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14ハミルトン姉弟は、こうして家族になった

3話同時更新


 「さてと、それじゃあ、そろそろ仕上げと参りましょうか」


 これにて一件落着だとすっかり思っていたところに、伯母さまが切り出した。


 「大きな問題が解決して、ひと段落しているところ悪いのだけれど、でもね、大きな問題はもうひとつ残っているのよ」


 「…もうひとつ?」


 「ええ。でも、まあ、その問題は私の責任でもあるのだけれど……ロゼットとミハエルは、周囲から結婚を匂わされるされる度に、自分たちは姉弟だと言ってきているわ。それを覆すとなると、必ず叩いてくる輩が出るでしょうね。貴族の結婚なんて、家の事情でころころ変わるものだと分かりきっているくせにね」


 確かにそれは、私たちの問題として残っているけれど、それはミハエルと二人で乗り越えていこうと思っていた。


 「そこでなのだけれど、ジョエル。貴方のかわいい娘と息子とために一肌脱ぐ気はない?」


 伯母さまに指名されたお父さまは、当然のように目を丸くした。


 「わたくしね。ロゼットとミハエルがつつがなく結ばれるために、お膳立てをしてはどうかと思うの。二人がずっと姉弟だと言い張ってきたのは、やむにやまれぬ事情があったせいだと適切な理由をこしらえて、世間に広めてはどうかしら?」


 「……それで、私をどう関係させると?」


 「それはね、適切な理由というのが、ハミルトン姉弟は、実は、冷酷無比な父親によって引き裂かれた悲劇の恋人だった。という感じにしたいの」


 「…………」

 「…………」

 「…………」


 「ねえ、ジョエル。自分のしでかした過ちに対して、このまま何のお咎めも無しというのは心苦しいのではなくて? 貴方を完全な悪役にしても、中傷の全てを避けられるわけではないけれど、それでも、かなりの弾避けになると思うわ」


 「――で、でも」


 「いや、私はかまわない」


 お父さまが、私を押し止めるように言った。


 「むしろ、やらせて欲しい。お前たちを傷付けてしまったのは事実なのだし、そのための贖罪になるのなら、何でもしたい」


 その申し出には、言葉に詰まってしまう。


 お父さまの償い。

 何かしらの埋め合わせをすることが、お父さまにとって必要だということは分かる。けれど―――


 考えあぐねる私に先んじて、返事をしたのはミハエルだった。


 「ありがとうございます。父上」


 ああ、と頷くお父さまは、次にこちらを見る。


 「ロゼット、お前も賛成してくれるかい?」


 「は、はい。――――……ありがとうございます。お父さま」


 踏ん切りのつかない私を後押ししてくれたのだと知って、少し涙声になってしまったが、その返事を聞いたお父さまは、満足そうに笑ってくれる。


 「良かった。これで全員の承諾を得られたわね」


 ひとつ手を打って、マーラ伯母さまが小首を傾げた。


 「今年の社交シーズン中に出来るだけ広めましょう。来シーズンまでに二人の婚約と、その馴れ初めが知れ渡っているようにしたいわね。明日から忙しくなるわ。セオドア公爵夫人の本領を存分にご披露しなきゃ」







