第26話 森閃
《森閃》
刀を片手に、ただ立ち尽くす一本角の男——。
空から刺客が急降下していく中、サイチは込み上げる怒りと、自身への失望に浸っていた。
——俺が——俺が抜けてこなければ——こんなことにはならなかった……。
逃げ回ったり、何時間も走ったり——あいつらが傷つくことも——。
飛来してきた刺客は、ヴァーダントラインが誇る精鋭たち——《森閃四人衆》。
戦技を鍛え上げた精鋭の中の精鋭——。
サイチはそれを、誰よりも知っていた。理解していた。
そんな中——
こちらに向かってくる紅い外殻を纏った若い女——。
自分と同じような一本角を付け、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「——兄上——帰りましょう——。」
足を止め、前のように——支部でやり合った時のように、説得してくる我が妹——。
——帰れば一件落着、か——。
そんなことを思いながらも、身体は言うことを聞かない。
抜き放たれた刀が月の光を浴び、その切先を、その妹に向ける。
——本当にでかくなって——本当に強くなったな——サユキ。
そして、短く言い放つ。
「——嫌だね。」
サユキはその言葉に一瞬、俯く。
同時に、手を据えた刀を強く握る。
「——なら、力づくでやるまでだ——。」
火花が散る。
紅い外殻が擦れ合い、互いが互いの信念のために、刀を抜いたのだった。
北西街道・林道沿い——
月明かりに照らされる林道沿いで鈍い光沢が擦れ合い、各所で白い火花が散る。
金属同士の重い衝突音、森の中で鳴り響く銃声——。
襲い来る襲撃者を相手に、戦闘を繰り広げていた。
「——では、参る——。」
外殻装備を全身に纏ったツバルが、静かに腰の刀に手を据える。
すかさず俺はバックステップで踏んで距離を取り、ライフルを構えなおす。
ヒュン——ッ!
風を切る音とともに、白い閃光が走る。
刃そのものは暗くてよく見えない。
だが、その太刀筋は真っ直ぐに光を反射していた。
振り上げと同時に、一瞬だけ見える刀の輪郭——。
頭上で刀を反転し、再びツバルが足を踏み込む。
——次は上か——!
ユミナから預かったライフルを頭上に上げ、衝撃に備える。
刀自体は見えなくても、相手の姿勢を見れば何となく、刀の方向は分かる。
ガギィインッ!!
重い衝撃とともに、ライフルが朱い火花を散らす。
その衝撃で、俺は思わず後ろに仰け反り後ずさりする。
——距離が取れればこっちのもんだ。
慌てるようにしてライフルを構え、引き金を引く。
ドォンッ!! ドドォン!!
きっと何発かは外した。
だが、ツバルの身体で微かな衝撃が走ったのを見ると、その部分には当たったのだろう。
振り下ろしたままの姿勢で、ツバルの動きが一瞬止まる。
「やった——のか——……!」
しかし、そこに流血や損傷といったものは見られない。
何事も無かったかのように、ゆっくりと刀を前に突き出し、再び構えなおすツバル。
「な、なんで——」
「……。」
沈黙。
——なぜ弾が効かない?
そんなこと、戦闘中の相手に聞くことではない。
だがそう思っていた矢先、ツバルが静かに応える。
「——我々に弾丸は通らない——ましてや、TEXSを纏った殻兵なら尚更——
お前は——筆で机に傷をつけたことがあるか——。」
——筆で机を……?
もちろんない。
筆なんか小さい頃、絵具で絵を描くときに使ったぐらいだ。
その筆で、机を傷つけることなどできるはずがない——。
ツバルが言いたいことは、そういうことだった。
「く……っ」
汗が滲み、握るライフルは今にも手から滑り落ちそうだ。
頼りになるはずのこのライフルは、今や重い文鎮同然である。
「——行くぞ——。」
構えられた切先が、こちらに近づいてくる。
だが、諦めるわけにはいかない。
きっともう少しすれば、ユミナやミオナがあの時のように助けに来てくれる——。
それまで耐えるのだ。
両腕を上げた姿勢から出るのは、恐らく振り下ろしの斬撃——。
すかさず上にライフルを突き出す。
ガィンッ!!
火花と、先ほどより重い衝撃——。
「……やるな……だが次は——。」
ツバルが短く言い放つ。
試しているようで、どこか手加減しているようにも見える。
——敵は振り下ろした——なら次は下か右——!
ツバルが踏み込み、勢いを殺した刀身が、続けて輪郭を消す。
——横だ——ッ!
