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『忘れられた六つ目の神器に選ばれました 〜人見知りな闇の少女と毒舌黒猫の学園英雄譚〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第87話 選ばなかった提案にも、見えていたものは残っている



 翌朝、隠れ里の空は薄い灰色に覆われていた。


 雲は厚くないものの、陽射しはまだ森の奥まで届かず、窓の外に並ぶ木々は輪郭だけが静かに浮かんでいる。夜のうちに少し雨が降ったらしく、屋根の端から時折雫が落ち、湿った土と葉の匂いが開けた窓の隙間から部屋へ入り込んでいた。


 アリシアは目を覚ますと、寝台の中で一度だけ深く息を吸った。


 頭痛はない。


 肩の張りもなく、腕の重さも残っていない。


 指先にはわずかな冷えがあるが、影を使った翌朝としてはいつもの範囲だった。


 身体は問題ない。


 けれど、胸の奥には、昨日とは違う種類の緊張があった。


 今日は、複数同時提案。


 二人以上が、同時に違う交代案を出す。


 レオが自分へ代われと言う。


 フィンがセレナへ代われと言う。


 あるいは、ミリアが中央継続を提案し、ルシアンが交代を求める。


 誰か一人の声を選べば。


 もう一人の声は、選ばれない。


「起きてる?」


 窓辺の椅子で丸くなっていたノアが、目を閉じたまま尋ねた。


「うん」


「なら、朝から誰を傷つけるか考えている顔をやめなさい」


 アリシアは少しだけ目を見開く。


「分かる?」


「今日は交代案が二つ出るのでしょう」


「うん」


「どちらかを選ぶ」


「うん」


「選ばなかった人が、嫌な気持ちになるかもしれない」


「うん」


「全部顔に出ているわ」


 アリシアは掛け布を少し下げ、上半身を起こした。


「二人とも、必要だと思って言う」


「そうでしょうね」


「なのに、片方を選ばない」


「そうね」


「否定するみたい」


「提案を採用しないことと、その者を否定することは違う」


「でも、言った人はそう思うかもしれない」


「では、両方採用する?」


「できない時もある」


「なら選ぶしかないでしょう」


「簡単に言う」


「簡単ではないわよ」


 ノアはゆっくり身体を起こし、前足を伸ばした。


「誰を選ぶかではなく、何を選ぶかを見なさい」


「何を?」


「その者が見ている危険」


「レオは前」


「フィンは音」


「ミリアは床」


「セレナは全体情報」


「ルシアンは状態」


「あなたは?」


「後方と影。あと、誰が止まってるか」


「では、二つの提案が出た時、比べるものは人ではない」


「見えてるもの?」


「そう」


 アリシアは少し考える。


「レオが、自分へ代われって言う。理由は正面大型」


「ええ」


「フィンが、セレナへ代われって言う。理由は左右から音多数」


「どちらが正しい?」


「分からない」


「なぜ」


「危険が違うから」


「なら?」


「次の危険を決める」


「誰が一番強いかではなく?」


「どの危険を先に止めるか」


 ノアは静かに頷いた。


「選ばなかった提案はどうする?」


 アリシアは少し迷った。


「捨てない」


「どうやって?」


「その人が見てた危険を、別の人に任せる」


「良いでしょう」


「レオへ交代しなくても、正面大型はレオに任せる」


「そう」


「セレナへ交代しなくても、左右の情報整理はセレナに頼む」


「そう」


「中央にしないだけ」


「提案そのものを捨てるわけではない」


 胸の奥の硬さが、少しだけほどける。


 選ばない。


 でも、消さない。


 提案の中にあった情報を拾う。


「でも、どっちを選ぶか迷って止まったら?」


「時間を決めなさい」


「何秒?」


「戦況による」


「また」


「万能な数字を欲しがりすぎよ」


「二秒?」


「あなたの班は二秒が好きね」


「分かりやすい」


「では、二秒で決められなければ?」


「現時点で一番近い危険を選ぶ」


「他の危険は?」


「担当を振る」


「良い」


 アリシアは寝台から足を下ろした。


「今日の私は、頭痛なし。肩問題なし。指先少し冷たい」


「心は?」


「誰かの提案を選ばないのが怖い」


「他」


「選ばなかった人に嫌われるのが怖い」


「他」


「でも、誰が正しいかじゃなくて、何が見えてるかを見る」


「他」


「選ばなかった提案も、情報は残す」


「百点」


「今日は百一点じゃない?」


「二つの提案が出たら、どちらか一つしか点数を選べないでしょう」


「百点を選んだ?」


「百一点は情報として残したわ」


「便利」


 ◇


 朝食の席では、祖父が炊いた麦を木椀へよそっていた。


 鍋の中には、昨夜残った豆の煮込みが少し混ぜられている。素朴な匂いが部屋へ広がり、外から聞こえる雫の音と、薪が弾ける小さな音が重なっていた。


「今日は二人から別のことを言われる」


 アリシアが席へ着くと、祖父は麦をよそいながら答えた。


「よくある」


「畑で?」


「二人いれば二つ言う」


「どっちを聞く?」


「正しい方」


「分からなかったら?」


「先に困る方」


 祖父は簡単に言い切り、椀をアリシアの前へ置いた。


「先に困る方?」


「水をやれと言う者と、柵を直せと言う者がいる。今にも獣が入るなら柵だ」


「水は?」


「別の者にやらせる」


「誰もいなかったら?」


「あとでやる」


「その間に枯れたら?」


「なら水だ」


「分からない」


「だから見ろ」


 アリシアは麦を一口食べた。


 少し熱い。


「誰が言ったかは関係ない?」


「少しはある」


「あるの?」


「畑を毎日見てる者と、昨日来た者では違う」


「見えてる範囲?」


「そうだ」


「でも、昨日来た人が正しい時もある」


「ある」


「じゃあ」


「言った者だけで決めるな。言った中身も見ろ」


 ノアと似ている。


 誰が正しいかではなく。


 何を見て言っているか。


「二人とも正しかったら?」


「両方やれ」


「一つしか選べない」


「役割は一つでも、仕事は二つできるだろ」


「どういうこと?」


「鍬を持つ者は一人でも、水を運ぶ者は別にいる」


「中央はレオ。でも、フィンの音情報は使う」


「そういうことだ」


 アリシアはゆっくり頷いた。


「選ばなかった人、怒るかも」


「怒らせておけ」


「また」


「必要なことを選んで怒る者へ、毎回謝るのか」


「でも、言ってくれた」


「なら後で理由を話せ」


「戦ってる途中は?」


「仕事を渡せ」


「あなたの提案は使わない、じゃなくて」


「お前の見ているものは任せる」


「うん」


 祖父は黒パンをちぎりながら続けた。


「人は、自分の案が選ばれなかった時、案だけでなく自分まで捨てられたと思うことがある」


「おじいちゃんも?」


「ある」


「誰に?」


「村長に」


「何を言ったの?」


「北の畑へ先に水路を引けと言った」


「選ばれなかった?」


「南を先にした」


「怒った?」


「かなり」


「どうした?」


「北の水路を自分で掘った」


「勝手」


「後で叱られた」


「何で?」


「南の作業へ人が足りなくなった」


 アリシアは祖父を見る。


「おじいちゃん、今日の訓練に悪い例として出せる」


「出すな」


「自分の提案が選ばれなくて、別行動した」


「昔の話だ」


「危ない」


「今はやらん」


「成長した?」


「黙って食え」


 祖父は少し不機嫌そうに椀を持ち上げた。


 けれど、その話は分かりやすかった。


 選ばれなかった。


 だから、自分だけで動く。


 それは班を壊す。


「選ばなかった人へ、今の役割を言う」


「そうしろ」


「提案の中の情報を使う」


「そうしろ」


「後で理由を話す」


「そうしろ」


「怒っても勝手に動かない」


「それを一番覚えろ」


 祖父は少しだけ強く言った。


「選ばれなかった者が、自分の正しさを証明しようと勝手に動けば、二つの指揮ができる」


「中央が二人」