 セオドア公爵夫人の本領が発揮されるには、下準備が必要だった。


 私たちが姉弟だと言い張ってきた、やむにやまれる事情がマーラ伯母さまによって拵えられるわけだが、そのための物語は、私とミハエルの幼少期にまでさかのぼった。


 ハミルトン伯爵家令嬢、ロゼット・ハミルトンは、生まれ落ちるのと同時に母を亡くし、自身もまた病弱に生まれついていた。


 しかし、そんな娘を父ジョエルは、仕事にかまけて顧みることはなく、父の代わりにロゼットを支えたのが、義弟ミハエル・ハミルトンだった。


 物心ついたのちの養子縁組で、義姉弟となった間柄だが、新しく家族になった病弱な姉の見舞いを弟はかかさなかった。


 なかなかベッドから出られない姉のために、弟は庭の草花を毎日届けたり、本の読み聞かせをしたりしながら、互いの絆を深めていった。


 やがてロゼットは、身体の成長に伴って熱を出して寝込むことも少なくなる。そして、その年頃にはもう、二人の関係に変化が訪れていた。


 自分たちが本当の姉弟ではないと知っていた二人は、いつしか姉弟以上の感情を互いに抱くようになっていた。


 それはあくまでも、初めて知った恋心に戸惑うだけの幼い関係で、とても清らかなものだったが、そうして恥じらい合う二人の様子を、ある時、父ジョエル見咎められてしまう。


 嫁入り前の娘に何かあってはたまらないと考えたジョエルは、お前たちは姉弟なのだと二人を怒鳴りつけ、ミハエルを家から追い出すように騎士団への仕官を決めてしまう。


 あまつさえ、ロゼットの義弟としてしか領地への帰郷を許さないと、勘当とも取れる条件まで言い渡されてしまった。


 愛しいロゼットと二度と会えなくなるよりはと、ミハエルは断腸の思いでそれを承諾し、失意のまま王都へと一人赴く。


 だが、ミハエルは腐ることなく、むしろ、いつの日にか父に認めてもらおうと、騎士としての目覚ましい成長を遂げていった。


 しかし、父の理解はいっこうに得られず、社交の場では自分たちは姉弟だと、言い張るしかない状況が続く。


 そうして逢瀬すらままならないまま、恋い焦がれる想いばかりを募らせている内に、父ジョエルはついに手を打ってきた。


 ロゼットの結婚相手を探して欲しいと、その伯母であるセオドア公爵夫人に頼んだのである。


 二人の仲を知らなかったマーラ伯母さまは、ロゼットのお見合を計画する。


 今年の社交界シーズンにそれを知らされて、ロゼットとミハエルはとうとう互いの想いを諦めようとしたが、転機はそこに訪れた。


 お披露目を兼ねたセオドア公爵家の夜会で、ロゼットが倒れてしまう。


 思い詰めた末の心労だった。だが、そのことがミハエルの闘志に火を灯した。


 「……あの、マーラ伯母上。私と父上が、姉上をかけて決闘したことになっているのですが……」


 「あら、だって騎士は決闘するものでしょ?」


 渡された筋書き文を読みながら、苦言を呈するミハエルに、伯母さまはにこやかに答える。


 「父と息子だけでなく、退役正騎士と現役正騎士の戦いよ。ひとつの大きな壁を越えようとする物語って、素敵じゃない?」


 父ジョエルとミハエルの戦いは、実戦経験の差ゆえにミハエルの不利に運んだ。 


 しまいには剣を失い、そのままミハエルの敗北にて終わるかと思われたが、雌雄が決するその瞬間、ミハエルは父親を打ち負かしていた。


 何が起こったのか、それを言葉で説明するのは難しい。ただミハエルは、現役正騎士として、新たな戦闘技術を身に付けていたため、それが勝機を呼び込んだ。


 騎士として正式な決闘に敗れたからには、父ジョエルも二人の仲を認めないわけにはいかず、ロゼットとミハエルは晴れて白日の下に結ばれる権利を勝ち取った。


 そして、全ての見届け人となったマーラ伯母さまは、この愛の物語を世に伝えるべきだと考え、語り手として立ち上がることを決意した。


 「…………」


 これから婦人会派閥トップの伝手を使って、社交界へと流布される予定の筋書き文を読み終わり、私は沈黙する。


 セオドア公爵夫人という肩書きを使う時、脚色と誇張を駆使するものの、嘘だけはついてこなかったマーラ伯母さまが、初めて創作しただろう物語は、全てが虚構で塗り固められたものではなかった。


