキは、二人に疑問を投げかけた。


「魔眼をお見せしたとはいえ、すんなり同乗させていただけましたね」


二人の騎士が笑う。


「魔眼持ちという事は少なくとも魔力は騎士と同等以上という事ですから。とは言え、ご心配は不要です、何があろうとお守りします」


「……ん?」


どうにも言葉の流れがおかいしい。


「あれほど迅速で流麗な魔眼の発動。期待するなという方が無理な話だ。もちろん、もしもの際は私たちに構わず必ずやお戻りください」


んん? とまた違和感のある言いように、心の中で騎士達の言葉の流れと表情から内容を考え直す。


「ああ……なるほど」


彼らはヒビキを戦力としてはではなく、自分たちに万が一があった場合の連絡要員としてアテにしているようだった。


それならそれで否定する事もないかとヒビキは今は何も言わない。


ここで自分も戦闘になれば参加すると言うと引き返しかねないからだ。


もし騎士達が窮地となれば手を出せばいいだけだ。


彼らにとって魔力をどれほど保持していても、守るべき少女の範疇なのだろう。


「しかし……静かな湖だな」


ジャックが髪を風に揺らしながら、ダニエルを見る。


ダニエルも船をこぎつつ、湖面を眺めながらうなずく。


「ピーラニッアが釣れるという事だが、それらしい影もない」


「大方、そのヌシとやらのせいでひっこんでいるんじゃないか?」


釣りはしないからよくわからんが、と二人が緊張はゆるめず、しかし気負いのない表情で会話をかわしている。


ヒビキも辺りをぐるりと見まわしているが、特にそういった魚影は見つけられない。


やがて釣り人達もまずこないという位の場所まで来ても成果は得られず、三人はどうするか話し合う。


「やはり岸をたどるようにした方がいいか?」


魔草を求めて回遊しているのなら、中心よりも内周にそって船を動かした方が良いのかもしれない。


「確かにこのままではラチがあかん。一度岸の方へ回ってみるか……む? 星流れの鳥か……」


二人がそう話し合っていると、空から水鳥の群れが頭上に飛来してきた。


「星流れの鳥?」


「おや、ヒビキさんは見るのは初めてかな?」


二人は空の群れに苦々しい顔を向けつつも、ヒビキに説明を始めた。


勢いよく滑空しそのまま水中に潜ってその嘴で魚を捕獲する種で、その様は流れ星のようでもありそういう通称があるそうだ。


釣りをしないというわりに水鳥には詳しいのですねと言うと、戦地の池ではアレが結構な脅威なんだという。


城攻めの際に堀で防壁を張られると攻めにしろ守りにしろ水につかる事がある。


自然の要害として、湖や川などを防御陣として利用した城なども同様だが、そこで負傷して動けなくなってたり、戦死したりした亡骸を求めて、アレらの鳥が降ってくるそうだ。


「ガッツリ肉食ですか……」


ヒビキの呟きに、ジッャクは見た目には美しい白い鳥だが、戦士にとってアレは死神の衣のようだよと眉をしかめる。


「生魚も食うが肉も食らう。生肉、死肉、腐肉、なんでもござれだ」


そう解説されると、白く美しい感じた鳥が、禍々しく見えてくる。


飛んでいた時はその大きさがハッキリとはつかめなかったが、船の近くに一羽が潜った時その体長が意外と大きい事にも気づく。


かつての世界でいうカラスよりも大きいのではないかというくらいだ。


水しぶきをあげないように羽を畳んでうまく潜水しているが、それでも広がる波紋は大きく船をわずかながらにも揺らしていく。


「結構、迫力のある鳥ですね……」


あんなものが戦闘中に飛来してくるとなると、確かに危険極まりない。騎士の二人が厄介そうに見るのも道理だ。


二人が念のためとヒビキを囲うように位置取りを変えつつ船を進める。


「ありがとうござ……」


います、と続けようとした時、少し離れた場所で異変が起きた。


異変というより、大きな水しぶきだ。


「なんだ?」


ジャックが目を向け、ダニエルがオールを操って船を停止させる。


水しぶきが上がっている場所の湖面からのぞいているのは、ピーラニッアをくわえた水鳥だった。


しかし飛び立つのではなく、溺れているような、引っ張られてもがいているような、そんな動きだった。


「水鳥が溺れる?」


首をかしげるジャックだったが、水鳥はやがてストンと落ちるように湖の中に姿を消した。


「とらえようとしたピーラニッアに返り討ちにされたか?」


そんな事もあるのかと三人が思っていると、近くに浮いていた水鳥たちが一斉に飛び立った。


「うおっ」


次の瞬間、大きな影が湖から飛び出した。


そして飛び立とうとしていた水鳥の何羽かをその巨大な口の中におさめる。


鋭い歯を無数に並べた巨大な口のその何かは、口の端から水鳥の足や羽をはみ出したまま、また水中へと戻っていった。


「……」


「……」


騎士の二人が呆然とする中、ヒビキだけがその生き物の正体に検討をつける。


(ワニ、かな?)