イチかバチか、斜め下にライフルを突き出す。
次の瞬間——
ドゴ——ッ!!
脇腹に、重い衝撃と激痛が走る。
「……残念……角度違いだ——。」
俺の身体にめり込む刃——。
斜め前に大きく踏み込んだツバルと、目が合う。
入り身した状態から出される斬撃は、予想していた軌道より大振りな弧を描いていた。
「ぐは……ッ!!」
ぼやける視界の中、遠のいていくツバルの影。
——あぁ……いま俺、宙を飛んで——……。
そして、背中に重い衝撃が走った。
林道脇の森にて——
飛来する黒い影、紺色の外殻装備——。
ブレードを両手にしたユミナは、すかさず林道沿いの森へ飛び込んだ。
否、森へ誘い込んだのだ。
樹上から迫り来る気配、暗夜の森——。
「——私に森で挑むとは——」
誘い込まれたのはユミナの方だったのかもしれない。
ユミナはヘルメットを浅く被ると、その間から軽く触角を覗かせた。
触角と声の方向で、敵の位置を把握する。
「それはどういう意味? 暗闇なら負けないわよ——。」
アリは暗い地中での行動に優れている——。
しかし、それは夜行性である相手にとっても同じことだった。
樹上から迫り来る敵の刃を、空中で回転して優雅に躱す。
キィンッ!!
白く光る一閃を、ブレードで軽く受け流す。
「久しぶりね。西の森以来かしら——。」
斬撃を終え、膝立ちになった背中に向かって言い放つ。
振り向きながら刀を構えなおしたその姿は、かつて西の森で魔女探しの護衛を務めたアヤカだった。
「——あの時は総長がお世話になりました——そして、今回も——」
睨みつける蒼い視線——。
同時に、アヤカのTEXS——《双牙》が、同じ蒼を微かに帯びる。
「イツキの汎用TEXSね。どこまで耐えれるかしら!」
「アルカディアの汎用型に、劣る気はしない——!」
ユミナが両手のブレードを振りかざす。
ガィンッ!! ギギギィ……ッ!!
アヤカの打刀が火花を散らすが、押し合いではやや劣勢だ。
否、そうではなかった。
アヤカはユミナの両ブレードを、片手の打刀で防ぎきっていたのだ。
「片手——!?」
そしてもう片方の手は、携えたもう一本の打刀に手を据えている。
《双牙》——その名の通り、双つの刃——。
そのままもう一本の打刀が抜き放たれ、ユミナ目掛けて振り上げられる。
ヒュォン——ッ!!
空振り——バックスステップを踏み、距離を取るユミナ。
「なるほどね。そっちは予備かと思ったわ——。」
ユミナがバランスを取りなおそうと、足元を探る——。
だが、それより速く、アヤカが踏み込む。
ガィンッ!!
両ブレードで受けようとするが、勢いを殺しきれず、ユミナの身体が後方へ吹き飛ぶ。
地面に転がり、ブレードが手から離れる。
「くっ……。」
ゆっくりと歩み寄る蒼いTEXS——。
何とか一本のブレードを持ちなおすが、もう片方は歩み寄るアヤカのすぐ足元だ。
歩きざまに、アヤカがそれを蹴り飛ばすと、ブレードは暗闇の中へ消えていった。
「——降伏するなら見逃してやる——。」
少し遠くで這いつくばるユミナを見下ろしながら、アヤカが徐々に歩み寄る。
「降伏? なによそれ——聞いたことない言葉ね——。」
「——なら、ここで死ね——。」
打刀を左右に広げるアヤカ。
しかし、ユミナはそんな状況に、ニヤリと口角を上げる。
「——いいことを教えてあげるわ——。
アルカディアは国、ヴァーダントラインは勢力——国じゃない——。」
「——何を言い出すかと思えば、国マウントですか——見苦しい——」
その瞬間——
キィーン……ッ!
ユミナの手元で、金属が跳ねる音が微かに鳴る。
そして、ゴトッとアヤカの足元に何かが転がり落ちる。
「——石——……?」
もちろん、そんなわけはない。
慌ててその場所から距離を取るアヤカ。
ドヒューン——ッ!!
