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『忘れられた六つ目の神器に選ばれました 〜人見知りな闇の少女と毒舌黒猫の学園英雄譚〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第28話 光は優しく問いかける


 翌朝、アリシアは練習帳を開いたまま、しばらく最後の一文を見つめていた。


『私の闇は、壊さずに止めることができました』


 昨日、そう書いた。


 何度見ても、不思議な一文だった。


 闇。


 壊す。


 止める。


 守る。


 その言葉たちは、少し前までアリシアの中で結びついていなかった。


 黒い反応は怖いものだった。


 人に見られたくないものだった。


 大演習場で水晶に浮かんだ黒い光は、ただ自分を異質なものにする証のように思えた。


 けれど昨日、魔力紐を止めた。


 無理に掴んだのではない。


 押し潰したのでもない。


 胸の奥の夜を、動く風のそばにそっと置いた。


 すると、魔力紐はゆっくり遅くなり、静かに止まった。


 そして、アリシアが意識を離すと、また動き出した。


 壊していなかった。


 奪っていなかった。


 その事実が、胸の中で小さな灯りのように残っている。


「また見てる」


 ノアが机の端から言った。


 アリシアは顔を上げる。


「うん……嬉しくて」


「珍しく素直ね」


「だって……壊さなかったから」


 言いながら、胸が少し熱くなる。


「私の力、怖いだけじゃなかった」


 ノアはしばらくアリシアを見ていた。


 金色の瞳が、朝の光を受けて静かに輝く。


「その感覚を忘れないことね」


「うん」


「ただし、調子に乗らない」


「乗らないよ……たぶん」


「たぶん?」


「あ、乗らない」


「よろしい」


 ノアは尻尾を揺らした。


 いつものやり取り。


 でも、今日はその声も少し柔らかく聞こえた。


 アリシアは制服に着替え、リボンを結ぶ。


 鏡を見る。


 黒髪。


 黒い瞳。


 少し細い肩。


 まだ堂々としているとは言えない。


 でも、昨日よりほんの少しだけ、顔を上げられていた。


「背筋」


 ノアが言う。


 アリシアは自然に背筋を伸ばした。


「今のは早かったわね」


「慣れてきたかも」


「いい傾向ね」


 扉が叩かれた。


「アリシアちゃん、おはよう」


 メリルの声。


 アリシアは扉を開けた。


「おはよう、メリルさん」


 メリルはアリシアの顔を見て、少し目を細めた。


「今日は、昨日より元気そう」


「うん……少し」


「昨日の個別指導、嬉しかったんだね」


「うん。壊さずに止められたから」


 その言葉を言うたび、胸に小さな温かさが戻ってくる。


 メリルは嬉しそうに笑った。


「よかった。本当に」


 その笑顔に、アリシアも少し笑った。


 廊下を歩く。


 朝の第一寮は、いつも通りざわめいている。


 何人かの生徒がアリシアを見る。


 特殊魔力反応。


 個別指導。


 黒い力。


 そういう言葉はまだ完全に消えていない。


 けれど、アリシアは今日、視線を受けてもすぐには下を向かなかった。


 怖くないわけではない。


 ただ、自分の中に「壊さずに止められた」という事実がある。


 それが、小さな支えになっていた。


 食堂では、ガレスとミランダが朝から元気だった。


「アリシア! 昨日のやつ、もう一回聞かせてくれ!」


「魔力紐を止めた話!」


 二人が同時に言う。


 アリシアは少し驚いて、それから困ったように笑った。


「そんなに面白い話じゃ……」


「面白い!」


 ミランダが即答する。


「黒い力で、動いてるものを壊さず止めたんでしょ? すごいよ!」


 ガレスも頷く。


「止めて、また動かせるっていうのがいい!」


「いい?」


「おう! 完全に壊すんじゃないなら、守る時に使える!」


 アリシアは席に座りながら、少しだけ頷いた。


「私も……そう思えた」


 ガレスとミランダが、ぱっと顔を明るくした。


 メリルも隣で微笑む。


「昨日、アリシアちゃんがそう言えたのが嬉しかった」


「うん……」


 ノアが椅子の上で魚の小皿を待ちながら言う。


「今日は素直に受け取りなさい」


 アリシアは小さく頷いた。


「ありがとう」


 ガレスが笑う。


「おう!」


 ミランダも嬉しそうに言った。


「どういたしまして!」


 食堂の空気は温かかった。


 しかし、その温かさの中で、ふと入口側が静かになった。


 アリシアは何気なく顔を上げる。


 白髪の少年が入ってきた。


 ルシアン。


 光の継承者候補。


 いつもの柔らかな微笑み。


 姿勢の整った歩き方。


 周囲へ自然に会釈を返す、優しい雰囲気。


 その姿を見るだけで、食堂の一部の生徒たちが少し背筋を伸ばす。


 彼は静かに配膳台へ向かい、食事を受け取った。


 その途中で、アリシアたちの席へ視線を向けた。


 目が合う。


