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冒険者たちの英雄譚  作者: 桜の灯籠
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第一階層 封印の神殿

 ドーンバルド王国、そこは、女王アンネが統治する平和な国であった。

肥沃な大地が広がるこの国は、災害が少なく、年中穏やかな気候であるため、豊穣の地とされている。この恵まれた大地からは、溢れんばかりの作物が育まれ、それ故に、飢えに苦しむ民は、誰一人としていなかったそうだ。

 春の収穫期に入ると、この国の民は、日々の糧を生み出してくれた大地に感謝するため、収穫祭を行ったそうだ。城下町の大通りには、沢山の店が並び、人々で溢れ返るのだ。

 さて、今日は、そんな収穫祭の真っ最中であるが、祭りで賑わう町の中、小柄な少女が人々の合間を縫うように走っていた。

金色の髪と蒼い瞳を持つこの少女の名は、『カタリナ・ナイトレイ』、この物語の主人公である。

 カタリナにとって、収穫祭は、初めての体験だったらしく、少しはしゃぎ気味に大通りを走っていた。色とりどりの果実、華やかな装飾、そして、フワフワと浮かぶ光の球体……ちなみに、これは、魔法によって生み出されたものだそうだ。好奇心旺盛なカタリナは、そっと手を伸ばしてみるが……

 パチン!

 「わわっ!?」

 いきなり弾けたことで思わず腰を抜かしてしまったが、弾けた球体は、ヒューンと空へと真っ直ぐに飛んで行き、ポンッと光の花を咲かせたのだ。どうやら、触れることで花火が打ちあがる仕組みらしい。

 「おもしろーい!」

 すっかり気に入ったカタリナは、もう一つの球体に触れようとするが、この時、何処からか流れてきたあまーい匂いが鼻腔をくすぐる。

 「うーん、いい匂い!」

 カタリナは、香りを深く吸い込むと、早速、スンスンと匂いを嗅ぎながら、出所を探し始める。

 「あそこかな?」

 甘い匂いの正体は、クレープだった。菓子職人が屋台を開いているようだが、評判がいいらしく、人だかりが出来ていた。どうしてもクレープが食べたかったカタリナは、小柄な体格を上手く生かして近づこうとするが……押し出されてしまった。この様子では、近づくのは、難しそうだ。

 「クレープ食べたいのになぁ……」

 そう言ってカタリナは、頬を膨らます。

 「おや、嬢ちゃん」

 近くを通りかかった男性に声を掛けられる。

 「もしかして、クレープを食べたかったのかい? だったら分けてやるよ」

 そう言って親切にもクレープを分けてくれたのだ。カタリナは、遠慮なく受け取ると、満面の笑みを浮かべてお礼を言った。

 「ありがとう、おじさん」

 「ははは、喜んでもらえて何よりだ。それじゃあ収穫祭を楽しんでくれよな」

 そう言って男性は、去っていった。親切なおじさんだったな、カタリナは、そう思いながらクレープにかぶりつく。

 「うーん! あっまぁーい!」

 ご満悦の様子だ。

 カタリナは、クレープを食べながら街中を歩き出す。今度は、何を食べようかな? そんなことを考え始めたその時のことであった。

 「おい、あそこだ! あそこにいるぞ!」

 突然、街中が騒がしくなる。何事かと振り返ってみると、そこには、屈強な体格をした衛兵たちの姿が。しかも、三人もいたのだ。彼らは、カタリナの方を指差しているようだが……

 「うわぁ、見つかっちゃった!」

 カタリナは、残りのクレープを口の中に押し込むと、その場から逃げるように走り出す。衛兵たちもそのことに気付く。

 「あっ、逃げたぞ! 追え、追うんだ!」

 衛兵たちがカタリナの後を追い掛けてくる。カタリナは、通行人たちの合間をスルスルと抜けていき、追手から逃げようとした。一方、衛兵たちは、体格の大きさが仇となり、通行人にやたらとぶつかりまくって思う様に前に進めない様子だ。

 「なんてすばしっこいんだ。このままでは、見失ってしまうぞ!」

 「そんなの分かっている! おい、お前ら、頼むからどいてくれ!」

 衛兵たちは、通行人たちを力ずくでどけながら迫って来たのだ。このままでは、捕まってしまう。どうすれば……カタリナは、走りながら辺りを見渡すが。

 「そうだ!」

 名案を思い付いたカタリナは、早速、宙に浮いている色とりどりの球体に、次から次へと触れていく。立て続けに打ち上げられる花火。それがパーティーの合図となったのか、周囲から歓声が上がり、高揚した人々は、隣の人の手を取り合い、踊り始めたのだ。

 「お、おい、何が起きてるんだ?」

 衛兵たちは、右に左にと踊り狂う人々を前にしてオロオロし始めるが……

 「衛兵さん。ご一緒に踊りませんか?」

 麗しき町女から声が掛かる。衛兵は、思わず頷きそうになるが……全うすべき職務を思い出したらしく、首をブンブンと横に振る。

 「あ、いや、私は……」

 「初心なのね? それじゃあ、お姉さんがリードしてあげるから、ね?」

 「へ? ちょ、お、お嬢さん?」

 衛兵が断りきる前に、腕をがっしり掴まれ、凄まじい力でダンス会場に引き込まれてしまった。その様子を見ていたカタリナは……

 「ふふーん、上手く行ったね」

 お得意気に鼻を鳴らすと、今度は、してやったりと言わんばかりにアッカンベーをし、その場から走り去っていった。

 「お、お待ちくださぁーい! ひめさまぁーっ! ぎゃあああ!」

 衛兵たちの断末魔が上がる。彼らの身に何が起きたのかは、知らない方がいいだろう。

 ちなみに、彼らは、カタリナのことを『ひめさま』と呼んだが、何を隠そう、この少女の正体は、ドーンバルド王国の第一王女だったのだ。普段、城から一歩も出して貰えなかった彼女は、祭りを見物するために、皆に黙って城を抜け出してきた、というわけである。

 城の者たちは、王女様にすぐにでも帰って来て貰いたいようだが、カタリナとしては、もっと見て回りたかったし、何よりも、この楽しい一時が少しでも長く続けばいいのに、と思っていたのだ。

 しかし、彼女にとってのお祭りは、もうすぐ終わりを迎えようとしていたのだ。

 今度は、何処に行こうか? そう考えて一歩前に踏み出した時のことであった。

 「むぎゅっ!」

 この時、何者かにぶつかってしまい、後ろに倒れてしまう。

 「イテテ……」

 一体、誰? お尻をさすりながら見上げてみる。そこに立っていたのは、高貴な身なりの女性とお付きの者であったが……彼女が何者かを知った時、カタリナの表情が凍り付く。

 「ようやく見つけましたよ、カタリナ」

 「お、おかあさま……」

 カタリナは、女性のことをそう呼んだ。そう、この人物は、カタリナの実の母親であると同時に、ドーンバルド王国の統治者『アンネ・ナイトレイ』その人である。

 「ど、どうして私がここに居るって分かったの?」

 カタリナが動揺した口調でそう尋ねると、アンネは、こう答えた。

 「あなたの考えそうなことなど、全てお見通しなのですよ」

 やはりこの人には敵わないな、カタリナは、そう言わんばかりに頭を掻く。

 「さて、カタリナ……」

 アンネの表情が険しくなる。

 「あなたは、兵舎で剣術の稽古をしているはずですよね? なのに、何故、あなたは、このような場所にいるのですか?」

 アンネは、淡々とした口調でそう問い詰めるが、明らかに怒っているように見える。

 「それは……お祭りを見て回りたかったから……」

 カタリナは、母親の顔色を伺う様にそう答えるが……この時、お祭りが如何に楽しかったのかを話せば、もしかしたら許してくれるかもしれない。そう考えたのだ。

 「で、でも、凄く楽しかったんだよ。人がたくさん集まっていて、見たことないモノが一杯並んでいて、それに、クレープもすっごくおいしくて、それから……」

 カタリナは、自らが体験した楽しかったことを伝えようとしたが、アンネの表情は、相変わらず険しいままだ。それでも諦めずに話を続けようとしたが……

 「言い訳はうんざりです!」

 とうとう怒鳴られてしまった。カタリナは、縮こまってしまう。

 「どうも、あなたには、自覚が足りないようですね。いいですか? あなたは、いずれ暁の騎士団を率いる将となり、我が国に降りかかる災厄に立ち向かわなければならないのです。それが、暁の聖剣に選ばれたあなたの使命なのですよ。それを理解していますか?」

