29 ケーキ
「ふわぁあぁあ、眠っ!タマラさん、おはよ。」
後ろから、女子の声が聞こえた。
ドシャ、っという大きめの音を立てて、オレの後ろの方に座ったようだ。
振り返ると、すでにテーブルに突っ伏していた。
何か買ってきたのだろうか、コンビニの袋が目の前に置かれている。
顔は見えないが、ショートカットの同年代女子だ。
柄の入った白いTシャツに黒のショートパンツ。
たぶん今日、一緒に行くバイト仲間だろう。
「ちゃんと起きれたじゃない。絶対無理、とか言ってたのに。」
呆れたような口調でタマラさんが答える。
「目覚まし五個。さすがに起きた。タマラさぁん、冷蔵庫にジュース入ってるから取ってぇ。」
タマラさんは、近くにあった冷蔵庫からペットボトルを持ってきた。
何だろう、イチゴミルク?
「またケーキ買ってきたの?朝からケーキなんて。」
この少女は、かなりバイト暦が長いのだろう。
顔すら上げていないが、タマラさんと親しいのはわかる。
「うー。ちょっと寝たい。まだ亜衣は来てないんでしょ。」
亜衣、というのはもう一人の同行者だろうか。
ショートカットの娘が顔を上げた。
少し気が強そうだが、かなり可愛い顔をしていた。
いいね。
いいね。
辛い事があっても、このバイトを続ける事にしよう。
じーっと、眠そうな瞳でオレの方を見つめる。
ゆっくりと少女の首が斜めになっていった。
「誰?」
それはオレも思った。
「今日から、ここでバイトする事になった佐藤翔。よろしく。」
同年代みたいだし、あんまり丁寧な挨拶ってのもおかしいだろう。
「初日かぁ。あたし園池。ここありえない位ヤッバイとこだから、覚悟しといて。」
やっぱりヤバイんだな、このバイト。
だいたいから言って、社長があの人だし。
「瑠乃華ちゃん、あんまり脅しちゃダメでしょ。」
少し怒った口調で、タマラさんが園池さんの耳を引っ張る。
瑠乃華ってのが、この女子の名前なのだろう。
「この程度でビビるようじゃ、どっちにしろ現場じゃ使えねぇよ。」
「フフフ、それ山形さんの真似でしょ。」
二人はひとしきり笑った。
オレも、一緒に盛り上がりたいんだが。
「あぁ、目が覚めてきた。この佐藤ぉ君、が今回の助っ人な訳ね。善い人そうだけどさぁ、もっとこう、山形さんみたいに、ヤバイ感じの人の方がいいと思うよ。いくらなんでも、一般人が初日で現場は無理でしょ。」
ん、オレの話ですか。
一般人じゃ無理って、どんだけ辛いんだよ。
「山形さんが、『絶対にコイツがいい』って。事前演習は、単独でノーミス一発クリア。」
少し目を見開いて、園池さんがオレのほうを見た。
感心したような目付きだ。
「へぇ、やるじゃん。嫌がらせだらけの設定なのに。わたしは亜衣と二人で、何とかクリアって感じ。でも、あれはゲームだから、あんまり当てにはならないよ。」
わかってますって。
それにしても、最近はVRでも二人プレイなんてのがあるんだな。
オンラインかなぁ。
やった事ないわ。
「アクションゲームだからね。園池さん達もやったんだ。」
「そりゃね。事前に敵の情報を知っておくには、文字だけじゃ心細いし。失敗したら、近いうちに死んじゃうから。」
何の話だよ。
全く、ここの連中ときたら。
「おはようございます。」
甘い香りがしそうな、優しい声が響いた。
こ、この声は聞き覚えがあるぞ。
あの美少女だ。
「おはよー。亜衣。」
「亜衣ちゃん、おはよう。」
オ、オレも、挨拶をせねば。
職場での第一印象は、きっと重要だろう。
「お、おふぁようございすっ。」
何を噛んでんだオレ!




