第二階層 暗黒の森
「カタリナ様のお帰りだぁーっ!」
見張りの兵が声高々にそう叫ぶと、ドーンバルドの城門が音を立てながら開き始める。間もなくして、魔物討伐の任を終えた兵たちが門を潜って街中へと入って来た。彼らは、ドーンバルドにおいて最強と謳われる兵団『暁の騎士団』である。彼らの先頭にいるのが団長のカタリナ・ナイトレイであった。
純白のコートを羽織り、束ねた金色の髪をなびかせる姿は、高貴で美しく、そして凛々しくもある。もちろん、剣の腕も相応に備わっており、彼女の武勇は、隣国にも伝わる程だ。かつてのお転婆姫は、暁の聖剣を持つに値する人物へと成長していたのだ。
城へと報告に上がる道中、騎士団の帰還を聞いた民たちが出迎えてくれたが、そんな中、街の女の子たちがカタリナの元に駆け寄って来る。この時、側近の兵が追い払おうとするが、カタリナは、それを制止した。
「おかえりなさいませ、カタリナ様!」
女の子たちは、声を揃えてカタリナを出迎えてくれた。それに対し、カタリナは、彼女たちに愛想よく微笑み「ただいま」と返す。
「あのっ、騎士様。よかったら、これを受け取ってください!」
そう言って一人の娘が一歩前に出て、バスケットを差し出してきた。中には、カタリナの好物であるクレープがぎっしりと詰まっている。
「これは、我々への差し入れか?」
「はい! 是非とも騎士様に食べて貰いたくて、私、一生懸命作ったんです」
「それは、嬉しいな。では、頂くとしよう」
カタリナは、クレープを一つ取り出すと、一口分だけ頬張ってみる。しっとりとした食感にクリームの甘みが口の中に広がる。娘は、緊張した面持ちで見守っているが、カタリナは、彼女に微笑みかけて、こう言った。
「うむ、美味しいよ。君は、菓子作りの名人だな」
「わあ、そう言って頂けると光栄です」
「よければ、皆にも配ってやってくれ」
「はい!」
早速、娘は、カタリナの部下たちにもクレープを配っていった。
第一王女であり、騎士団長でもあるカタリナは、部下の兵たちはもちろん、民からも慕われており、特に女性陣からの人気が高かったらしい。強さと美しさを兼ね備えた姫君の姿に憧れを抱く者が多いのだろう。
民たちと一通り交流を済ませると、カタリナは、再び城へと向かって歩き出すが……
「ところで、今回の討伐任務は、どういったものだったんだ?」
雑談をする男たちの傍を通りかかった際、彼らの会話が耳に入ってきた。
「ああ、ここらで暴れ回っていたサイクロプスの討伐に向かったらしい。あの一つ目の巨人共め……ここ最近、数が増えているらしくてな。近隣の連中が困っていたらしいんだ」
「そう言えば、以前もそんなことがあったよな? あん時は、一度に五体も現れたって聞いたから、ここももうダメかと思ったくらいだ」
「だけどよ、騎士様は、その五体の巨人共をたった一人で倒してしまわれたそうだぜ?」
「おいおい、そいつは、いくら何でも冗談……だよな?」
男たちは、にわかに信じ難いといった顔をしていたが……五体のサイクロプスをたった一人で討伐したというのは、決して大袈裟な話でも何でもなく、事実であった。カタリナは、暁の聖剣から力を引き出し、魔装召喚によって自らを強化することが出来るが、元より人並み外れた身体能力を持っていた。まさに、一騎当千の力が備わっていたのだ。しかも、その力は、日に日に増しており、以前の討伐任務では、かろうじて退けることが出来た巨人の群れも、今回の任務では、倍の数の大群を相手にしても、容易く感じられる程だったのだ。
これでは、ますます、人から外れていくな……
そう自傷気味に自らのことを思うものの、この力が国を守るために役立つのであれば、それでも構わない、カタリナは、そう考えていたのだ。
別の男たちの会話も耳にする。
「それにしても、ここ最近、魔物たちの数がえらく増えている気がしないか?」
「ああ、昔は、もっと平和だったんだがな」
「ま、暁の騎士団がいれば、問題ないだろうけどな、ガッハッハ」
民は、騎士団を信頼してくれているようだ。これにおごらず、精進せねばな。カタリナがそう思った矢先のことであった。
「呪われた姫君に死を!」
そんな叫び声が聞こえてきた次の瞬間、突然、民衆の中から一人の男が飛び出し、カタリナに襲い掛かって来たのだ。手に持った刃が鈍い光を放つ……が、その切っ先がカタリナに届く前に、機転を利かせた側近の兵が咄嗟に飛び出す! 彼女は、男の腕をグッと掴むと、そのまま後ろに捻じって地面に伏せる。民衆の間でどよめきの声が上がる。
「貴様ッ! 何者だ!? 何故カタリナ様を襲った!?」
兵がそう問い掛けると、この反逆者は、声を震わせながらこう話す。
「お、俺は知っているぞ。城の連中は、隠してやがるが、この国は、間もなくして『霧の軍勢』に滅ぼされるんだ」
霧の軍勢……その言葉がこの男の口から出たことに対して、カタリナは、思わず驚いてしまう。何故ならこの件については、まだ王家の者と信頼のおける家臣しか知り得ないことだったからだ。もちろん、カタリナの部下ですら知らないことだ。
「お前、何を言っているんだ?」
「と、とぼけたって無駄だぞ。近いうちに、呪われた姫君が霧の軍勢を引き連れて来やがるんだ。俺たちを皆殺しにするためにな。ああ、そこにいる女がそうだよ! そいつが呪われた姫君なんだ!」
そう言って反逆者は、カタリナを指差す。
「皆、惑わされるな! その女は、呪われた姫君だ! この国に災厄をもたらす女だ! 殺すんだ……大切な家族のためにも、今すぐ殺せ!!」
反逆者は、民衆を説き伏せるように叫ぶ。もっとも、彼の言葉を真に受ける者は、誰一人としておらず、むしろ、この国の英雄を貶めようとするこの男に批難の言葉を浴びせたのだ。
「世迷言を……お前を連行する! さあ、立て!」
側近の兵士は、反逆者を力ずくで立たせると、二人の部下に対して、この男を牢に連れて行くよう命じた。反逆者は、連行されている間も、懲りずに、ずっと何かを訴えるように叫んでいたが、彼の声に耳を貸す者は、誰も居なかった。
部下と反逆者がやり取りをしている間、カタリナは、ただ茫然と立ち尽くしているだけだった。その場に居た者は、皆、彼のことをイカれた狂信者と思っただろう。しかし、カタリナだけは、彼の言葉が全くのデタラメであるとは、思えなかったのだ。
呪われた姫君、か……
この時、カタリナは、無意識のうちに左手の甲を手で覆い隠していた。
「カタリナ様、どうかされましたか?」
「え?」
側近の兵士に声を掛けられて、カタリナは、我に返る。
「ああ、すまない。少し、考え事をな……さて、急ぐとしようか。あまり陛下を待たせるわけには、いかないからな」
「はっ!」
カタリナは、騎士団を率いて城へと向かった。
『第二階層 暗黒の森』
アルベルトは、いつものようにセーブポイントの扉を開いた。迎えてくれたのは、シャーロット……ではなく、ミノタウロスのブリちゃんだった。もっとも、様子がおかしく、必死の形相で突進してきたのである。
「お、おい、ちょっと待てって!」
そのまま突っ込んで来る……と思いきや、アルベルトの背後に回り込むと、そこでガタガタと震え出したのである。何かに怯えているように見えるが……
「どうしたのさ? シャーロットに調理されそうになったのかい?」
ブリちゃんは、ふるふると首を振る。それじゃあ、一体、コイツの身に何があったのだろうか? そう思っていると、誰かが二階から降りて来るようだった。
「おーい、待たぬか! まだ、着付が終わっておらんではないか!」
この声は、カタリナのものだった。間もなくして彼女が一階に降りてきたが……
「あ……」
カタリナの姿を見た時、アルベルトは、思わず息を呑む。
初めて出会った頃は、軍人の白い礼服を纏った堅苦しい格好だったが、今日は、白いブラウスに紺色の短めのジャンパースカート、下は、レギンスとブーツで揃えた、上品ながらも活発な女の子らしいコーディネートで決めていたのだ。一つケチを付けるなら、手に嵌めている手袋くらいだが、それ以外については、姫君に似合っていると認めざるを得ない程、しっくりくる服装だ。
こいつ……けっこう、かわいいんだな……
そう言えば、昨日、一緒に買い物に行く、なんて話をしていたっけな。アルベルトは、そんなことを思いつつ、イメージをガラリと変えてきたカタリナをじーっと見つめていた。
「おお、アルではないか。今日もそなたに会えて嬉しいぞ」
こっちに気が付いたカタリナが声を掛けて来た。我に返ったアルベルトは、「ほへ?」と間の抜けた返事をしてしまう。
「それよりも、どうであろうか? この召し物は、私に似合っておるか?」
そう言ってカタリナは、スカートの裾を摘まみ上げると、チョコッと膝を折る。その仕草を見てアルベルトの胸が高鳴る……
うん、かわいいよ。
と、口にしかけたが、素直な感想を口にするのも恥ずかしいと思ったのか、明後日の方向を見ながらこう答えたのだ。
「そ、そうだね、うん。まあまあ、かな」
「なんだ、気の無い返事をしおって」
カタリナは、頬を膨らませ、少し怒り気味にそう言う。それから、こっちに近づいて来て顔をグッと近づけてくる。アルベルトは、思わず身を引くが……
「ほほう。さては、そなた……」
カタリナは、何故か目を細め、意地の悪い笑みを浮かべつつ、こう続けた。
「照れておるのだな?」
「んなっ?」
図星を突かれた。もっとも、ここで認めてしまえば、なんか負けた気がすると思ったのか、アルベルトは、こう抗議し始めた。
「て、照れてなんかないよ。あんたがどんな格好をしようが、興味ないんだからな。そ、それに、第一、言葉遣いが女の子らしくないのがいけないね。だから、別に……な、何とも思わないさ」
もっとも、この言い訳は、まるで効果が無く、カタリナは、得意気な笑みを浮かべつつ「ふーん」と聞き流しているだけだった。
「口ではそう言っておるが、先程、私を見て呆けておったのは、知っておるからな。思ったことを素直に口に出来ぬとは、やはりそなたは、初心でかわいい奴だな、フフフ」
そう言ってカタリナは、うんうんと一人で納得していた。
コイツ、鬱陶しいなぁッ! アルベルトは、内心そう思いつつ、体を震わせる。どんなに見た目がかわいくても、中身がコレでは、救いようがないね、とアルベルトは思う。これならずっと口を閉じていればいいのに、なんてことまで。
おっと、そういえば……何か忘れてるよね?
