第三夜
「どう?
美味しい?」
『灯の作るものは何でも美味しいぞ、
こんな良いものを毎日食しておるのだと思うと、妬けるのぉ』
『ぬらりひょん、
灯は吾に聞いておるのだ』
灯は、三人で囲む食卓に笑顔が零れた。
父と二人で不満があるわけではない。
でも、多いとやはり楽しくなるのは仕方ないのだ。
『そうじゃ、
わしの秘蔵の酒を持ってきたのじゃがな・・・。
そのようなことを言う鵺にはやらん。
灯、わしと飲もう』
『灯は未成年だ。
酒なんてもの、飲ませるわけにはいかん。
ぬらりひょん、吾が共に飲むから安心しろ』
『なんでじゃ』
まるでコントのような二人に、灯はくすくすと笑みを零す。
だから、三人でご飯を食べるのが大好きなのだ。
捨て子だった灯を、何があったのかはわからないが、鵺は生かすことにした。
そして自身の根城へと連れ帰った、のはいいが。
鵺は赤子の世話の方法など何一つわからなかった。
わぁわぁ泣く赤子に、すぐさま音を上げた。
そんな時にぬらりひょんがふらりとやってきたのだ。
『―――なんじゃ、人の赤子ではないか。
どんな風の吹き回しじゃ?』
面白そうに言うぬらりひょんに、鵺は身を切る思いで助けを求めた。
どうしても、この赤子を死なせたくなかった。
『―――お主がそこまで言うとはの。
よかろう、これも何かの縁。
して、この赤子名は何という?』
ぬらりひょんの一言に、鵺は一晩中唸りながら考え、そして決めた。
『―――灯だ」
それを聞いたぬらりひょんは、愛おしいものを見るように鵺と灯を見て、一つ頷いた。
そして、ぬらりひょんが呼んだ女妖怪や、自身も人型になって灯を育てた。
毎日が戦争のようだったと、鵺もぬらりひょんも思う。
灯は、沢山の妖怪の手助けもあってか、元気にすくすく育っていった。
歩けるようになると、色々な所を走り回っては怪我をして泣いて。
山に勝手に入り込んで、迷子になっては泣いて。
何度も放り出そうかと考えた。
何度も消してやろうかと考えた。
しかし、それを踏みとどまらせたのも、灯だった。
安心したように傍で眠りこけ。
一等好きなのだというようにふにゃりと笑い。
鵺やぬらりひょんへの愛を、全身で叫ぶように生きていた。
そうこうしているうちに、灯は大きくなり人間でいう学校に通わねばならない年になった。
始めは山で隠遁生活でもいいかと考えていた鵺に、ぬらりひょんは反対した。
灯は人間でしかなく、妖怪にはなれない。
いつの日かあちらの世界に行くと言ったときに、出来るだけのものを用意するのが親ではないのかと。
そうして、ぬらりひょんの言葉によって、灯は人間の通う学校とやらに行くことになった。
毎日が慌ただしかった。
不思議な事に、ぬらりひょんは人間の伝手も持っているらしく、どうやったのかは知らないが、灯は人の世界でも身分を手に入れていた。
せめて、少しでも自分の子だと分かる様にと。
灯の苗字は指定した。
夜の鳥。
併せて、鵺。
このことを話したとき、ぬらりひょんには死ぬほど笑われた。
もう、完全に娘として見ているじゃないか、と。
当たり前だ。
鵺はそう思う。
山も麓にいたあの日。
灯は自分を見て笑ったのだ。
恐ろしいとしか言われなかった自分を見て。
どうしたら、そんな存在を否定できようか。
「お父さん、おつまみ何か作る?」
不意に、灯が覗き込むようにして鵺を見た。
そこで、鵺は自身がぼんやりとしていた事を知る。
『―――、あぁ、そうだな。
何か作ってくれるか』
鵺の言葉に、灯は嬉しそうに微笑むと一つ頷いて台所へと足を向けた。
『―――いい子に、育ったのぅ』
しみじみと言うぬらりひょんに、鵺は鼻を鳴らす。
何を言っているのだ、このジジィは、と言わんばかりに。
『当たり前だろう、吾の娘だぞ』
もし、灯がこれを見ていたらお父さんどや顔してるー、と言った事だろう。
しかし、灯は台所へと姿を消している。
『―――満足に面倒も見れんかったくせに、何をほざいとるんじゃ。
わしかて面倒を見ておるわ。
・・・今度から灯には兄上とでも呼んでもらおうかの』
ぶちり、と鵺の頭の血管が切れたような音がした。
『ぬらりひょん!!
何があっても貴様にだけは灯はやらんぞ!!』
『貴様とはなんじゃ!!
わしは長じゃぞ!?
百鬼妖怪の長じゃぞ!?
あー、灯も哀れじゃのぅ、こんな口の悪い父親で』
『灯の前では言わん!!
長だからと言って、灯は絶対に渡さんからな!!』
「―――楽しそうだな」
ぎゃいぎゃいと居間から声が聞こえる。
灯は、ぬらりひょんが来てくれるのがとても嬉しかった。
父は、ぬらりひょんのおじさまとだけ、あのように騒ぐのだから。
鼻歌を歌いながら、つまみとお酒を準備する。
父用の大きな升と、おじさま用の御猪口と。
出来れば、少し自分も飲んでみたいという気持ちからもう一つ御猪口を用意する。
きっとすぐに父にばれて取り上げられるだろうけれど。
それでもいいのだ。
あの空間に入っていけるのであれば。
一度だけ、父に聞かれたことがある。
”人の世界に戻りたいか”と。
灯は、戻るも何も自分の世界はここなのに、と泣いて怒った。
鵺がいなければ、きっと自分はいなかった。
ぬらりひょんがいなければ、きっと自分はいなかった。
「おじさまー、
運ぶの手伝ってくれるー?」
『もちろんじゃ!』
『待て、灯、なぜ吾を呼ばない!』
「お父さん、大きすぎるもの」
『そうじゃそうじゃ、大人しくまっておれ』
にやにやと笑うぬらりひょんに、悔しそうにする鵺。
灯にとっての世界は、ここにあるのだ。