「一番面倒だ」


「今日、それもあるかも」


「なら止めろ」


「言えるかな」


「必要なら言え」


「また嫌われる」


「昨日も同じことを言ってたな」


「毎日違う」


「嫌われる心配だけは毎日同じだ」


 アリシアは少しだけ頬を膨らませた。


「食え」


「食べてる」


「止まってる」


「考えてた」


「麦は待たん」


「麦は待つ」


「冷める」


 ◇


 学園へ向かう道では、朝の雨が残した水溜まりが所々に広がっていた。


 空はまだ曇っているが、雲の隙間から薄い光が差し始めている。登校する生徒たちは足元へ気をつけながら歩き、昨日の交代拒否訓練について声を弾ませていた。


「土の最初の拒否、すごかったな」


「でも二回目は渡した」


「あれ、断り続ける方が失敗なんだろ」


「今日は同時提案だって」


「二人が別の人を推すんだろ?」


「絶対揉める」


「火は自分を推しそう」


「風は情報で別の人を選びそう」


「闇、決められるのかな」


 最後の言葉が耳へ入る。


 アリシアは足元の水溜まりを避けながら、少しだけ呼吸を深くした。


「また予想されてる」


「有名人ね」


「嫌」


「見られるのは?」


「怖い」


「決められないと思われるのは?」


「少し悔しい」


「なら、その悔しさで急いで間違える?」


「しない」


「良い」


 ノアは濡れた地面を嫌がるように、乾いた石の上を選んで歩いている。


「選ぶのが遅くても?」


「二秒で決める」


「本当に二秒が好きね」


「分かりやすい」


「二秒以内に分からなかったら?」


「今、一番近い危険」


「選ばない提案は?」


「担当を渡す」


「それで十分」


 校舎へ入ると、今日も見学人数制限の掲示が出ていた。戦術科の生徒たちが掲示板の前へ集まり、自分の名前が許可一覧にあるか確認している。


「入れた!」


「俺、補欠だ」


「複数提案は見たいよな」


「中央役が誰かで変わるだろ」


「アリシアからじゃない?」


「昨日、土だったから今日は別だろ」


 教室へ入る。


「おはよう、アリシア」


「おはよう、メリル」


 席へ着くと、メリルはすぐにアリシアの顔を見た。


「今日は、昨日より静かな顔」


「静か?」


「考えてるけど、昨日ほど固くない」


「二人から違うこと言われる」


「どっちか選ぶの?」


「うん」


「選ばなかった方、嫌な気持ちになる?」


「たぶん」


「でも、両方は選べない」


「中央は一人」


 メリルは少し考え、机の上へ二本の指を立てた。


「二人とも違うものを見てるんだよね」


「うん」


「じゃあ、選ばなかった人の見てるものは?」


「その人に任せる」


「中央にはしないけど?」


「情報は使う」


「それなら、何も選ばれなかったわけじゃないね」


「うん」


「でも本人は?」


「後で理由を言う」


「戦闘中は?」


「今の役割を言う」


「例えば?」


「レオは中央にしない。でも、正面大型はレオが止める」


「フィンは?」


「中央にしない。でも、音情報整理は任せる」


「セレナなら?」


「左右情報まとめて」


「ミリアなら?」


「床を見て」


「ルシアンなら?」


「負荷と治療条件」


 メリルは笑った。


「みんな、中央じゃなくても仕事たくさんあるね」


「うん」


「アリシアも?」


「後方と影。あと、誰が困ってるか」


「それ、中央じゃなくてもできる?」


「できる」


「じゃあ、選ばれなかった人へ、『あなたは必要ない』じゃなくて、『今はここをお願い』って言える」


「うん」


「少し言いやすくなった?」


「少し」


 メリルは教科書を開きながら言った。


「でも、二人のうち一人が怒って勝手に動いたら?」


 祖父の昔話が頭へ浮かぶ。


「止める」


「強く?」


「必要なら」


「怖い?」


「かなり」


「でも、中央が二人になる方が怖い?」


「うん」


「じゃあ言える」


「たぶん」


 ◇


 午前の戦術理論では、教師が黒板へ三人の名前を書いた。


『中央:A』


『提案者:B→Bへ交代』


『提案者:C→Dへ交代』


「複数同時提案では、中央役は二つの提案を比べます」


 教室内の生徒たちが一斉に筆を取る。


「ただし、比べるものは提案者の能力ではありません」


 教師はBとCの名前へ線を引き、その下へそれぞれ項目を書く。


『Bの位置』


『Bが見えている危険』


『Bが見えていない範囲』


『Cの位置』


『Cが見えている危険』


『Cが見えていない範囲』


「誰が正しいかではなく、何を根拠に言っているかを見ます」


 アリシアは強く書き留める。


『人ではなく、根拠を比べる』


「例です」


 教師が黒板へ新しい状況を書く。


『正面大型一、標柱まで六歩』


『左右小型各四、標柱まで十歩』


『レオ:自分へ交代提案』


『フィン:セレナへ交代提案』


「レオは正面大型を見ています。フィンは左右から近づく音を聞いている。どちらが正しいですか」


 前方の生徒が答える。


「レオ?」


「なぜ」


「大型が近いから」


「では、左右小型八体は無視しますか」


「セレナが整理する?」


「そうです」


 教師は黒板へ書く。


『中央:レオ』


『左右情報整理:セレナ』


『音継続:フィン』


「一つを選び、もう一つを捨てるのではない。中央役だけを決め、もう一つの提案が見ていた危険へ担当を置く」


 次の例。


『中央役負荷二』


『後方負傷者一』


『正面敵なし』


『ルシアン:自分へ交代提案』


『レオ:アリシアへ交代提案』


「これは?」


 教室が少し静かになる。


「ルシアン?」


「理由」


「負傷者がいるから」


「中央へ立つ必要がありますか」


 別の生徒が答える。


「治療するなら中央から外れた方がいい」


「では」


「アリシアへ中央を渡して、ルシアンは治療」


「そうです」


 提案者本人が、必ずしも中央へ立つ必要はない。


 その人が見つけた危険を処理するため、別の者が中央へ立つ場合もある。


「複数同時提案で最も危険なことは何でしょう」


 教師が尋ねる。


 セレナが手を挙げる。


「選ばれなかった提案者が、独自判断で動くこと」


「その通りです」


 黒板へ大きく書かれる。


『採用されなかった提案者は、現在の中央へ従う』


「自分の提案が正しいと思っていても、勝手に実行しない」


 祖父の昔話と同じ。


 北の水路を選ばれず、一人で掘った。


 結果、南の作業から人が減った。


「ただし、提案者は黙る必要はありません」


『新情報』


『危険悪化』


『提案の再提出』


「新しい情報が出たなら、もう一度提案してください。ですが、自分の正しさを証明するために動いてはいけない」


 アリシアは筆を止めずに書く。


『提案が選ばれなかった』


『だから勝手に動かない』


『新しい情報があれば再提案』


「中央役は、選ばなかった提案者へ何を伝えるべきですか」


 教師が視線を巡らせる。


 アリシアは少し迷ってから手を挙げた。


「今の役割」


「他」


「見えていた危険を誰が担当するか」


「他」


「次に再提案する条件」


「良いでしょう」


 黒板へ書かれる。


『あなたの提案は採用しない』


『しかし、あなたの情報は使う』


『今はこれを担当』


『条件が変われば再提案』


「言葉を長くしすぎる必要はありません」


 教師は短い例を書く。


『中央はレオ。フィンは左右音継続。左右六歩で再提案』


「これで十分です」


 アリシアは何度も読み返した。


 中央はレオ。


 フィンは左右音継続。


 左右六歩で再提案。


 選ばない。


 でも、消さない。


「アリシアさん」


「はい」


「レオとフィンから同時に提案が出た。二秒で判断できない。どうしますか」


「一番近い危険を優先する」


「他の提案は」


「担当を置く」


「選ばなかった者が不満そうなら」


「戦闘中は役割を言う。後で理由を話す」


「勝手に動いたら」


「止める」


「言えますか」


 胸が少し強く鳴る。