 アリシアの胸が少し固くなった。


 前に図書館で話しかけられた時の息苦しさを思い出す。


 優しい言葉。


 けれど、読めない奥。


 ノアの警戒。


 ルシアンは微笑んだまま、こちらへ歩いてきた。


「皆さん、おはようございます」


 穏やかな声だった。


 ガレスが明るく返す。


「おはよう、ルシアン!」


 ミランダも手を振る。


「おはよう!」


 メリルは少し緊張しながら会釈する。


「おはようございます」


 アリシアも少し遅れて頭を下げた。


「お、おはようございます」


 ルシアンの視線がアリシアに向く。


「アリシアさん、昨日の個別指導で進展があったと聞きました」


 胸が跳ねた。


 早い。


 もう知っている。


 どこから聞いたのだろう。


 グラン先生か。


 教務主任か。


 あるいは、誰かの噂か。


 リーネたちに共有した内容が、どこかで広がったのかもしれない。


 アリシアは返事に迷った。


 ノアの尻尾が椅子の上で静かに揺れる。


 半歩下がって見る。


 逃げずに、全部は出さずに。


「はい……小さな練習具を使って、魔力の動きを少し止める確認をしました」


 事実だけ。


 黒月のことは言わない。


 夜の感覚の細部も言わない。


 ルシアンは微笑んだ。


「止める力、ですか。興味深いですね」


「まだ……仮説です。グラン先生も、そう言っていました」


「慎重なのは良いことです」


 優しい言い方だった。


 けれど、やはり胸の奥が少し固くなる。


 ルシアンは続ける。


「光の魔力にも、暴走した魔力を鎮める働きがあります。闇の反応が停止に近い性質を持つなら、光と闇には意外な共通点があるのかもしれません」


 光と闇。


 共通点。


 アリシアは少し驚いた。


 ルシアンが闇を否定せず、光と並べた。


 それは優しい言葉に聞こえる。


 けれど同時に、どこか試されているようにも感じた。


 ガレスが感心したように言う。


「光も止められるのか?」


「鎮静という方が近いですね」


 ルシアンは穏やかに答える。


「傷を癒やすだけでなく、乱れた魔力の流れを整えることもあります」


 メリルが小さく頷く。


「すごい……」


 ミランダも目を輝かせる。


「じゃあ、アリシアの止める力とルシアンの鎮める力、似てるのかな?」


「どうでしょう」


 ルシアンは微笑んだ。


「いつか、比べてみる機会があるかもしれませんね」


 その一言に、ノアの耳がわずかに動いた。


 アリシアはノアを見たくなったが、我慢した。


 ルシアンは何気なく言っただけかもしれない。


 でも、ノアは警戒している。


「その時は……先生たちがいるところで」


 アリシアは小さく言った。


 自分で言ってから、少し驚いた。


 断ったわけではない。


 でも条件をつけた。


 先生たちがいるところで。


 安全な環境で。


 ルシアンは一瞬だけ目を細めた。


 すぐに、いつもの微笑みに戻る。


「もちろんです。未知の力を扱う時は、安全が第一ですから」


 優しい返答。


 でも、アリシアの胸の奥には小さな緊張が残った。


 ルシアンは軽く頭を下げた。


「では、失礼します。今日も良い一日を」


 そう言って、彼は少し離れた席へ向かった。


 沈黙が残る。


 ミランダが小声で言う。


「ルシアンって、やっぱり王子様みたいだね」


 ガレスは首を傾げる。


「王子ではないぞ」


「雰囲気の話!」


 メリルはアリシアを見る。


「大丈夫?」


「うん……少し緊張した」


「でも、ちゃんと答えてた」


「うん……先生がいるところでって言えた」


 メリルは少し安心したように笑った。


「それ、大事だと思う」


 ノアが椅子の上で低く言った。


「八十点」


 アリシアは小声で聞く。


「今の?」


「ええ。悪くないけど、少し固まりすぎ」


「うぅ……」


「でも、条件をつけたのは加点」


 アリシアは少しだけ胸を撫で下ろした。


 ルシアンは優しい。


 でも、怖い。


 まだ分からない。


 だから、半歩下がって見る。


 生活基礎では、「相手の言葉を受け取る時の確認」がテーマだった。


 セリア先生は黒板に書く。


『相手の言葉』


『自分の受け取り方』


『確認したいこと』


 まるで、今朝のルシアンとの会話を見透かしたような内容だった。


 アリシアは少し驚きながらノートを取る。


 セリア先生は言う。


「同じ言葉でも、受け取り方は人によって違います。相手が優しく言ったつもりでも、こちらが不安になることがあります。逆に、厳しい言葉の中に必要な助言があることもあります」


 ノアの言葉が思い浮かぶ。


 厳しくて、毒舌で、でも助けてくれる言葉。


 ルシアンの言葉も思い浮かぶ。


 優しくて、穏やかで、でも少し息苦しく感じる言葉。


「大切なのは、自分の受け取り方を否定しないことです。『不安になった自分がおかしい』と決めつける必要はありません。ただし、相手の意図を勝手に決めつけてもいけません」