この時、未だに自分の背後でブリちゃんがガタガタと震えていることに気付く。状況からして、飼い主のことを怖がっていることは、察しが付くが……
「なあ、あんた、コイツに対して何かしようとしていたみたいだけど?」
「うむ、折角なのでブリちゃんにも衣装を着せてやろうと思ったのだが、何故だか急に逃げ出してな」
「ちなみに、どんな服を着せようとしたんだい?」
アルベルトがそう尋ねると、カタリナは、ひょいと衣装を見せてくれた。カタリナが着せようとしていた衣装は、ピンク色でフリルが付いた可愛らしいものだった。元が漢らしいミノタウロスに似合うはずがない。
「うわ……それは無いな」
アルベルトは、ドン引きすると同時に納得してしまった。
「コイツも嫌がってるみたいだし、勘弁してやったら?」
アルベルトがそう弁明すると、その通りだと言わんばかりにブリちゃんもコクコクと頷く。
「むう、似合っておると思ったのだが……まあ、無理強いするわけには、いかぬな」
ひとまず、諦めてくれたようでブリちゃんもホッと一息ついたようだ。
さて、そろそろ本題に入りたいところだが……アルベルトは、店を見渡してジェームズの姿を探す……が、見当たらない。ついでにシャーロットの姿も見えないが、まあ、こっちは、居ても騒々しいだけだが……彼は、厨房にいるのだろうか? それとも二階かな?
「ところで、マスターを見なかったか?」
アルベルトは、カタリナにそう尋ねるが……
「私は、ここですよ」
そんな声が聞こえてきたかと思うと、店の扉が開き、ジェームズが中に入って来た。
「すみませんね。買い出しに行っていたのです。それよりも、ローガンさん、これを見てくださいよ」
そう言ってジェームズは、今日の新聞を机の上に置く。一面記事には、『亡国の遺跡群 第一階層突破!』との見出しがデカデカと載せられていた。この見出しが意味することは、自分以外の誰かが第一階層を突破し、まだ見ぬ第二階層へ突入した、ということである。
「ちっ、先を越されてしまったのか。で、僕を出し抜いたのは、何処のどいつだい?」
記事に目を通してみると、第二階層への道を見つけたのは、『アーチボルト社』という名称のクランらしい。アルベルトは、その名に聞き覚えがあった。このクランは、数多のダンジョンを攻略してきた実績を持つが、その正体は、株主からの投資を受けて成り立つ『企業』なのである。つまり、ダンジョン攻略は、彼らにとって『仕事』なのだ。
名声とロマンを追い求めてダンジョンに挑むアルベルトにとって、淡々と攻略していく彼らは、所謂、つまらない連中だったのだ。それだけに、彼らにだけは、先を越されたくはなかったのだ。
「くそっ、よりにもよってアーチボルト社かよ」
そう口にするアルベルトは、悔し気な表情を浮かべるが……それも僅かな間だけだった。
そもそも、ダンジョン探索において第一階層の突破など序の口である。しかも、今の自分には、切り札がある。つまり、現在、もっとも至高の秘宝に近づいているのは、この僕だ。そう考え直した時、彼は、こんなことを口にしたのである。
「いいね、面白くなって来たよ」
それから、この状況を楽しむようにニィと笑みを浮かべたのだ。それに、先を越されたとは言え、まだ見ぬ第二階層のことを考えると、急に気分が高まってきたのである。
「よし、こうしちゃいられないな。マスター、悪いけど、飯は、また今度。僕は、今からダンジョンに行ってくるから」
そう言ってアルベルトは、慌ただしく店から出ようとするが……
「待て」
カタリナに呼び止められる。
今から行こうって時に一体何の用だ? 気分を害されたアルベルトは、「なんだよ?」と不機嫌な声で返すと……
「私も付いて行くぞ」
などと言い出したのだ。
確かに、伝説の騎士団長であるカタリナが一緒に来てくれたら、ダンジョン攻略が楽になることは、言うまでもないが、彼女の力に頼ってしまうと、名声が得られなくなってしまうのではないか? という思いがあったのだ。出来る限り自力での攻略を目指したかったアルベルトにとっては、情報提供以外での協力は、望んでいないことだったのだ。
「悪いけど、キミは、連れて行けないな」
アルベルトがそう言って申し出を断ったものの、カタリナは、引き下がらなかった。
「そうはいかんな。シャーロット殿に聞いたぞ。そなたがこれから向かうダンジョンとは、魔物が溢れる危険な場所なのであろう? ならば、そなたには、私の力が必要な筈だ」
「いや、だから……」
「それにそなた……」
ここでカタリナは、何故か同情するように眉を曇らせたのだ。
「そなたがダンジョンに挑むのは、貧困に喘いでおるからだそうだな?」
「へ?」
アルベルトは戸惑う。確かにセレブのような豊かな暮らしをしているとは言い難いが、少なくとも、お金に困っているワケではなかったからだ。
「私は、将来そなたの妻となる身。ならば、伴侶となるそなたの助けになるのが務めというもの。もし、辛いことがあれば、いつでも私を頼ると良いぞ」
「え? ちょ、ちょっと待ってくれ、なんでそんな話になってるんだよ!」
シャーロットに余計なことを吹き込まれたに違いない。アルベルトは、そう思った。素直なカタリナは、冗談好きの彼女の話を本気で受け取ってしまったのだろう。
「さあ、共に苦難を乗り越えようではないか。私たちの未来の為に!」
カタリナは、えいえい、オーと腕を高らかに上げる。既に付いて行く気満々な上、何か思いっきり勘違いされてしまったようだが……こうなると説得するのも面倒だ。折れるしかなかったアルベルトは……
「……おー」
と、やる気なく腕を上げた。
こうして、アルベルトは、仕方がなく、カタリナと一緒にダンジョンを攻略することになった。まあ、こうなってしまった以上は、騎士団長の力を遠慮なく頼ることにしよう、アルベルトは、物事を前向きに考えることにした。それに、姫さんは、冒険者ギルドの一員じゃないんだ。協力者がいたことも、黙っていれば何も問題はないか、などとセコイことも考え始めたわけだが……
「あ、そうだ」
この時、アルベルトは、一つの案を思いつく。自分には、カタリナの他に頼もしい味方がいることに気が付いたのである。ミノタウロスのブリちゃんだ。あの圧倒的なパワーとタフネスを考慮すれば、戦力としては、申し分ないレベルである。
「ねえ、折角だし、コイツも連れて行っていいかい?」
アルベルトは、そう言って飼い主に許可を取ろうとした。
「ふむ。確かに、この子の力は、そなたの助けになるであろうが、残念ながら、今は、連れて行けぬのだ」
「どうして?」
「この子は、魔装召喚を使える代償として、力を発揮できる時間が限られておるのだ。つまり、しばらくは、このままの姿で力の回復を待たねばならんのでな」
どうやら、今は、力を失った状態であり、あの筋骨隆々な姿に戻るためには、時間が掛かるらしい。
「そうなんだ? じゃあ、あんたは、留守番だね」
留守を言い渡され、ブリちゃんは、シュンとなる。
「ペットの面倒は、僕が見ておきますので、二人は、安心してダンジョンに行ってらっしゃいませ」
ジェームズがそう申し出てくれた。
「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ」
アルベルトは、カタリナを連れて、店を後にした。そんな二人を見送るように、ブリちゃんは、テーブルに置いてあったナプキンをハンカチ代わりにヒラヒラとさせていた。
「にしても……」
ジェームズは、二人が出て行った後、ブリちゃんの方を見ながらこう口にする。
「金に困ってるって話……あれは、冗談だって言い辛くなっちまったな」
「モモッ!?」
そう言ってジェームズは、苦笑いする。犯人は、コイツだった。
ダンジョンの入り口、ターミナルにて。
亡国の遺跡群、第一階層突破。その報せを知ってか、今日は、いつも以上に多くの冒険者たちで溢れ返っていた。ダンジョンは、下層に行けば行くほど危険度が増すと言われているが、それに比例して、手に入る秘宝の価値も跳ね上がるのだ。つまり、一獲千金を夢見る冒険者たちがより集うことは、必然だとも言える。
「そうだ、聞いておきたいことがあるのだが……」
カタリナが何か聞きたそうにしていた。
「そなたが求める秘宝というものは、どういうものなのだ?」
アルベルトは、こう答える。
「そうだね。大まかに分けると二種類あるんだけど……一つ目は、『神器』と呼ばれるものかな。僕の持つこの杖みたいに、魔法の力や古代の英雄、あるいは、神獣の力が宿った秘宝のことを指すんだ」
「つまり、私の持つこの暁の聖剣も神器ということになるな」
アルベルトは頷き、こう続けた。
「それともう一つは、『グリモワール』と呼ばれるもの。コイツは、神器よりも遥かに価値があるんだ。何故なら、これには、古代人の知識や歴史が記されているからね。もし、一つでも見つかれば、世界に革命が起こるとまで言われている程なんだよ。もちろん、手に入れた冒険者には、莫大な富と名声が与えられるだろうね」