 使命などと言われても、それがどれほど重要なものなのか、幼いカタリナには、よく分からなかった。しかし、母親の言うことが絶対であり、逆らうことは、許されないことだけは、よく理解していたのだ。

 「……はい」

 そう答えるしかなかった。

 「では、今すぐに城に戻りなさい。いいですね?」

 「分かりました……おかあさま」

 カタリナは、踵を返すと、とぼとぼと城の方へと戻っていった。そんな彼女の後姿を哀れと感じたのか、女王の付き人が恐る恐る進言する。

 「陛下、お言葉ですが、せめて今日くらいは、良かったのでは……」

 女王は「なりません」とキッパリと答え、こう続ける。

 「甘えなど許されないのです。あの子には、一日でも早く、騎士団長の任に就いて貰わなければなりません」

 幼い子供に対するしつけとしては、あまりにも厳し過ぎる。しかし、長い間、主に仕えてきた付き人には、その言葉に隠された意味が分かったらしく、彼は、女王にこう尋ねた。

 「つまり、『彼ら』はすぐそこまで来ている、と?」

 その問いに対してアンネは頷くと、遠くの方を見つめながらこう語り出したのだ。

 「そう遠くない未来、この国は、黒き霧に覆われ、滅びの日を迎えるでしょう……これまでは、おぼろげなものでしたが、ここ最近、それもより明確なものへと変わりつつあります」

 「そんな……」

 付き人は、信じられないと言わんばかりに首を横に振る。

 「戯言だとお思いですか?」

 「いえ、陛下が予言者としての力をお持ちであることは、存じております。ですが、この国が滅びてしまうなどと言われましても、私には、とても信じられないのです」

 付き人は、祭りで賑わう町の様子を見てそう口にする。彼らは、平和な日々が永遠のものであると信じて疑わないだろう。

 「今回ばかりは、私が間違っていると思いたいのですが……」

 アンネは、何処か遠くを見つめながらそう言った。

 女王には、生まれた頃より未来を見通す力が備わっていた。彼女は、その力を使ってこの国に迫る危機を事前に知り、対策を打つことで民を守ってきたのだ。しかし、今回の予言に出てきた『災厄』は、あまりにも強大であり、例え、全ての兵を動員し、民の中から勇敢な戦士たちを募ったとしても、防ぐことは出来ないだろう。未来を知ることが出来たとしても、アンネには、この最悪の結末を変えられる力はなかったのだ。


 このままでは、ドーンバルドは、黒き霧に覆われ、滅びの日を迎えるであろう。


 しかし、唯一の救いがあった。

 古の伝承によれば、災厄を打ち払い、望まぬ未来を変えることが出来たのは、暁の聖剣を持つ英雄、ただ一人のみであったとされる。つまり、この国の命運は、聖剣に選ばれた、あの幼き少女に掛かっているのだ。

 アンネは、一つ溜め息をつくと、独り言のようにこう口にする。

 「このような過酷な使命を押し付けるなど、私は、あの子に恨まれても仕方が無いのでしょうね」

 そう語るアンネの表情は、何処か憂いを帯びたものであった。



 『第一階層 封印の神殿』



 かつての魔法文明の面影が遺る建造物、その中を一人の青年が探検していた。

 灰を被ったような髪を持つその男の名は、『アルベルト・ローガン』……服装は、探検家らしい格好をしていたが、あろうことか、持ち物は、手に持った長尺の杖、それから、腰に取り付けられた小さなポーチくらいだ。まるで観光客である。

 この古代遺跡には、永遠の命をもたらすとされる宝、あるいは、古代の英知が記された巻物が眠っている、などと言われているが、定かではない。ただ、一つだけ言えることがあるとすれば、ここは、危険だということだ。

 この未知の遺跡の存在が確認されて以来、多くの冒険者たちが挑んだものの、誰一人として最深部には辿り着けず、中には、命を落とす者までいたそうだ。そのような危険な場所でありながら、軽装で挑もうとするこの青年は、あまりにも無謀だと言わざるを得ないが……

 アルベルトは、古代遺跡の廊下を歩き続けていた。そこは、人一人分が通れるくらいの狭い通路だったが、両脇の壁は、随分と高く、天井がよく見えないほどだ。道は、壁に浮かぶ文様から放たれる光によって照らされているが、やや薄暗く、奥の方は暗くてよく見えない。

 しかし、アルベルトは、恐れることなく、ズンズンと奥へと進んでいく。今の所、これといった危険には遭遇せず、ここも比較的安全なように見えるため、気が緩んでいるのだろう。

 ところが……

 「ん?」

 何かに気が付いたらしく、アルベルトは、近くの壁を調べ始める。そこには、血痕のような染みが残っていたが、他には、鋭利な物で削られた跡があったのだ。

 これは、この辺りで戦闘があった、と考えるべきだけど……

 そう考察したアルベルトは、周囲を見渡してみたが、近くに死骸などは転がっていない。かつて、ここを訪れた冒険者は、上手く難を逃れたのか。あるいは……

 この時、背後に凄まじい殺気を感じる!

 アルベルトは、素早く壁に張り付くように移動する。その直後、天井からアルベルト目掛けて何かが飛んで来たのだ! それは、勢いよく回転しながら向かって来るが、鈍い光を彼の目に焼き付けた後、石で出来た壁に突き刺さる! もし、気付くのが遅れていたら、即死していたに違いない。

 「危ないなぁ。誰だよ? こんな物騒なもの投げてきたのは」

 天井に目を向けてみるが、そこには、ただ暗闇が広がっているだけに見える……しかし、よく目を凝らしてみると、何者かが闇に潜んでいることに気付く。

 「そこにいるんだろ? ほら、コイツを返してやるよ」

 そう言って、アルベルトは、壁に突き刺さった刃を引き抜くと、それを持ち主の元へと投げ返す。刃は命中した! それは、短い悲鳴を上げて地面に落ちてくる。正体は、トカゲのような姿をした魔物、リザードマンだ。

 腹を上に向けて倒れていたリザードマンは、反動をつけてから素早く身を起こすと、天井に向かって声を上げた。どうやら仲間を呼んだらしく、そこに隠れていたもう一匹のリザードマンが、壁を這いながら下りてきたのである。二匹は、アルベルトを挟み込むと、じりじりとにじり寄って来る。

 リザードマンは、俊敏な動きと味方との連携で獲物を追い詰める厄介な魔物だ。対するアルベルトには、一本の杖しかない。護身用としては、あまりにも心許無いが……

 「やめときな。引き返すなら、今のうちだと思うけどね?」

 などと何故か強気の態度に出るアルベルトであったが、見逃してくれるはずもなく、二匹のリザードマンは、背中の剣を引き抜き、唸り声で威嚇する。

 「しょうがないなぁ」

 アルベルトは、やれやれと肩をすくめると……

 「じゃあさ、この場を治める方法は、一つしかないよね!」

 そう言ってアルベルトは、手に持った杖を地面に突き立て、空気中に漂う魔法の源『マナ』を溜め始める。すると、頭に付いていた赤い宝玉が輝き出し、地面には、杖を中心に魔法陣が浮かび上がったのだ。