 アリシアは胸の中で息を吐いた。


 ルシアンを悪い人と決めつけるのは早い。


 でも、自分が感じた違和感をなかったことにする必要もない。


 相手の言葉。


 自分の受け取り方。


 確認したいこと。


 セリア先生の授業は、毎回アリシアの日常に不思議なくらい重なっていた。


 班練習では、短い会話文を読んで、どう受け取ったかを話し合う課題があった。


 アリシアはメリル、トマ、ミーナと同じ班だった。


 課題文には、こうあった。


『君は変わっているね』


 これをどう受け取るか。


 トマがすぐ言う。


「言い方によるよな」


 ミーナも頷く。


「褒めてる場合もあるし、馬鹿にしてる場合もあるわ」


 メリルがアリシアを見る。


「アリシアちゃんは?」


 アリシアは少し考えた。


 変わっている。


 自分なら、少し怖くなる言葉だ。


 特殊魔力反応。


 黒い力。


 普通と違う。


 そういうことと重なってしまう。


「私は……少し不安になると思う」


 アリシアは正直に言った。


「でも、相手がどういう意味で言ったのかは、聞かないと分からない……かな」


 ミーナが頷く。


「いい整理ね」


 トマも言う。


「俺なら、すぐ『どういう意味?』って聞いちゃうかも」


「それも確認だね」


 メリルが微笑む。


 アリシアは少しだけ、自分が会話に参加できていることを感じた。


 ただ黙っているだけではない。


 自分の感じ方を言えた。


 否定されなかった。


 戦闘基礎では、前衛交代と無言連携の応用だった。


 エレナ教官は今日も容赦がない。


「昨日できたことが、今日もできるとは限らん」


 最初の一言から厳しかった。


「できた記憶に甘えるな。再現できて初めて身についたと言える」


 アリシアは木刀を握り直した。


 昨日の個別指導で少し自信を得た。


 でも、それに浮かれてはいけない。


 ノアも言っていた。


 調子に乗らない。


 訓練が始まる。


 アリシアとメリルは、昨日の成功を再現しようとした。


 しかし、最初の二回は失敗した。


 一回目、アリシアが昨日の感覚を追いすぎて動きが遅れる。


 二回目、メリルが前に出るタイミングを早めすぎ、二人の距離が詰まる。


 エレナ教官の声が飛ぶ。


「昨日をなぞるな。今を見ろ」


 その言葉に、アリシアははっとした。


 昨日できた。


 その事実が嬉しくて、同じ形を再現しようとしていた。


 でも、相手役の動きは昨日と違う。


 メリルの呼吸も、今の自分の重心も違う。


 昨日の成功にしがみつくと、今を見失う。


 アリシアは深く息を吸った。


「メリルさん」


「うん?」


「昨日と同じにしようとしすぎてた」


「私も」


 メリルは少し苦笑した。


「今の相手を見る、だよね」


「うん」


 三回目。


 相手役のミーナが槍を構える。


 剣より長い。


 昨日のカイルとは距離が違う。


 アリシアは木刀を構え、半歩低く立つ。


 メリルの気配は後ろ。


 ミーナの槍先がわずかに下がる。


 突きではなく払いか。


 いや、後ろ足が前へ乗る。


 踏み込みからの押し込み。


 アリシアは左へ逃げず、少しだけ右を空ける。


 メリルがそれを見て、杖を右へ向ける。


 アリシアは木刀を槍の内側に添えるように置き、力を受け流す。


 メリルの杖先がミーナの進行先へ入る。


「止め」


 エレナ教官の声。


 短い沈黙。


「今のは見えていた」


 アリシアは息を吐いた。


 メリルも小さく笑う。


 昨日の再現ではない。


 今の相手を見て動けた。