 やや強引な部分もあるけれど、ところどころに事実に基づいた出来事が差し込まれ、嘘に説得力を持たせるものになっていた。


 たとえばそう、セオドア公爵家の夜会で私は発作を起こし、そのうえ……その、ミハエルと抱き合うところを衆目に晒してしまったりしている。


 あの場面はさぞかし、伯母さまが語る物語の拠り所になってくれるだろう。


 ただ、マーラ伯母さまが言うには、いくらお父さまを悪役に仕立てたとしても、批判の声を完全に封殺するのは難しいそうだ。


 お父さまが犠牲になってくれたうえ、伯母さまにも少なからず影響はでると思う。だから、こういう事を思うのは不謹慎だと分かっている。


 ハミルトン姉弟は、こうして結ばれるに至った。


 その全てが事実ではないとしても、沢山の人に知られてしまうのは、やはり、どうしても、抑えようのない羞恥心が込み上げた。


 口裏合わせのため、同じように筋書き文を読んでいた、お父さまとミハエルにちらりと目をやれば、二人とも何とも言えない顔をしている。


 しばらくの間、ハミルトン家の周囲は騒がしくなるだろう。


 色々な意味で冷やかしや風当たりが強くなるだろうが、私やお父さまはまだいい。

 社交シーズンが終われば、王都から遠く離れた領地へ帰ってしまえるのだから。


 しかし、ミハエルはそうはいかない。これからも騎士団での勤めがある。


 そのことを、こっそりと聞いてみれば、


 「大丈夫ですよ。姉上が悪く言われるよりは、ずっといいです」


 そう言って、いつものように柔らかく微笑んだ。

 見慣れているはずの笑顔なのに、やけに眩しく見えて私は俯いてしまう。


 マーラ伯母さまは、私たちに食い違いが出ないよう、筋書きのあらかたを説明をし終えると、足早に踵を返してハミルトン邸を後にしていった。


 私たちも、それなりに忙しかった。急遽、婚約が決まったことを、親戚や関係各位へ事前に通知するための書状を用意しなくてはならない。


 お父さまと私、それといつも代筆も担当している執事の人に手伝ってもらっている。


 ごく一般的に、こうして世間への周知をかねた婚約期間を経て、ようやく結婚式の準備に入るわけだが、私たちの場合、貴族籍の問題もあるから、なおさら時間がかかるだろう。


 順当に考えれば、私の貴族籍を移すことになる。だからきっと、お父さまが養子縁組の書類にサインする時、私はまた涙ぐんでしまうだろうと、婚約の書状をしたためる今からそれを思った。




*****




 文章の書き過ぎで疲れてしまった目を休ませようと、中庭でぼんやりしている時だった。


 「――姉上」


 「ぅわっ、はいっ」


 不意に呼びかけられて、変な声が出てしまった。


 振り返ると、そこには想像通りのミハエルが立っていたが、今日はせっかくの休日だというのに、何やら冴えない顔をしていた。


 「……最近、なんだか私のことを避けていませんか?」


 「……避けて、いません」


 とはいえ、図星を指された気持ちになるが、本当にミハエルを避けているわけではない。


 「あ、あの、あのね、ミハエルが結婚を申し込んでくれた時に言ってくれた言葉とか、その前にも、婚約まで考えてくれていたこととか。それが姉弟としての愛情とは違うものだと分かったから、その、気恥ずかしくて。だから、少しだけ顔を合わせ辛くて……」


とにかくミハエルの顔が直視できないのだ。

 今も微妙に視線を逸らしているが、ミハエルの銀髪が日差し浴びて、なにやらキラキラしくて仕方がない。


 「それなら、ほっとしました……姉上に、異性を想起させる気持ちを打ち明けてしまったわけですから、それで、恐がられているのかと思ってしまって」


 「ちが、違うのよ。私、わたし、ミハエルの前に出ると、心臓がとても大変なことになってしまって、とても苦しくて。だから、だから……―――その」


 私も、ミハエルが好きなの。


 相手に聞こえるか聞こえないか疑わしいほど、小さな声になっていた。


 しばらく待ってみるものの、何の反応も返ってこず、聞こえたのかどうか確認しようと、おそるおそる見上げてみれば、真っ赤になったミハエルがそこにいた。


 ――――聞こえてたっ!


 自分で言っておきながら、聞こえてしまったことに慌てて顔を伏せる。


 互いに何も言えぬまま、二人の間にいたたまれない沈黙が落ちてきた。


 こんな時どうしたらいいか、手本とすべき経験があるはずもなくて、あれこれと別の話題を探すことで遣り過ごそうとした時、ミハエルの改まった口調が耳に届く。


 「あの、姉上。出来れば、もう一度、言わせてもらいたい言葉があるのです」


 そのお願いに応えて見上げてみれば、頬の赤い緑の瞳に見下ろされていた。


 「その、この間の言葉に偽りは無いのですが、その、やはり、あの時のは状況に応じてしまった面が強いので……出来れば、やはり、仕切り直したい、のです」


 言いながら段々としどろもどろになっていったが、彼の言わんとしていることは充分に伝わっていた。


 「ロゼット姉上」

 「…はい」


 もう姉弟ではなくなるのに、姉上呼びがまるで抜けそうにないミハエルは、跪くことも頭にないほど余裕を無くしているようだった。


 でも、幼い頃から知っている彼らしいその姿が、涙が出るくらい嬉しかった。


 そうして私は、ミハエルからもう一度その言葉を聞かせてもらう。






これにて完結です。

ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだか癒やされる優しいお話でした。有難う御座いました。
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