一瞬だったが、巨大な口、ビッシリと生えた緑の鱗、長いシッポと短い手足。逆にワニ以外の何物でもない見た目だ。


ただその大きさは自分たちが乗っている船の倍はありそうだ。


「見たことのない生き物だが……これは一度、引き返すか……」


「そうだな。あそこまでの巨躯となると銛ではなく槍を。いや弓矢ぐらいも用意した方がいいかもしれん。しかし水の魔獣か、情報が欲しいな」


どうやら騎士達はワニを知らないようで、魔獣の類かと判断したようだ。


現状、銛と網では対処できないと判断した二人は引き返して必要な準備を整えると即断。


もちろんヒビキも異を唱える事なく、一度戻る事に賛成する。


ただ、アレを無理してまでアリスに見せるのはちょっと微妙かなとも思う。


生き物としてのインパクトは大きいし、放置するには危険なので討伐するのであれば手伝いもするが、それに同伴させるほどのものでもないだろう。


ただの水棲肉食獣として、距離をとって淡々と処理すればいい相手だ。


拍子抜けだな、とヒビキが落胆するのもつかの間。


「おい、こっちに来てないか?」


ジャックの視線の先で、湖面にのぞかせたワニの背中のウロコが船に向かってきている。


「そのようだ、な!」


言葉尻に力を込めて、オールをこぎ始めるダニエル。


だがワニとの距離はどんどん短くなっていく。


ジャックは足元の銛を一本かつきげあげて構える。


「通るか?」


狙いを定めて銛を投擲するジャックだが、その固い鱗をわずかにえぐっただけで銛は湖の奥へと消えていった。


「まぁ、こういう使い方をするものではないしな」


槍と違って銛は近くの獲物に打ち込むものだし、返しのついた刃は本来刺した獲物を逃がさないように紐で船とつなげるための道具でもある。


今回は殺傷目的で持ち込んだため、船と銛とはつないでいない。


それでも何もしないよりはマシだろうと、次の銛を手にとるジャック。


そしてヒビキも同じく銛を手にして立ち上がった。


「ヒビキさん? どうか座っていてくれ、振り落とされるかもしれない」


「大丈夫ですよ。振り落とされたとしても、私は何も問題はありません」


「大問題です、水の上を歩けるとでも?」


「よくご存じですね?」


ジャックの例えに真顔でうなずきながら、ヒビキは迫りくるワニの背中に狙いを定める。


(たしかにこれだけ大きいと、ワニの節くれだった鱗はヒレに見える? かな?)


ベンネヴィスの言葉では、青いヒレを持った巨大な魚という話だったが、全身を見た者がいるわけでもない。


となると、コケで覆われた緑色の凹凸を見て、蒼い魚のヒレだと思い込んだのだろうか。


確かにワニという存在を知らなければ、湖面に浮いているのは魚の一部とも思うかもしれない。


(どちらにしても、コレをそのままにしておくは危険だろうし)


ヒビキは考えつつ、魔力を全身にめぐらせてホムンクルスのボディのギアをあげるようにして力をこめる。


握りしめた銛がギシギシと悲鳴をあげ始めたところで、力いっぱい投げつける。


空気を裂く音の後、その銛はワニの背中に深く突き刺さった。


ワニは激しく出血し、痛みにのたうち回るようにして大きく暴れ、赤く染まった水を盛大にまき散らす。


「それでも浅い感じですね」


すぐに死に至る様子ではない。むしろ、手負いになって余計に凶暴になるかもしれない。


追撃すべきとヒビキが足元の銛を拾い上げて、再び湖面に目をやるとすでにワニの姿は湖面になかった。


大きな波紋と浮いた血の色だけが残っている。


「潜っていきましたよ」


「そうですか」


ジャックも持っていた銛を足元に戻してヒビキに伝える。


「仕留め損ないました」


ヒビキは残念そうに二人に向かって苦笑する。


「いえいえ、お見事でした。それにあれだけの深手であれば長くはないのでは?」


「そうだといいのですが。ですがハッキリと確認できない限り湖の安全性は確保したとは言い難いでしょう?」


「確かにそうですが……でしたら、手負いのアレが再び姿を現す時を狙うしかありませんね」


三人は話し合い、再度、準備を整えて戻ってくる事とした。


今度は銛ではなく、槍、そして弓矢を用意する。


時間がたてば負傷から力尽きたワニが湖面に浮き上がってくるだろう。その際を狙って確実に仕留めておきたい。


もしそれが今日かなわなくとも、しばらく湖は立ち入り禁止とし、その間、兵士を派遣して船を出して巡回すればいずれ仕留められるだろう。


すでに正体不明の脅威ではない。


多少なりとも表皮は堅牢だが、傷つき血を流す生き物であると知れたのだから。


「まぁ、なんだ。大事になりそうにはないな。一安心だろう」


「ああ。図体はデカいが、距離をとって多方向からの投擲なり矢なりで十分な対処可能だ」


騎士達の間ではすでに解決済みという判断らしい。


「ですが……」


「どうしました?」


「何か不安な事でも?」


ヒビキは考える。かつての世界、ワニというものは群れではなかっただろうか、と。


「アレが一頭だけと判断するのは早計かな、と」


「……確かに」


ジャックが言われてみればそうかと再び周囲を見回し、緊張感を取り戻す。


「ヌシと言うくらいだから一頭だけと思い込んだが、そうでない可能性もあるか」


とりあえず、今は早急に戻るべきだろうと、オールをこぐダニエルを急かして、船は湖畔で待つ三人の元へと戻っていった。


誤字報告、ありがとうございました!

早速修正させて頂きました。

自分も気づけば直しているのですが、毎度ながらこの始末ですのでとても助かります!


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