第一話 由真、恋の三角関係警報発令中! ⑦
公園のベンチで俺と彼女は隣り合わせに座っている。彼女は学校では制服で隠れていて見えない自分の腕を俺に見せてくれた。か細い彼女の腕には無数のあざと切り傷がある。
「これって・・・全部、お父さんが?」
「ううん・・・これは・・・これだけは自分でやったんだ。」
そう言って、手首についている一番大きな傷跡を指差した。
「自分でね・・・もう死んじゃおうかって思って、カッターナイフで。」
「・・・・・・。」
俺は何も言う事が出来なかった。彼女は声を震わせながら続ける。
「手首切ったら簡単に死ねるかなぁって思っていたんだけどね。結構血管とかが硬くて、グッと力入れるんだけど・・・切れないんだ。そうしてるうちに走馬灯みたいにいろんなことが思い浮かんで・・・・自然に力が抜けていくんだ・・・・。その上、だんだん痛みがわかるようになって、自分の体から出てくる血が怖くなって・・・もう何も考えられなくなってただひたすらに泣き叫んでたよ・・・・・あの時。・・・こんな世界に未練なんてないとか思っていたのに・・・いざ死んでみようってなると・・・・・・怖くて、怖くて、涙が止まらなくなって・・・ね・・・・どうしても、どうしても死ねなくて・・・。それでこんなためらい傷になっちゃたんだ・・・。あははは、ひくよね? こんなこと話す女の子とか怖いよね? 気持ち悪いよね。・・・嫌いだよね?」
「そんなことない。」
俺ははっきり否定した。彼女の表情が変わる。
「嘘。だって・・・だって、こんなに皆に嫌われて・・・いじめられて。そんな人なんだよ! 私、そんな人なんだよ? それでも・・・。」
「ああ、少なくとも俺と美鈴は小野寺さんの味方。それとも・・・こんな奴じゃ頼りないかな?」
小さく首を横に振る。
「ううん・・・どんな人よりも心強い・・・・。」
そう呟き俺の手を握った。彼女の手の暖かさが俺に伝わってくる。
「ごめんなさい・・・。」
その言葉に俺は笑った。
「そういう時は・・・違うでしょ?」
「うん・・・ありがとう・・・由真・・・くしゅ!」
猫を見つめ、二人で笑いあう。そして俺たちは空を見上げた。夕方の太陽が眩しかった。
その頃さやかは、家には帰らず『フェアリーサークル』にいた。
「うぅ・・・・・由真の馬鹿・・・馬鹿・・・ばかぁ・・・・・。」
おじさんはさやかを心配して話しかけてくる。
「さやかちゃん・・・一体どうしたんだい?」
「おじさんにはかんけーない。・・・いいから黙っててよ。」
泣きながらそう強がって見せる。おじさんももうそれ以上何も言わないで、店の看板を『閉店』にし、店の奥に戻っていった。
「由真・・・。」
小声で俺の名前を呼び、涙を拭う。そんな行動を繰り返しているうちに日が暮れた。
「ゆまぁ・・・・。」
すると、入り口のドアが開く。
「由真・・・?」
そこにいたのは、美鈴だった。
「おじさんから連絡あって・・・来たんだけど。それともお姉ちゃんじゃ・・・慰めにならないかなぁ・・・・?」
そう言いながら、隣の席に着く。そして言葉を選びながらたどたどしく喋りだす。
「あのさ・・・・由真君は今の生活を崩したくないから・・・さやかのことは、愛せないんだと思う・・・・だからね・・・」
「・・・じゃあ、あたしはどうすればいいんだよ。」
美鈴の言葉を止め、さやかが叫んだ。
「それは・・・それはね、さやか・・・」
「嫌いだ! 皆嫌いだ! お父さんもお母さんもあたしの事なんか見てくれてなかったし! 由真もあたしの事なんかどうでもいいと思っているんだ! お姉ちゃんも・・・由真も・・・・皆大きら・・・・・」
『パンッ!』
美鈴がさやかの頬を殴った。さやかは殴られた頬を撫でながら呆然とする。
「お姉ちゃんの事は・・・なんて言ってもいい・・・・・嫌いになって気がすむならなればいい。でも・・・でも、由真君の事は嫌いになっちゃだめ・・・。」
「お姉ちゃ・・・ん?」
さやかは美鈴の顔を見てはっとする。どんなに辛い事があっても、両親が死んだときでさえも泣いた事のない彼女の目から涙が零れ落ちたのだ。
「確かにお父さんは仕事の事ばっかりで私達の事は何も見ていなかった。お母さんも私達より自分の事ばっかりで・・・何もしてくれなかった。でも、五年前のあの日、お父さんも、お母さんも私達を家から逃がしてくれた・・・あんな人たちでもあの人たちなりに私達を愛してくれたんだよ? 由真君だって・・・行き所がなくて、困ってた私達を温かく迎えてくれたじゃない。あんなに優しい人を嫌いになっちゃ・・・だめだよ。」
「おね・・・・・ちゃん・・・もう、いいから。」
「さやかのこと、私は大好きだから・・・だからきっと由真君も・・・さやかのこと嫌いじゃないと思う・・・・だから・・・だからさ。」
「もういい! 何も言うな!」
さやかはそう言って、美鈴を抱きしめた。
「大丈夫だから・・・あたしは、大丈夫だから。だから・・・もう泣かないで、ね?」
さやかは泣きながらそう呟く。
「それ・・・私の台詞だったのに・・・・先に言っちゃうなんて、ひどいよ。」
そう言いながら二人は互いの涙を拭きあって、にっこり微笑んだ。
「私の出る幕じゃないかな・・・?」
『フェアリーサークル』の外でまどかがそう呟いた。
「シンデレラは王子様と幸せに・・・お姫様は王子様に置き去りにされましたが、舞踏会の帰り道で出会った魔女さんと意気投合し一緒に王子様を見守る事にしましたとさ・・・・。」
アンパンを一口頬張り、まどかはその場を立ち去る。
「さてさて、王子様に恋をした『名もなき村人』、一体どこへ行くのやら・・・。」




