第 65 話 法暦省の秘密
篤樹達が宿舎に帰り着いたのは、職員らと約束した1時間を軽く超える午前1時前だった。
女性衣料品店内に飛び込んだ篤樹を、不審な「赤い男」は執拗に店の前で待ち続けていた。店内の女性客や店員から好奇の目・怪訝そうな目に晒されながら、篤樹はレイラとエシャーを見つけ出した。事情を説明するとレイラは店員と交渉し、裏口から店を出て宿舎へ帰って来たのだった。
「アツキが着ても似合いそうな服もあったわよ」
外の空気を吸って上機嫌なレイラが話しかけるが、篤樹はまだ心臓がドキドキしている。あんなマッチョな「古代ローマ人」なんかと喧嘩になってしまってたら……どうなっていたことか!
法暦省職員宿舎の裏手にある出入口は魔法認証式の扉になっている。3人は職員から借りた身分証をそれぞれ認証させた。幸いにも、認証魔法は「個人特定型」では無いため、3人はすんなりと宿舎内に入る。
「お帰りなさい、みなさん」
しかし、薄明かりの談話室で篤樹達を出迎えたのは3人の職員と……
「あらぁ? お早いお帰りでしたのね、隊長さん」
眉間にシワを寄せ、1mmたりとも笑顔を見せないエルグレドを前にしても、レイラは何一つ悪びれる風も無く挨拶を交わす。エルグレドはタメ息をつきレイラを睨みつけた。
「レイラさん!……私はあなたを尊敬してますし、旅の同行者としてだけでなく1人の『大人』としても信頼しているんです。前回の約束破りにしたって、あなたなら必ず信頼を損ねる真似はされないと信じているからこそ、あの程度の苦言で済ませていただいたんですが?」
うわ……これはもう絶対にヤバイよ……
篤樹はスーッと自分の背後に移動したエシャーに気づいた。
いや、これは俺だって……
篤樹はスッと横にずれ、エシャーもエルグレドから見える位置へ変える。意図を解したエシャーは、今度はあからさまに篤樹の外套を引っ張り、自分の前に立たせ直した。
高木さん……これも「守る」の部類に入るの?
「あら? それじゃ今回は信頼を損ねてしまったかしら?」
レイラはエルグレドの言葉に軽く突っかかるように答える。
「……あなたがそこまでして街中に出かけたいと思っていたとは……私も察し切れなかった配慮の足りなさがあります。その点については私の洞察力不足ですし、以後十分に気をつけたいと思います。……しかし2点、苦言があります。ひとつは町の条例を伝えておいたはずなのに、アツキ君とエシャーさんまで連れて行かれたという点。巡監隊にでも捕まっていたらと考えるとゾッとします。そしてもう1点……彼らに有らぬ罪を着せたという事です! これはさすがに看過出来ません!」
エルグレドは屋上の扉の錠をテーブルの上に投げ出した。ガンッ! という音が談話室内に響く。
「あら? バレましたの?」
レイラはさすがにバツが悪そうに答えた。しかしすぐに真剣な表情を3人の職員らに向ける。
「御三方、もうエルグレド補佐官から種明かしは聞いておられるでしょうけど……あなた方のミスではなく、私の仕業ですわ。錠を開いたのは……。それに、どうしても外に行きたかったもので、あなた方を脅した事もお詫びしますわ。……許して下さる?」
あまりにも素直にレイラが自分の非を認め、すぐに謝罪したため、エルグレドも3人の職員も呆気にとられた表情を見せる。もちろん、篤樹もエシャーもだ。しかし篤樹はすぐに「はっ!」と姿勢を正す。
「あの……すみませんでした! 僕らも黙ってて……。その……レイラさんが錠を外したのを見てたのに、あの時何も言わなくて……」
「ごめんなさい……」
あれ? エシャー? 俺の謝罪に乗っかるだけ? 篤樹は頭を下げつつ、チラッとエシャーのほうに目を向けた。
「あ、いや……頭を上げて君たち。その……我々も確認不足のままに対応したのは職員として明らかに未熟だったわけで……。保身のために言われるままに身分証をお貸ししたのも軽率な判断で……」
職員3人も何だか謝罪モードに入ってしまっている。結局、深夜の談話室にいる7人が全員、誰かに何かを謝るという不思議な光景をしばらく繰り返し、無事に「手打ち」となり解散することになった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さすがに寝不足を感じながら篤樹は朝を迎えた。しかし、法暦省の職員用宿舎とはいえ、一応キチンとしたベッドで眠ることが出来たので、身体に寝起きの痛みはない。
今何時だろう?
