25話 切り札
◆ロック◆
先の煙に乗じた不意打ちが通じたのは奴が魔力の集中を使えないことを意味する。
目に魔力を集中させれば、普段見えない魔力が見えるからだ。
煙の中でも魔力を視ることで敵の位置は把握できる。
そう、こちらには魔力の集中という技術のアドバンテージがあった。
しかし、ハーデンバルトさんが蹴られた瞬間、俺は魔力を目に集中させていたにも関わらずほとんどみえなかった。
今までは集中さえすれば見えていた。
つまり、こいつはこの闘いの中で魔力の集中という技を物にしている。
──さぁ、どうするか……。
どういう訳かあの爆発は使ってこない。
間をおかなくてはいけないのだろうか。
ともかく、それを考慮してもあちらの方が今は優位だった。
「ロック君」
声を潜めてハーデンバルトさんが話しかけてきた。
「5秒で良い。 奴の相手をしてくれ」
「5秒ですか……」
あの化け物の相手だと5秒抑えるのもかなりキツそうだ。
現に、俺は一度しか攻撃を当てることができていない。
だからといって断るのか?
──否
俺はこの人にさっきから助けられてばかりだ。
そのハーデンバルトさんが俺を頼っている。
いつも助けられてばかりではカッコつかない。
「わかりました。 やってやりますよ」
「そのあとは任せてくれて良い。 一応言うが不味くなったら逃げてくれ」
それにだ。
この契約者は自分の望みのために赤の他人を巻き込み、殺した。
俺が、エクソシストの俺が折れちゃあいけない。
「任せたぞ。《《ロック》》」
ここが、正念場だ。
◆ハーデンバルト◆
さっきの蹴り。
あれが不味かった。
魔力の集中を目に回していた以上ほぼ腹はノーガードだったのだ。
当たった瞬間、無意識的に少しは腹に魔力を回していたらしい。
土手っ腹に風穴が空くってことは避けられた。
が、正直今は立っているのがやっとだ。
あばらやら内臓やらが腹の中が大変なことになっているだろう。
「喰らい尽くせ」
ロックは詠唱し、刀にまとわりつく炎の火力を強めた。
契約者の元へ走り出す。
私は私のやるべきことをする。
彼は私を信頼してあの相手へ挑みにいったのだ。
「我、魔を滅するもの」
一秒。
詠唱を始める。
私の知るなかで一番の殺傷力を誇る切り札だ。
こいつで屠る。
ロックは契約者の元へ着く前に刀を振るった。
契約者の前に炎の壁が出現する。
「我、邪を払うもの」
二秒。
ロックは刀で炎の壁ごと横に切り裂く。
しかし、これは空を切った。
契約者はロックの真横に移動していた。
「闇を闇へ還す」
三秒。
ロックを殴り飛ばす。
しかし、ロックも優秀だ。
あえて魔力の集中をせず、ダメージを最小限に抑えている。
「うぐっ!」
殴られてもロックは諦めなかった。
もう一度、炎の壁を契約者へ向かい出現させる。
契約者は一瞬たじろいだ。
四秒。
契約者は『武装』を顔の前へ持っていき盾として使うことで、炎の壁を無理やり突っ切った。
そして、
──私の元へ。
「魔の理を持って魔を制す」
まあ、私を狙いに来るだろうね。
五秒。
そう、ロックより弱っている私を先に仕留めようとするのはわかっていた。
それに私が露骨に詠唱をしてるのだからなおさらこちらを優先する。
ロックを適当にあしらってこちらへ来るだろうという予想の元、彼に囮を任せた。
そして、彼はしっかり5秒稼いでくれた。
──問題ない。
足で一回地面叩く。
『盾』。
詠唱はロックが駆け出す前に済ませた。
契約者はいきなり現れたバリアに怯む。
契約者君。
今の君なら『盾』一枚なら叩き割れるだろう。
だが、もう遅い。
刀の先端を契約者へ向ける。
「『白槍滅殺』」
刃先から一直線に延びる目映い白の光と大気を震わす膨大なエネルギーが放たれた。
ただの光ではない当たれば蒸発する、破壊光線である。
「 爆発」
この破壊光線は全ての魔力を飲み込む。
あの爆発も例外ではない。
無駄だ。
魔力の集中ができたとはいえ、まだ初心者。
いまから足へ魔力を集中させ避けるのは不可能。
散れ。
契約者は爆発を起こした。
──私に向かってではなく自分の真横へ。
爆風の反作用によって緊急回避をしてみせたのだ。
『白槍滅殺』は契約者の右腕のみしか捕らえることが出来なかった。
やはり、この男は天才だ。
全く。
わざわざ長文の詠唱までしてロックが時間を稼いでくれたのにこの始末。
ロックを見てても思うが、若いってのは恐ろしい。
なんて。
後輩が見てるんだ、ここで諦めたら年長者失格だろうが。
「……舐めんなよ……っ!」
付け焼き刃の魔力の集中や、とっておきの切り札を一回躱したくらいで、勝った気になられちゃ困る。
契約者はすぐに体勢を整え、こちらへ走り込む。
その刹那、何か呟いたように見えたが、聞き取れなかった。
この契約者の速度には追いつけない。
ならば、先に行動を済ませる。
『白槍滅殺』によって私から見て左側は潰されている。
動くなら右へのみ。
契約者が爆発で横っ飛びしてすぐに蹴りのモーションに入っていた。
ほとんど勘に頼った攻撃だが、私の長年培った勘はこの土壇場で頼るに値する。
全魔力を込めたハイキックはちょうど懐へ潜り込んだ契約者の頭に吸い寄せられるように流れた。
相手は潜り込むのに魔力を集中させているのだから、蹴りのみで屠れる。
蹴りは当たった。
一瞬遅れて何かが割れるような感覚を覚えた。
いやいや。
これは知っている。
『盾』を叩き割った時の感覚だ。
天才だなんだの言ったって、魔術をものにされるなんてことがあるのか?