爆炎とともに、辺りの枯葉を吹き飛ばす。
「——手榴弾——ッ!?」
先ほどまで這いつくばっていたユミナの姿は、もうない。
その矢先、再び軽い金属音が鳴り、地面に転がり落ちる鉄の塊。
爆発し、破片がアヤカの外殻に直撃する。
「く……っ!!」
そして爆音の中、ユミナの声が微かに響き渡る。
「——サーマルビジョン! 夜間モード! IFFオン——!」
触角をしまい、ヘッドシェルを深く被る。
そして、バイザーを静かに降ろすと、その青白い光が闇に溶け込んでいく——。
サーマルビジョンによって、アヤカの輪郭が紫やオレンジでくっきりと映し出される。
ただの闇の中、されど闇の中——。
先ほど蹴り飛ばされたブレードを、再度拾い上げる。
「——ガードを本気にさせたのが、運の尽きね——」
ヴァーダントラインは国ではない。
確かに、アヤカの《双牙》は念入りにカスタムされている。
だが、アルカディアのLM——各種装備にIFF、サーマルビジョン——。
装備の幅では一国の軍隊——《ガード》には到底及ばない。
手榴弾をもう一発お見舞いすると、ユミナは木の影から、静かに歩み寄っていったのだった。
時を同じくして、同じ場所——
森の中に隠れながら、ミオナは迫り来る刺客に備えていた。
ミオナ目掛けて飛来した一人——。
しかし、未だ接触しない様子に、ミオナは思考を張り巡らせる。
——ユミナちゃんのところに一人、私のところに一人……。
サイチさんのところには誰も行ってない——だとしたら、ユウジさんの支援に——?
その時だった。
ドォオ——ンッ!!
放たれた弾丸が、ミオナの頭上を通過する。
——どこに……! いえ、そんなことよりも——ヴァーダントラインにも銃が——!
その場でしゃがんで身を潜ませ、静かにバイザーを降ろす。
「……サーマルビジョン、夜間モード、地形情報スキャナー……ッ!」
夜間モードにより、バイザーとスキャナーアンテナの光が徐々に消えていく。
そして、サーマルビジョンのカラフルな輪郭と、スキャナーの情報が映し出される——。
——木で邪魔されて、索敵範囲が狭すぎる——銃撃戦じゃ不利かもしれないですね……。
バイザーを上げ、先ほどの銃声を頼りに、方向を予測する。
一度観測された場合、同じ場所に居ればいずれ見つかってしまうだろう。
ミオナは茂みを伝いながら、低い姿勢で敵の狙撃ポイントの方へ移動していくのだった。
音を立てないよう、地面に這いつくばり、少しずつ進んでいく。
辺りでは誰かが戦う重い金属音が鳴り響き、それが丁度よくも、自分から出る微かな音を上書きしていた。
やがて、予測した地点へたどり着く——。
——この辺なら……。
再度バイザーを降ろし、スキャナー情報を確認する。
同時に、サーマルビジョンの熱源を頼りに、周囲を見渡す——。
地上には何もいない。
敵の狙撃ポイントは地上ではなかったのだ。
樹上に微かに浮き出るオレンジ色の輪郭——。
草木で体を覆い、木の葉と一体化した蒼黒いTEXSの姿が、そこにはあった。
——イツキ重工《双牙》……。手元のライフルでは弾が通るかどうか……。
しかし、やるしかない。
ミオナは木の茂みにかがみ込むと、スコープの乗ったライフルを静かに向ける。
「——サイトレイヤー、リンク——……。」
バイザーの熱源映像に、照準器のレティクルが映し出される。
——距離200、林内だから風はない……高度差4m……くらいでしょうか——
当たってください——。
ここの中でただ一人、そう願うことしかできない。
そして、オレンジ色になった輪郭へ向け、引き金を引く。
ドォ——ンッ!!
一発。
手応えはあった——。
だが、妙に反応が少ない。
その時、背後で微かに枯葉が踏まれる音がする。
——後ろ——ッ!?
ブォンッ!!
すかさず前に飛び込み、背後で長い何かが空を切る。
着地点からすぐさま後ろを振り返り、敵へ向けて銃を構える。
だが、その照準の先にいたTEXSは、既にこちらに銃口を向けていた——。
ドォン——ッ!! カシャコォンッ!
顔のすぐ真横を、弾丸が通り過ぎる。
——銃声からの装填音——ボルトアクションライフル……!
もし連発銃なら、今頃は当たっていた。
薬莢が枯葉に落ち、敵が再び銃を構える——そのわずか数秒で、近くの太い木に身体を隠す。
敵との距離は、十メートルにも満たない。
——敵はヴァーダントライン……銃撃戦には慣れていないはず——なら……!
ライフルを木の影から出し、サイトレイヤーの映像を元に、引き金を引く。
ドドドォンッ!! ドドォンッ!!