見ても読めない時計だらけのため無駄かも知れないが、時計を探してキョロキョロする。すぐに中通路を挟んだ反対側のベッドから鈴のような音が聞こえ、エルグレドが動き出した。
「おや? アツキ君、おはようございます。早いですねぇ? 目覚ましが鳴る前にお目覚めとは」
あ、今の目覚ましの音なんだ。篤樹は少しバツが悪そうに微笑み挨拶を交わす。
「あ、おはようございます。……昨日は……その……スミマセンでした。ご心配おかけして……」
「いえ、レイラさんが一緒でしたから心配はしていませんでしたよ。彼女、お酒を飲んだワケでもないし……。少しね、腹立たしかったんです。法歴省職員である彼らは、一応私の部下ですから……そんな若い彼らに罪を着せるような真似をしたレイラさんにはね。でも、ああやってキチンと自分の非を認め、すぐに謝られる姿を見ると『ああ、この人はやっぱり賢者なんだなぁ』と改めて感心して、尊敬もしました……あ、それはアツキ君に対しても同じですよ。誰かに指摘されること無く、自分の過ちを謝罪出来るのは素晴らしいことですからね」
篤樹は何だか買いかぶられて誉められてるような、変な感じがして恥ずかしかった。それに、レイラの気持ちを最初に察してエルグレドが先に謝ったからこそ、レイラも素直に謝罪出来たのではないだろうか? とも思っていた。やっぱりエルグレドさんは大人だなぁ……
「さ、それじゃ準備をして下りましょうか?」
2人は身支度を済ませると談話室へ下りた。談話室にはエシャーとレイラが先におり、昨夜の職員の内の1人と何やら話をしている。
「おはようございます」
エルグレドが3人に挨拶をしながら近づくと、職員の男は飛び上がるように席を立ち、直立姿勢のまま頭を下げる。
「おはようございます! 補佐官殿!」
エルグレドは頭を掻きながら挨拶を返す。
「ああ、おはよう……きちんと休めましたか?」
「はい! ありがとうございます、補佐官殿!」
「えっと……うん、私達はミーティングがあるので……」
「失礼しました補佐官殿! では!」
職員はエルグレドに顔も向けないように回れ右をすると、ギクシャクと立ち去っていった。
「おはようございます。『補佐官殿』」
レイラが悪戯っぽい笑みを浮かべエルグレドに挨拶をする。エルグレドは苦笑しつつ首を振って応じた。
「やめて下さい。私だって困ってるんです。この年齢での抜擢ですから、妬まれるのは当たり前で慣れてますが……ああいう『真っ直ぐな階級思想』の若者達は苦手なんですよ」
「へぇ。エルグレドって偉いんだねぇ……」
エシャーがマジマジとエルグレドを見る。
「偉いわけではありません。仕事上で付与されている階級が高いだけです。指揮系統を守るためのものであって『偉い』とか『優れている』なんて事は無いんですよ」
「誰も『優れている』とは言ってませんからご安心を」
レイラがクスッと笑いながら言葉尻を捕らえる。エルグレドは笑顔でタメ息をつく。
「ところで、彼を捕まえてどんなお話しをされていたんですか?」
「あら? 捕まえたわけではございませんわ。あちらが挨拶をしに近づいて来られたから、挨拶をお返しするついでに質問をしただけですのよ」
あ、結局は捕まえたんだ……
「……何を聞かれたんですか? 法暦省にも機密事項は多いので、是非彼の『上司』として確認しておきたい」
エルグレドが冗談っぽく尋ねる。
「この宿舎、幼い子ども達の寄宿舎並みに厳しい施錠ルールがあるのはおかしくなくって? と尋ねただけですわ」
