ホームへようこそ
『ホームへようこそ』
ダンジョンから脱出したアルベルト一行は、何処かの建物内に姿を現した。そこは、鉄道の駅舎のような広々とした場所だったが、汽車の姿は見当たらず、大掛かりな装置が幾つかあるだけだ。また、此処に集うのは、旅人ではなく、冒険者たちである。今は、彼らだけで建物内を埋め尽くす程だった。
ここは、ダンジョンの入り口が集まる『ターミナル』と呼ばれる施設だ。冒険者たちは、このターミナルからダンジョンへと旅立つのである。ちなみに、建物の管理は、冒険者たちが結成した組合『冒険者ギルド』が行っているそうだ。
「おおっ、なんだかよく分からぬが、凄い賑わっているではないか。今日は、祭りでもやっておるのかの?」
カタリナは、興奮気味にそう尋ねる。
「まあ、確かに、僕たち冒険者にとっては、お祭りみたいなものかもね」
「それにしても、皆、変わった格好をしておるな……む? あれは……」
カタリナが何か気になるものを発見したようだ。彼女の目線を追ってみると、そこには、巨大な銅像が立っていたのだ。顎髭を生やし、自信に満ち溢れた笑みを浮かべるこの豪傑は、両刃の斧を携えている。
「なあ、アル……」
「うん?」
「あの御仁は、この国の王であるか?」
「この町には、王様なんていないよ。あの人は、アイザック・ヴァンガード、この町の英雄さ。この像は、彼の死後、その生涯の功績を称えるために建てられたものなんだ」
「ほお、英雄とな。これだけ立派な像となれば、後世に残るような見事な武勲を立てたのだろうな」
すると、アルベルトは、その話題、待ってました。と、言わんばかりに喋り出す。
「うん、本当に凄い人なんだよ。昔ね、この街がダンジョンからやって来た魔物たちで溢れ返ったことがあったらしいんだけど、アイザックは、自ら魔物の巣に飛び込み、その根幹となる巨悪を叩きのめし、ダンジョンを消滅させたんだ。しかも、たった一人でさ! でもね、僕が思うには、この人の功績で最も大きいものは、ダンジョンから秘宝を持ち帰ったことだろうね。それが絶望しかけた人々の心にどれだけの希望を与えたか。まさに、英雄と呼ぶに相応しい人さ」
そう語るアルベルトの瞳は、まるで少年のそれであった。一冒険者である彼にとっては、やはり英雄の存在は、憧れの的と言ったところだろう。一方、話を聞かされる側だったカタリナは、圧倒されてキョトンとしていた。そのことに気付いたアルベルトは……
「っと、ゴメン。退屈な話だったよね?」
と、言って頭を掻くが、カタリナは、「ううん」と首を振ってこう返す。
「そんなことはない。楽しそうに話すアルを見て、そなたがこの御仁に憧れを抱いておることが、私にも伝わって来たぞ」
「うん。あの人は、今でも僕の目標だからね」
「英雄とは、死後も人々の心の中に生き続けるのだな」
カタリナは、そんなことを口にした後、他にも面白いものは、無いかと辺りをキョロキョロし出すが……
「あ……」
何か見つけたらしいが、しばらく口を開けたまま、『ソレ』をじーっと見ていた。彼女が見ている物は、壁の高い位置に描かれた、太陽をモチーフとした紋章のようだが……
「何か気になるものでもあったのかい?」
アルベルトがそう尋ねると、カタリナは、ようやく口を開き出す。
「あの紋様は?」
「あれかい? あれは、冒険者ギルドの旗章『太陽の聖印』さ。ダンジョンから帰還したアイザックは、今後の備えとして冒険者ギルドを創設したんだ。つまり、アイザックは、初代ギルドマスターでもあったんだけど、あの人の腕にあった特徴的な『あざ』が、そのままギルドの旗章になったんだよ」
「そうであったか……」
カタリナは、そう口にした後、小さな声でこんなことを呟きだす。
「つまり、この国の英雄は『呪い』を克服したのだな……それに比べて私は……」
呪い? カタリナは、一体、何の話をしているのだろうか?