 「魔装召喚ッ! サラマンダー、僕に力を貸せ!」

 次の瞬間、アルベルトの足元から炎が噴き出し、彼の全身を飲み込む。そして、炎が晴れた時、そこには、焔色のローブを纏い、一本の杖を携えた魔術師の姿が現れたのだ。そう、これこそが、アルベルトの持つ力なのだ。

 「あんたら二匹とも、こんがりと焼いてやるよ」

 そう言ってアルベルトは、杖を一回転させた後、突き出すように構えた。頭を覆うフードから覗く口元が、ニイと不敵な笑みを浮かべる。

 前方に立っていたリザードマンは、再び威嚇をした後、大きく跳躍し、手に持った剣で斬り掛かって来る。アルベルトは、杖を振るってその一撃を弾き、相手を仰け反らせたところで突きを繰り出す。この時、杖の先端には、炎が燻っており、それは、リザードマンの胴体に当たると同時に噴き出し、大きく吹き飛ばしたのだ。

 この時、背後からもう一匹のリザードマンが襲い掛かる。アルベルトは、振り返ると同時に杖を振るうが、その時に放たれた炎がリザードマンを包み込んだのだ。炎上したトカゲは、あまりの熱さに攻撃を中断し、火を消そうと必死に辺りを走り回る。

 「キミたちだけじゃあ、相手にならないね。消し炭にされたくなかったら、とっとと失せなよ」

 アルベルトは、引き下がるように警告したものの、リザードマンたちは、降参するつもりなどないらしい。丸焼きを免れた二匹は、体を起こすと、すぐさま剣を構える。アルベルトもしょうがないなと思いつつ応戦しようとするが……ところが、リザードマンは、襲ってくるのではなく、またしても天井に向かって声を上げたのだ。

 嫌な予感がした。

 「えっと、確認するけど……ここにいるのって、キミたちだけだよね?」

 そう都合のいいものではないらしい。なんと、天井から何十匹ものリザードマンたちがワラワラと出てきたのだ。どうやらこの近くにリザードマンの巣があるらしく、彼らは、縄張りを侵そうとする冒険者を排除しにやって来たようだ。

 「……兄弟がいっぱいで毎日が楽しそうだね」

 やや呆れ気味にそう口にするが、そんなに余裕のある状況ではない。次々と這い出てくるリザードマンたちは、アルベルトを取り囲み、遂には、通路を埋め尽くしてしまったのだ。これでは、狼の群れに放り込まれた哀れな羊状態である。

 リザードマンたちは、数で押し潰そうとアルベルトに向かって一斉に襲い掛かる!

 「やれやれ、やるしかないみたいだね。上手く行くといいけど……」

 アルベルトは、身を守るように屈み、そっと地面に手を置く。すると、そこに魔法陣が浮かび上がるのと同時に、ローブの裾が舞い上がる。

 術が発動する前に、リザードマンたちが次々と覆い被さってくる! アルベルトは、トカゲたちの下敷きになってしまったが……

 「吹き飛べッ! ボルカニックバーストッ!」

 アルベルトの叫び声と共に、トカゲの山から光が放たれる。そして、次の瞬間、そこから炎が勢いよく噴き出したのだ。凄まじい勢いで昇っていく火柱は、リザードマンだけでなく、術者諸共も天井に向かって吹き飛ばす。この時、アルベルトの全身は、炎に包まれていたが、なんと、彼の羽織っていたローブが炎を吸収し始め、術者の身を守ったのである。

 アルベルトは、噴き出す炎の勢いを上手く利用して脱出を図り、リザードマンたちの後方へと回り込むことに成功した。

 一方リザードマンの方は、かなりの数を焼き尽くした……はずだったのだが、全滅にまでは至らなかったらしく、何匹か残っていたのである。むしろ、あんまり減っていない。

 「ちっ、生焼けばかりじゃないか。面倒だなぁ」

 アルベルトは、悪態を付くと同時に、心底、勘弁して欲しいと思うのであった。

 生き残ったリザードマンたちは、再びアルベルトに襲い掛かる……と思いきや、どういうわけか、そそくさと退散していったのである。

 「な、なんだよ? もしかして、僕には敵わないって、ようやく分かってくれたのかな?」

 などと調子の良いことを口にするアルベルトであったが……そうではなかった。

 リザードマンたちが去ってしばらくすると、突然、辺りが僅かに揺れ始めたのである。何事かと周囲を警戒するが……前方から何かが物凄い勢いで突っ込んで来るのを確認する。

 「え? ちょ、ちょっと、勘弁しろよな!」

 それは、三メートルをも超える巨人だったが、上半身は、発達した筋肉で異常に膨れ上がっており、頭は、鋭い角を持つ闘牛のようである。ミノタウロスだ。リザードマンなどとは、比べ物にならない程の強敵の登場である。

 ミノタウロスは、アルベルトの姿を確認した後も勢いを止めることなく走って来る。このまま吹き飛ばすつもりなのだろう。アルベルトは、慌てて杖を前に出し、魔法を詠唱しようとするが……

 「は?」

 次の瞬間、不測の事態が起きる。

 急に足元の床がガクッと下がったかと思うと、なんと、床が派手に崩れたのだ。しかも、下には、底の見えない暗闇が広がるだけだ。

 「ウソだろおォォォッッッ!!!???」

 アルベルトは、崩れた床と共に、闇に飲み込まれていった。


 こうして、アルベルトの物語は、ここで終わりを告げ……


 「ぶはあぁっ! げほっ、ごほっ……うげぇ、肺に水が入った」

 誰かが湖から這い出て来る。灰色の髪を持つ青年……なんと、アルベルトではないか! とりあえず、彼の物語は、まだ続くようだ。

 「我ながら悪運が強いね……ちっ、もっと楽なところだと思ってたんだけどなぁ……」

 アルベルトは、我が身に降りかかった災難を振り返りつつ、そんなことを口にした。もっとも、だからと言って今すぐ帰りたい、なんてことは微塵も思っていなかった。むしろ、これだけの災難に見舞われたのだから、それに似合った報酬を手に入れない限り、ここから出るつもりなど毛頭ない、それくらいの諦めの悪さがあったのだ。

 アルベルトは、杖を支えに立ち上がると……

 「まあでも、手応えがないよりはマシか。それに、これだけ危険だったら、お宝も期待できそうだな、うん。おーし、行くぞ!」

 そんな風に前向きに考え、再びダンジョンの奥へと歩み始めたのだ。


 何故、アルベルトは、このような危険な場所を探索しているのか? 事の発端を説明するために、少し時間を遡ってみよう。


 十時間前

 メイズシティ……そこは、絶海の孤島にそびえ立つ、機械と魔法の力によって造られた大都市である。その中心街は、朝から晩まで行き交う人々で溢れ返っており、人や経済が今日も目まぐるしく動いているのだ。もっとも、冒険の始まりは、そんな華やかな中心街ではなく、街の下層の方にある寂れた旧市街、そこにある小さな飲食店だった。

 『セーブポイント』と名の付いたその店は、仲の良い兄妹二人が経営しているが、アルベルトは、ここの常連客なのだ。

 アルベルトは、いつものようにこの店を訪れ、戸を開く。カランカランと少し年季の入った呼び鈴の音と共に、早速、看板娘の『シャーロット』が出迎えてくれた。笑顔とそばかすが眩しい年頃の娘だ。

 「いらっしゃいま……ちょわっ、とっとっとぉ?」 

 シャーロットは、何もない所で今にもコケそうになっていた。しかも、手に持っているお皿が手から離れ、料理が飛び出そうとしている……瞬時に状況を察したアルベルトは、素早く手を伸ばして皿を受け止めた。料理も無事だ。間一髪、難を逃れたようだ。

 「相変わらずだな、あんたは……ほら、今度は、気を付けて運びなよ」

 そう言ってアルベルトは、シャーロットに料理を乗せたお皿を返す。

 「助かったぁ、ありがとうございます。あ、ローガンさん、今、私のことドジだなって思ったでしょ? でも、そんなことないんですからね。今日は、床をワックスがけしたばっかりだったんですよ。だから、ツルッツルなんです」

