第 66 話 新人
「この後……もう、すぐに出発になりますか?」
朝食後、篤樹はエルグレドに尋ねた。
「そのつもりでいたんですが……昨夜、軍部に行って『例の山賊』の件を報告した後、部隊長室に呼ばれましてね。まあ、簡単な話、軍部からも1名今回の探索に加わるという事らしいんです」
「え?」「あら?」
篤樹とレイラが同時に驚きの声を洩らす。
軍部って……裁判所で会ったボロゾフ准将の?
不審がる2人の雰囲気から、詳細を語るべきと判断したエルグレドは話を続ける。
「命令はヒーズイット大将からのものでした。『法暦省』と『エルフ族協議会』から担当者が出ているのなら、当然『王国軍務省』からも同行者を付けるべきだ……とね。ビデル閣下とカミーラ大使の署名も有るので正式な命令書です。おそらくボロゾフ准将からの報告を受けたヒーズイット大将が、軍部の面目を守るためにお2人を説き伏せたんでしょう」
「どんな方ですの? その同行者とやらは」
旅の同行者についてレイラが尋ねる。篤樹もエシャーも興味を示し、エルグレドを見た。
「スヒリト軍曹という、攻撃魔法が特に専門の法術兵のようですね……。私より少し年上です。……31歳とあります。あっ! エシャーさんは会ったはずですよ。タグアの裁判所で」
エルグレドは書類を確認しながら説明する。エシャーは「え?」と首をかしげた。
「私は直接お会いしていませんが……ほら、エシャーさんの拘束魔法を解く時にいた2名の兵士の内の1人……いたでしょ? 細身の法術兵士が……」
「あ!」
エシャーは手を口に当てて目を見開く。
「何となく覚えてる! 拘束魔法を解いてくれた兵隊さんと一緒に……うん! もう1人兵隊がいた!……私が……吹き飛ばしちゃった人……だよね?」
篤樹も裁判所の所長の話を思い出した。拘束魔法を解かれた後に「暴走」したエシャーが、兵士の内1名をドアごと吹き飛ばした、と……
「エシャーに倒された兵士さんが同行されますの?」
レイラは明らかに不満の声を上げた。
「仕方ないでしょ? 上が決めた事を拒める立場ではないんですから。……とにかく9時に2ブロック先の軍務省で合流する事になってますから、その後ですね。今日の出発は」
はぁ……
篤樹は何となく「チーム」として気心を通わせ始めた4人の中に「よく知らないおじさん法術兵」が加わる事に気持ちが重くなった。
しかもエシャーとの初対面が最悪だった相手……なんかモメそうな気がするなぁ……
「アッキー……どうしよう?」
エシャーも不安そうに篤樹に小声で話しかけて来る。同じような心配をしてるのだろうか……。レイラはエルグレドの報告が終わると、面白く無さそうに左手の指で自分の髪の毛をクルクル巻きながら壁の柱を見ている。その様子にエルグレドは3人の不平・不満・不安を感じ取り深いため息をついた。
「とにかく……探索隊として行動する新しい仲間として加わって下さる方なんですから、快く迎えて仲良くされて下さい。いいですね?」
必死の笑顔で強く「お願い」するエルグレドに視線も向けず、レイラは応じる。
「私、別にそのような方が『加わって下さる』必要性を感じられませんわ……」
拒否宣言を呟くレイラとの不毛な言い争いを避けるように、エルグレドは「よろしくお願いします……」と言い残し、談話室の端にある飲み物コーナーへ立ち去っていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「軍曹、もうすぐサガドです」
スヒリトは軍用馬車の荷台で荷物を枕に眠っていたが、御者兵から声をかけられ、大きな欠伸をして座り直し辺りを確認する。
「もうすぐってどの位だね?」
「あと30分ほどです」
「まぁだ田舎道じゃねぇか……」
まだ時間がかかりそうな周囲の様子に、スヒリトは不満げに呟いた。
大体、あの小娘があんな強力な攻撃魔法を使うなんて聞いてなかったぞ……
スヒリトは裁判所でのエシャーとの「戦い」を思い出していた。拘束魔法解除時の、取りあえず形だけの護衛として裁判所の部屋に向かうよう指示されただけだった。相手はルエルフ族の少女とだけしか聞いていなかった。一応、軍規に従い即応態勢を整えて解除時護衛に当たったが……あの「赤眼」と来たら……
あの時のエシャーの眼をスヒリトは見てしまった。あの『小人の咆眼』を……
法術兵訓練所では学科で抜群の成績を修め、昇格試験でも優秀な評価を受けて軍曹まで昇進した。しかし実戦の機会が少なかったため「現場の勘」とやらはイマイチだ……と自分でも分かっている。だから今回、ボロゾフ准将から探索隊への軍部代表同行兵として推挙の打診を受けた時、二つ返事で了解をした。
「あの娘っ子の護衛なんて、本来は伍長クラスの仕事なんだがな……」
スヒリトは苦々《にがにが》しい思いだった。あの夜の出来事が、どうやら部下達には面白おかしく「脚色」されて伝わっているらしい。魔法を繰り出す間も無く、一撃で幼い少女に吹き飛ばされた無冠の法術軍曹なんて……。クソッ! ガキの御守でも何でも良いから威厳を取り戻さないと……
「ドウ! ドウ! ドウ!」