「必要なら」


「良いでしょう」


 教師は最後に黒板へ本日の主題を書いた。


『選ばなかった提案にも、見えていたものは残っている』


 ◇


 昼休み、六人は中庭の石卓へ集まった。


 空は少し明るくなり、雲の切れ間から淡い陽射しが差している。石卓の周囲には、今日も遠巻きに訓練内容を予想する生徒たちの姿があった。


 セレナが教官から届いた紙を開く。


『初期中央:フィン』


『複数同時提案:最低二回』


『提案採用後、非採用者へ役割指示必須』


「僕から」


 フィンの表情が僅かに固くなる。


「どう?」


 アリシアが尋ねる。


「音情報が多ければできる。でも、同時に二人から言われた時、誰を選ぶか迷う」


「何が怖い?」


 ミリアが聞く。


「どちらも正しく聞こえること」


「選ばなかった人に嫌われる?」


 レオが尋ねる。


「それは君ほど気にしない」


「何で俺?」


「自分を選ばなかったら大声で不満を言いそう」


「言わない!」


 全員の視線がレオへ集まる。


「少しは言う!」


「言うんだ」


 セレナが紙へ書き込む。


「非採用時のレオ注意」


「書くな!」


 少し笑いが起こる。


 フィンは果物を一口食べた後、真面目な顔へ戻った。


「でも、僕も自分の提案が選ばれなかったら、音情報を無視されたと思うかもしれない」


「どうしてほしい?」


 アリシアが尋ねる。


「音を誰が使うか言ってほしい」


「例えば?」


「中央はレオ。でも、僕は左右音継続。左右が六歩で再提案」


「授業と同じ」


「うん」


「じゃあ、フィンが中央の時は?」


「提案者へ役割を言う」


「二秒で?」


「できるだけ」


 セレナが紙へ条件を書く。


『複数提案時』


『一、直近危険』


『二、中央適性』


『三、交代負荷』


『四、非採用提案の危険担当』


「順番が多い」


 レオが言う。


「二秒では無理」


「なら短くします」


 セレナは書き直す。


『近い危険』


『誰が今すぐ動けるか』


『残りの危険を誰へ任せるか』


「これなら」


 フィンが頷く。


「同時提案をする時の言葉も決める?」


 ルシアンが尋ねる。


「理由を最初に」


 アリシアが答える。


「自分へ代われ、だけじゃなくて?」


「正面大型六歩。レオへ交代提案」


「左右音八。セレナへ交代提案」


「状態負荷二。アリシアへ交代提案」


 ルシアンが続ける。


「提案者が自分を候補にしなくてもいい」


 セレナが言う。


「見えている危険に合う者を提案する」


「俺は自分を提案する!」


「状況次第です」


「速い敵なら俺だろ!」


「その時は正しい」


 ミリアが笑う。


「採用されなかった人が勝手に動いたら?」


 アリシアが尋ねる。


 少し空気が静かになる。


「止める」


 フィンが答える。


「誰が?」


「中央」


「言える?」


「必要なら」


「怖い?」


「少し」


「一緒」


 アリシアが言うと、フィンは少し嫌そうな顔をした。


「君と一緒にされると、人見知りみたい」


「昨日も言った」


「今日も違う」


「慎重?」


「そう」


「でも、怒らせるの怖い?」


「少し」


「一緒」


「もういい」


 ミリアが笑い、セレナも僅かに口元を緩めた。


「提案が選ばれなかった時の約束」


 ルシアンが全員を見る。


「勝手に動かない」


「新しい情報が出たら再提案」


「中央から役割を言われたら従う」


「後で理由を聞く」


 六人が順番に確認する。


「フィン」


 アリシアが呼ぶ。


「何?」


「二人とも怖そうな顔してたら?」


「顔では決めない」


「怒ってたら?」


「役割を言う」


「泣きそうだったら?」


「戦闘中は同じ」


「後で?」


「話す」


 アリシアは頷いた。


「できそう?」


「分からない。でもやる」


「うん」


 ◇


 午後の第一戦術演習室には、今日も多くの見学者が集まっていた。


 複数同時提案という題材は、昨日まで以上に注目を集めているらしい。見学席の前方には上級生が並び、後方には戦術科の教師たちが立っている。


「初期中央、風だって」


「音情報で判断するタイプか」


「火と水が違う提案出しそう」


「闇は誰を選ぶんだろ」


「今日は風だぞ」


「でも途中で変わるだろ」


 フィンは中央位置へ立ち、目を閉じて演習室の反響を確かめた。


「音、今は問題なし」


「頭痛は?」


 ルシアンが尋ねる。


「なし。緊張一」


「一?」


 レオが笑う。


「数字にした!」


「君の声量より分かりやすい」


「今日もそこ言うのか!」


 教官が黒板へ条件を書く。


『多方向護送』


『移動標柱一基』


『正面・左右・上方経路あり』


『敵数未公開』


『視界変化あり』


『標柱停止五秒で敗北』


『制限時間二十分』


「中央交代条件」


 教官が尋ねる。


 フィンは一度息を吸う。


「複数提案の理由を確認。直近危険を優先。選ばなかった提案の危険へ担当を置く。非採用者は勝手に動かず、新情報で再提案」


「配置」


「正面レオ。右セレナ。左ミリア。中央後方ルシアン。後方アリシア。中央、僕」


「開始」


 ◇


 標柱が動き始めた。


 最初の通路は広く、正面と左右が見渡せる。


「正面なし」


「右なし」


「左なし」


「後方なし」


「上方音なし」


 フィンは全員の報告を聞き、短く答える。


「現配置維持。標柱速度一定」


 三十秒後。


 正面から小型三体。


 右から二体。


「正面三!」


「右二!」


「レオ正面二処理、一遅延。セレナ右二を水で外へ。ミリア左維持。アリシア後方。ルシアン状態」


「了解!」


 最初の指示は安定している。


 火と水が動き、敵は標柱へ近づく前に処理された。


「正面処理!」


「右外周へ!」


「追加音なし!」


 フィンは中央を続ける。


 ◇


 標柱が最初の曲がり角へ入った時、視界が薄い霧に包まれた。


「視界低下!」


「音、左右から増加!」


 フィンが報告する。


「正面大型一!」


 レオの声。


「右、小型四目視!」


 セレナ。


「左床下二!」


 ミリア。


 情報が一気に増える。


 正面大型。


 右小型四。


 左床下二。


「正面大型、標柱まで七歩!」


 レオが叫ぶ。


「フィン、正面大型。俺へ交代提案!」


 同時に。


「右四、左床下二。全体整理必要。セレナへ交代提案します!」


 二つ。


 レオ。


 セレナ。


 見学席が静かになる。


 フィンの目が動く。


 正面大型七歩。


 右四。


 左床下二。


 直近。


 正面。


「中央はレオ!」


 フィンが言う。


「正面大型七歩を優先! セレナは右四情報整理、ミリアは左床下二、フィンは左右音継続。左右が標柱八歩で再提案!」


「受領!」


 レオが前へ出すぎず、中央位置へ半歩寄る。


「俺が中央! 正面大型へ火壁! ミリア左床下を封鎖! セレナ右四を二体ずつ分けろ! アリシア後方と霧の中! ルシアン状態!」


「了解!」


 中央が変わる。


 選ばれたのはレオ。


 でも、セレナの提案は捨てられていない。


 右四の情報整理。


 ミリアは左床下。


 フィンは左右音。


「右四、速い二、遅い二!」


「左床下二、出現三秒!」


「正面大型、火壁で速度低下!」


「右速い二、標柱まで九歩!」


 セレナが叫ぶ。


「再提案条件まで一歩!」


 フィンが言う。


「レオ、右が八歩で再提案!」


「分かった!」


 レオは正面大型へ集中しながら、右の声も聞いている。


「正面大型、あと五歩!」


「右速い二、八歩!」


「セレナへ交代提案!」


 フィンが再提出する。


 レオは一瞬だけ迷い、正面大型を見る。


「正面、俺が火で三秒止める! 中央をセレナへ渡す!」


「受領! 現状、正面大型五歩で火壁停止、右速い二八歩、遅い二十二歩、左床下二出現直前。ミリア左封鎖、フィン右速い二へ風、アリシア正面大型へ影一秒、レオ火壁維持!」