「ほお? それは、夢のある話だな」
「だろう? だけどね、グリモワールは、ダンジョンを生み出す『要石』でもあるんだ。つまり、こいつを手に入れるためには、最深部まで行かなきゃならないのさ。当然、下層に向かえば向かう程、危険度も増すし、仮にそこまで辿り着けたとしても、完全な形で残っているとも限らないけどね」
その話を聞いたカタリナは、心配そうな顔をしてこう尋ねる。
「つまり、危険を冒したところで、得るものがない場合もあるのだな? そのようなことに命を投げ出すような真似をするべきでは、無いと思うのだが。ここにいる者たちは、それ程までに追い詰められておるというのか?」
「い、いや、別に僕たち冒険者は、自殺願望者ってわけじゃ……これだけの数の冒険者たちが挑むのには理由があってね、『ダンジョン保険』があるからなんだ」
「それは、どういったものなのだ?」
「保険に加入するためには、冒険者ギルドに対して、月に一定額を支払う必要があるんだけど、これに入っておけば、もし、ダンジョン内で何かあった場合でも、救助を要請することが出来るんだ」
「なるほど、それなら安心してダンジョン探索に挑めるというものだな。もちろん、そなたも入っておるのだな?」
「いや、僕は未加入だね」
アルベルトがそう答えると、カタリナは、ショックを受けた後……
「何故入っておらぬのだ。命に替えは、きかぬのだぞ? いくら貧しいからといっても、身の安全のための投資を怠るべきでは無かろう?」
と、必死な形相で訴えかけてきたのだ。
「い、いや、流石の僕でも命は惜しいから、入れるならそうしたいけど、向こうから断られているんだよね。無茶ばかりするということで」
「むう、それは困ったの……」
「そういうことでしたら、我が社にお任せを」
そんな声が聞こえてきたので二人が振り返ってみると、そこには、スーツを着た五人のリーマンたちが立っていたのだ。恐らく、真ん中の小柄でショートボブの女性がリーダーだと思われるが、その目つきは猫のようであり、エメラルドグリーンの瞳が特徴的であった。
「初めまして、私は『メルセデス・アーチボルト』と申します。我々、アーチボルト社の保険であれば、審査の基準も緩く、貴方様のご要望に応えられるものと考えています。ご興味がありましたら、是非共、ご連絡を」
そう言ってメルセデスと名乗る女性は、名刺を差し出す。
アーチボルト社……亡国の遺跡群を攻略している者同士、いずれは、会うことになると思っていたが、まさか、こんなにも早く、しかも向こうから接触してくるとは……これも何かの巡り合わせなのだろうか? アルベルトは、そんなことを思いつつ、メルセデスの申し出に対してこう返事をした。
「悪いけど、興味無いね」
などと言いつつ、アルベルトは、名刺を受け取る。
「そなた、素直ではないな」
言葉と行動が矛盾しているアルベルトを尻目に、カタリナはそう呟いた。
「ところで、話は変わるけど……」
メルセデスは、これまでのリーマンモードからフレンドリーな態度に切り替え、こんな話を始めた。
「貴方も、亡国の遺跡群に挑もうとしているのよね? ローガンさん?」
「なっ?」
今、僕の名前を呼んだよね? 自己紹介した覚えはないし、当然、名札なんて付けてないんだけど……アルベルトが不思議そうにしていると、メルセデスは、得意気な顔をして、そんな疑問に答えるようにこう話し始めたのだ。
「どうして知っているのか? そんな顔をしているわね。一つ言えることは、アーチボルト社のリサーチ力を甘く見ないでってことね」
メルセデスが得意気な顔でそう言って指をパチンと鳴らすと、後ろに立っていたリーマンが彼女に一冊の本を渡す。メルセデスが本を開くと、文字が次々と宙に浮かび上がるが、そこには、アルベルトのプロフィールが書かれていたのだ。
「アルベルト・ローガン……あなたは、幾つものダンジョンに挑み、既に百以上もの秘宝を持ち帰るなど、その若さの割に、驚くべき成果を挙げているようね。一方、ダンジョンの攻略数は、未だにゼロ……これは、どういうことかしら?」
「ああ、僕は、挑み甲斐のあるダンジョンにしか興味がないんでね」
そう答えるアルベルトの言葉には、数多のダンジョンを攻略してきた彼女たちに対する引け目など、まるで感じられなかった。攻略するだけならば、それなりの冒険者でも達成できることだ。しかし、簡単なダンジョンを攻略したところで、名声を得ることは出来ない。だからこそ、誰もが苦戦するダンジョンにしか挑まない。それは、アルベルトのポリシーでもあったのだ。
そして、メルセデスもそんな彼の言葉に納得した様にこう話を続けたのだ。
「そういうことでしょうね。世間は、貴方のことをどう見ているか知らないけど、少なくとも、我が社は、貴方の実力を評価しているわ」
もちろん、そんなお世辞を言うために接触をしてきたわけではないだろう。これ以上、無駄話に付き合わされるのに嫌気が差してきたアルベルトは、こう話を切り出した。
「それで? 何が狙いなんだい?」
「前置きはもう十分ってことかしら? いいわ、本題に入りましょうか」
そう言ってメルセデスは、一つ咳払いをすると、こんな提案を口にする。
「単刀直入に言うわ。ローガンさん、我が社と手を組まない?」
意外な申し出だった。
「僕なんかとかい? 当ては幾らでもあるのに?」
「あら、謙虚なのね。でも、あのミノタウロスを退けたのは、あなたなのでしょう? 我が社にとって、これ程頼もしいパートナーは、そういないと思うのだけれど?」
「いや、それは……」
傍に居る姫様の功績だ、そう言おうとしたが、口にしなかった。彼女は、ダンジョン攻略における切り札だ。そう易々と手の内を明かすべきではない。そう考えたからだ。
「それに、あなたにとっても悪い話ではないわ。手に入れた報酬の三割、それが全てあなたのものになると言えば、興味を持ってくれるかしら?」
相手が企業であれば、三割という報酬は、かなりの好待遇だと言える。悪くない話に思えるが……少なくとも、カタリナは、そう思ったようだ。
「アル、ここは、彼らと協力するのが良いのではないか? 互いに協力し合えば、それだけダンジョン攻略も捗るだろうし、それに、お金に困っておるそなたにとっては、良い話ではないか」
「い、いや、困ってないし……」
冗談から始まったこの件については、そろそろちゃんと話をしておくべきだろう、アルベルトは、そう考えたが、それはさておき、メルセデスの提案に答える必要があった。
「アーチボルトさん、あんたの提案は、大変魅力的ではあるんだけど……」
アルベルトは、こう答えた。
「断らせて貰うよ」
メルセデスは、少し驚いた顔をしたが……
「そう、残念ね……」
と言って、余裕の感じられる笑みを浮かべつつ、こう続けたのだ。
「まあいいわ。我々としては、競合する相手を少しでも減らせられれば、と思っただけのことだから。それ以上の意味なんて無いわ」
どうやら、アルベルトの力を見込んでのスカウト、というわけではなかったようだ。あれだけ持ち上げておいて、本音はそういうことか。この女、油断出来ないな、とアルベルトは思う。
「まあ、せいぜい、『一人』で頑張りなさい。あなたの出番なんて、無いでしょうけど」
そう言い残すと、メルセデスは、部下のリーマン達を率いて去って行った。そんな彼らの後姿を見て、アルベルトは、ワナワナと体を震わせる……
「やっぱり、気に入らない連中だなぁ……」
ところが、何を思ったのか、急にニヤリと笑みを浮かべたのであった。
「一人で、か……あいつ、姫さんのことは、見送りか何かと勘違いしたみたいだね」
彼らは、まだ姫さんの正体に気付いていない。自慢のリサーチ力も、大したことないな。なんてことも思ったのだ。
「そ、そなた……!」
カタリナに声を掛けられて、アルベルトは、我に返る。
「なにゆえに、断ったりしたのだ?」
そう抗議されたが、それに対して、アルベルトはこう答える。
「決まってるだろ? アイツらと手を組めば、金は貰えるかもしれない。でも、名声は、全てアーチボルト社のものになるんだ。損な話じゃないか」
「そのような理由で断ったというのか?」
「まあ、いいじゃないか。こういうのは、ライバルがいた方が盛り上がるものさ。それに、切り札は、僕の手にある。あいつ等に負けたりなんかしないよ」
そう言ってアルベルトは、自信ありげに笑ってみせるが、一方のカタリナは、そんな彼に対して少しばかり呆れた様子であった。
「じゃ、僕たちもそろそろ行くとしようか」
アルベルトは、先に行ってしまった。
「本当にこれでよかったのだろうか? うーむ……」
カタリナは、少しばかり腑に落ちないと言った顔をしていたが、言い争うつもりはなかったらしく、黙って彼の後に続いた。
亡国の遺跡群、第二階層、そこに行くためには、ダンジョンへの転送装置を利用する必要がある。