短連射の牽制射撃——
——甲虫系の外殻は硬い——弱点は一番脆い関節部分……っ!
そんな中、相手の弾丸がスコープめがけて直撃する。
ビッ——。
サイトレイヤーの視界が消え、バイザーの映像がヘッドカメラに切り替わる。
「くっ……!」
同時に弾が切れ、すぐに新しいマガジンをポーチから取り出し、交換する。
ジャコッ!! ガッシャン——ッ!!
——敵の関節装備は損傷させた——。でも、こちらも照準器が——。
そんな時だった——
「お見事です——。さすがはガード——。」
敵がそんなことを言い出す。
それは、どこかで聞いたことのある声——何となくそんなことが頭を過る。
敵は続ける。
「——私の銃は、もう使えません——関節も——。」
その様子を見ようと、木の影からゆっくりと顔を出す。
そこにいたのは、膝を付きながら、透明に光る血を垂れ流した女武人——サヤカだった。
「……ッ!!」
手元に転がったライフルは、ハンドルノブが欠け、引こうにも引ける状態ではなかった。
ミオナがすぐに駆け付ける。
先ほどまで敵だった者——されど、過去に協力した護衛だった仲間——。
ライフルを投げ捨て、医療ポーチから急いで救急包帯と、血液凝固剤を取り出す。
「——いま治療を——!」
しかし、サヤカはそれを拒もうと、動く方の片手でミオナの手を優しく抑える。
「——森閃組は、敵の施しなど受けぬ故——」
そんな言葉、ミオナにとっては意味がない。
ミオナは少し強引にそれを払いのけるように、優しく手を握り返した。
「アルカディアは敵ではありません。」
そう言い、流血した箇所に血液凝固剤を振りかけると、包帯をぐるぐると巻いていく。
サヤカはただ、その様子を見て俯いた。
処置が終わったミオナは、病院への後送無線をしようとヘッドセットに手を当てる。
だが、不意に我に返る。
CAN無線は本部や、アルカディアの兵士が近くに居なければ使えない。
それは、近接エリアネットワーク(CAN)の通りであった。
北西街道・林道沿い——
林道に響き渡る金属音、紅い火花——
「はぁああァァ——ッ!!」
「おぉりゃああァッ!!」
ガキィ——ンッ!! ガキィイ—ンッ!!
二つの刃が幾度となく交わり、重い金属音を森に響かせる。
——くっ……! サユキのやつ、こんなに強かったかよ……道場の時とはまるで違う……!
「兄上! なぜ組に! 戻らないのですか!!」
その瞬間——
サイチの刀が弾き返され、サユキの剣筋が首元めがけて振りかざされる——。
だが、それは寸前で止まる
兄を捉えた紅い眼光——。
「戻ってください。兄上——。」
冷たく睨みつけながら、それだけ言い放つ。
しかし、そんな言い分など聞くはずがない。
「——斬れよ。」
顎を上げ、首元を差し出すサイチ。
「ほら。ここだ——。」
睨みつけていた眼光は微かに泳ぎ、その手が震える。
「はぁぁああ———ッ!!」
サユキが雄叫びを上げる。
すると——
サイチの腕の外殻——アームシェルがそれを軽く弾き飛ばし、今度はサユキの首元に剣先が触れる。
「——斬れねえなら刀を抜くな——。」
そう言うと、サユキの首筋から僅かに血が滲み出る。
すかさず、首元を抑え込むサユキ。
そして、静かに兄の眼を睨みつける。
「——反則だ……。」
「なに——?」
「——手を使うのは反則だぞ……。」
サユキのその言葉に、サイチはため息をつく。
「ここは道場じゃない——。俺はもう、うんざりなんだよ……」
沈黙が走る中、サイチは続ける。
「——重臣の言うこと——古い慣習——。 俺の人生、これ以上振り回されて堪っかよ——。」
静かに刀を下ろし、妹を切ってしまった刀——
今まで誰一人として、切り捨てたこともない、その刀を見る。
俯くサユキが、尚も頑なに言い張る。
「——それが、領主——総長の務めです。——父上はあなたにお任せした——。」
「——そういうのが気に食わねぇんだって……。」
サイチは呆れたように言い返す。
後ろへ歩いていくと、再び相手に対し、刀を構える。
「もう一戦だ——。」
再び刀を握りしめると、サユキは静かに深呼吸する。
「——では、参る——。」
闇夜の林道の中——
月に反射する剣筋が、白い弧を描いていく。
もう迷わない——。
何がしたいとか分からない——けど帰りたくない——。
重臣の言いなりにはならない——自分の人生を歩みたい——。
立ちはだかるのが例え肉親でも、妹でも——俺は迷わない——。
火花が散り、二つの紅い外殻が躍るように舞う。
斬り込んでは往なす、躱してまた斬る——。
そして——
カィ——ン……ッ!