エルグレドが苦笑する。
「彼はどこまでお話しましたか?」
「さあ?『どこまで』と言われましても、ねえ? エシャー」
「うん。全部なのか最初の部分だけなのか分かんないから『どこまで』って言われても……」
エルグレドは少しイライラした口調で尋ね直す。
「私の聞き方が悪かったですね。すみません。改めて伺いますが、彼からどんな説明を受けましたか? 施設の施錠が『寄宿舎並みに厳しい』理由について」
レイラは楽しそうに答える。
「30年ほど前から法暦省の各施設に『何者か』が侵入を繰り返しているために警備を強化し、施設施錠も徹底して管理されるようになった……って御説明でしたわ」
エルグレドは頭を抱えた。
「ねぇ?『ガナブ』って呼ばれてる泥棒グループのせいなんでしょ?」
「は?……そこまで聞いたんですか!」
レイラとエシャーの「報告」に、エルグレドが堪りかねて大声を出した。エシャーはキョトンとし、レイラは微笑んでいる。
「聞いたっていうか……レイラがどんどん聞き出したって感じかなぁ?」
エシャーは職員の立場がまた悪くなってしまったかと思い、なんとか取り繕おうとした。
「『ガナブ』の件は……国の重要機密事項です。……一切口外しないで下さい……」
タメ息をつきながら、エルグレドは職員の男が立ち去った方向を見る。
「それにしても、彼のような一介の職員まで話が広がってるという事は……今さら箝口令を強いた所で無駄なのかも知れませんが……」
「そんな盗賊なら、むしろ大々的にニュースにしたほうが捕まえやすいんじゃなくって?」
レイラが不思議そうな「ふり」をしてエルグレドに尋ねる。話を引き出すための話術だとは思いつつ、エルグレドも答えた。
「初めの頃はただの盗賊としてニュースにもなっていたんですよ。ただ、被害が無い……。というか、公表出来るような被害は何も無かったというべきですかね。『何か』は盗まれているはずなんですが……それはトップしか知らないんです。死人も出ていませんから、単なる『不法侵入者』としてだけの扱いになります。ですからニュースでも扱われなくなっていったんです。……ま、ニュースにならないように、法暦省が情報を押さえたんですけどね」
「盗まれた『何か』って、何なんですか?」
篤樹はエルグレドの説明に疑問を感じ尋ねた。エルグレドは首を横に振る。
「私が入省したのは5年前なので、その辺の詳しい情報はつかめていません。……ただ、ガナブによるとみられる法暦省侵入事件は数年置きに確認されています。おかげでこうして夜間の厳重な警備と施錠が義務付けられているんです」
「そうなんですか……」
「それに……」
エルグレドは頭の中で絡まっている何かを解きほぐそうとする様に、言葉を選びながら話を続けた。
「ガナブの侵入そのものによる人的被害は無いにしても……事件の後に職員の不審な死や失踪事件が相次いでいるのも気になっているんです。……『何か』を盗まれ、それが『何か』を知っている事で『何者か』に口を封じられている……そんな噂も聞いた事があります」
4人はそれぞれの中で法暦省内の「不審」な事件に思いを向けて沈黙した。
「ま、それはそれとして……」
その沈黙をエルグレドが破る。
「私達の探索と直接何かの関係がある話というわけでもありませんし、この件はどうぞ忘れて下さい。もし忘れられないのでしたら……私が練習中の忘却魔法を皆さんに試しても良いのですが?」
エルグレドの満面の笑みでの提案を一同は速やかに辞退し、口外しないことを固く誓った。