装置の見た目は、金属で出来たリング状の物体であり、大人二人分の高さもある大きなものだ。装置の近くには、操作盤があり、近くには、ギルドのスタッフが立っていた。彼らがこれを起動すると、ダンジョンへの入り口であるポータルが開く仕組みらしい。
転送装置は、全部で十基用意されていたが、それぞれの前には、冒険者たちが順番に並んでいた。アルベルトたちは、なるべく人数が少ない列を選んで並ぶ。
「随分と大掛かりな装置なのだな。アルが以前使っていたものは、もっと小さかったはずだが」
転送装置を見て、カタリナはそんな感想を口にする。その疑問について、アルベルトは、こう答えた。
「大きい分、一度により多くの人数を転送できるってわけさ。確か、最大で百人くらいはいけたんじゃないかな?」
「なるほど、しかし……」
カタリナは、ポータルを通過していく冒険者たちを観察し始める。ちょうど、彼らの目の前では、五人の大男たちが円陣を組んでいたが、お互いを鼓舞し合った後、ポータルへと突撃していった。その隣では、二人の冒険者の女たちがキャッキャと騒ぎながらポータルへと入っていく。中には、たった一人でダンジョンへと向かう老練な冒険者の姿もあった。
「百人程の大所帯で挑む者たちは、いないのだな。多くとも、せいぜい五人くらいしかいないようだ」
「まあ、たまにゾロゾロと引き連れて行く奴らもいるけどね。でも、単純な話、人数が増えたら報酬の取り分が減るから、少人数で挑むのが一般的になったのさ」
「少ない方が、理に適っておるということか」
「そういうことだね。さ、僕たちの番が来たみたいだよ」
アルベルトたちは、転送装置の前に歩を進める。
「こんにちは、どちらへ向かわれますか?」
ギルドスタッフに声を掛けられたので、アルベルトは、こう答えた。
「忘却の遺跡群、第二階層に繋いでくれ」
「かしこまりました。転送開始、御武運を」
スタッフが装置を起動すると、リングの表面に青い稲妻が走る。すると、中央に何かが渦巻き始め、外側に向かって広がり始めたのだ。やがて、そこには、異界への門、ポータルが現れたのだ。その先の様子は、大きく歪んでいるため、よく分からない。知るためには、中に入るしかなさそうだ。
「準備はいいかい?」
「うむ、いつでもよいぞ」
アルベルトたちは、お互いの顔を見て頷いた後、一歩、足を踏み入れる……
気が付いた時には、異世界へと辿り着いていた。そこには、第一階層の遺跡の中とはまるで違う景色が広がっていたのだ。
開放的であり、澄んだ空気の漂うこの空間には、大樹がひしめき合っている。樹齢何千年という大木の群れは、見上げる程の高さまで伸びているが、その枝葉によって空が覆い尽されていたのだ。おかげで、陽の光が届かず、森全体は、暗闇に包まれていた。
「暗いな、周りは、どうなっているんだ?」
アルベルトは、周囲を見渡そうと杖の先端に炎の明かりを灯す。周りの景色が薄っすらと見え始めるが……
「なっ!?」
足元を照らした時、アルベルトは、自分たちの置かれた状況を知った。そこは、谷のように深く、その奥底には、暗闇が広がっていたのだ。ということは、自分たちは、地上から遥か何十メートルも上空に立っていることになる。そのあまりの高さに思わず足が竦む……
彼らは、木の上に打ち付けられた足場の上に立っていたのだが、どうやら、それは、森の奥へと続く道になっているようだった。
「スリル満点な散歩道だね」
そう口にするアルベルトは、どこか楽しそうであった。一方、カタリナは、周囲を見渡していたが、その表情は、見慣れぬ場所に対する不安や好奇心といったものとは、少し違っていた。
「この場所に覚えは?」
アルベルトは、そう尋ねる。
「うむ。少し様子が違っているが、恐らく、此処は、我が国の領内にあった『暗黒の森』であろう。この木の上に出来た足場は、天然の要塞として機能していた頃の名残りらしい」
「なるほどね、仮に敵軍が攻めてきたとしても、偵察にも使えるし、此処から矢を放てば一方的に攻撃できるわけだ……それで、『らしい』ってことは、あんたらの時代には、使われていなかったのかい?」
「少なくとも、私の時代では、この森は、禁忌の森とされ、近付こうとする者は、あまりいなかったからな。恐らく、この森に住む番人たちの怒りに触れたくなかったのだろうが……フフフ」
カタリナは、何故か急に笑い出したのだ。
「急にどうしたんだよ?」
「いや、懐かしいな、と思ってな。幼き頃は、城を抜け出して、この森によく遊びに来たものだ」
「へえ、お転婆姫だったんだね」
「うむ、木に登ったり、川で魚を採ったり、それから、くまと戯れたりしておったぞ」
「く、くまッ!?」
サラッと凄いことを口にする姫様に対して、アルベルトは、思わず声を上げてしまうが、同時に、あの恐るべき力は、ここで培われたものなのだろう、と納得してしまった。
「それにしても、こんな薄気味悪い場所によく来る気になったね」
「まあ、城に居ても、窮屈なだけであったからな……」
そう口にするカタリナの顔は、何処か憂いを帯びたものであった。一般人であるアルベルトにとっては、城での生活なんて、一見、何不自由ないように思えるが、意外と不満があるものなのだろうか? そのことが気になったものの……尋ねるべきか迷っていると、カタリナがこんな話を始めたのだ。
「しかし、この森も変わってしまったようだな。元より暗くて陰鬱な場所であったが、それに加えて何やら邪な気を感じるのだが……」
そう言ってカタリナは、周囲をグルリと見渡すが……谷の奥底を覗いた時、何かに気が付いたようだ。
「アル、下を見てくれ」
そう言われたので深い暗闇の中を覗いてみると、そこに何かが蠢いているのが見える。暗くて全容が掴めないが、危険なものであると本能的に理解できる程に禍々しい。
「うん、明らかにヤバそうだけど……あれは『黒マナ』か?」
アルベルトは、その結論に至る。
黒マナとは、魔法の素となるマナとは、相反する元素のことである。マナが秩序を生み出すものなのに対し、黒マナは混沌と破壊の象徴であるとされている。また、マナとの親和性が高い人体にとっては、猛毒であり、冒険者ギルドは、黒マナが発生しているエリアには近づかないよう、冒険者たちに対して注意を促しているそうだ。
「あのようなもの、私が幼き頃には、なかったものだ。しかも、これ程の量の黒マナが発生するとは、一体、何があったのだろうか?」
森全体に広がる黒マナを見て、カタリナは、そんな疑問を口にするが……
「む?」
この時、カタリナが何かの異変に気付いたようだ。
「どうかしたのかい?」
アルベルトがそう尋ねるものの、カタリナは、何も答えずに周囲を見渡していたが……しばらくすると、訝しがりつつもこう答えたのだ。
「うむ、誰かに見られているような気がしたのだが……?」
「そうかな?」
念の為、アルベルトも周囲を見渡してみるが……誰の姿も見当たらない。
「誰もいないよ? 気のせいじゃないのかい?」
「そうだとよいが……」
「ま、気にしないで先に進もうよ」
アルベルトたちは、木の上に出来た道を歩き始めるが……この時、遥か上空の枝葉の隙間に不気味な赤い光が二つ浮かび上がる。二人は、まだ気付いていない。
一方、メルセデス率いるアーチボルト社の社員たちは、アルベルトたちよりも先に暗黒の森へと入り、順調に奥へと進んでいた。もっとも、彼女たちの今回の目的は、ダンジョンの攻略ではなく、現場のリサーチのようであり、持ってきた計測器などを使って周囲の状況を念入りに調べていたのだ。
「この辺りは、マナの濃度が高いようですが、同時に乱れも観測されているため、手練れた魔術師でなければ制御するのは、困難になるものと考えられます」
「先遣隊の報告によると、魔物の存在は、確認できませんでしたが、一方、樹木の表面に比較的新しい傷跡が見られたそうです。奇襲を受ける可能性も考慮する必要があるかと」
「地面に広がる霧の成分を調べてみました。我が社のデータベースと照合したところ、これは、黒マナのようです。濃度は致死量に達しているため、下層部を調査するためには、十分な装備が必要になると考えます」
部下たちは、調査の結果をメルセデスに報告していった。彼女は、その内容を魔導書(紙に触れるだけで自動的に文字が書ける)に記していくが、あまり大した情報が得られていないことに対して苛立っている様子である。そして……
「ダメね、こんなのじゃあダメよ。調査は、もう必要ないわ。このまま先に進むことにしましょう」
とうとう、痺れを切らせてしまったのだ。
「ですが、まだ十分なデータが集まっているとは、言い難い状況です。それに、この森は、どうも嫌な予感がします。こういう時こそ、慎重に進めるべきでは、無いでしょうか」
社員の一人がそう意見するものの、メルセデスは、呆れたように一つ溜め息をつくと、こんな質問を投げかける。