「姫さん、呪いってのは、なんのことだい?」
アルベルトがそう尋ねると、カタリナは、我に返ると同時に、慌てふためく。
「へ? あ、ああ、な、何でもないぞ。ただの独り言だ。そ、それにしても、こうも人が多いとなると、お互いにはぐれてしまわぬよう、気を付けぬとな」
「う、うん、そうだね」
急に誤魔化しだしたカタリナの様子からして、何か隠しているのだろうか? とは言え、野暮な詮索はするべきではないだろうし、そんな趣味もない。そう考えたアルベルトは、それ以上、何も聞かないことにした。
「あれ? そう言えば……」
気になることと言えば、もう一つあった。アルベルトは、ふと思い出したのだが、ダンジョンから脱出する際に居たはずの『あるもの』が何処かに消えていたのだ。ついさっきまでの記憶を振り返ってみても、確かに傍に居たはずなのだが……
「ねえ、姫さん」
「うん?」
「あんたのペット、どっかに消えたみたいだけど?」
「おっ? おおお??? そう言えば、見当たらんではないか! ど、何処へ行ってしまったのだ!?」
なんと、ミノタウロスが迷子になったようだ。二人は、慌てて辺りを見回してみるが……この時、遠くの方で「ブモォーッ!」っと、聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきたのだ。
「あそこ!」
アルベルトが指差す。そこには、女性の冒険者たちが群がっていた。なにやら、ぬいぐるみのような物を揉みくちゃにしているようだが……よく見ると、行方不明になったカタリナのペットだったのだ。
「きゃーっ、なんてキュートなの? ねえ、これ、なんていう動物?」
「そんなこと、どうでもいいじゃない。ねえ、キミ、私のモノにならない?」
「ちょっと、あんた、ズルいし。その子は、私がお持ち帰りするの!」
皆、勝手なことを口にしていたが、当の本人は、迷惑そうにしていた。
「あの人たち、あれが数々の冒険者たちを葬った例のミノタウロスだと知ったら、どんな顔をするのかな?」
アルベルトは、冷静にそう突っ込む。
それからアルベルトは、お嬢様方をやんわりと説得してミノタウロスを返して貰った。
「かわいそうに、あの者たちに酷い目に遭わされたのだな。もう私の元から離れたりするんじゃないぞ」
カタリナは、ミノタウロスの頭をよしよしと撫でる。これまで冒険者たちを酷い目に遭わせてきたのは、その牛の方だ。と、アルベルトは、言いそうになったが、グッと堪え、こう切り出した。
「と、とにかく、また騒ぎにならないうちに、ここから出よう」
二人と一匹は、ターミナルを後にするが……
「うおおおぉぉぉ!!!??? な、なんなのだぁー、コレはぁーッ!?」
建物の外、メイズシティの中心街に出るなり、カタリナは、絶叫する。町には、鉄で出来た建物がひしめき合っており、屋上に備え付けられた煙突から煙をモクモクと吐き出していたのだ。見慣れないものは他にもあり、歩道には、ミノタウロス程の巨体を誇る二足歩行型の鋼鉄の巨人『ゴーレム』が大きな荷物を運んでいて、街の上空には、空飛ぶクジラのようにも見える、巨大な『飛行艇』が悠々と移動していたのだ。そう、ここは、産業革命の象徴である蒸気機関と魔法の力が融合することによって誕生した機械化された町なのである。カタリナは、ただその景観に圧倒されるばかりであった。
「これは、夢であろうか? 私の時代には、存在しなかったものばかりだ」
「ふふ、驚いているみたいだね。この街にあるものは、僕たちの世界にある蒸気機関の技術と、古代文明の知識を合わせて造られたものなんだ」
「古代文明とは、我らの時代の技術のことだな」
「うん。でもね、魔法の源であるマナは、元々、この世界には、存在しなかったんだ。だから、魔法の力を借りるためには、『あれ』が必要だったのさ」
そう言ってアルベルトは、元来た道を振り返ると、天に向かって指差した。そこには、今出てきたばかりのターミナルの建物があるが……
「む? おお……」
それを目にした時、カタリナは、感嘆の声を漏らし、思わず息を呑む。
それは、この街で最も背の高い巨大な塔であった。