 セレナの指示が出る。


 フィンの最初の判断。


 正面を優先。


 でも、条件が来たら右を優先する中央へ変えた。


 複数提案の両方が、時間をずらして使われた。


 見学席からどよめきが起こる。


「両方使った!」


「最初は火、次に水!」


「風が条件を残してたからだ!」


 アリシアは後方で影を伸ばし、正面大型の脚を一秒だけ止める。


「影一秒、負荷一未満!」


「解除!」


「了解!」


 セレナの水が右速い二体をまとめ、フィンの風が外側へ流す。ミリアの土壁が左床下二体の出現位置をずらし、レオの火壁が正面大型を止め続ける。


「右速い二、外へ!」


「左二、出現位置変更!」


「正面大型、火壁限界!」


「セレナ、正面へ水一部! ミリア中央土壁! レオ右脚!」


 指示がつながる。


 正面大型が止まり、右四と左二も標柱から遠ざけられた。


「第一波処理!」


 拍手が起こる。


 ◇


 戦況が落ち着くと、フィンは中央へ戻らず、左右音を聞き続けた。


 セレナが中央。


 フィンは補助。


 自分が最初の中央だったことへしがみつかない。


「フィン、状態」


「頭痛なし。音範囲中。負荷一」


「中央復帰希望は?」


 セレナが尋ねる。


「今は不要。霧が続くなら音補助をする」


「了解」


 アリシアはそのやり取りを聞きながら、フィンが少しだけ成長したのを感じた。


 以前なら。


 自分の音情報が多いなら、中央へ戻る方が良いと思っていたかもしれない。


 でも今は。


 セレナが全体を整理し。


 フィンは音を渡す。


 それで流れができている。


 ◇


 標柱が広い円形の部屋へ入った。


 霧がさらに濃くなり、天井付近から羽音が響く。


「上方音六!」


 フィンが叫ぶ。


「床下、正面三!」


 ミリア。


「右影二!」


 アリシア。


「正面目視なし!」


 レオ。


「全体情報多。中央継続可能ですが、上方はフィンが最適です」


 セレナが自分の状態を言う。


 その時。


「上方六、俺の火でまとめる! レオへ交代提案!」


 レオ。


「上方音と霧。フィンへ交代提案します!」


 ルシアンが同時に言った。


 今度は。


 レオとフィン。


 上方六。


 床下正面三。


 右影二。


 セレナは一瞬だけ考える。


「中央はフィン!」


 選ばれたのはフィン。


「理由、霧と上方音。レオは上方六へ火、ミリア床下正面三、アリシア右二、セレナは全体整理継続。レオ、上方接近三歩で再提案可能!」


「受領!」


 フィンが中央を受け取る。


「上方六、速度差あり! レオ、速い三を火壁! 遅い三はセレナ水膜で位置確認! ミリア床下三を出現前に土でずらす! アリシア右二拘束一体、もう一体はルシアン光!」


「了解!」


 レオの提案は採用されなかった。


 けれど。


 上方六の処理は、レオが担当する。


 その瞬間。


 レオが一歩前へ出た。


「俺がまとめて――」


「レオ、中央指示に従って!」


 フィンが強く言った。


 レオの足が止まる。


 演習室が一瞬静かになる。


 レオは自分の提案が選ばれなかった。


 それでも、自分の方が速いと証明するように前へ出かけた。


「速い三だけ!」


 フィンが続ける。


「遅い三はセレナ! 全部取るな!」


 レオは歯を噛み、火を速い三体へ向ける。


「了解!」


 火壁が上方三体を包む。


 セレナの水膜が残り三体の位置を浮かび上がらせる。


「速い三停止!」


「遅い三、位置確定!」


「床下三、出現位置変更!」


「右一拘束、一光停止!」


 流れは崩れない。


 フィンは短く指示を続ける。


「レオ速い三処理! セレナ遅い三を一体ずつ外へ! ミリア床下出現後、標柱から離す! アリシア右解除準備!」


 レオは従った。


 勝手に全部を取らなかった。


 見学席から、ざわめきが広がる。


「今、止めた!」


「火、前へ出かけた」


「風が強く言った!」


「でも役割は残した!」


 アリシアの胸が少し熱くなる。


 フィンは怖かったはずだ。


 レオへ強く言うこと。


 それでも。


 中央が二人になる前に止めた。


 ◇


 上方と床下、右の敵を処理した後、レオは少し黙っていた。


 戦闘は続いている。


 今は振り返りではない。


 フィンは中央から尋ねる。


「レオ、状態」


「魔力一。負荷なし」


「怒ってる?」


 見学席から小さな笑いが起こりかけるが、フィンの声は真剣だった。


「少し!」


「勝手に動く?」


「動かない!」


「上方速い敵がまた三以上で再提案して」


「了解!」


 短いやり取り。


 怒っている。


 でも。


 役割を続ける。


 再提案条件もある。


 レオの声は消えていない。


 ◇


 標柱は円形部屋を抜け、細い直線通路へ入った。


 霧が少し薄くなり、正面は見える。


「正面小型二」


「左右なし」


「後方なし」


「上方なし」


 フィンは中央を続ける。


「レオ正面二。ほか維持」


「了解!」


 レオは素早く二体を処理した。


「正面処理!」


 声はいつも通り大きい。


 少し怒っているようにも聞こえる。


 でも、指示へ従っている。


 アリシアは後方から、その背中を見ていた。


 選ばれなかった。


 悔しい。


 それでも班の動きを壊さない。


 それも今日の訓練。


 ◇


 残り八分。


 標柱が第二の広場へ入った。


 床には浅い水が広がり、足音と水音が混ざる。フィンの音情報には反響が増え、距離の判別が難しくなった。


「音、反響強い!」


「水面右三目視!」


 セレナ。


「左床下大型一!」


 ミリア。


「正面、速い小型四!」


 レオ。


「後方影二!」


 アリシア。


 情報が四方向から重なる。


 フィンの表情が固くなる。


「現時点――」


 声が一秒止まる。


「正面速い四。俺へ交代提案!」


 レオ。


「水面情報と全体整理。セレナへ交代提案!」


 ミリア。


「後方二、近い。アリシアへ交代提案します!」


 ルシアン。


 三つ。


 見学席が大きくざわめく。


 レオ。


 セレナ。


 アリシア。


 フィンは目を閉じかけ、すぐに開く。


「近い危険!」


 自分へ言う。


「後方二、距離!」


「五歩、七歩!」


 アリシアが答える。


「正面四は?」


「九歩!」


 レオ。


「右三?」


「十一歩!」


 セレナ。


「左大型?」


「出現まで四秒!」


 ミリア。


 フィンは決める。


「中央はアリシア!」


 胸が強く鳴る。


「理由、後方二が五歩。アリシアは全体影確認! レオ正面速い四、セレナ右三整理、ミリア左大型出現位置、フィン音補助継続。正面六歩でレオ再提案、右八歩でセレナ再提案!」