 「それで滑った、と?」

 「そういうことです」

 アルベルトは、目線を床に落とすが……

 「床、乾いているよね?」

 「そういうことにしておいてくださいッ!」

 「う、うん、分かったよ」

 シャーロットは、いつもこんな調子である。もっとも、彼女は、明るく人懐っこい性格であり、そこに惹かれてこの店を訪れる客も多いそうだ。

 「なんだ、やけに騒がしいじゃねぇか。おい、シャーロット、まさかお前、また……」

 そんな荒っぽい声が聞こえてきたかと思うと、店の奥から不機嫌そうな顔をした男性が出てきた。セーブポイントの店主であり、シャーロットの兄『ジェームズ』だ。アルベルトは、彼のことをマスターと呼んでいる。ちなみに、コーヒーとメガネには、彼なりのこだわりがあるらしい。

 ジェームズは、妹がまた何かやらかしたんじゃないかと思ったらしいが、アルベルトの顔を見るなり、急ににこやかな表情に切り替えると……

 「これは、ローガンさん。いらっしゃいませ」

 丁寧かつ穏やかな口調で挨拶をする。妹に対する態度とは、明らかに違っていたが、アルベルトは特に気にしなかった。

 「お邪魔するよ。マスター」

 「あなたなら、いつでも歓迎ですよ。ささ、こちらにお座りください」

 ジェームズは、そう言ってカウンター席を勧めてきたので、アルベルトは、そこに座る。

 「ローガンさん、ご注文は、何になさいますかぁ?」

 シャーロットにそう尋ねられたので、アルベルトは、メニュー表を手に取る。

 「そうだな……」

 何にしようか悩んでいると……

 「では、いつものですね。かしこまりましたぁ」

 そう言って注文も聞かず、そそくさと厨房に行ってしまった。

 「え? お、おい、まだ何も決めて……まあ、いいか」

 「うちの妹がすみませんね。彼女は、どうにもおっちょこちょいで。まあ、悪気はないと思いますので、許してやってください。それで……」

 ジェームズは、カウンターに肘を置き、顔を近づけて来る。どうやら本題に入るようだ。

 「今日の御用件は? 『こっちも』いつものでよろしかったですか?」

 「ああ、『ダンジョン』の情報を知りたい」


 『ダンジョン』とは……魔法の力によって繁栄した、かつての古代文明が封印された世界のことである。ここは、アルベルトたちの住む世界『ホーム』とは、異なる次元に存在するとされており、魔法の源『マナ』によって世界の法則が成り立っているそうだ。

 ダンジョンとホームの間には、次元の壁が存在し、それ故に互いの世界を行き来することは出来ず、決して交わることなく、存在すらも知られずにいたのだ。

 しかし、ある日のことだ。次元の壁が破られると共に、ダンジョンが、突如としてホームに姿を現したのだ。その時から、人類は、厄災に見舞われることとなった。『ポータル』と呼ばれるダンジョンへの入り口、そこから異形の侵略者、すなわち、『魔物』が這い出て来ては、人々を蹂躙し始めたのだ。彼らは、人類の常識を超えた力を持つ故に、人々は、なす術もなく犠牲を増やしていったのだ。

 しかし、ただ黙って滅びの時を待つ人々ではなかった。

 アイザック・ヴァンガード……後に英雄と称されるこの男は、人々の為に立ち上がり、ダンジョンへと旅立ったのだ。そこで彼は、古代人の知識を得て、魔物たちへの対抗手段を見い出したのだった。

 古代の英雄、あるいは神獣の力を召喚し、身に宿す術『魔装召喚』である。

 アイザックは、新たに手に入れた力を使い、魔物たちを退け、見事にダンジョンを消滅させることに成功したのだ。しかも、彼は、ダンジョンの最深部に眠るとされる『秘宝』を持ち帰っていたのである。それは、人類に古代文明の英知を授けただけでなく、彼に巨万の富をもたらしたのだ。

 次のダンジョンが現れた時、人類は、あの時と少し違っていた。魔物の恐怖に怯える者がいる中、アイザックのように大成したいと思う者が現れる。そんな彼らは、ダンジョンに眠る秘宝を求めたのだ。

 ダンジョンは、危険な世界だ。しかし、人間の持つ欲望は、そこに眠る膨大な知識や魔力を持つ秘宝といった魅力に抗うことが出来ようか? 一獲千金を求めて、危険を顧みず、ダンジョンに挑む者達、すなわち、『冒険者』の誕生である。


 アルベルトは、そんな冒険者の一人であり、ダンジョンの探索を生業としている。ダンジョンは、危険で満ちているが故に、探索する際には、少しでも情報が欲しい所だ。飲食店という人が集まりやすい環境に居るジェームズは、その手の情報を多く握っている。アルベルトは、それを教えて貰おうと、ここにやって来たわけだ。

 「今、冒険者たちの間で話題になっているダンジョンと言えば『亡国の遺跡群』についてでしょうか。聞く所によれば、そこには、『暁の騎士団』の秘宝が眠っている、という噂があるそうですね」

 「へえ、詳しく知りたいな」

 「ローガンさん、あなたは、『ドーンバルド』については、御存知でしょうか?」

 「ドーンバルド? 確か、今から千年以上も前に存在した、聡明な女王様が治める国だったよね。この国が実在したことは、確かみたいだけど、現代に残っている文献が少なすぎて、この国に関する詳しい実態は、分かっていないはずだよ」

 「さすがですね。さて、そんな謎に満ちた国、ドーンバルドについてですが、知り合いの学者の話によれば、今回のダンジョンには、この国について知る手掛かりが遺されているかもしれないそうです」

 「つまり、亡国の遺跡群というのは、かつてのドーンバルドがダンジョンとしてこの世界に現れたものだってこと?」

 マスターは、コクリと頷き、こう続けた。

 「今も多くの冒険者たちがこのダンジョンに挑んでいますが、彼らのおかげで王国の実態が少しずつ浮かび上がってきました。つい最近、その存在が明らかになった暁の騎士団もその一つでして、騎士団は、女王様の娘、つまり姫君を団長とする軍隊だったそうです。そして、秘宝というのは、そんな姫君が携えていたとされる一振りの剣『暁の聖剣』のことを指すそうですよ」

 「聖剣ねぇ、いい響きじゃないか。それは、どういった一品なんだい?」

 「残された文献によりますと、暁の聖剣は、持つ者に勝利をもたらすとされる戦神の加護を受けた剣であり、その刀身は、太陽のように輝き、一振りで天を裂き、海をも割ることが出来たそうです。まあ、伝説なので多少は、大袈裟な所はあると思われますが」

 「でも、その話が本当なら手に入れたいところだよね。それにしても、光る剣かぁ、ロマン溢れる一品なんだろうね……」

 アルベルトは、まだ見ぬ伝説の剣について、あれこれと想像を膨らませていくが……突然、口元をニィと歪ませると、こんなことを言い出したのだ。

 「で、いくらくらいで売れると思う?」

 なんと、売る気満々だったようだ。アルベルトにとっては、伝説の剣よりも金の方が大事だったようだ。それに対してジェームズは……

 「う、売るのかよ。勿体ねぇ……」

 と、思わず本音を漏らしてしまった。

 「そうかな? 家に飾っておくよりも、お金に換えた方が良くないかい? まあ、光る剣なら、ランタン代わりには、なりそうだけどね」

 「ら、ランタン、ですか……」

 「ひとまず、亡国の遺跡群には、暁の聖剣があるかもしれないわけだ。手始めにそいつを探すのが良さそうだね」

 「断っておきますが、あくまでも噂ですよ?」

 「十分さ」

 アルベルトは、そう言って口元を緩めた。

 ダンジョンには、必ずお目当ての秘宝があるとは限らない。むしろ、存在する根拠が噂レベルの曖昧な情報ばかりなため、実際には存在しない場合の方が多いのだ。もっとも、命知らずな冒険者たちにとっては、あるかもしれない、という僅かな希望さえあればダンジョンに挑む理由としては、十分なのであろう。