塔の天辺には、ギルドのシンボルを模したオブジェが取り付けられており、そこから虹色の光が放たれ、町中に降り注いでいる。あれは、ダンジョンから汲み上げたマナを放出することで、この世界に魔法の概念をもたらす装置だそうだ。それは、古代人の知識と現代の技術が融合することによって誕生した、まさにこの町の象徴的な存在なのだ。
ちなみに、この塔は、冒険者ギルドが所有していることから、『ギルドタワー』などと呼ばれているらしい。
「あのような高さの塔は、初めて見たぞ」
「この町で最も高い塔さ。凄いだろう?」
「う、うむ。私が眠っている間にこれ程までに文明が進んでいようとは……」
そう口にするカタリナは、僅かに震え出すが……
「この町では、面白いものが沢山見られそうだな。よし、決めたぞ。もっと色々、見て回ろうではないか!」
興奮が抑えきれなかったらしく、突然、走り出したのである。しかし、その先には……
「あ、ちょっと、そっちに行くなよ!」
アルベルトは、慌てて引き戻そうとするが、遅かった。カタリナの目の前を、時速六十キロ程の速度で何かが通過する。彼女は、すっかり固まってしまったが……しばらくすると、走りながら戻って来た。
「あ、ああ、あれは、なんなのだ? もの凄い速さであったぞ!」
カタリナは、興奮気味に、声を震わせながらそう口にする。
「あれは、『ビークル』だよ。蒸気機関で車輪が動く仕組みなんだ。燃料は空気中のマナを使っているから、実質、ずっと走り続けることが出来るんだよ」
「つまり……どういったものなのだ?」
「えっと、キミたちの世界で例えるなら……馬、かなぁ?」
「なんと!」
乗り物であることを知った途端、カタリナが青色の瞳をキラキラと輝かせ始める。
「わ、私も乗ってみたいのだ。なあ、アル、アレに乗ることは、叶わぬかの?」
そんな目で見られてしまっては、さすがのアルベルトも断るわけにはいかないと思ってしまったらしく、「やれやれ、しょうがないな」と言いつつ、ポーチから石板のようなものを取り出し、それに人差し指を押し付ける。すると、道路に魔法陣が浮かび上がり、そこに屋根の付いていないビークルが現れたのだ。どうやら転送魔法を起動することで、所謂マイカーを呼び出したようだ。
「おおっ! これが、びーくるなのだな。それにしても……ふむ、こうしてみると、鋼鉄で出来た棺桶のようだな」
「え、縁起でもないこと言うなよ。とりあえず、乗りなよ」
そう言ってアルベルトは、カタリナとブリちゃんを後部座席に座らせ、自らも運転席に乗り込む。
「さて、どうするかな……」
ダンジョンから戻って来たものの、これからこのお姫様を何処に連れて行こうか、あまり考えていなかったのである。ひとまず、マスターの元に戻って色々と相談してみよう。そう考えたアルベルトは、彼の店に向かうことにし、エンジンを起動した。
ビークルは、ブロロロと煙を噴きながら前進するが、アルベルトがアクセルを踏み込むと一気に加速し、セーブポイントのある旧市街に向かって走り出したのだ。
それから走り出してから一分も経たないうちに、移動手段にビークルを利用したのは、間違いだったと気付くのである。
「うおおおッ!!!???? これは、なんと快適な乗り物なのだ。揺れも少なく、馬よりもずっと速いではないか! 外の景色が風のように流れていくぞ!」
お姫様がはしゃぎ始めたのである。それからというもの目に飛び込んで来た景色についていちいちコメントし始め、あれは、何だ? あそこに行ってみたい、などと始終うるさかったのである。
「少しは、大人しくしてくれ……」
アルベルトは、赤面していた。
一方、ミノタウロスは、キャッキャしている主人とは対照的に、顔を真っ青にしていた。どうやら車酔いに苦しんでいるようだ。
「だ、大丈夫かな……頼むから、吐かないでくれよ?」
ビークルの方を心配するアルベルトであった。
この時、辺りから潮の香りが漂ってくる。外に目を向けてみると、そこには、青く広大な海が地平線の彼方まで広がっていた。