一本の刀が弾け飛ぶ。
吹き飛んだ刃が、すぐ横の地面に突き刺さる。
切り返した刀が首元めがけて振りかざされる——。
だが、やはり寸止め——。
顎を上げるサユキ。
切先を向けるサイチ。
「——勝負あったな。」
「くっ——……。」
先ほどのサイチのように、斬れよと言わんばかりに睨みつけるサユキ。
だが、その瞬間、サイチは刀を鞘に納める。
「斬れっかよ。妹を——。」
それだけ言うと、サイチは振り返り、そのまま歩いていった。
膝から崩れ落ちるサユキ——。
両手の外殻は削れ、指が小刻みに痙攣する——。
負けだった——。
身体的な優劣を前に、サユキはただ、その場に俯いたのだった。
金属が擦れ合う音がする——森で誰かが戦っている——。
気付いた俺は、ぼやける視界の中、ゆっくりと顔を上げる。
——今までツバルと戦ってた——なんで寝てるんだ……?
身体を起こそうとするが、やけに重い。
「——痛てて……。」
思わず、激痛に声を上げる。
「——気が付いたか——。」
横を見ると、ツバルが水筒の蓋をコップに、何かを注いでいる。
ツバルはそれを差し出すと、静かに言う。
「——茶だ——。」
——茶……!? 今ここで……!?
俺たちは先ほどまで戦っていたはずだ。
いや、俺は切られた——。
俺の最後の記憶では、少なくともそうだった。
「——俺、死んで……?」
「死んでなどいない。……峰打ちだ……。」
ツバルが繰り出した最後の一撃——。
あの瞬間、ツバルは手元を刃のない峰に反転させていたのだ。
「……腹部外殻——いや、失敬。腹の内部骨格を三本は折ったつもりだったが——
そのベストのお陰で助かったようだな——。」
——つまり、あばら骨三本を折るつもりで、俺に峰打ちしたってことだよな……?
そんなことを真顔で言うツバルが、俺は心底怖くなった。
受け取ったお茶を飲み干すと、ツバルが手を差し伸べる。
「——立てるか——。」
死を覚悟して戦った相手に、手を貸す——これもヴァーダントラインの文化なのだろうか。
しかし、とても立てるような感じではない。
「くっ……これじゃ、もうとても……。」
「——そうか——なら、そこで休むといい。もうすぐお前の仲間が来る——。」
ツバルが周囲を見渡すと、風が吹き、また森の静けさが戻ろうとしていた——。
銃声、金属音——。
嵐が過ぎ去ろうとしている。
「——私は行く——。」
「——え、どこに……?」
だが、ツバルは答えない。
水筒を静かにしまうと、その場を去っていく。
ブォォオオオ——ンッ!!
少し離れた場所で翅翼を広げ、林道にあった落ち葉が舞い上がる。
——何だあいつ……。——ってか、それよりユミナやミオナは……。
痛みを必死にこらえ、何とか立とうとする。
寄り掛かった木から横に寝返り、四つん這いになって足をつく。
「——助けに……いかねぇと……」
そこへ——
よく聞きなれた声が、遠くから近付いてくる——。
「あ、街道出ましたよ! こっちです!」
「ちょっ、待ってよ! ミオナー!」
立ち上がり、木に寄り掛かりながら、静かに安堵の息をつく。
「なんだよ……心配させやがって——」
そんな様子を、サイチは近くで見て、思わず口元をニヤつかせる。
「ほふー! まずはあんたを助けなくちゃな——!」
「あぁ? おまえ、見てたなら手伝えよ……。」
サイチの方を見るが、手元の外殻装備は剥がれ落ち、身体外殻まで削れてしまっている——。
尚も、余裕ぶったコイツの性格には、本当に呆れるのだった。
「おーい! こっちだー! ユウジが手伝ってほしいだとよー!」
「あ、サイチさん! はーい! 今いきます!」
「え? ユウジ? 生きてたの!?」
「失礼な奴だな……死んだと思ったけどな——。」
俺はサイチとミオナというアンバランスな組み合わせの肩を借りながら、
アルカディアまで何とか歩いていったのだった。