 それが嬉しかった。


 エレナ教官は続ける。


「アリシア、今の判断は良い。だが槍の戻りへの警戒が薄い。メリル、杖先は良いが、足が止まる」


「はい」


「はい」


 指摘も受ける。


 でも、胸は沈まなかった。


 良いところと、課題。


 両方がある。


 それでいい。


 昼食後、アリシアは図書館へ向かった。


 今日はリーネ、メリル、シオンも来る予定だった。


 朝のルシアンとの会話も、共有した方がいいと思っていた。


 図書館の閲覧席には、すでにリーネがいた。


 シオンは少し離れた席で本を開いている。


 メリルは後から来る。


 アリシアが近づくと、リーネが顔を上げた。


「個別指導の翌日ですが、体調は?」


「大丈夫です。少し胸の奥が静かな感じはありますけど、不快ではないです」


「記録しましたか?」


「はい」


「良いです」


 リーネは頷いた。


 そのやり取りは、いつの間にか自然になっていた。


 ノアは足元で呟く。


「完全に研究班ね」


 アリシアは少し笑った。


「あと……朝、ルシアンさんに声をかけられました」


 リーネの目が細くなる。


 離れた席のシオンも、本から顔を上げた。


「白猫王子が?」


「白猫……」


 アリシアは反応に困る。


 リーネは冷静に言う。


「ルシアンですね。内容は?」


 アリシアは朝の会話を話した。


 個別指導の進展を知っていたこと。


 止める力に興味を示したこと。


 光の魔力にも乱れた魔力を鎮める働きがあると言ったこと。


 いつか比べる機会があるかもしれないと言ったこと。


 アリシアが、先生たちがいるところで、と返したこと。


 リーネは黙って聞き、メモを取った。


 シオンは本を閉じ、頬杖をついた。


「相変わらず、言葉が綺麗すぎるね」


「綺麗すぎる?」


 アリシアが聞くと、シオンは肩をすくめる。


「光と闇の共通点。安全が第一。優しい言葉ばっかり。でも、結局はアリシアの力に興味があるってことだろ」


 リーネも頷く。


「私も同じ印象です」


「ルシアンさんが、悪いことを考えてるってこと?」


 メリルがちょうど来て、話の途中から聞いていたらしい。


 少し不安そうに言った。


 リーネは首を横に振る。


「断定はできません」


 シオンも言う。


「悪いとは限らない。光属性として、未知の闇反応に興味があるのは自然だし」


「でも?」


 メリルが聞く。


 シオンは少し笑った。


「自然な興味を、自然に見せるのが上手すぎるやつは面倒って話」


 アリシアは胸が少し重くなった。


 やっぱり、自分が感じた息苦しさは完全な勘違いではないのかもしれない。


 でも、ルシアンを悪い人だと決めつけることもできない。


 リーネが言う。


「アリシアさんの返答は適切です。先生の立ち会いを条件にした。安全管理として妥当です」


「ノアにも、条件をつけたのは加点って言われました」


 アリシアが言うと、シオンがノアを見る。


「採点制なの?」


 ノアは普通の猫の顔で鳴いた。


「にゃあ」


 シオンは目を細める。


「絶対分かってるよね、この猫」


 アリシアは慌てる。


「ノアは、表情が豊かなので……」


「猫の表情ってそんなに豊かだったかな」


 シオンは皮肉っぽく言ったが、それ以上追及しなかった。


 リーネは紙に新しい項目を書いた。


『ルシアン接触記録』


「えっ」


 アリシアは驚く。


「記録するんですか?」


「必要です」


 リーネは当然のように言った。


「彼がどの情報を、どの時点で知っていたか。何に興味を示したか。記録しておけば、後で判断材料になります」