「受領!」


 アリシアは中央へ半歩寄り、影を近距離全方向へ広げる。


「後方二、フィン風一、ルシアン光一! 正面四はレオ遅延、処理を急がない! 右三はセレナ水で外へ! 左大型はミリア土壁一枚で進路変更!」


「了解!」


 選ばれたのはアリシア。


 でも。


 レオの正面四。


 セレナの右三。


 どちらも担当へ残る。


 フィンの音補助も続く。


「後方一風停止!」


「後方一光停止!」


「正面四、距離七歩!」


「右三、九歩!」


「左大型、出現!」


「ミリア、進路!」


「外側へ変更中!」


「正面六歩!」


 レオが叫ぶ。


「再提案!」


 条件が来た。


 同時に。


「右八歩!」


 セレナも言う。


「再提案します!」


 二つ。


 また。


 正面四、六歩。


 右三、八歩。


 左大型外側へ変更中。


 後方二停止。


 アリシアは一瞬だけ考える。


 正面が近い。


 速い。


「中央はレオ!」


「受領!」


「セレナは右三情報整理と水継続! 右六歩で再提案。アリシアは後方処理後、全体影補助。ミリア左大型。フィン音!」


 言えた。


 選ばなかったセレナへも役割と条件を残す。


 レオが中央へ入る。


「正面四を先に止める! 俺が火壁! アリシア後方処理後、右へ影一体! セレナ右三を水でまとめろ! ミリア左大型維持! フィン追加音!」


「了解!」


 火壁が正面四体を止める。


 後方二体が処理され、アリシアは右へ影を伸ばす。


「右一拘束、負荷一!」


「セレナ、残り二!」


「水で外へ!」


「右距離七歩!」


「まだ条件前!」


 レオが叫ぶ。


「正面二処理、二停止!」


 セレナは中央に選ばれなかった。


 でも、勝手に動かない。


 右三を処理しながら情報を出す。


「右一処理、二外周へ。距離九歩へ戻りました!」


「再提案撤回!」


「了解!」


 提案は選ばれなかった。


 けれど、担当を続けたことで危険が下がり、再提案そのものが不要になった。


 見学席から大きな拍手が起きる。


「提案撤回した!」


「中央にならなくても右を処理した!」


「選ばれない案が残ってた!」


 ◇


 残り五分。


 標柱は最後の通路へ入る。


 敵の数は減ったが、視界が再び暗くなる。


「暗所」


 アリシアが報告する。


「近距離影、全方向可能」


「音、反響弱い」


 フィン。


「床下なし」


 ミリア。


「右水面なし」


 セレナ。


 レオが中央から全員の報告を聞く。


「アリシアへ交代した方がいいか?」


 これは提案ではなく確認。


 アリシアは自分の状態を見る。


「受け取れる。今は暗所で全体影が使える」


「他の意見!」


 レオが尋ねる。


「アリシアを支持します」


 セレナ。


「僕も」


 フィン。


「床下なし。アリシアでいい」


 ミリア。


「状態問題なし」


 ルシアン。


「じゃあ渡す!」


 レオは短く現状をまとめる。


「暗所、敵反応まだなし、標柱残り四十歩、俺負荷一、次の危険は全方向。中央をアリシアへ移譲!」


「受領。レオ正面、セレナ右、ミリア左床、フィン遠距離音、ルシアン状態。私は全方向近距離影!」


 交代する。


 今度は複数提案ではない。


 全員が同じ判断をした。


 でも。


 それまでの選ばなかった声が積み重なっていたから、今の一致が分かる。


 ◇


 暗所へ入って一分後。


 正面三。


 右二。


 後方二。


 上方一。


 影と音、魔力反応が重なる。


「正面三、近距離!」


「右二、影確定!」


「後方二、音確定!」


「上方一、魔力反応!」


 アリシアは一度息を吸う。


「正面レオ二処理、一遅延! 右セレナ一拘束、一外へ! 後方フィン風一、ルシアン光一! 上方はミリア土柱で進路変更!」


「了解!」


 六人が動く。


 指示は止まらない。


「正面二処理!」


「右一拘束、一外周!」


「後方二停止!」


「上方進路変更!」


「正面残り一、標柱まで八歩!」


「レオ処理!」


「了解!」


 炎が暗闇を照らす。


「正面処理!」


 標柱は進む。


 残り二十歩。


 追加敵。


 左床下二。


「左床下二!」


 ミリア。


「ミリアへ交代提案!」


 ミリア自身が言う。


 同時に。


「後方音三! フィンへ交代提案!」


 フィン。


 二つ。


 左床下二。


 後方三。


 距離。


「左出現まで?」


「三秒!」


「後方距離?」


「六歩!」


 後方が近い。


「中央はフィン!」


「受領!」


「ミリアは左床下二を封鎖! 左出現一秒前で再提案。アリシアは後方影一、ルシアン光一、レオ火一!」


「了解!」


 フィンが中央を受け取る。


「後方三、距離六、七、九! レオ六歩を火! アリシア七歩影! ルシアン九歩光! ミリア左床下を土で外へ!」


 後方三体が止まる。


「六歩処理!」


「七歩拘束!」


「九歩停止!」


「左床下二、出現位置変更! 標柱から十二歩!」


「再提案不要!」


 ミリアが言う。


 選ばれなかった。


 でも、左床下を処理した。


 再提案は不要になった。


「標柱残り五歩!」


「全員、処理より距離維持!」


 フィンの声。


 三歩。


 二歩。


 一歩。


「到達!」


 教官が手を上げる。


「終了」


 ◇


 大きな拍手が演習室を満たした。


 今日の交代回数は多かった。


 フィンからレオ。


 レオからセレナ。


 セレナからフィン。


 フィンからアリシア。


 アリシアからレオ。


 レオからアリシア。


 アリシアからフィン。


 その間に、何度も複数の提案が出た。


 選ばれた提案。


 選ばれなかった提案。


 条件が来て再提出された提案。


 担当で危険を下げ、撤回された提案。


「火が選ばれなかった時、前へ出かけた!」


「風が止めた!」


「でも火の役割は残した!」


「三つ同時提案もあったぞ」


「闇が選ばれた」


「その後、火と水の再提案を条件で分けた!」


「選ばれなかった方も、ずっと情報が使われてた」


 アリシアは拍手の中で、まず身体の状態を確かめた。


 影負荷一。


 冷え少し。


 頭痛なし。


 判断負荷中。


 最後の中央はフィン。


「状態報告」


 フィンが言う。


「レオ、魔力一・四。疲労軽度!」


「セレナ、魔力一・二。問題なし!」


「ミリア、魔力一。腕問題なし!」


「ルシアン、光負荷一。疲労軽度!」


「アリシア、影負荷一。冷え少し。判断負荷中!」


「フィン、頭痛軽度。音範囲縮小中!」