「あなた、我々に与えられた期限は、どれくらいか御存知かしら?」
「え、えっと……」
メルセデスは、社員の顔の前に三本の指を突きつける。
「三日よ。あと三日で何らかの成果を出さなければ、支援を打ち切られるのよ」
「そ、それなら、我々は、第一階層を突破したという成果を……」
「それが何? 突破したことで何が得られたというの?」
「か、株価が少し上がりました」
メルセデスは、呆れたと言わんばかりに溜め息をつく。確かにその通りではあったのだが、そんなものは、一時的なものに過ぎないのだ。
「それだけじゃダメなのよ。株価なんて、単に我が社への期待値でしかないのだから。つまり、結果を出さなければ、パパ……じゃなくて、上層部は納得しないわ。もちろん、株主たちもね。今は、秘宝を手にすることが全てなの。そのことを分かっているの?」
「す、すみません……善処します」
社員は、思わず謝ってしまうが、そんな彼の姿を見て少し言い過ぎたと思ったのか、メルセデスは、一つ溜め息をつくと、表情を緩めてこう言った。
「物事を慎重に進めるべきだという、あなたの意見も一理あるわ。でもね、時には、大胆に攻めることも大事なのよ。大丈夫、上手くやってみせるわ。それから、もし、この仕事が無事に終わったら、皆で一杯やりましょう。もちろん、私のおごりよ」
そう言ってメルセデスは、ウインクした。
「は、はい!」
仕事が上手くいった後の一杯、その旨さを知っている彼は、少し前向きな気持ちになったようだ。
「さ、皆、張り切って行くわよ」
メルセデスの掛け声と共に、社員たちは、その場から移動しようとするが……その時のことであった。
「大変だ! 上空から何かが迫ってきます!」
社員の一人が声を上げる。
「敵襲ね? みんな、一か所に固まって迎撃するわよ!」
冷静なメルセデスは、皆にそう指示を出すが……
「え?」
この時、足元に何かが絡みついたのである。それは、植物の蔦のように見えるが、まるで蛇のように動いており、気持ち悪い事は、言うまでもない。
「ち、ちょっと……イヤ」
メルセデスの顔が真っ青になるが……次の瞬間。メルセデスが凄まじい勢いで体ごと上空へと持ち上げられていったのだ。
「きゃあああぁぁぁーーーッッッ!!!」
森の中に悲鳴が響き渡る。
「今、何か聞こえなかった?」
ふと歩みを止めたアルベルトは、カタリナにそう尋ねる。
「うむ。なんとも甲高い声がしたようだが……まるでバンシーの叫びのような、おぞましいものであった。もしかすると、近くに潜んでおるのかもしれんな」
「いっ!? バンシーって……あ、あの女の姿をした霊のことだよね? こ、こんな場所には、いないんじゃないかなぁ?」
苦笑いをしているアルベルトを見て、カタリナは、何かを察したらしく、意地悪い笑みを浮かべてこうからかってきたのだ。
「そなた、もしや、幽霊が苦手だったりするのかの?」
すると、アルベルトは、明らかに動揺し始める。
「そ、そそ、そんなわけないじゃないかぁ、やだなぁ。それに、バンシーには、実体がないけど、僕の魔法なら通用するからね。つまり、楽勝ってことだね、うん」
そう言って虚勢を張るものの、カタリナには通じず、それどころか、こんなことを言われたのだ。
「安心するがよい。仮にバンシーが現れたとしても、私が、そなたを守ってやるからの」
「え? あ、うん……どうも」
そんな騎士団長が頼もしく思えた一方、男としては、色々と複雑だよね……なんてことを思うアルベルトであった。
「それにしても、ふーむ……」
カタリナは、まだ周囲を気にしているようだった。
「やはり、何者かに付けられているのではないだろうか?」
「気にし過ぎだよ。周りを見たって誰も……」
いないし……アルベルトがそう言い掛けた時のことであった。
二人の間をそよ風が通って行ったと思いきや、あちこちでつむじ風が発生する。それは、地に落ちた草や枝を巻き上げていき、やがて人の形となったのだ。手には、大木の先端を尖らせた槍を持っている等、さしずめ、森を守る兵士といったところか。
「……居たみたいだね」
「迎撃するぞ」
「うん、分かった」
二人は、魔装召喚で武装し、戦闘に備えた。
「草木で出来た人形なら、僕の魔法で……」
アルベルトは、杖の先端に魔力を溜め始めるが……目の前を黄金色の束ね髪が横切る。カタリナが腰の鞘から剣を引き抜きながら、疾風の如き勢いで飛び出したのだ!
カタリナは、相手が動き出す前に、素早い剣の一振りで一体を切り伏せる。二体目の兵士が槍を突き出して襲い掛かってくるが、素早く身を横に逸らして躱し、続けて体を回転させて真っ二つに切り裂いた。この時、三体目の兵士が遠くから槍を投げつけて来るが、カタリナは、左腕を振るって腕に付けた小盾で弾き返し、続けて大きく跳躍して距離を縮め、剣を振り下ろす。斬られた兵士は、地面に伏す前に、元の葉と枝となり散った。
まるで流れる様な鮮やかな剣技。カタリナは、アルベルトが出る幕もなく、瞬く間に片付けてしまったのだ。
「誰だか知らぬが、この程度の雑兵を仕向けるとは。私も舐められたものだな」
そう言ってカタリナは、剣を鞘に納め、右肩に乗った束ね髪を払う。カタリナの剣技に圧倒されていたアルベルトは、しばらくの間、固まっていたが、やがてこう口にした。
「え、えっと……僕の出る幕じゃあなかったみたいだね。は、ははは……はぁ……」
アルベルトは、ガックシと肩を落とす。この様子だと、自分の出番が来ることなく、最深部まで到達してしまいそうだ。そう思ってしまったのだ。
「さて、こいつは、どうにも妙だな……」
カタリナは、その場でしゃがみ込み、倒した兵士を調べ出す。どう見てもただの草木にしか見えなかったが……
「何者かがけしかけてきたのだろうが、一体、何処から……?」
「僅かだけど魔力の痕跡が残ってるみたいだね。コイツを辿って行けば、僕たちを狙った奴の正体も分かるかもしれないな」
「ほお、そのようなことが出来るのだな。では、案内を頼めるか?」
「分かった。えっと、痕跡は……うん、こっちだよ」
その後、アルベルトたちは、魔力の痕跡を辿って森の奥へと入って行った。その後も何度か兵士たちの襲撃に遭うが、所詮は雑兵でしかなく、彼らは、難なく撃退していく。しかし、深みに入るにつれて、強さが増していき、数も増え始め、その抵抗が徐々に激しくなっていったのだ。
「出し物としては、随分と粗末だけど、こうも連戦続きだとちょっと辛いね」
「向こうもそれが狙いなのだろう。私たちが披露し切った所で大きく仕掛けて来るかもしれんな」
「となれば、早い所、パーティーの主催者を見つけたいところだけど……」
魔力の痕跡を追っているアルベルトは、兵士をけしかけてくる者の正体を未だに掴めないことに対して少し苛立っていた。近づいたと思いきや、また離れていく……その繰り返しだったからだ。恐らく、相手は、付かず離れずの距離で仕掛けてきているのだろうが、一向に姿が見当たらないのである。
奴は、何処に隠れている?
アルベルトは、杖の明かりで周囲を照らしつつ、敵の姿を探してみるが……この広大な大森林の中から探し出すのは、藁の山から針を見つけ出すようなものだ、と半ば諦める。敵は、この森での戦い方を熟知していると言える。こうなったら、手当たり次第に燃やし、炙り出してやろうか? アルベルトがそんな極端なことを考え始めた時のことであった。
「ちょっとぉー! 誰かぁー!! 助けてぇーッ!!!」
何処からともなく悲鳴が聞こえてくる。しかも、聞き覚えのある声だ。そう言えば、自分たちよりも先に第二階層に入った団体さんがいたよね。アルベルトは、ふと彼らのことを思い出した。
「む、この声は、アーチボルト殿のものではないのか?」
「そうだろうね。あんたは、ここで待っていてくれ。僕が様子を見て来るよ」
アルベルトは、カタリナをその場に残し、悲鳴の上がった方へと向かって行った。
「ああ、これは酷いな……」
現場に駆け付けたアルベルトは、真っ先にそう口にする。そこには、メルセデス率いるアーチボルト社の社員たちがいたが、蔦に絡み取られ、宙吊りにされていたのだ。一応、全員、命に別状はなく、周りを見渡しても差し迫った危険はないように見えるが……
「あっ! あなた! 丁度いい所に!」
逆さ吊りの状態であったメルセデスがアルベルトたちに気付き、声を掛けてきた。
「ご覧の通り、身動きが取れなくなってしまったのよ。そこで、お願いなんだけど、手を貸してくれないかしら? もちろん、お礼ははずむわよ」
そう言ってメルセデスは、アルベルトに交渉を持ち掛けてきたのだ。調子のいい奴だと思いつつも、お礼が期待できるのなら助けてやってもいいかな? アルベルトは、そう思った。
「分かったよ。助けてやるから、そこでじっとしてなよ」
そう言ってアルベルトは、杖に魔力を集め始めるが……
待てよ? ここで彼らを助けて、僕に何の得になるんだ?