 シオンが笑う。


「怖いね、水の本の虫」


「あなたの歌も記録しています」


「知ってる」


 メリルが苦笑する。


「でも、記録しておくのはいいかも。悪く考えるためじゃなくて、整理するために」


 アリシアは頷いた。


「うん……決めつけないために」


 その言葉に、リーネが少しだけ満足そうに頷いた。


 その後、四人で資料を確認した。


 今日は新しい大きな発見はなかった。


 しかし、光と闇に関する古い神学書の中に、一つ気になる記述があった。


『光は顕し、闇は隠す。光は乱れを鎮め、闇は動きを眠らせる。両者は相反し、また境界を同じくする』


 アリシアはその文章を読んで、朝のノアの言葉を思い出した。


 影は光と闇の境目にできる。


 光と闇は、敵対するだけではないのかもしれない。


 境界を同じくする。


 隣り合っている。


 けれど、その近さは、安心でもあり、怖さでもある。


 ルシアンの光。


 アリシアの闇。


 いつか比べる機会。


 その言葉が、また胸に浮かんだ。


 夜、部屋に戻ったアリシアは練習帳を開いた。


『今日は、昨日の成功があったから少し元気に起きられました。でも、ルシアンさんに個別指導のことを聞かれて、少し緊張しました。優しい言葉でした。でも、私は少し息苦しく感じました』


 ペンを止める。


 セリア先生の授業を思い出す。


 相手の言葉。


 自分の受け取り方。


 確認したいこと。


 アリシアは続きを書いた。


『ルシアンさんが悪い人かは分かりません。決めつけません。でも、私が不安を感じたことも、なかったことにしません。先生たちがいるところで、と言えたのはよかったと思います』


 さらに書く。


『戦闘基礎では、昨日の成功をなぞろうとして失敗しました。エレナ先生に、昨日をなぞるな、今を見ろと言われました。今を見ることは、戦闘だけじゃなくて、人を見る時にも大事だと思いました』


 最後に、図書館の記録。


『光と闇の古い記述に、光は乱れを鎮め、闇は動きを眠らせるとありました。光と闇は相反し、境界を同じくするそうです。ノアが言った、影は光と闇の境目にできるという言葉を思い出しました』


 書き終えると、ノアが机の上に飛び乗った。


「今日は?」


 アリシアが聞くと、ノアは少し考えた。


「九十五点」


「あ、下がった」


「昨日が高すぎたのよ」


「最近それ多いね」


「事実よ」


 ノアは尻尾を揺らす。


「ルシアンに条件をつけたのは良かった。戦闘基礎で昨日に引っ張られたけど、途中で修正できた。図書館でも決めつけずに記録できた」


「減点は?」


「ルシアンの微笑みに押されて、最初の返事が小さすぎた。あと、シオンが白猫王子と言った時、ちょっと笑いそうになった」


「そこも?」


「当然」


 アリシアは困ったように笑った。


 窓の外には夜が広がっている。


 光と闇。


 鎮めるもの。


 眠らせるもの。


 境界。


 アリシアは胸元に手を当てた。


 自分の中の夜は、今日も静かだった。


 でも、その近くに、どこか遠くから光が差し込んでいるような感覚もあった。


 怖い。


 けれど、怖いから目を逸らすのではない。


 半歩下がって、見る。


 アリシアは練習帳の最後に一行を書き足した。


『光が優しく問いかけてきても、私は自分の闇を急いで差し出さない』


 ノアはその一文を見て、静かに頷いた。


「それでいいわ」


 アリシアも頷いた。


 夜は、静かに部屋を包んでいた。

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