 教官が頷く。


「四分休憩」


 ◇


 休憩へ入ると、レオは水筒を持ったまま、フィンの前へ座った。


「さっき、俺を止めたな」


「止めた」


「怒ってた?」


「少し」


「俺も怒ってた」


「知ってる」


「何で俺を中央にしなかった」


「霧と上方音が多かった。僕の方が全体を持てた」


「俺なら火で速く処理できた」


「だから速い三体を任せた」


「全部やりたかった」


「それは提案じゃなくて気持ち」


 レオは口を閉じた。


 少し間が空く。


「勝手に動きかけた」


「うん」


「ごめん」


 レオは素直に言った。


「でも、止め方きつかった」


「必要だった」


「分かってる」


「後でなら言い方を考える」


「戦闘中は?」


「同じ状況なら同じくらい強く言う」


「うん」


 レオは水を飲み、少しだけ笑った。


「選ばれなかったの、悔しかった」


「僕も、最初にセレナへ提案した時、レオが選ばれて少し悔しかった」


「そうなのか?」


「音情報を無視されたように感じた」


「でも、左右音を続けろって言われた」


「うん。それで戻れた」


「じゃあ、俺も上方速い三を任された」


「うん」


「無視されたわけじゃない」


「そう」


 アリシアは隣で聞いていた。


 選ばれなかった時。


 自分まで選ばれなかったように感じる。


 でも、役割が残る。


 見えていた危険が使われる。


 それで少し戻れる。


「アリシア」


 セレナが呼ぶ。


「何?」


「三つ同時提案の時、なぜ自分を選びましたか」


「後方二が五歩。正面四が九歩。右三が十一歩。左大型は四秒後」


「直近危険」


「うん」


「自分を選ぶことへ迷いは?」


「少し」


「なぜ」


「自分を選んだら、欲しがったみたいに見えるかもしれない」


「でも選んだ」


「後方が近かったから」


「適切です」


 レオが笑う。


「自分を選んでもいいんだな」


「状況次第」


 アリシアが答える。


「やりたいからじゃなく、必要だから」


「分かってる!」


「本当に?」


「少しはやりたい!」


「それも感情」


 フィンが言う。


「分かってる!」


 ミリアが少し笑いながら、アリシアへ尋ねる。


「最後、私とフィンが同時に言った時、フィンを選んだよね」


「うん」


「少し寂しかった」


「うん」


「でも、左床下を任せてくれた」


「うん」


「再提案条件も言った」


「うん」


「だから、選ばれなかったけど、見えてたものは使われた」


「うん」


「それで少し平気だった」


 アリシアは小さく頷く。


「私も、選ばれない時は役割が欲しい」


「じゃあ次から、必ず言う」


 ミリアが答える。


「全員?」


 セレナが確認する。


「非採用提案者へ、役割と再提案条件」


「戦況によって再提案条件がない場合は?」


「新情報が出たら」


「良いでしょう」


 ルシアンが静かに言った。


「選ばなかった提案を残すことは、感情のためだけではありません」


「どういうこと?」


 アリシアが尋ねる。


「その人が見ていた危険は、本当に存在しているからです」


「うん」


「中央候補として選ばれなくても、危険自体が消えるわけではない」


「だから担当を置く」


「はい」


 感情。


 戦術。


 また両方。


 選ばれなかった人を寂しくさせないためだけではない。


 その人が見ていた危険を消さないためでもある。


 ◇


 振り返りでは、黒板へ複数提案の場面が四つ書かれた。


『一回目』


『レオ→レオ』


『セレナ→セレナ』


『採用:レオ』


『非採用情報:右四、左床下二』


『役割:セレナ右整理、ミリア左床下』


『再提案条件:左右八歩』


 教官はフィンを見る。


「なぜレオを選んだ」


「正面大型七歩。最も近い危険でした」


「セレナの提案は」


「右四と左床下二の全体整理。中央には選ばなかったが、右をセレナ、左をミリアへ任せ、左右八歩で再提案条件を置きました」


「その後」


「右が八歩へ入り、セレナへ交代しました」


「良い」


 黒板へ書かれる。


『非採用提案は、条件付きで後から採用される場合がある』


「二回目」


『レオ→レオ』


『ルシアン→フィン』


『採用:フィン』


『非採用者:レオ』


『役割:上方速い三』


『問題:レオが勝手に前進』


「レオ」


「はい」


「なぜ動いた」


「自分なら全部処理できると思った」


「それは中央の指示か」


「違います」


「提案が選ばれなかったことを、行動で覆そうとしたか」


 レオは少し黙った。


「……少し」


「危険だ」


「はい」


「フィン」


「はい」


「止めた言葉」


「中央指示に従って。速い三だけ。全部取るな」


「強かったな」


「必要でした」


「結果」


「レオは従い、速い三を処理しました」


「良い」


 教官は黒板へ書く。


『非採用者は、自分の正しさを行動で証明しない』


「三回目」


『レオ→レオ』


『ミリア→セレナ』


『ルシアン→アリシア』


『採用:アリシア』


「なぜ」


 フィンが答える。


「後方二が五歩と七歩。正面四が九歩。右三が十一歩。左大型は出現まで四秒。直近危険が後方でした」


「自分を選ぶことへ迷ったか」


 アリシアが答える。


「少し」


「なぜ」


「自分が役割を欲しがったように見えるかもしれないと思った」


「それで」


「距離を見て選んだ」


「良い」


 教官は黒板へ書く。


『自分を選ぶ場合も、根拠を言う』


「中央役が自分を候補にすることは問題ではない。欲望か適性かを分けろ」


 次。


『レオ再提案:正面六歩』


『セレナ再提案:右八歩』


『採用:レオ』


『セレナ役割:右三継続』


『セレナ再提案撤回』


「セレナ」


「はい」


「中央へ選ばれなかった時、どう感じた」


「少し悔しかったです」


「行動は」


「右三の情報整理と水拘束を継続しました」


「結果」


「右距離が九歩へ戻り、再提案を撤回しました」


「なぜ撤回できた」


「自分が中央へ立つことが目的ではなく、右の危険を下げることが目的だったからです」


「良い」


 アリシアはその言葉を強く書き留めた。


 中央へ立つことが目的ではない。


 危険を下げることが目的。


 だから。


 役割を得なくても。


 自分の担当で危険を下げられたなら、提案は役目を果たしている。


「四回目」


『ミリア→ミリア』


『フィン→フィン』


『採用:フィン』


『ミリア役割:左床下』


『結果:再提案不要』


「ミリア」