メイズシティは、海に囲まれた島『トレジャーアイランド』の上に建つ巨大な都市なのだ。塔の周りを固めるように築かれた鉄製の建物を見ていると、まるで、島全体が要塞のようにも見えるが、その下部には、石造りの古めかしい建物が連なっている。あそこは、旧市街と呼ばれる地域であり、かつて、この地に移り住んだ者たちが初めに建てたとされる、歴史の古い町なのだ。そこは、アルベルトの故郷でもあり、彼は、今もあそこに住み続けているのだ。
それから三十分後くらいに、ビークルは、旧市街へと辿り着いた。ようやく地獄から解放されたミノタウロスは、転げるように降りると、仰向けになってグッタリする。
「お疲れさん。あんたも、よく堪えて……って、おい、まだ吐くんじゃない!」
慌てたアルベルトは、端末を操作して魔法陣を起動し、汚物まみれになる前に、ビークルを自宅に転送した。
「この辺りは、少し寂れておるようだが……」
旧市街が持つアングラな雰囲気を目の当たりにしたカタリナは、そんなことを口にする。
「こういう所は、お気に召さないかい?」
「いや、風情があって、よいと思うぞ。それに……」
「それに?」
「少し、懐かしい気がしてな。なんというか、我が国の街並みに似ておるというか……」
そう口にするカタリナの表情は、どこか寂し気なものであった。
「姫さん?」
「ああ、すまぬ。なんでもない……」
そう言ってカタリナは、目頭を拭った。旧市街の街並みを見て、故郷のことを思い出してしまったのだろうか? だとしたら、ここに連れて来ない方が良かったのだろうか? アルベルトはそんなことを思ってしまった。
「なあ、アル……」
カタリナは、神妙な面持ちで声を掛けてきた。何か悩みでも相談したいのだろうか? 力になれるかは分からないが、話だけでも聞いてみよう、アルベルトは、そう考える。
「なんだい?」
「その……」
言い辛そうにしていたが、ようやく決心がついたらしく、こう言った。
「お、お腹が空いたのだが」
しばらく間が開く……が、アルベルトは、堪え切れず、思わず大笑いしてしまった。
「な、なにゆえ笑っておるのだ? 腹が減るのは、し、仕方がないであろうに……」
カタリナは、恥ずかしそうにしていたが、アルベルトは、別に彼女のことを馬鹿にしたわけではなかった。
「ごめん、ごめん、そうじゃなくてさ。なんだ、そんなことだったのかい。でも、丁度よかったよ。これから馴染の店で昼食にしようと考えていた所だったんだ」
「おお、気が利くではないか。は、早く行くぞ」
「決まりだね。おい、あんたも腹減ってんだろ? そんなところで寝てたら、置いていくからね」
そう声を掛けると、ミノタウロスは、さっきまでグッタリしていたくせに、シャキッと立ち上がる。分かり易い奴だ、アルベルトは、そう思った。
アルベルトは、姫様とペットを連れて、馴染の店であるセーブポイントに入る。すると、いつものようにシャーロットが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、ローガンさん……って、あれぇ?」
シャーロットは、アルベルトの隣にいる女性のことが気になったようだ。
「ローガンさん、そのお隣の方は?」
「ああ、コイツらは、ダンジョンで拾ってきたのさ」
「むっ、人を捨て猫みたいに言うでない」
カタリナは、間髪入れずに異議を唱える。
「つまり、最近噂のあれですか、合コンならぬ、ダンコンって奴ですか?」
「なんだよ、それ」
「知らないんですか? 女性冒険者の間で流行っているそうですよ。あ、それよりも自己紹介が先でしたね。初めまして、私、メイズシティ看板娘コンテストにて三年連続一位に輝いたシャーロットって言います」
「経歴を盛るなよ」
アルベルトは、冷ややかにそう突っ込んだ。対するカタリナは……
「私は、ドーンバルド王国、第一王女カタリナ・ナイトレイだ。よろしくな、シャーロット殿」
第一王女、その肩書を聞いた途端、シャーロットは、雷に打たれたかの様にショックを受ける、それから膝から崩れ落ち、こんなことを言い出したのだ。
「ま、負けた。あまりの美しさにもしやとは思っていたが、まさか、第一王女などという上流階級の方だったとは……果たして、庶民の私に勝ち目は、あるのだろうか? つづく」
「あんた、一体、何と戦っているんだよ」
アルベルトは、やれやれと肩をすくめる。