それもこの短時間に使ったとなると短文詠唱。
ロックと同じように二節ほどか。
見よう見まねでできる芸当じゃないんだがね。
しかし、現実は透明な壁にぶつかり、減速した蹴りは空を切り裂き、蹴りから逃れた契約者はそのまま私へ拳を突き出す。
魔力を身体全体へまわし防御をしようとするが、間に合わない。
ロックが立ち上がり、こちらへ走ってくるのが見えた。
──参ったな。
まさか、相打ちにすらできず、腕一本しか取れないとは。
……すまんな、マリア。
お前の顔は見れなさそうだ。
腹を契約者の『武装』が貫通した。
◆ロック◆
間に合わなかった。
腹を貫かれたハーデンバルトさんは地面へ倒れ込む。
「ハーデンバルトさんっ!!!」
契約者へ斬りかかるも、次の瞬間には消えていた。
ハーデンバルトさんに駆け寄りすぐに回復魔術を──。
「天の光を──」
「やめるんだ……ロック」
ハーデンバルトは俺の腕を掴み弱々しくそう言った。
「流石に、腹の穴までは……塞がらんさ」
「でもっ!」
「ガハッ……!」
ハーデンバルトさんは真っ赤な血を吐いた。
「……これを」
ハーデンバルトさんは薬指に嵌めていた指輪を外し、俺に握らせた。
「やめてください! 俺はまだあなたに学びたいこと──」
「いやぁ、もう助からんさ……。 この指輪……」
「ハーデンバルトさん!」
「妻に渡してやってくれ……」
「やめてくださいよ……」
そして、俺の手をがっしりと掴んだ。
「いいかい……」
振り絞るような声で語りかける。
「何があっても自分を信じろ。 君は私の認めたエクソシストだ…… 生きろ……」
ハーデンバルトさんの指先から力が抜けていくのを感じた。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
あぁ。
脈が止まった。
俺の中で一番尊敬する人が殺された。
悲しみと怒り、自分がもっと強ければという後悔そんな気持ちが俺を襲う。
俺は刀を杖にして立ち上がった。
この契約者は俺よりも強く、最強だと思っていたハーデンバルトさんを殺した。
怖い。
まず、勝てる相手じゃない。
魔力の集中はおろか、『盾』まで使っている。
手に負えない。
今、契約者は片腕を失い、深手を負っている。
もし、ここで逃げれば奴は俺を追って来ることはないだろう。
……笑わせんな。
ここで、逃げてどうなる?
日を改めて闘うって?
アイツは今『黒閃』のダメージがあり、右腕を失っているのには変わりない。
そのダメージを与えたのはハーデンバルトさんだ。
あの人を無駄死にさせる気か?
今なんだ。
今じゃなきゃもう殺せない。
少なくとも腹の傷は魔力を集中させれば短期間で完治してしまう。
それだけじゃない。
ここで殺さなければまだ奴は何人も殺す。
ハーデンバルトさんやこの町の人だけではなくもっともっと人が死ぬ。
俺はエクソシストだ。
ハーデンバルトさんは生きろと言った。
ここで逃げればエクソシストの俺は死ぬ。
心臓は動き、血は巡っているがそれでも死んでいる。
俺じゃない。
俺は自分の生き方を信じ、生きるため奴に挑む。
「やめておけ」
「……なんだと?」
「お前じゃ、相手にならない。 死んだ方よりお前は弱いだろう? お前じゃ俺を満たせない。 消えろ」
奴の目は冷たく氷のようだった。
俺を虫けらだと思うような、本当に俺に興味がないんだとわかってしまう。
お前の興味なんか知るか。
「うるせぇよ……」
──ハーデンバルトさん、これお借りします。
使い手のいなくなった刀を手にする。
二刀流にすれば強くなるわけでもないが、あの人の強さに少しでも近づけたら、そう思った。
「お前はここで殺す」
「そうか」
契約者は駆けた。
そして、視界から消えた。
「ならば、死ね」
背後に回られていた。
ふり返り刀を振るおうとするが、わかってしまう。
──間に合わない。
何かが背中に触れる。
しかし、それだけだった。
背後で何かが当たる音がして、振り返ると契約者は跳ね飛ばされていた。
何が起きた?
「お前だよな? 暴れまわってる契約者ってのは」
そこにはハンドガンを構える男がいた。
「お前は……」
小早川誠がそこには立っていた。
しかし、昨日とは目の色が違う。
とても鋭く、射殺すような目。
昨日のどこか抜けている、穏やかな雰囲気は消えていた。
ハーデンバルトさんから聞いていた魔術使いとは目の色が違う、
何か強い『想い』を持った契約者のイメージそのままだった。