 「では決まりですね。ですが……」

 ジェームズの表情が強張る。

 「今回ばかりは、ローガンさんにとっても、手強いかもしれませんね」

 「あんたがそう言うくらいだから、厄介なダンジョンなんだろうね?」

 「はい、ダンジョンが発見されてから一ヶ月以上経ちますが、まだ第一階層すら突破されていないそうですから」

 「いつもは、一階層くらいなら、手間取っても一週間くらいで突破されるものだけど……何か大きな問題でも発生しているのかい?」

 「遺跡内でミノタウロスの存在が確認されたそうです。ただでさえ強敵ではありますが、どうも、普通と様子が違っているそうで、皆、この魔物にやられてしまったそうです。おかげで知り合いの診療所は、繁盛しているみたいですけどね」

 と、ジェームズはブラックジョークを交えてそう言うが、顔は決して笑っておらず、それが事態の深刻さを表していた。

 「さしずめ、遺跡の番人ってところか……ふーむ」

 「怖気づきましたか?」

 ジェームズが少しからかう様にそう言うと、アルベルトは、鼻で笑い飛ばす。

 「この僕が? まさか。むしろ、興奮しているくらいだよ」

 彼は、その理由をこう話した。

 「大したことないダンジョンならやめようと思っていたんだ。だって、誰でも踏破出来るようなダンジョンに挑んだって、名声は、得られないからね。でも、マスターの話を聞いて決心がついたよ。僕は、忘却の遺跡群に挑む、ってね」

 アルベルトの話を聞いて、ジェームズは、この人は相変わらずだな、と言わんばかりに口元を緩める。

 「そうおっしゃるのでしたら止めたりしませんが、くれぐれも、無理はなさらないよう」

 「分かってるよ。それにしても、マスター、あんた気前が良すぎないかい? この街の大抵の奴は、ダンジョンのちょっとした情報と引き換えに、金を取るもんだけどね」

 「あなただから教えるのです。まあ、常連へのサービスということで」

 「そうか……恩に着るよ」

 「ただ、その代わりといってはなんですが、今後とも我々の店を御贔屓に」

 そう言ってジェームズは、揉み手をしながらにこやかな顔を浮かべる。

 「あんた、やっぱり商売人だよ……」

 抜け目ないジェームズに対して関心、あるいは、呆れるアルベルトであった。

 「お待たせいたしましたぁ。いつものやつ、出来ましたよー」

 話が終わったところでシャーロットが料理を持って来てくれた。アルベルトがいつも注文する特製ハンバーガーだ。甘辛いソースをかけたジューシーなグリルチキン、その上にシャキシャキのレタスと新鮮なスライストマトを乗せ、それを二枚のバンズで挟んだものだ。

 「今日は、キミが作ってくれたのかい?」

 「いえ、生活協同ギルドから買い占めた冷凍品をかまどにぶち込んだだけですね」

 「は?」

 「なーんてね、冗談ッスよ。おっしゃる通り、今日は、ローガンさんのために私が頑張って作ったんですよ。なので、手作り感溢れる温かみのある味を、しっかりと噛み締めながら食べてくださいねー」

 「う、うん……ありがとう」

 この娘には、いつも振り回されるな、そう思うアルベルトだった。ちなみに、いつもこんな調子ではあるものの、シャーロットの料理の腕前は、確かなものである。それだけは、アルベルトも認めていた。


 何故、アルベルトは、このような危険な場所を探索しているのか?

 そう、冒険者である彼は、ここに眠るとされる秘宝『暁の聖剣』を求め、魔物が巣くうダンジョンを探索していたわけだ。しかし、問題のミノタロスの襲撃を受け、その上、遺跡の崩壊に巻き込まれるなど、早速、散々な目に遭ってしまったわけだが……

 更に追い打ちを掛けるように、ここが何処だが全く見当もつかなかったのである。遺跡の地下に広がる洞窟……元の場所に戻ろうにも、戻れない状況である。

 しかし、アルベルトは、前向きだった。ここは、誰一人として辿り着いていない未踏破エリアの可能性が高い。そして、秘宝というものは、こうした場所にこそ存在しているものだ。

 「おっ? 何か見えてきたな……」

 どうやら彼にも運が向いて来たようだ。

 長い洞窟を抜けると、目の前に祠が現れたのである。祠は、洞窟に埋もれる形で建てられており、人一人が通れる程の小さな入り口がある。あの中に都合よく暁の聖剣があるとは思えないが、何かが祀られている可能性はあるだろうし、調べてみる価値は、十分にありそうだ。そう考えたアルベルトは、祠に近づこうとするが……

 ブモオオオォォォッッッ!!!

 洞窟全体を揺るがすような咆哮が響き渡る! アルベルトは、思わず耳を塞ぐ。数多くのダンジョンを経験した彼には、この咆哮に聞き覚えがあったのだ。

 ミノタウロスのものだ! 奴は、アルベルトを追って来ていたのだ!

 蹄が地面を鳴らす音がこっちに向かって来る。秘宝を手に入れるためには、番人を倒すしかない。覚悟を決めたアルベルトは、魔装召喚で武装し、戦闘に備えた。

 間もなくして、ミノタウロスがアルベルトの目の前に姿を現す。気性の荒いこの魔物は、蒸気のような鼻息を噴き出している。どうやら、かなり機嫌が悪いようだ。

 「マスターには、無理するなって言われたけど……こうなったら、やるしかないよね!」

 アルベルトは、杖を構える。

 一方、ミノタウロスは、両手を地面に打ち付け、馬上槍のような厳つい角を突き出すと、後ろ足を強く蹴って突進してきたのだ。

 速いッ!?

 本能的に危険を感じたアルベルトは、すぐさま横に転がって躱すが、Uターンしてきたミノタウロスが再び突進してきたのだ。回避は……間に合わない!

 「ぐあっ!」

 直撃は、免れたものの、猛牛の剛腕に掠って吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたのだ。普通なら骨折してもおかしくはないが……

 「あぶない所だった……魔装中とは言え、少しでも遅かったら即死だったな」

 なんと、アルベルトは、何事もなかったかのように立ち上がったのだ。どうやら魔装している間は、体へのダメージをある程度軽減することが出来るらしい。

 アルベルトは、すぐに体勢を整え、次の攻撃に備える。

 怒り狂ったミノタウロスは、アルベルトに狙いを定めると、またしても突進を繰り出してきたのだ。冒険者を角で貫くか、あるいは、轢き殺すまで繰り返すつもりなのだろうか?

 「また突進かい? やれやれ、これだからキミたちは、脳筋って言われるんだよ」

 アルベルトは、呆れ気味にそう挑発するが……

 怒り狂ったミノタウロスが更に勢いを増して突っ込んで来る!