「ハハハ、そなた面白い娘だな。気に入ったぞ」
「ははぁ、そのように言って頂けるとは、まさに、光栄の至りで御座います」
今度は、仰々しく頭を下げ始めた。もう勝手にやってろ。そう思ったアルベルトは、いつものカウンター席に向かった。店主のジェームズは、食器の整理をしていたが、アルベルトが席に着くと、作業の手を止めて、にこやかな笑顔で応対する。
「これは、ローガンさん。あなたなら戻って来ると信じていましたよ。それにしても、随分と変わった娘を連れてきましたね」
そう言って、「これですか?」と小指を立てて、意地悪そうな笑みを浮かべる。
「ち、違うよ! まあ、向こうは、そのつもりらしいけど……それで、聞こえていたかもしれないけど、どうやら彼女は、失われた王国の王女様、つまり、例の騎士団長なんだ」
そう言われたのでジェームズは、カタリナの方に目を向けるが……キャッキャと騒いでいる彼女の姿を見て、訝しがるように眉をひそめ、こう尋ねる。
「それは、確かなのですか? 服装だけなら分かりますが……」
服装だけなら、か……アルベルトは、苦笑いしながらこう返す。
「ああ見えても、戦いになると、まるで別人みたいになるんだ。だって、例のミノタウロスを一瞬で倒す程なんだからね。間違いない。本物だよ」
「貴方がおっしゃるのであれば、そうなのでしょうね」
「それに、彼女は、暁の聖剣を持っていたんだ。まあ、そっちは、諦めなくちゃならなくなったけど、まだツキが無くなったわけじゃない。姫さんからは、ドーンバルドについて色々と聞き出せそうだしね」
「では、再び、亡国の遺跡群に挑むのですね?」
「そういうこと。今回の目的は、暁の聖剣だったけど、挑む以上は、最深層にある『グリモワール』を手に入れたいからね」
グリモワール……その言葉を聞いた途端、ジェームズは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「やはり、狙っていましたか」
「当然だよ。冒険者としての名声を高めるには、あれを手にするのが一番だからね」
「なるほど。それで、我々に協力出来ることは、何かありませんか?」
「だったら、一つ頼みがあるんだけど、彼女をマスターの所で預って欲しいんだ。行く当てもないだろうしね」
「ふむ、シャーロットとも仲良くやっているみたいですし、我々としては、それで構いませんが……折角ですし、ローガンさんのお宅に泊めては、如何ですか?」
ジェームズがそう提案すると、何故かアルベルトは、アワアワと慌て始める。
「なっ? ば、馬鹿なことを言うなよ。僕の部屋に、その、お、女の子を連れ込むなんてあり得ないだろう? そんなのお断りだよ」
「おや、ローガンさんもいいお年なのですから、女の子の一人や二人、連れ込んだところで何もやましいことなど無いと思われますが?」
「ひ、一人や二人!? ぼ、僕は、あんたみたいな軟派な男じゃないんだ!」
アルベルトは、顔を真っ赤に染める。その辺は、意外とお堅い性格だったしい。
「何の話をしておるのかの?」
「うわあぁーッ!?」
カタリナがひょっこりと顔を出すと、アルベルトは、思わず跳び上がった。
「なんだ? そなた、まるで森でバンシーに出会ったかのような反応をしおって」
「ごめん……」
アルベルトは、一つ咳払いをし、心を落ち着けた。
「ところで食事はまだかの? 私は、腹が減って仕方がないのだ」
カタリナがそう催促すると、シャーロットが名乗り出る。
「あ、お食事をご希望でしたか。では、不肖ながらシャーロット、今宵、麗しき姫様のためにランチの料理人を務めさせていただきます」
そう言ってシャーロットは、敬礼して厨房に入って行った……と思いきや、急に戻って来ては、アルベルトの近くに寄って、ヒソヒソとこう尋ねる。
「ローガンさん。お姫様って何を食べるモンなんですかね?」
「いや、そんな珍獣みたいな扱いしなくても……僕たちと同じモノをお召しになるんじゃないかな?」
「ラジャー」
回れ右をし、再び厨房へと入って行った。
しばらくすると、シャーロットが腕によりをかけた料理がテーブルの上に置かれた。一枚の皿の上にバッファローウイングとフィッシュポテト、それから申し訳程度にレタスとトマトを添えた、ガッツリとしたメニューである。ちなみに、アルベルトの分は、いつものハンバーガーだ。