お礼は期待できるものの、秘宝は横取りされるかもしれない。それに、あの時の腹立たしい態度が頭を過った途端、助けるのも馬鹿らしくなってきたのだ。
「……と思ったけど、やっぱりやめたよ」
そう言ってアルベルトは、杖を下ろした。
「え?」
「まあ、あんたらは、そこでゆっくりと休憩してなよ。それじゃあ、お先に」
そう言ってアルベルトは、意地悪い笑みを見せた後、その場から立ち去って行った。
「え、ええッ? ちょ、ちょっと、あんた、薄情すぎやしない!? こんなに美人のお姉さんを放っておくなんて、フツー、あり得ないでしょ!? ああ、待って、待ってってば……うっ、血の気が引いていく……もうダメ……吐きそう……」
メルセデスが必死に訴えるものの、アルベルトは、決して振り返ったりしなかった。
カタリナの元に帰ってみると、彼女は、不満そうな表情を浮かべていた。どうやら、アルベルトの採った行動が気に入らないらしく、そのことに異を唱える。
「なにゆえ、彼らを見捨てたのだ? 助けるべきでは、なかったのか?」
「助ける? イヤだね」
「なっ? そなた、まさかとは思うが、あの程度のことを根に持っておるのか?」
カタリナは、出発前のメルセデスとのやり取りを指してそう言うが、アルベルトは、悪びれる様子もなく……
「ああいう傲慢な連中には、お似合いの末路だと思うんだけどね」
と、答えたのだ。
「ま、まるで子供ではないか」
カタリナは、呆れた様子でそう言った。
「何とでも言えよ。それに、あいつらが動けなくなった今こそ、秘宝を先に手に入れるチャンスなんだ。みすみす逃す理由なんてないんでね」
そう言ってアルベルトは、先に行ってしまった。
「秘宝を得るためには、互いに助け合うのではなく、蹴落とし合う……冒険者とは、そういうものだと割り切るべきなのだろうか? ふむう……」
カタリナは、納得がいかないと思いつつも、彼の後に続こうとするが……
「むっ?」
この時、カタリナは何かの気配に気が付いたようだ。
「待て、アル。敵は、近くまで来ているようだぞ」
「なんだって?」
アルベルトが引き返してきた。
「どうやら、私たちがこの森に足を踏み入れたその時からずっと見張っていたようだが、ようやく居所が掴めたぞ」
そう言ってカタリナは、目を閉じ始めるが……
カサッ
頭上で僅かな音がする。次の瞬間、カタリナは、地面に落ちていた枝を素早く拾い、音がした方向に向かって投げつけた。それは、矢の如く勢いで飛んでいき……
「ぎゃっ」
短い悲鳴がしたかと思うと、二人の目の前に黒い物体が落ちてきたのだ。それは、モゾモゾと動いていたが、やがて、ぼんやりとその正体を現したのだ。
外見は、耳の大きな猿のような小柄な魔物であったが……その剥き出しになった大きな目を見た途端、アルベルトは、ゾッとする。
魔物の目は、禍々しいまでに赤く光っている!
これは、あの時のミノタウロスと同じ特徴だったのだ。
「おのれ、ニンゲンめ、よくも……」
魔物は、怒りを滲ませた声でそう言いながら振り返り、牙を剥き出しにする。
「なるほどね。魔法は、矢や弾丸と同じく、距離が離れるにつれて効果が弱まるものだからね。より多くの兵士を生み出すには、僕たちに近づく必要があったわけだ」
アルベルトは、そう納得しつつ、魔物に近づくと……
「さて、あんたをどうしてやるかな?」
魔物に対して杖の先端を向けるが……
「待て」
カタリナが一歩前に出てそれを制止する。
「見た所、この者は『森の賢者』と呼ばれる者。この領域を守護するお方なのだ。無下に扱ってはならぬ」
「だけど、コイツは、僕たちを襲ったんだよ?」
「それは、私たちが森を荒しに来たのだと思ったがため。ならば、話し合いにて誤解を解くように努めるべきだ」
カタリナの言うことにも一理あると考えたアルベルトは、杖を引っ込め、後ろに下がる。
「しょうがないな、あんたに任せるよ」
カタリナは、任せてくれと頷くと、賢者の前に立ち、こう語りかける。
「森の賢者よ。どうか、怒りを鎮めては、貰えないでしょうか? 私たちは、ただ、この森を通り抜けたいだけなのです」
ところが、森の賢者からの返事はこうだった。
「ならぬ!」
彼は、こう続ける。
「ニンゲンどもよ、この森から今すぐ出て行け! これ以上、我らの森を荒そうとするのであれば、容赦はせんぞ!」
「これ以上?」
その言葉に引っ掛かりを感じたのか、カタリナは、森の賢者にこう尋ねる。
「つまり、私たちが訪れる以前に、この森を荒す者がいた、ということですか?」
その問いに対し、森の賢者は……
「答える義理など無い! ニンゲンは信用ならんからな!」
話を聞く耳を持たないようだ。それどころか……
「今すぐ儂の前から立ち去れ! さもなくば……」
森の賢者がそう言った時のことであった。
「ねえ、上から何か来るよ!?」
アルベルトが叫ぶ! 上空から何か大きなものが下りてきたかと思うと、それは、森の賢者を守るように立ち塞がったのだ。それは、大きな巨人のようであったが、樹木が幾重にも重なった強固な体と丸太のような剛腕を持っていたのだ。
「こいつは、『トレント』か!?」
カタリナは、驚いた様子でこの樹人の名を呼ぶ。
トレントは、人を丸呑みにしてしまう程の大口を開けると、頭の木々を揺らしながら威嚇の雄叫びを上げる。アルベルトたちは、一瞬怯んでしまうものの、この突如として現れた樹人に対抗すべく、武器を構える!
ところが、トレントは、襲ってくるわけでもなく、森の賢者を拾うと、そのまま上空に向かって跳躍し、枝を伝いながら何処かへ行ってしまったのだ。
「あいつ……何だったんだ?」
拍子が抜けたアルベルトは、ポカンと口を開けてその様子を見ていた。
「あの様子じゃ、話は聞いてくれなさそうだね。まあ、何処かに行ってしまったし、もう襲ってこないといいんだけど」
そう言ってアルベルトは、探索を再開しようとするが……
「追うぞ!」
何を思ったのか、カタリナは、逃げようとする森の賢者たちを追い掛け始めたのだ。
「え? 追うって……待ってくれよ。急にどうしたんだい?」
アルベルトは、訳が分からない様子であったが、置いて行かれると困ると思ったらしく、カタリナの後を追い掛ける。
「姫さん、何であいつを追い掛けるんだよ? 放っておいても、問題ないだろう?」
アルベルトは、カタリナの後を走りながらそう尋ねる。
「あの者の怒りの原因を突き止めたいのだ。それが、この森で起きている異変について知る手掛かりになるのでは、と思ってな」
「そんなの放っておきなよ」
「そうはいかんな。これも暁の騎士団の務めだからな」
「暁の騎士団というのは、随分とお人好しな集団なんだね」
アルベルトはそう呆れつつも、それ以上は、何も言わなかった。まあ、あの聞き分けのない猿への仕返しも、まだ済んでないしな。と、前向きに考えるようにしたそうだ。それに、上手く問題を解決してやれば、お礼も期待できるかもしれないな。なんてセコイことまで……
森の賢者を抱えるトレントは、その巨体に似合わず俊敏であり、枝を伝いながら木々の間を渡り歩き、森の奥へ奥へと逃げていくのだ。二人は、その後を追うものの、流石に森の地形に慣れた者が相手では分が悪く、その差は、どんどん広がって行ったのだ。
「くそっ、すばしっこい奴だな。これじゃあ、見失ってしまいそうだ。ねえ、姫さん、さっきみたいにあいつを撃ち落とせないかい?」
「難しいだろうな。あのように動き回られては、狙いが定まらん。それに……む? 何か見えてきたぞ?」
前方に一際大きな樹が見えてくる。それは、周囲にあるどの大樹よりも背が高く、ここからでは、天辺が確認出来ないほどの巨木であった。
「森の賢者は、『マナの樹』と呼ばれる、森で一番大きな樹を住処としていると聞いたことがある。恐らく、アレがそうなのであろうな」
「でもさ、様子が変だよね……」
アルベルトがそう指摘する。マナの樹の表面には、黒き茨が絡みついており、そこに咲く黒い花からは、絶えず毒々しい色をした霧のようなものが発せられていたのだ。
黒マナだ!
この森の全域で黒マナが発生しているのは、あの黒き茨が原因かもしれない。アルベルトたちは、そう考えたようだ。
「で、どうする?」
「うむ、近くに行って、調べてみよう」
二人は、マナの樹に近付こうとした。大樹の周りには、堅牢に組まれた足場があるが、そこへと繋がる道は、一本の吊り橋だけである。二人は、その上を駆け抜けようとするが……そこを通り抜けた時のことであった。
なんと、橋が崩れ落ちてしまったのだ!
「なっ? あれ、そんなに古い橋だったのか?」
「いや、敢えて緩めてあったのだろう」
どういう意味だ? アルベルトは、彼女に尋ねようとしたが、その前に、その言葉の意味を理解したのだ。目の前には、今まで散々逃げ回っていた森の賢者が立っている。
ここで決着をつけるつもりだ!
「追いかけっこは、もう飽きたのかい?」
アルベルトが皮肉っぽくそう言ったものの、森の賢者は、意に介さない様子でこう言ったのだ。
「我らの警告を聞き入れず、森の深みに足を踏み入れようとは……愚かな! ニンゲンどもよ、番人たちの糧となるがよいわッ!」
森の賢者が叫んだその時、上空の枝葉に身を隠していたトレントが降り立つ。しかも、今度は一体だけでなく、次から次へと姿を現わし、あっという間にアルベルトたちを取り囲んでしまったのだ。
逃げ場は、何処にも無い!