「選ばれなくて寂しかったです」


「戦術評価」


「後方三が六歩。左床下二は出現まで三秒。フィンが適切でした」


「自分の情報は」


「左床下を土で外へ変えました」


「再提案は」


「危険が下がったので不要でした」


「良い」


 教官は黒板の中央へ大きく書いた。


『選ばれなかった提案にも、見えていた危険は残っている』


『中央候補を選ばなくても、情報は捨てない』


『非採用者は勝手に動かない』


『新情報があれば再提案』


「これが今日の主題だ」


 教官は六人を見る。


「提案を選ばれなかった者は、不要になったのではない」


 アリシアの胸へ、昨日までと同じ言葉が別の形で入る。


「その者が見ていた危険が、別の担当へ移っただけだ」


「はい」


「そして中央役」


 フィンが姿勢を正す。


「選ばなかった提案者へ、何も言わずに終わるな」


「はい」


「役割を与えろ。再提案条件を示せ。見えていたものを使え」


「はい」


「次回」


 教官は黒板へ新しい題を書く。


『提案者の誤認』


 六人の表情が変わる。


「誤認?」


 レオが尋ねる。


「見えている情報が間違っている場合を扱う」


「間違った提案?」


 ミリアが少し不安そうに言う。


「当然ある」


「誰かが嘘をつく?」


 アリシアが尋ねる。


「嘘ではない。見間違い、聞き間違い、負荷による誤認。本人は正しいと思って提案する」


 フィンの顔が僅かに強張った。


 誤報。


 以前の訓練。


 間違いを隠さず、次の声を出す。


 今度は。


 間違った情報を根拠に、中央交代まで提案する。


「次は」


 教官が言う。


「提案内容だけでなく、根拠の確度を確認しろ」


 ◇


 演習室を出ると、廊下には見学を終えた生徒たちが多く残っていた。


「フィンさん」


 戦術科の男子生徒が声をかける。


「レオさんを選ばなかった時、怖くなかったですか」


「怖かった」


「怒りそうでしたよね」


「実際、少し怒ってた」


 レオが横から答える。


「自分で言うんだ」


 フィンが呆れたように見る。


「でも従った!」


「途中まで勝手に動きかけた」


「止まった!」


 周囲に笑いが起こる。


 男子生徒はフィンへ尋ね直す。


「それでも、強く止められたのはどうしてですか」


「中央が二人になる方が危険だったから」


「レオさんの提案は間違いだった?」


「間違いではない」


「じゃあ」


「上方六を火で処理する必要はあった。でも、中央は音情報を持ってる僕の方が合ってた」


「提案の一部だけ使った?」


「そう」


 別の女子生徒がアリシアへ尋ねる。


「三人から同時に言われた時、自分を選ぶの怖くなかったんですか」


「怖かった」


「自分がやりたいから選んだって思われそうで?」


「うん」


「でも選んだ」


「後方二が一番近かったから」


「距離で?」


「現時点では」


「選ばなかった二人へ役割も言ってましたよね」


「見えてた危険は消えないから」


 女子生徒は紙へその言葉を書き留めた。


「選ばなかった人へ、どう思われるかだけじゃないんですね」


「うん」


「見えてた敵が本当にいるから」


「うん」


「ありがとうございました」


 生徒たちは頭を下げ、離れていった。


 ミリアが小さく言う。


「最近、質問する人増えたね」


「怖い」


 アリシアが答える。


「でも逃げてない」


「みんながいるから」


「一人だったら?」


「ノアに任せる」


『喋れないわよ』


「心で言って」


『便利に使わないで』


 ◇


 夕方、教室へ戻ると、メリルはいつものように待っていた。


「おかえり」


「ただいま」


「二人から言われた?」


「三人からも言われた」


「三人?」


「レオはレオ。ミリアはセレナ。ルシアンは私」


「誰を選んだの?」


「私」


「自分?」


「うん」


「怖かった?」


「かなり」


「どうして自分にしたの?」


「後方二が五歩。正面四が九歩。右三が十一歩。左大型は四秒後」


「一番近かった」


「うん」


「じゃあ、やりたかったからじゃない」


「少しはやりたかった」


「でも理由は距離」


「うん」


 メリルは頷く。


「選ばなかった二人は?」


「レオに正面四。セレナに右三。再提案条件も言った」


「怒った?」


「少し」


「それでも動いた?」


「役割通り」


「良かった」


「レオは別の時、勝手に動きかけた」


「どうなった?」


「フィンが止めた」


「強く?」


「うん」


「レオさん怒った?」


「少し」


「でも?」


「従った。後で話した」


 メリルは少し考える。


「選ばれなかった時って、自分が間違ってるって言われたみたいに感じるよね」


「うん」


「でも、本当は?」


「提案の全部じゃなく、中央候補だけ選ばれなかった」


「見えてた危険は?」


「残る」


「だから、その危険を任せてもらえる」


「うん」


「それなら、自分まで否定されたわけじゃない」


「うん」


 アリシアは少しだけ笑った。


 昨日までと同じ。


 中央へ選ばれない。


 役割を返されない。


 提案を採用されない。


 そのどれも。


 自分が不要という意味ではない。


「次は?」


 メリルが尋ねる。


「提案者の誤認」


「間違った情報で交代を言う?」


「うん」


「怖いね」


「フィンが少し固くなってた」


「前に誤報したから?」


「うん」


「また間違えるかもしれないって思った?」


「たぶん」


「どうするの?」


「確度を聞く」


「確定か、仮説か?」


「うん」


「間違ってたら?」


「隠さない」


「次の声を出す」


「うん」


 メリルは柔らかく笑った。


「今までの訓練、全部つながってるね」


「うん」


 ◇


 帰宅すると、祖父は物置の前で縄を束ねていた。


「二つ言われたか」


「三つもあった」


「選べたか」


「うん」


「間違えたか」


「勝った」


「ならいい」


「一回、レオが選ばれなくて勝手に動きかけた」


「止めたか」


「フィンが」


「ならいい」


「おじいちゃんと同じ」


「何が」


「北の水路」


 祖父の手が止まる。


「忘れろ」


「選ばれなくて、勝手に掘った」


「昔だ」


「人が足りなくなった」


「飯を減らすぞ」


「今日の教訓に使った」


「誰に話した」


「まだ誰にも」


「話すな」


 祖父は縄を強く束ね直した。


「でも、分かりやすかった」


「俺の失敗を教材にするな」


「もうした」


「猫にか」


『聞いたわ』


「聞こえない」