 対するアルベルトは、なんと、ミノタウロスに向かって走り出したのだ。彼は、無謀にも正面から挑むつもりのだろうか? いや、そうではなかった。彼は、ある程度走ったところで杖を地面に突き立て、棒高跳びの要領で宙に跳び上がったのだ。そして、体を捻りつつ、ミノタウロスを目下に捉えた所で落下し、そのまま奴の頭の上に乗る。そして、二本の角を掴み、この暴れ牛を制御しようとしたのだ。

 「ドウドウ……お、おい、少しは、落ち着けよ!」

 ミノタウロスは、暴れ回ってアルベルトを振り落とそうとするが、やがて、相手にも疲労が見え始めたか、動きが緩やかになってきたのだ。そこでアルベルトは、船の舵を切るように角を思いっきり傾ける。すると、体勢を崩したミノタウロスは、そのまま洞窟の壁に激突したのだ。アルベルトは、すぐさま離脱し、杖の先端を左手で覆うと、何やら呪文を唱え始めた。

 全身を強打したミノタウロスは、千鳥足でフラフラとしている。

 「コイツであんたをブッ潰してやるよ!」

 杖の先端に巨大な炎の塊が発生する。アルベルトは、杖を一回転させると、ミノタウロスに向かって跳躍しながら大きく振り被り……

 「くらえっ! スレッジハンマーッ!」

 垂れ下がった頭に向かって大きく振り下ろす! その一撃が炸裂した瞬間、大爆発が巻き起こる! 至近距離で大砲を放つような強烈な一撃だ! さすがのミノタウロスにも効いたらしく、そのまま後ろ向けに倒れ、ズシーンと地面を揺らして倒れたのだ。

 「ふう、ようやく大人しくなってくれたな……さてと、祠の中は、期待してもいいんだろうね?」

 ミノタウロスを倒したアルベルトは、魔装を解くと、踵を返し、祠に向かった。


 ブフゥ……

 アルベルトが去ったあと、倒したはずのミノタウロスから呻き声が聞こえてくる……しばらくすると、なんと、その身をゆっくりと起こし始めたではないか。必殺の一撃を受けてもなお立ち上がるとは、驚異的な生命力である。

 ミノタウロスは、侵入者を追って祠へと向かうが、その目は、とてもこの世のものとは思えない程に真っ赤に光っていたのだ。アルベルトは、このことをまだ知らない。


 「これは……」

 祠の中に入ったアルベルトは、その光景に思わず息を呑む。

 中は、ヒンヤリとして薄暗かったが、淡い光を放つ水が広がっており、神秘的な雰囲気を醸し出している。中央には、祭壇があり、その上には、一つの棺が置かれている。

 ここは、墓だと思われるが、このような場所に葬られているとなれば、王族の誰かのものだろうか、アルベルトは、そう考えた。

 もし、これが姫君の墓であれば、暁の聖剣も共に葬られているかもしれない。中を確かめてみよう。そう考えたアルベルトは、祭壇に近づこうとした。

 祭壇に向かうためには、水の中を通らなくてはならなかったが、幸い、底は浅く、難なく進むことが出来た。棺の前にやって来ると、近くに石板があることに気が付く。アルベルトがそれに触れると、ブウンと文字が浮かび上がったのである。現代では使用されていない古代文字のようだが、一応、アルベルトは、それを解読する知識を持ち合わせていたのだ。

 「ふむ、この文字列に意味はないか……となると」

 試しに文字に触れてみる。すると、触れた文字が光り始めたのである。

 「これは、暗号を入力しろ、ってところかな?」

 アルベルトは、思い付く限りの暗号を入力してみた……が、悉く外してしまう。一応、ドーンバルド、暁の騎士団、暁の聖剣、ついでに女王陛下万歳なども試してみたが、これでもないようだ。

 「くそっ、ここまで来て……」

 アルベルトは、思わず石板を叩いてしまう。暗号を知るためには、そのことについて記された文献を探す必要があるが、そもそも都合よく残っているかどうかは、怪しいところだ。しかし……

 「いや、待てよ?」

 アルベルトは、閃いた。彼は、魔法使いである。しかも、丁度いいことに、暗号を推測する術を持ち合わせていたのだ。

 アルベルトは、右手に杖を握り締め、左手を石板に置くと、呪文を唱え始める。彼は、物に宿った記憶の断片、すなわち、残留思念を読み取る魔法を使うことが出来るが、これを使って石板に残された指紋を浮かび上がらせようと試みたのである。

 間もなくして、魔法の効果が表れ始めたらしく、石板に何者かの指紋が浮かび上がる。

 「やったぞ! さあ、次は、文字を並び替えて、と……」

 浮かび上がった指紋を元に導き出した暗号は……

 『さいあいのむすめへ』

 最愛の娘へ? 女王が姫君に当てたメッセージのようなものだろうか? アルベルトは、そんなことを思いつつ、暗号を入力していくが、全て打ち終えた時、石板の文字が消え、棺が開いたのである。

 いよいよ、お待ちかねの秘宝との対面である。アルベルトは、年甲斐もなくワクワクしながら棺がゆっくりと開かれる様子を見守っていたが……とうとう我慢できずに、まだ開ききっていない段階で、飛びつくように中身を覗いたのだ。

 棺の中には、何者かの遺体が収まっていたが、軍の礼服のような白い衣装を纏っていることから、かつての英雄なのだろうか? とアルベルトは、考察する。また、手には、鞘に収まった一本の剣が握られている。円形で中央に穴の開いた意匠の鍔は、眩い程に輝いており、まるで日輪のようだ。

 これこそが追い求めていた秘宝、暁の聖剣なのだろう。

 聖剣は、鞘の大きさからして刀身の短い剣のように見えるが、その一方、柄の部分は、不釣り合いなほどに長い。そこが気になるものの……何にせよ、目的の秘宝は、すぐそこにあるのだ。アルベルトは、聖剣に手を伸ばそうとするが……

 「あっ……」

 棺に収められていた遺体の顔を見た時、アルベルトの表情が神妙なものに変わる。そこにあったのは、長い年月を経ることによって朽ちたミイラなどではなく……

 眩いばかりの美しい容姿を持つ、女だったのだ。

 女は、瞼を閉じていたが、あまりにも綺麗な状態で残っていたため、まだ生きているかのようである。それに、透き通るような肌と黄金色に輝く髪を持つこの者は、見る者を虜にする程に魅力的だ。暁の聖剣と共に葬られていることを踏まえると、恐らく、この者こそが、ドーンバルドの姫君であると考えられるが……何にせよ、あまりの美しさに目が眩んだのか、秘宝が目当てであったはずのアルベルトの心は、すっかりと、この麗しき姫君に奪われてしまう。

 「待てよ、何を見惚れているんだ、僕は……」

 我に返ると同時に、首をブンブンと横に振る。それでも、まだ気になるらしく、呆けた顔でジーッと見つめていたわけだが……

 ブウウウ……

 背後で唸り声がした。

 まさか? アルベルトが振り返ってみると、そこには、なんと、倒したはずのミノタウロスの姿があったのだ。しかも、さっき戦った時とは様子が違っており、真っ赤に光る目のせいで更に凶暴そうに見えたのだ。

 なんてタフな魔物なんだ。アルベルトは、猛牛の驚異的な生命力を前に、ただ口を開けて呆然とするしかなかった。

 普通と様子が違う……確かにマスターはそう言っていたが、必殺の一撃を受けてもなお立ち上がる強靭な肉体を前に、多くの冒険者たちは屈したのだろうか?

 しかし、それだけではなかった。

 ミノタウロスは、天に向かって腕をかざす。一体何を始める気だ? そう思って警戒していると、そこに光が集まり始め、なんと、巨大な槌が出現したのである。そして、それに続けてミノタウロスの胴体を覆い尽すように鉄板が取り付けられていき、それは、全身を包む鎧となったのだ。

 なんと、このミノタウロスは、魔装召喚を使用したのだ!

 その様子を見たアルベルトは、思わず……

 「うそだろ? それって、あんたらの間でも流行っているわけ?」

 などと言いつつ苦笑いしたが、内心、そこまで余裕はない。あれほどまでに苦戦させられたミノタウロスが奥の手を隠し持っていたのだ。さすがのアルベルトも、今度こそダメかもしれない、等と既に弱気になりかけていた。

 魔装化したミノタウロスが四股を踏むと、背中から蒸気が噴き出す。生き残るためには、やるしかないだろ!? アルベルトも魔装化して対抗しようとするが……

 「ほお? 魔装化したミノタウロスとな。これは、なかなかに手強そうな相手だな」

 「全くだね」

 この時、アルベルトは、一つの疑問を抱く。

 あれ? 僕は、誰に向かって返事をしたんだ?