絶体絶命の状況の中、二人は、武器を構えるが……大樹の巨人は、十二体! さすがにこの数を相手にするには、厳し過ぎる。例え、伝説の騎士団長が味方にいたとしてもだ。
「どうする? こうなったら床でも壊して道連れにしてやろうか?」
アルベルトは、余裕がないことを紛らわせようと、冗談交じりにそう口にする。
「馬鹿を言うな。ここは、私に任せてくれ」
そう言ってカタリナは、なんと、聖剣を鞘に納め、手に何も持たないまま森の賢者に近付こうとしたのだ。すると、賢者の近くにいた二体のトレントが立ちはだかる。これ以上近づくなとの最後通告であろう。まさに、一発触発の状況だ。
しかし、カタリナは怯むことなく、その場で膝を着くと、森の賢者にこう声を掛けたのだ。
「まずは、これまでの非礼を、どうかお許しください。森の賢者殿、私は、貴方に教えて頂きたいことがあってここまで参ったのです。率直にお尋ねいたしますが、この森で何があったのですか? マナの樹に取り憑いている『それ』は、何なのですか?」
森の賢者は、カタリナの態度に戸惑いつつも、一考している様子であったが……やがて、こう口を開いたのだ。
「……ニンゲンよ、聞いてどうするつもりだ?」
「貴方の力になれればと、そう思った次第でございます」
すると、森の賢者は、盛大に笑い始めたのだ。
「ウワッハッハッハ! 貴様らニンゲンが我々を助けるだと? ぬかしよるわッ! 我らが神木に呪いを掛けたのは、貴様らの仲間であろう! 今頃になって後悔しおったとでもいうのか? やはり、ニンゲン共は、信用ならんわ!」
呪い? つまり、何者かがマナの樹に呪いを掛けた? それでこの森は、黒マナに汚染されたということか? カタリナは、独り言のようにそう呟くが……今の言葉で状況をある程度理解したらしく、今度は、こう提案したのだ。
「原因が呪いなのであれば、尚更、私の力が必要なはずです」
「ほお? 大きく出おったな。いいだろう、聞かせよ」
「我が聖剣であれば、呪いも断ち切れましょう」
そう言ってカタリナは、剣を引き抜く。すると、その場の緊張感が一気に高まり、トレントたちが前のめりになり始めるが……彼女が剣を床に置き、一歩、二歩と下がると、一旦、警戒態勢を解いてくれたのだ。それから森の賢者は、床に置かれた剣に近付くと、ギョロリとした赤い目を見開き、それを観察し始めるが……
「こ、この剣は!?」
森の賢者の目玉が飛び出そうになる。
「太陽の如き輝きを放つその金色の刃は、まさに暁の聖剣! つまり、貴様は……いえ、あなた様は……」
聖剣を見た途端、これまで高圧的だった森の賢者の態度が一変し、急にたじろぎ始めたのである。彼は、ようやくカタリナの正体に気が付いたようだ。
「森の賢者殿、私を呪いの根源までお連れ下さい。さすれば、この聖剣の力を持ってして浄化してみましょう」
交渉は上手く行くものと思われた。ところが……
「いいや、それは出来ぬ!」
「なにゆえですか?」
「あの者は、死んだはずだ。この世に存在しない者だ。それが、今、儂の目の前にいるというのか? 信用出来ん! 貴様らニンゲンは、またしても儂らを騙し、謀ろうとしているのではないのか?」
そう話す森の賢者の体からドス黒い霧が噴き出す! あの者も、かつてのミノタウロスと同様に何かに取り憑かれ、その影響で疑心暗儀になっているのだろうか? どうすれば信じて貰えるだろうか? カタリナは、困っている様子だったが……この時、傍で見ていたアルベルトが痺れを切らせたらしく、口を開いたのだ。
「じゃあ、こうしようよ」
そう言ってカタリナの前に出ようとする。早まった真似をするのではないか? そう思ったのか、カタリナは、アルベルトを制止しようとするが……
「僕を人質にしなよ。それでさ、もし、上手くいかなかった時は、その場で八つ裂きにして貰っていいからさ」
「なるほど、それは名案……」
カタリナは、感心したようにうんうんと頷いていたが……
「って、アル!?」
突拍子もない提案に対して、何を馬鹿なことを言っておるのだ? と言わんばかりの勢いでカタリナが回り込んで来ては、両肩をガッシリと掴んだのだ。
「そなた、正気か!? 自分が何を言っておるのか、分かっておるのか!?」
それに対して、アルベルトは、至って冷静にこう返したのだ。
「あいつらを信用させるには、こうするしかないだろう? それに、僕は、キミを信用しているんだ。なんたって、キミは、伝説の騎士団長なんだからね」
アルベルトは、そう言うとニッコリと笑ってみせるが、フードから覗く瞳は、真っ直ぐとカタリナの目を捉えていたのだ。それでも、カタリナの中では、躊躇いの心があったのだ。むしろ、躊躇わないわけがない。
「しかし、そなたの身を危険に晒すことなど……」
アルベルトは、カタリナの言葉を遮るように、彼女の口元に人差し指を置く。
「心配するなよ。僕は、『運』がいいんだ。何があっても無事に切り抜けられるさ」
そう言ってアルベルトは、カタリナの背中を押そうとした。無事でいられる根拠なんて何処にも無い。それでも、その言葉には、不思議と説得力が感じられたのか、カタリナは、ようやく決心がついたのだ。
「分かった……だが、万が一の時は、真っ先にそなたを助けに向かうと約束しよう」
そう約束すると、踵を返し、森の賢者と向き合った。
「森の賢者殿、私を信用してくださいますか?」
森の賢者は、一考した後、こう答える。
「まあ、それでいいじゃろう。では、聖剣の力を持ってして、呪いを解いてみせい」
人質を出すという条件であれば、問題はないと思ったようだ。交渉は、成立した。カタリナがマナの樹に近付くことを許す代わりに、アルベルトが人質として預けられることに決まったのだ。早速、二体の大樹の巨人がアルベルトの背後に付くが、生きた心地がしないことは、言うまでもない。
「やあ君たち。僕と仲良くしてくれると、嬉しいな。ところで、キミたちって普段何を食べるんだい? 木の実? まさか……人間、なんて言わないよね?」
アルベルトが声を掛けるものの、トレントたちは、低い唸り声を上げるだけだ……黙れ、ということなのだろう。
森の賢者の許可を得たカタリナは、暁の聖剣を片手に携え、マナの樹へと近づく。そして、呪いの根源を突き止めるべく黒き茨を目で辿っていくが……大樹の腹の中に、何かが埋め込まれていることに気が付く。それは、禍々しい程までにドス黒く、まるで心臓のように伸縮を繰り返し、脈を打っていたのだ。
「あれが呪いの根源か、何ともおぞましいものだ……では、始めるとするか」
カタリナは、聖剣の柄を両手で握り締め、その刃を目の前に持ってくると、静かに目を閉じてマナを溜め始める。すると、聖剣の刃が淡い光を放ち始めたのだ。聖剣の光は、周囲に漂う黒マナを払うが……
その時のことであった。マナの樹に埋め込まれた呪いの根源が激しく脈を打ち始め、黒き茨に咲く花から大量の黒マナが噴き出したのである。それは、まるで意思を持っているかのように、危険を察知して身を守ろうとしたのだ。
それでも聖剣の光の方が強く、黒マナでさえ穢すことは出来なかったが、問題は、別の所で発生していたのだ。
「うがあああッッッ!!?? 我らの神木が苦しみの悲鳴をあげておられる! あの小娘めぇッ! 我らの神木に何をしたあぁッ!」
黒マナの濃度が増したことによる影響か、森の賢者とトレントたちの全身からドス黒い霧が噴き出したのである。トレントたちは、理性が完全に吹き飛んだのか、幻覚を払うように腕を振り回し始め、それどころか、仲間同士で見境なく殴り合いを始めたのだ。彼らが暴れ出したせいで木製の床がギシギシと軋み始め、今にも崩れ落ちそうな程、揺れ始めたのだ。
「おい、あんたら、大人しくしろよな!」
近くに立っていたアルベルトは、グラグラと揺れる床の上で何とかバランスを取ろうとしていたが……この時、暴れ回るトレントの腕が直撃し、大きく吹き飛ばされてしまったのだ。
「ぐあっ!?」
アルベルトは、体勢を起こそうとするが……この時、背後からトレントが迫っていることに気が付く。この樹の巨人は、像のような大きな足を持ち上げていたが……
この時、カタリナに二つの選択が突き付けられる。呪いの根源に聖剣の刃を突き立てれば、浄化することが出来るだろう。しかし、それは、アルベルトを見捨てることを意味するのだ。
「私は、約束した。万が一の時は、そなたを助ける、と」
カタリナは、すぐさま振り返り、アルベルトを助けに向かおうとするが……そんな彼女の様子を見たアルベルトは、首を横に振って、こう叫んだのだ。
「姫さん、僕を信じろぉッ!!」
そんな中、頭上から迫るトレントの巨脚が、アルベルトを踏み潰そうとする……しかし、その背後から別のトレントがやって来ては、片脚を上げるトレントを引きずり倒してしまったのだ。
僕は、運がいいんだ。
まさに、その言葉通りの展開になったのだ。
「アル……そなたの幸運に、感謝せねばな!」
カタリナは、思わず笑みをこぼすと、呪いの根源に聖剣の刃を突き立てた!