唐突に御者兵の声が響き、馬車が急に止まった。スヒリトはバランスを崩し荷台に転がってしまう。
「ガ、グッ!……クソッ……おい! 何をやってんだ二等兵!」
名前ではなく階級でしか覚えていない御者兵の乱暴な停止に、スヒリトは大声で怒鳴りつけた。
「はっ! 申し訳御座いません。ですが……」
御者台から動揺顔で振り向いている二等兵を睨みつけながら、スヒリトは荷台前方に移動する。
「何だぁ?」
「あの……こちらの方が……」
二等兵は御者台の横に乗り上がって来た人物を指差した。スヒリトはその人物を確認する。
「あ! お前は……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「遅くありません事? その『軍曹』さんとやら」
レイラはソファーに深く持たれ、目を閉じたまま誰にともなく話しかけた。
「かれこれ1時間以上遅れていますね……」
エルグレドは広い窓から外を見下ろしながら応じる。
篤樹達は約束の9時になる前に軍務省の建物に入った。エルグレドと部隊長間での打ち合わせは昨夜の内に終えているので、後はスヒリトが合流すればすぐにでも出発出来るはずだった。
しかし、9時30分を過ぎた時点でようやく部隊長が部屋に訪れ、不測の事態が生じたためしばらくの待機を強いられた。それから早1時間強……4人のストレスも限界になっていた。
「全く……これだから軍務省は『秘密組織』と陰口を言われるんです。不測の事態とやらが何なのかの情報をもらえれば、こちらとしてもその事態に合わせての待機も出来るのに……一切教えて下さらない。一体何なんでしょうか!」
エルグレドは情報不足のまま足止めさせられている事が不満で仕方がない様子だ。篤樹が読めない時計が10時45分を過ぎ、ようやく部隊長が再び扉を開いた。
「いや、エルグレド補佐官、申し訳御座いませんでした。少々不測の事態の対応に手間取りまして……」
「大丈夫ですよ隊長。もう少し情報をいただければ良かったのに、とは思いますが……もう、すぐにでも出発が出来るのであれば」
あまり申し訳無さそうでもない部隊長のお詫びに、嫌味と要望を含んだ言葉でエルグレドも返答する。
「そちらがスヒリト軍曹ですか?」
エルグレドは部隊長の背後に隠れ、扉の外に立つ人物に声をかけた。退屈で寝ていたエシャーと、そのエシャーに肩を貸していた篤樹もソファーから立ち上がって「新人」を見ようと首を伸ばす。
「あっ……」
「新人」の姿に、2人は小さく声を洩らした。軍部の制服の上に真赤な外套を羽織る大柄な男———茶色の髪と、同じ色の太い眉毛……古代ローマ兵のような彫りの深い顔立ち……篤樹とエシャーは絶句した。
雰囲気を察したレイラも目を開き、ソファーの背からさらに頭を伸ばすように背後に顔を覗かせる。
「あら? この方は……」
男はレイラの顔を見ると、喜びで一杯という表情をみせた。
「スレヤー伍長であります!」
元気な挨拶が部屋に響く。
「この人、昨夜の……」
篤樹はエシャーとレイラに同意を求め小声で確認する。あの洋服屋の外に立っていた「不審者」を、エシャーとレイラも窓ガラス越しに見ていたからだ。2人は篤樹に頷き見せる。しかし、口を出す間も無いまま部隊長が説明を始めた。
「ああ、補佐官殿。申し訳ない。実は昨夜お話ししていたスヒリト軍曹が道中で事故に遭い、どうしても今日中に町には着けないという事で……探索隊のスケジュールをこれ以上遅らせるわけにもいかないだろうと急遽人選変更となりましてな。こちらのスレヤー伍長がお伴させていただく、という事で再承認をお願いしたいのですが……」
部隊長はさっさと話を進める。エルグレドも早く出発したい気持ちでいたので笑顔で言葉を返す。
「分かりました。スレヤー伍長ですね。よろしく」
右手を差し出し、エルグレドはスレヤーと握手を交わした。
「ボロゾフ准将の推薦兵では無いようですが……そちらは問題ありませんか?」
「命令書は『軍部付同伴者を充てる』という内容で、同伴兵の指定は御座いませんので。スヒリト軍曹はボロゾフ准将の推薦でしたが、あくまでも要望です。このような不測の事態の際には現場の判断が優先されますので問題ありません」
エルグレドの事務確認に部隊長も事務回答で応じる。部隊長は「自分の仕事は終わった」とでも言うようにスレヤーの肩をポンと叩き、廊下を歩いて行ってしまった。
「ではまいりましょうか?」
エルグレドは出発を促し室内を振り返る。
「ん? どうかしましたか皆さん? 変な顔をして……」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
スヒリト軍曹を乗せた軍用馬車は、王都への街道を東に向かって進んでいた。
「……軍曹。本当に王都に向かって宜しいんでしょうか? 命令違反で処分されませんか?」
御者台の兵士が荷台のスヒリトに声をかける。
「うるさい! お前こそ上官の指示には黙って従わんか!」
スヒリトは荷台に座り、イライラと足を揺らす。
まったく……何だって言うんだ? アイツは! 突然現れて……無茶苦茶だ!