 まさか、と思って振り返ってみると……

 「うわァッ!?」

 アルベルトは、思わず腰を抜かしてしまった。それもそのはず、そこに立っていたのは、なんと、棺の中で永遠の眠りに就いていたはずの、あの姫君だったからだ。死体が動き出したとなれば、驚かない方が無理な話だ。

 「そなたは、下がっておれ。ここは、私が引き受けよう」

 姫君は、アルベルトにそう声を掛けると、彼の前に立ち、ミノタウロスと向き合う。

 アルベルトは、今の状況を飲み込めずにいたが……一応、剣を手にしているとは言え、魔装はおろか、鎧も着ていない姫様がミノタウロスに挑もうとしている……冷静に考えれば無謀な状況だと理解したアルベルトは、慌てて杖を握り締め、彼女の前に出ようとするが……

 いきり立ったミノタウロスが手に持った槌を振り上げ、襲ってくる!

 「あぶないッ!」

 アルベルトは、咄嗟に姫君を庇おうとするが……既に彼女の姿は、無かったのだ。一体何処へ? そう思って辺りをキョロキョロしているうちに、振り下ろされた槌が目前に迫っていることに気が付く。

 「どわあッ!?」

 アルベルトは、咄嗟の判断で、その場から思いっきりジャンプする。その背後では、振り下ろされた鉄槌の一撃が、棺を祭壇ごと粉々に粉砕していたのだ。恐るべき破壊力! 人一人を叩き潰すには、あまりにも過剰な力だ。アルベルトは、ゾッとする。

 「そ、そうだ、姫さんは?」

 姫君の姿を探すが……天井に目を向けた時、そこに彼女の姿があった。なんと、一回の跳躍で空中に逃れていたらしい。恐るべき身体能力!

 あの姫君、只者ではない!

 姫君は、白鳥のように華麗に水面に降り立つと、再びミノタウロスと向き合う。そして、こう言い放った。

 「そなた、私が誰だか忘れてしまったわけではあるまい?」

 姫君がそう語り掛けるも、ミノタウロスは、ボイラーのように背中から大量の蒸気を噴き出し、敵意を露にする。それに、攻撃を外したことで怒りが頂点に達している様にも見える。

 「やれやれ、仕方がないな」

 姫君が剣の柄を握ると、鞘から光が溢れ出す!

 「まさか、アイツ……」

 「魔装召喚ッ! 我が力となれ! バルドルッ!」

 姫君が叫び、剣を引き抜いた瞬間、彼女の全身が眩いばかりの光に包まれる。その場に居た者は、皆、眩しさのあまりに思わず目を覆ってしまうが……

 「あれは?」

 目を開けてみると、そこに立っていたのは、光の剣を携えし騎士の姿が……

 金色の髪を後ろで束ねたその姿は凛々しくもあり、装飾が施された白金の鎧の上に、白のロングコートを羽織るその姿は、美しく、そして、何よりも高潔なものであった。まさに、姫騎士と形容するに相応しい姿だ。

 アルベルトは、一目見て悟った。あの姫君こそが、暁の騎士団の団長なのだと。彼は、まさに伝説を目の当たりにしているのだ。

 「では、私のことを思い出させてやるとしよう」

 そう言って姫君が切っ先を敵に向けると、黄金色の刀身が鋭い光を放つ。

 憤慨したミノタウロスは、鉄槌を振り被り、再び姫君に襲い掛かったのだ。小柄な体格の姫君に襲い掛かる三メートルもの猛牛。自身の倍以上の体躯を誇る魔物が迫って来ているにもかかわらず、姫君は、動じることなく、静かに左手に備えた小盾を構えたのだ……破壊の一撃が振り下ろされた次の瞬間、アルベルトは、信じられない光景を目の当たりにした。

 なんと、姫君は、振り下ろされた鉄槌を、あの小さな盾で受け止めたのだ!

 岩さえも粉々に砕くあの一撃を、か細い腕一本で防ぐとは……一体、あの華奢な体の何処にそんな力が秘められているのだろうか? 

 「その程度か? 見掛け倒しもいい所だな」

 余裕の表情を浮かべる姫君は、なんと、ミノタウロスを徐々に押し返していったのだ。そして、「でやぁっ!」という声と共に鉄槌を押し戻すと、ミノタウロスが大きく仰け反る。

 「次は、私の番だな。行くぞっ! 光速烈斬!」

 そう叫ぶと姫君は、剣を構える。この時、姫君の体に周囲のマナが集まり始め、僅かに光り始めるが……束ねた髪が揺れ始めた次の瞬間、彼女の姿がフッと消え去る。一体、何処へ行った? アルベルトは、姫君の姿を探してみたが、なんと、あの一瞬の間に、ミノタウロスの背後に回り込んでいたのだ。

 いつの間に? 全く動きが見えなかった。アルベルトは、驚愕していたが、更に信じられないことが起きる。

 「我が前に、跪け」

 姫君がそう呟き、剣を鞘に納めた時のことであった。なんと、ミノタウロスの魔装がバラバラに解体されていったのだ。姫君は、あの一瞬で無数の斬撃をミノタウロスに浴びせたとでも言うのだろうか?

 ミノタウロスは、しばらく立ち尽くしていたが、やがて絶命したらしく、そのままドシーンと後ろに倒れる。

 これが……暁の騎士団、その団長の力なのか?

 アルベルトがあれだけ苦戦させられたミノタウロスを、それも魔装によって更に強化された状態であったものを、一瞬で倒してしまうとは……信じられない程の強さだ。アルベルトは、自らの体が震えていることに気が付く。これは、恐怖によるものか? いや、そうではなかった。むしろ、冒険者である彼は、伝説との出会いに興奮していたのだ。

 「す、凄いじゃないかい! あんた、強いんだね。暁の騎士団の団長ってどんな人かと思っていたけど、こんなに強かったなんて!」

 一方、姫君は、少し神妙そうな顔をしていた。

 「あのミノタウロスは、我が国の魔道研究所にて、国を守る兵器として生み出された。どうやら、守るべきものを失い、永き時を経て己を見失っておったようだな」

 「あ……」

 彼女としては、手に掛けたくなかった。そんな所だろうか……そのことを察したアルベルトは、それ以上、何も言わなかった。

 「ああ、すまない。感傷に浸ってしまったようだ……」

 姫君は、魔装を解き、元の軍の礼服姿に戻ると、アルベルトの方に向き直る。

 「紹介が遅れたな。私は、ドーンバルド王国、第一王女『カタリナ・ナイトレイ』だ。そなたの言う様に、暁の騎士団の団長でもあるがな」

 と、自己紹介し、丁寧にお辞儀をした。アルベルトの推測通り、彼女が例の騎士団長で間違いないようだ。

 「して、そなたの名を伺っても?」

 カタリナにそう尋ねられて、アルベルトは、我に返る。

 「ん? あ、ああ、僕か……僕は、アルベルト・ローガンだ。よろしくね」

 「アルベルト・ローガン、か……その名は、何故だか懐かしく思えるな……して、ローガン殿。この度は、私を長き封印から解き放ってくれたことに感謝する」

 そう言ってカタリナは、丁寧にお辞儀をするが……この時、アルベルトには、どうしても気になることがあったので、そのことを尋ねてみた。

 「封印? 棺に入っていたのに? えっと、失礼だけど、あんたは、ゾンビとかそういった類じゃないってこと?」

 「うむ。少し不思議な感覚だが、この通り、生きているようだ」

 「まあ、ゾンビにしては、顔色良すぎるもんね」

 どうやら死体が蘇ったわけではなく、彼女は、ずっとここに封印されていたようだ。ダンジョンは、古代文明が眠る場所とも呼ばれているが……そうなると、一体、どれくらいの時を眠り中で過ごしていたのだろうか? アルベルトがそんなことを考えていると……

 「それにしても、そなた……」

 カタリナがいきなり顔を覗き込んで来る。ち、近い……そう思ったアルベルトは、思わず顔を引っ込める。

 「なかなか、よい顔立ちをしておるな?」

 「い、いきなりなんだよ?」

 「少々か細く頼りなく見えるが、まあ、それはそれで良いかもしれんな……ふむふむ、なるほど、なるほど……」

 カタリナは、アルベルトを観察するように彼の周囲を歩き始める。それから一通り観察を終えると、アルベルトの正面に立ち、こんなことを言い出したのだ。

 「よかろう。では、望み通り、そなたを我が『フィアンセ』として認めよう」

 一瞬、間が開く。

 「はい?」

 今、なんて? フィアンセってどういう意味だっけ? もしかして、騎士団ジョークって奴か?