「おお! これは、なんとも豪勢で、美味しそうではないか!」
「お、お褒め頂き、光栄です……ゼェゼェ」
何故か息切れしているシャーロット……裏舞台で何があったのかは知らないが、苦労した甲斐もあってか、カタリナは、満足そうにしていた。
「それでは、早速、召し上がるとしよう」
そう言いつつも、何故かカタリナは、料理に手を付けようとせず、テーブルの周りをキョロキョロと見渡していたが……
「シャーロット殿、ナイフとフォークは、ないのかの?」
「それは、手で食べるものですよ。あ、指を洗うための水も用意しませんとね」
「そういうものなのか? うむ、それは困ったの……」
この時、カタリナは、手に嵌めていた手袋を外すか外さないかでオロオロしていた。食事で手を汚したくないのだろうか? まあ、仮にも高貴な生まれの姫君だし、その辺は、デリケートなのかもな。そう思ったアルベルトは、こんな提案をする。
「それじゃあ、僕の料理と交換しよう。こっちなら、ナイフとフォークでも食べられるからね……いちおう」
「ううむ……かたじけない」
二人は、料理を交換した。
それからシャーロットは、カタリナのためにナイフとフォークを用意してくれた。カタリナは、早速、ナイフとフォークを手に取る。
「では、頂くとしようか」
そう言って豪快にがっつく……と思いきや、これまでの振る舞いからは、考えられないくらいお上品に食事を嗜んでいたのだ。ナイフで小さく切った料理を口に運ぶ様は、とても品があり、アルベルトは、不覚にも心を奪われてしまうが……
「あのぉ、ローガンさん?」
「へ? う、うん、なんだい?」
シャーロットに呼びかけられて、アルベルトは、我に返る。
「この子、お姫様のお連れのペットちゃんですよね?」
「うん、そうだけど? それがどうしたの?」
「さっきから、ローガンさんの分を食べてらっしゃるみたいなんですが……」
「なっ?」
アルベルトは、慌てて自分の分の料理に目を向ける。ミノタウロスは、カウンターの上に座っていたのだが、なんと、バッファローウイングをモシャモシャと食べていたのだ。しかも骨ごとバリバリ砕いている。
「おい! それは、僕の分だっ! しかも、なんで牛のクセに肉を食べてるんだよ! あんたは、干し草でも食ってなよ!」
アルベルトは、皿からミノタウロスを引き剥がそうとするが、意地でも離れまいと抵抗し始めたのだ。
「へえ、この子、牛さんだったんですね」
「正確には、ミノタウロスだけどね」
「じゃあ、アレですか、愛称は、『ミノ』ですかね? 私は、『カルビ』とか『ヒウチ』が好きなんですけどねー」
そう言ってシャーロットは、意地悪そうな笑みを浮かべて、ミノタウロスの方をじーっと見つめる。
「ブモッ!?」
「やめなよ、牛が食べられるんじゃないかと心配し始めたじゃないか」
一方、飼い主も心配になったらしく……
「そ、そなた、本気ではないだろうな?」
「まさかぁ、冗談ですよ、ワハハハ」
ひとまずそう言ったものの、シャーロットの場合、時々、冗談と本気の違いが分からない時があるため、ミノタウロスにとっては、油断出来ないのは言うまでもない。
「そう言えば、コイツの名前、まだ決めてなかったね」
「うむ、どうせなら立派な名前を付けてやりたいな」
カタリナは、一考するが……しばらくして、良い名が思い浮かんだようだ。
「よし、今日からそなたのことは、『シャトーブリアン』と呼ぶことにしよう」
「あんたも食う気じゃないかッ!」
「ブモモッ!?」
飼い主も酷かった。更にこっちは、悪気がない分、余計に性質が悪い。
「じゃあ、この子のことは、ブリちゃんと呼んでもいいですか?」
「うむ、その呼び名には、愛嬌があって良いな」
ミノタウロス、改めブリちゃんは、ひとまずその呼び名が気に入ったらしく、尻尾をブンブンと振るっていた。
「あ、ミノタウロスって尻尾もあるんですね。それじゃあ、テールスープも作れちゃいますけど、どうされます?」
「ブモォーッ!?」
「もう勘弁してやりなよ」
ブリちゃんが安らげる日は、いつか来るのだろうか……