スヒリトは朝、突然馬車を止めた男、スレヤー伍長との会話を思い出していた。
―・―・―・―・―・―
「よう! やっぱりお前かヒリー!」
「お、おま……バカ! 上官だぞ、伍長!」
「はぁ?」
スヒリトの対応に眉を潜め、スレヤーは御者台から荷台に入って来た。
「何だってぇ?」
スレヤーは手を耳に当てスヒリトに近づく。
「バカ! 勝手に乗って来るな!」
「バカバカ言うなよ、バカの一つ覚えみたいによ。久し振りに会ったんじゃねぇか。もっと歓迎しろよぉ」
スレヤーは楽しそうに笑うと、スヒリトが座っている席の隣にドカッと腰を下ろした。
「どうしますか? 軍曹」
御者台の兵士がオロオロしつつスヒリトに尋ねる。
「ちょっと待て!」
そう言うとスヒリトはスレヤーに顔を近づけた。
「何の用だと聞いてるんだ!……お前といると……ろくなことが無い! すぐに出て行ってくれ!」
「おう! 俺の願いを聞いてくれたらすぐに降りるさ。ヒリーちゃん」
「くっ……部下が居る。静かに話せ」
「ん? ああ、了解、軍曹!……で、用事は大したこっちゃ無ぇ。お前の今回の仕事、俺に回せ」
「はぁ?」
スヒリトは何を要求されているのか理解が出来なかった。
「だからよぉ。お前、ボロゾフからルエルフ村への探索隊に加われって命令来てんだろ? それを俺が代わりに引き受けてやるって言ってんだよ」
「バ……バカなことを言うな! 大体貴様、准将殿を呼び捨てになんか……」
スレヤーはサッと立ち上がりスヒリトの首に腕を回すと、耳元で語りかける。
「誰をどう呼ぼうと俺の勝手だろ? ヒリーちゃん。んなことより『例の貸し』を今返せって言ってんだから、おとなしく言う事聞けよ。バカ」
スヒリトは顔を真赤にし、法術攻撃姿勢で右手を構えようとした。
「おいおい、洒落じゃ済まねぇ事態になっても、お前ぇには後悔する命さえ残らねぇって……分かった上で仕掛けてくるか? スヒリトよぉ」
口元に笑みを浮かべたまま、瞬時に殺気を帯びたスレヤーの声に、スヒリトはゆっくり右手を下げる。
……そうだよ。こいつに何を言ったって交渉の余地なんか無いんだ……年下のくせに……階級下のくせに……昔っからコイツはそんなやつだよ……
泣き出しそうな恐怖を覚えながら、スヒリトは何とか気丈に振舞おうとする。
「譲ったら……次の昇格試験の剣術相手の便宜を『また』図ってくれるか?」
「お! さすがだねぇ未来の軍幹部候補は。満点の状況判断だぜ! でもよぉ……俺は『前回の貸しを返せ』って言ってんだぜ?」
スレヤーは交渉を楽しむような微笑を浮かべ、スヒリトに尋ねる。
「こ……今回の……任務は……特別なんだ!……『あの試験』での借りだけじゃ割に合わん!」
その返答に、スレヤーはニッと笑みを浮かべると、スヒリトの首に回していた腕を解いた。
「交渉上手くなったじゃねぇかよ? よし。手を打ってやるよ。曹長試験か?」
「ふん! せっかくだから准尉試験にする。その代わり、ちゃんと話が通るやつを用意してくれるな?」
「任せとけ! じゃ、お前はこのまま王都の軍本部に行ってしまいな。こっちは俺がちゃんとやっておくから。一応、馬車の事故で約束に間に合わなかったって事で話を合わせよう!」
「分かったよ……全く……」
―・―・―・―・―・―
……あいつはなんで探索隊なんかに入りたいんだ? 理解出来ん。ま、元々何考えてるか分からんバカだから伍長止まりなんだろうけどな……
スヒリトは荷物の中から『昇進試験対策本<ズバリ!>』を取り出し読み始めた。バカな手下がいれば将来、何かの役にも立つだろうし……今回は譲っておいてやろう……
「おい! 2等兵!」
「はい!」
「この1件は他言無用だぞ! もし漏らせば貴様の出世は無いものと思え! いいな?」
「はい……」
2等兵は「こんなバカなヤツの下には今後二度と付きたくない!」と心の底から願いつつ、手綱を握って王都を目指した。