 いやいや、さすがに聞き間違いだろう。そうでなかったとしても、きっと永い眠りから覚めて、寝ぼけているだけなんだ。ここは、一つ冷静になろう……スーハ―、よし、どういうつもりで言ったのか、尋ねてみることにしよう。

 「姫さん、フィアンセとして認めるって、それは、一体、どういう言い回しなんだい?」

 アルベルトは、なるべく平常心を装って紳士的にそう尋ねるが……

 「うむ、私を娶っても良い、という意味だ」

 ド直球な答えが返って来た。

 「ブフゥぅーッ!」

 アルベルトは、思いっきり噴き出す。それから物凄く取り乱しながら猛抗議する。

 「いやいや、可笑しいだろう? 僕たち今さっき会ったばっかりなんだよ? しかも、目を覚まして目の前にいた男に対して結婚してやるって、どういうシチュエーションだよ? そもそもなんで、してやるって、上からなんだよ?」

 「可笑しなことを。そなたは、私を迎え入れるために、こうして起こしにやって来たのではないのか?」

 「あんた、一体、何処の森の眠り姫だよ! 僕は、あんたじゃなくて、秘宝を求めてダンジョンを探索していただけだ。あんたを起こしたのは、たまたまだ。た、ま、た、まッ!」

 「だんじょん? ひほう?」

 カタリナは、難しい顔をして首を傾げる。どうやら、ダンジョンについては、その存在も含めて何も知らないようだ。もっとも、説明するのも面倒だと思ったアルベルトは、ここで一旦話を切ることにした。

 「と、とにかく、僕は、あんたを求めたわけじゃない! この話は、破談だ。いいね?」

 アルベルトは、キッパリと断ったものの……

 「それにしても、運命の出会いとは、かように胸が高まるものなのだな。まさか、私の好きな小説の、あのロマンチックな名場面を、身をもって体験することになろうとは……」

 カタリナは、両手を胸に当てて、夢見る少女のようにうっとりとしていた……堅苦しい格好をした軍人が、である。

 「あのぉ、もしもーし? き、聞いてないし……」

 アルベルトは、ワナワナと震える。

 「そうだ、そなたをフィアンセにすると決めた以上、ローガン殿などと堅苦しく呼ぶわけにはいかぬな」

 「……もう、好きにしてくれ」

 アルベルトは、半ば降参していた。

 「そなたのことは……あ、アルと呼んでも良いか?」

 カタリナは、モジモジと気恥ずかしそうにしている。一方、アルベルトは、半ばどうでもいいとでも言わんばかりにこう答えた。

 「うん、いいよ」

 「そ、そうか。では、アル。この様な場所には、もう用はなかろう。それで、その……私をここから連れ出してはくれまいか?」

 そう言ってカタリナは、手を差し出してくるが……彼女の願いを受ける義理はないが、これまでの話の流れから断り切れる自信がなかった。とは言え、この姫様がドーンバルド王国第一王女、しかも、暁の騎士団の団長という立場であれば、このダンジョンを攻略するための有力な情報を知っている可能性もある。何も悪い事ばかりじゃなさそうだ。そう考えたアルベルトは、カタリナの願いを受けることにした。

 「まあいいよ。お望み通り、あんたをここから連れ出してやるさ」

 アルベルトは、カタリナの手を握り返した。彼女は、手袋をしたままだったものの、そこからでも少し温もりが感じられたのだ……少なくともゾンビではない。

 「うむ、よろしく頼むぞ、アル」

 カタリナは、ニッコリと笑ってみせる。無邪気でありながらも何処か気品を感じさせる素敵な笑顔だ。アルベルトの胸が少し高鳴った……が、すぐに否定するように首を振った。

 「それにしても、久方の外の世界だ。どうなっているのか、楽しみだな」

 「うん、そうだね……あまりにも変わり過ぎて、ビックリするかも」

 二人は、そんな会話をしながら祠から出ようとしたが……その時!

 ブウウウ……

 なんと、ミノタウロスがその身を起こし始めたのだ! あの一撃を受けてもなお立ち上がれるというのか? アルベルトは、慌てて魔装召喚をし、戦闘に備えるが……

 「待て」

 カタリナがそう言って制止する。

 「もう戦う意思はなかろう」

 戦う意思はない? どういうことだ? そう思ってミノタウロスの様子を見ていると、なんと、あの気性の荒い猛牛がその場で跪いたのである。カタリナの強さの前に平伏したのか、あるいは、かつての主のことをようやく思い出したのだろうか?

 「で、こいつをどうするんだい?」

 「うむ、そうだな。ここに置いていくのもかわいそうだしな……」

 カタリナは、一考した後、こんなことを言い出したのだ。

 「うむ、では、私の『ペット』にしてやろう」

 一瞬、間が開く。それから……

 「はあぁッ!? ぺ、ペットだって!?」

 ペットというのは、犬とか猫のことじゃないのか? そりゃたまにワニとかヤギとかそういった動物をペットにする奴もいるが、少なくとも、ミノタウロスをペットにする奴なんて聞いたことがない。さすが王女様、スケールが違う……そう思うアルベルトであった。

 「ま、まさかとは思うが……こいつも連れて行くのかい?」

 「うむ、そのつもりだ」

 「さも当然のように答えるなよ……いや、こんなのを連れ出したら、それこそパニックになると思うんだけど」

 「案ずるな。こやつは、我が国の魔道研究所の集大成でもあってな。魔装召喚を使いこなせるだけでなく、大きさも自在に変えることが出来るのだ」

 そう言ってカタリナがミノタウロスに向かって何か命じると、なんと、彼の体がドンドン小さくなり、ちょうど犬くらいの大きさにまで縮んだのだ。しかも、さっきまでの凶暴な面影はなく、赤々と光っていた瞳も、つぶらなものになっていたのだ。

 「これでよいかの?」

 アルベルトは、口をポカンと開けたまま、適当に「いいんじゃない、かな?」と答えてしまった。

 「そなたも連れて行っていいそうだ、よかったな」

 そう言ってカタリナは、小さくなったミノタウロスを抱き上げ、ナデナデし始める。この小さな牛は、尻尾をブンブン振って嬉しそうにしていた。

 さて、お目当ての暁の聖剣は見つかったわけだが、その持ち主の騎士団長が存命しているとなれば、さすがに諦めるしかないだろう。そこは、残念だったものの、ダンジョンの探索は、これで終わりではない。これからどうするか? 今後、その方針を決めるためにも、一旦、ここを出た方が良さそうだ。アルベルトは、そう考えた。

 「ひとまず、此処から脱出しようか」

 アルベルトは、ポーチからリング状の物体を取り出すと、それを地面に放った。すると、リングは大きく広がっていき、現世へと帰還するための『ポータル』を開いたのである。

 「さ、この中に飛び込むんだ」

 「うむ、分かった」

 カタリナは、ミノタウロスを抱えてポータルの中へと飛び込んでいった。その後にアルベルトも続く。二人と一匹が現世へと向かった後、ポータルは自然に消滅し、リングも跡形もなく消え去ってしまった。


 こうしてアルベルトは、亡国の遺跡群、第一階層に挑んだ結果、ドーンバルド王国の姫君と彼女のペットになったミノタウロスを連れ帰ることとなったのだ。

 ダンジョンでは、何が起きるか分からない。そのことを改めて知ったアルベルトであった。

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