すると、呪いの根源は、聖剣の光を飲み込むように徐々に膨れ上がっていくが……そこから強い光が次々と溢れ出ると、次の瞬間、風船のように大きく弾け、周囲に眩い程の光を放ったのだ。そして、根源が破壊されたことで、黒き茨も連鎖的に消滅していき、周囲に漂っていた黒マナも、木々の隙間を通る風に流され、少しずつ薄れていったのだ。
「呪いは、断ち切られた。森は、未だに黒き霧に穢されているが、やがて時が癒してくれるだろう……」
そう口にし、カタリナは、聖剣を鞘に納めるが……
「そうだ! アルは!?」
カタリナは、慌てて振り返るが……
「やったじゃないか、姫さん! あんたらやってくれると信じていたよ!」
「!?」
なんと、フードを外したアルベルトが、目前まで駆け寄って来ていたのだ。しかも、嬉しさのあまりか、勢い余ってギュッとされてしまったのだ。これには、さすがのカタリナも赤面してしまう。
「な、何を言うか。私一人の力では……そ、そなたのおかげでもあるのだぞ?」
アルベルトは、カタリナから離れると、満面の笑みを浮かべてこう言ったのだ。
「じゃあ、僕たち二人の勝利ってことだね」
「うむ。その方がしっくりくるであろう?」
そう言ってお互いに顔を見合わせ、ニッコリとして見せた。
一方、森の賢者とトレントたちも、呪いから解き放たれようであったが、まるで二日酔いの後のように頭を抱えていたのである。
「わ、儂は、何をしておったのだ……確か、あの魔術師がやって来て、神木に……その後のことが、どうにもおぼろげじゃ……」
森の賢者は、そんなことを口にしていた。黒マナに取り憑かれていた頃の記憶がないのだろうか? しかも、その目は、真っ赤な禍々しいものではなく、聖人君子のように澄んだ瞳をしていたのだ。
その様子を見ていた二人は、お互いの顔を見合わせ、肩をすくめるが……アルベルトの方が森の賢者に近付き、声を掛けようとする。
「おい、そこのあんた」
「ひっ!」
森の賢者は、短く飛び上がると、恐る恐るアルベルトの方を振り返る。それから、彼の姿を見るなり、その場で膝を付き、こんなことを言い出したのだ。
「ま、待ってくれ。儂は、ただ、黒マナに取り憑かれておっただけなのだ。だから、い、命だけは……」
なんと、命乞いを始めたのだ。どうやら、完全に記憶が飛んでいるわけではないらしく、これまでの非礼を詫びようとしているようだ。もっとも、今のアルベルトには、仕返しをしたいという気持ちは、既に無かったのだ。
「もう気にしてないよ。それよりも、よかったね。マナの樹が元通りになって」
そう言ってアルベルトは、マナの樹に目を向ける。
呪いから解き放たれた神木は、かつての姿を取り戻していたのだ。それは、神木と崇められるに相応しく、マナによって樹木の表面から枝葉に至るまで淡い光を放っており、この暗黒に閉ざされた森をやさしく照らしていたのだ。
一方、森に漂う黒マナは、完全に浄化し切ったわけではないようだが……マナの樹から放たれる光は、少しずつ広がっており、黒マナもその光に飲まれるように消えていった。
「おお、神木が命の光を放っておられる。有り難いことじゃ」
森の賢者は、マナの樹を崇めるように両手を上げ、祈りを捧げる。一方、さっきまで暴れていたトレントたちも、この幻想的な光景に癒されたのか、今は、大樹のように大人しくじっとしていたのだ。
「そなたらは、森を穢したあのニンゲンどもと違い、見返りも求めず、神木を呪いから解き放ってくれた。森の者を代表して、そなたらには、感謝の気持ちを表したい」
そう言って森の賢者は、アルベルトとカタリナに深々とお辞儀をするが……
「ちょっと、待ちなよ」
「な、なんじゃ?」
唐突に待てと言われて戸惑う森の賢者に対し、アルベルトは、こんな話を始めたのだ。
「賢者様。見返りを求めないって、そんな都合の良い話があるわけないだろう?」
それから森の賢者に迫り、こう言った。
「お礼の品くらい、当然、期待してもいいんだよね?」
アルベルトは、意地の悪い笑みを浮かべる。どうやら、見返りの方は、諦めていなかったらしい。傍で聞いてたカタリナは、「やはり、そうくるか」と半ば呆れつつ、またまた大きな溜め息をついた。
「むう、人間とは、がめつい奴らじゃのぉ……まあ、良いじゃろう。そなたらには、助けて貰ったわけじゃしな。昔、ドーンバルドの者たちから、友好の証として譲り受けた品々が、この大樹の腹に保管してあるのじゃ」
「へえ? それは、興味深いね」
「宝は、大樹の中にしまってある。好きなだけ、持って行くがよいぞ。まあ、王国亡き今となっては、持っていても仕方がないからのぉ……」
王国亡き今……その言葉を耳にした途端、カタリナは、ハッとさせられる。一方のアルベルトは、そんなことも気にする様子もなく、ようやく秘宝が手に入ることを喜んでいたのだ。
「ありがとう、賢者様。それじゃあ、遠慮なく、貰っていくからね」
そう言ってアルベルトは、ウキウキとした足取りで大樹の中へと入って行くが……
「賢者殿……貴方にお聞きしたいことがあります」
気になることがあるのか、その場に残っていたカタリナは、森の賢者に声を掛けた。
「貴方は先程、王国亡き今、と仰いましたが、それは、ドーンバルドは、既に滅びた。そういう意味でしょうか?」
その問いに対して、森の賢者は、すぐに答えようとせず、こんな話を始めたのだ。
「貴女様は、真にドーンバルドの姫君ですかな? とうの昔に姿を消したと風の便りに聞きましたが……いえ、答えずともよいですじゃ。その聖剣が何よりの証でありましょう。して、貴方様は、ここから先に歩まれるつもりですかな?」
「はい。あの者には、恩がある故に」
「果たして、まことにそれだけが理由ですかな?」
「え?」
カタリナは戸惑う。アルベルトの助けとなること以外に、理由なんて思いつかなかったからだ。
「ふむ、今は、まだ、己の運命に気付いておられませんか。あるいは、見ぬようにしておるだけですかの? いずれにせよ、もしこの先に進むというのであれば、覚悟を決めてから向かうことですじゃ」
「それは、どういう意味でしょうか?」
すると、森の賢者は、マナの樹の方を見ながらこう答えたのだ。
「神木に呪いを掛けた者……あれは、黒き力を操りし恐るべき魔術師であった。雄山羊の骸を被りしあの者は、まさに『死神』そのものじゃ。賢者と呼ばれる程には、魔法を熟知しておるつもりであったが、そんな儂ですら、まるで歯が立たない程の使い手でありました」
「死神、ですか? 何者なのでしょう?」
「恐らくは……いや、儂の口から言うべきではないのでしょうな。しかし、いずれ、貴女様は、あの者と相見えることになりましょうぞ」
森の賢者は、教えてくれなかった。名を口にすることすら恐れ多い存在なのだろうか? それとも、他に何か言えない理由でも?
「覚悟が決まったのであれば、この森を抜け、ドーンバルドへと至る道を辿るといいでしょう。貴女様がこの世界から姿を消した後、暁の王国は、どうなったのでしょうな? フォッフォッフォ」
森の賢者は、意味深な言葉を残すと、トレントたちと共に、闇に溶け込むように消え去っていったのだ。
カタリナは、呼び止めようともせず、ただ立ち尽くしているだけだった。森の賢者は、はぐらかすばかりで、結局何も教えてくれなかったが、答えは、自らの目で確かめよ、とのことなのだろうか……自分があそこに封印された後のことなど知る由もない。ドーンバルドは、あの後どのような命運を辿ったのだろうか?
そして、『陛下』は……
「ねえ、姫さん、どうかしたのかい?」
そんな声が聞こえてきたので我に返ったものの、目の前には、アルベルトの顔が迫っていたのだ。カタリナは思わず……
「きゃあっ?」
と、女の子らしい悲鳴を上げてしまった。もっとも、騎士団長としては、恥ずかしかったらしく、赤面しつつ、咳払いをしてからこう言った。
「そ、そなた、宝は、手に入ったのか?」
「まだだよ。折角だし、一緒に見に行こうよ」
「私は、宝などに興味はないのだが……」
「いいから、来なよ。僕一人で盛り上がっても仕方がないだろう? この戦利品は、僕達二人のものだろ?」
そう言ってアルベルトは、手を差し出してきた。どうやら、彼は、二人で喜びを分かち合いたいようだ。そういうのも悪くはない、かな? そう思ったカタリナは、こう答えた。
「まあ……そういうことであれば、仕方がないの」
そう言ってアルベルトの手を取る。
「それじゃあ、行こうか。あの賢者殿は、どれだけ宝を蓄えていたんだろうな? あー、ワクワクするなぁ」
二人は、大樹の腹の中へと入って行くが……
「あ……」
中に入った途端、アルベルトは、絶句する。
そこには、色とりどりの宝石や山積みになった金貨など、まさに絵に描いたような光景が広がっていたのだ。しかも、中央には、秘宝と思われる神器が幾つも並んでいる。これだけの宝が手に入れば、一生遊んで暮らせると言っても過言じゃないだろう。
しかし、そんな財宝の山を目の当たりにしているにもかかわらず、アルベルトの表情は、浮かないものであった。それもそのはず、そこには、まさかの先着がいたからだ。
アーチボルト社の連中である。なんと、彼らは、あの状況を何とか脱し、アルベルトたちを出し抜いて、先に財宝の山に辿り着いていたのだ。
メルセデスは、財宝を回収するために、部下たちに指示を出していたが、こっちに気付いたらしく、こう声を掛けてきた。
「あ~ら、ローガンさん。あなたたちも秘宝に辿り着いたのね。でも、遅かったわね。先に辿り着いたのは、わ、た、し、た、ち。つまり、この財宝は、全てアーチボルト社が頂いていくわ。悪く思わないでねー」
メルセデスは、勝ち誇ったようにニッコリとして見せるが、対するアルベルトは、何も言い返せず、ただ立ち尽くしているだけだった。
一方、カタリナにとっては、この結果があまりにも可笑しかったらしく、口元に手を当てて笑い出したのである。
「クッ」
「な、なにが可笑しいんだよ?」
「いや、あの時、彼らのことを助けておれば、おこぼれに預れたかもしれんのにな、と思ってな。フフフ」
「なんだよ。僕が間違っていたっていうのかい?」
「別に? そうは言ってないよ。フフ……アハハハ!」
カタリナは、遂に腹を抱えて笑い出したのだ。その様子を見たアルベルトは、段々苛立って来たらしく、遂には……
「あーッ、チクショーッ、こんなの全然面白くないしッ!」
と、叫んだのだ。
第二階層、暗黒の森を探索した結果……アルベルトは、何も得ることが出来なかったどころか、ライバルであるアーチボルト社に貢献するだけで終わってしまったのだ。