「さてと……」
食事を済ませた(というより、ブリちゃんに全部食べられた)アルベルトは、席を立つ。
「それじゃあマスター、僕は、帰るからね」
そう言ってテーブルにお代を置くが……
「待て」
まだ食事中だったカタリナに呼び止められた。
「帰るなどと言われても、私は、まだ食事の途中なのだが?」
「ゆっくりしていていいよ。今日から、あんたは、ここで世話になるんだからね」
「む? そうなのか? 私は、そなたの傍に……」
カタリナが何かを言い掛けた所で、シャーロットが「キタッ」と言わんばかりに、バッと立ち上がり……
「宿泊もご希望だったんですね!」
そう叫んでカタリナの手をガシッと握り締める。
「そういうことでしたら、姫様、是非とも、私の部屋に泊まりに来ませんか?」
「あ、いや、その……」
カタリナは、困惑した様子であったが、キラキラと輝くシャーロットの瞳を見て、断るわけにはいかないと思ったらしい。
「そ、そうだな。では、今宵は、そなたの世話になろうかの」
「やったぁー、私、ちょうど女の子のお友達が欲しかったんですよね」
シャーロットは、大喜びするが……
「いやぁ、この店に来る人ってさぁ、ホラ、むさくるしい男ばっかりで、こういう女子会的な出会いに飢えていたんですよ」
一言、余計だった。アルベルトは思わず……
「悪かったね」
と、悪態を付く。
「それじゃあ、姫様、よろしくお願いしますね」
「うむ、こちらこそ、世話になるぞ。シャーロット殿」
二人は、良い仲になれそうだな、アルベルトは、そう思った。
「あ、そうだ、この後、一緒に買い物に行きませんか? お洋服とか色々買ったりして、映画も観に行って、夜は、パジャマパーティーで盛り上がりましょう、うん、それがいい、そうしましょう」
「う、うむ……そなたに任せる」
一方、さすがの王女様ですら、何処か強引なシャーロットに振り回される運命を辿るのではないか、と、心配してしまった。
帰宅したアルベルトは、就寝する前に、机の上に置かれた羊皮紙と向き合う。それから、羽ペンを手に取ると、今日、ダンジョン内での体験を記録として綴り始める。これは、誰かに宛てた手紙でもなければ、書籍化して本屋に並べるつもりでもなかった。これは、日課のようなものであり、アルベルトは、自分の考えをまとめたい時に、こうしてペンを取るのだ。
「そういえば……」
姫君を目覚めさせた際のことを書こうとした時、ふと、手が止まる。
あの棺の封印を解くには、暗号を入力する必要があったわけだが、アルベルトが導き出した答えは「さいあいのむすめへ」であった。
文面通りに捉えるならば、ドーンバルド王国の女王が娘に宛てたメッセージ、と考えるのが普通だが、では、何故? 最愛の娘であるカタリナをあの棺の中に封印したのか? カタリナは、千年以上もの時を越え、結果的に、家族や故郷からも離されたわけである。これは、酷い仕打ちと言わざるを得ない。
それでも女王は、カタリナのことを愛していた、というのであれば、何かやむに負えない事情があったと考えられる。ドーンバルド王国の滅亡……その最大の謎に関わってくることなのだろうか?
あの国で、一体何が起きたのだろう?
それを知る手がかりは、ドーンバルドの姫君自身にある。機会があれば、彼女から聞いてみるのもいいかもしれないが、ダンジョンを攻略していけば、聞かずともおのずと知ることになるだろう。むしろ、冒険者としては、その方が性に合っているというものだ。
それに、カタリナは、謎を解く手掛かりとなるだけでなく、ドーンバルドに関する知識の方にも期待できる。ダンジョン攻略における頼もしい味方であることは、間違いない。暁の聖剣は、諦めなくてはならなかったが、代わりに強力な切り札を得たというわけだ。
アルベルトは、風向きが有利な方に吹いているのを感じていた。今回こそは、ダンジョンの最深部へと辿り着くという、今まで成し得なかった偉業を遂げられるのではないか、そんな期待も僅かながら出てきたのだ。
その時は、ようやく憧れのあの人に一歩近づける……
「これは、面白くなってきたね」
アルベルトは、記録を一気に書き終え、そのまま就寝した。