 アリシアは少し笑った。


「選ばなかった人へ、役割を言った」


「そうか」


「見えてた危険を任せた」


「そうか」


「再提案条件も言った」


「ならいい」


「それだけ?」


「他に何を言え」


「褒めて」


「昨日も褒めた」


「今日は別」


「毎日要求するな」


「毎日違う」


「選ばなかった提案も使った。よくやった」


「軽い」


「重く言うと飯が遅れる」


「まだ作ってない」


「だから遅れる」


 祖父は物置へ縄を戻しながら言った。


「明日は間違った提案か」


「覚えてた?」


「さっき言っただろ」


「聞いてた」


「お前は俺を何だと思ってる」


「畑のことしか覚えてない人」


「今日の芋を減らす」


「覚えてる人」


 昨日と同じやり取りになり、アリシアは少し笑った。


 ◇


 夜、アリシアは机へ練習帳を開いた。


 窓の外では、雲の隙間から星が一つだけ見えている。夜風は弱く、森の奥から虫の声が静かに聞こえていた。


『複数同時提案訓練』


『初期中央:フィン』


『提案は人ではなく、根拠を比べる』


 最初の場面を書く。


『レオ→レオ』


『セレナ→セレナ』


『正面大型七歩』


『右小型四、左床下二』


『採用:レオ』


『セレナ右整理』


『ミリア左床下』


『左右八歩で再提案』


『条件到達後、セレナへ交代』


 次。


『レオ→レオ』


『ルシアン→フィン』


『上方六、霧、音情報多』


『採用:フィン』


『レオは上方速い三』


『レオが勝手に前へ出かけた』


『フィンが止めた』


『中央が二人になる前に止める』


 その下へ、少し大きく書く。


『選ばれなかった者は、自分の正しさを行動で証明しない』


 次。


『三つ同時提案』


『レオ→レオ』


『ミリア→セレナ』


『ルシアン→アリシア』


『後方二、五歩と七歩』


『正面四、九歩』


『右三、十一歩』


『左大型、四秒後』


『採用:アリシア』


『自分を選ぶ時も、根拠を言う』


 さらに。


『レオ再提案:正面六歩』


『セレナ再提案:右八歩』


『採用:レオ』


『セレナは右三継続』


『右距離が九歩へ戻り、再提案撤回』


 最後。


『ミリア→ミリア』


『フィン→フィン』


『左床下二、出現三秒』


『後方三、六歩、七歩、九歩』


『採用:フィン』


『ミリアは左床下を処理』


『再提案不要』


 アリシアは筆を止めた。


「今日、一番残ったことは?」


 ノアが机の端から尋ねる。


「選ばなかった人に、役割を言うこと」


「なぜ?」


「人の気持ちのためだけじゃなかった」


「他には?」


「見えてる危険が本当に残ってるから」


「そう」


「中央に選ばれなくても、提案の中身は使う」


「そう」


「それで、選ばなかった人も勝手に動かなくていい」


「役割があるからね」


 アリシアは今日の題を書く。


『選ばなかった提案にも、見えていたものは残っている』


 その下へ。


『誰が正しいかではなく、何を見ているか』


『近い危険』


『今すぐ動ける人』


『交代負荷』


『選ばなかった危険へ担当を置く』


『再提案条件を言う』


『非採用者は勝手に動かない』


『新情報があれば再提案』


『提案が選ばれなくても、自分が不要なわけではない』


 ノアが頁を覗き込む。


「今日の点数」


「百一点」


「自分から上げたわね」


「三つから選べた」


「他」


「自分を選ぶ理由も言えた」


「他」


「選ばなかった人に役割を言った」


「他」


「レオが勝手に動きかけた時、フィンが止めた」


「それはフィンの点数でしょう」


「班の点数」


「なるほど」


「百二点?」


「欲張り」


「ノアが言った」


「では百一点のまま」


「選ばれなかった百二点は?」


「情報として残す」


「便利」


 二人は少し笑った。


 最後に次回の題を書く。


『次回:提案者の誤認』


『確定』


『仮説』


『見間違い』


『聞き間違い』


『負荷による誤認』


『本人は正しいと思っている』


『提案を否定するのではなく、根拠の確度を確認』


『間違いに気づいたら隠さない』


『次の声を出す』


 アリシアは筆先を止めた。


「フィン、怖いと思う」


「なぜ?」


「前に誤報した」


「間違えた後も次の声を出せた」


「でも、今度は交代まで提案する」


「間違いが大きく見える?」


「うん」


「あなたはどうする?」


「間違ってるって決めつけない」


「他」


「確定か仮説か聞く」


「他」


「他の人の情報と比べる」


「間違っていたら?」


「隠さないで、次の声を出してもらう」


「良いでしょう」


 ◇


 灯りを消し、寝台へ入った。


 今日。


 フィンは、二つの提案から一つを選んだ。


 正面大型。


 右小型四。


 左床下二。


 レオを中央へ選んだ。


 けれど、セレナの提案を捨てなかった。


 右情報をセレナへ。


 左床下をミリアへ。


 左右が八歩へ近づいたら、再提案。


 そして本当に条件が来た時。


 中央はセレナへ移った。


 別の場面。


 レオの提案は選ばれなかった。


 悔しくて。


 自分の正しさを証明するように、全部を処理しようと前へ出かけた。


 フィンが止めた。


 強い声で。


 全部取るな。


 速い三体だけ。


 レオは止まり。


 自分の役割を続けた。


 また別の場面。


 三つの提案。


 アリシアは自分を選んだ。


 欲しかったからではなく。


 後方二体が最も近かったから。


 自分を選ぶ時も、根拠を言う。


 そして。


 選ばなかったレオとセレナへ。


 正面。


 右。


 それぞれの危険を任せた。


 最後。


 ミリアとフィンから同時に提案が出た。


 フィンを選んだ。


 ミリアは選ばれなかった。


 けれど、左床下二体を処理し。


 再提案が必要ないところまで危険を下げた。


 提案は。


 中央へ選ばれるためだけの声ではない。


 危険を見つけた声。


 何かを変えた方がいいと伝える声。


 だから。


 中央候補として選ばれなかったとしても。


 その声が見ていたものは、戦場から消えない。


 役割を渡す。


 再提案の条件を置く。


 そして。


 選ばれなかった者も、勝手に動かず、今の中央へ声を渡し続ける。


 今日、六人が覚えたのは。


 どの提案を選ぶかだけではなかった。


 選ばなかった提案を、どう残すかだった。

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