(スピンオフ)城で一番有名な話
城の奥、使用人たちの控え室には午後の休憩の匂いが満ちていた。
焼き菓子と紅茶の甘い香り、窓から差し込む柔らかな光。
ほんのひとときだけ肩の力を抜ける時間に、椅子を囲む顔ぶれも自然と集まってくる。
「今日もだったんです」
最初に口を開いたのは、若いメイドだった。
カップを両手で包みながら、どこかくすぐったそうに笑う。
「皇后陛下がお庭のお花を嬉しそうに見ていらしたの、少ししたら陛下がいくらか見繕って部屋に飾ってあげて欲しい。ですって」
「外が冷えると身体に触るから部屋でもお花を楽しめるように、そうゆう事ね」
隣のもう一人のメイドが確信めいて大きく頷く。
向かいに座っていた厨房係は嬉しそうだ。
「俺さ今日もご飯美味しかったです、ありがとうって皇后陛下に言われちゃったよ。お礼なんて言われるほどのものじゃないのに」
「皇后陛下はいつも、ちゃんと目を見て仰るんですよね。本当に嬉しそうに」
思い出したのか、メイドの頬も少し緩む。
「それで……陛下も一緒だったんだけど」
言いかけたところで、隣に座っていた執事が小さく笑った。
「機嫌がよろしかったのでしょう」
「分かるのか?」
「分かりますとも」
執事はカップを静かに置いた。
「私はいつも近くで見ていますから……」
皆の視線が自然と集まる。
彼はいつも通り落ち着いた口調のまま、思い出をなぞるように言葉を続けた。
「皇后陛下が庭で本を読んでいらしたんです。春の日差しの中で、随分と気持ちよさそうに」
窓辺の光が揺れる。
「そこへ陛下がお越しになりましてね。何をなさるのかと思えば、黙って外套を掛けて差し上げたんです」
「まぁ、なんてお優しい」
メイドがまるでこちらが照れてしまうとでも言うように、その顔を隠すように紅茶を啜る。
「恐らく。ですが皇后陛下は驚かれて顔を赤くしていらした」
執事の口元が、ほんのわずかに緩む。
「その時の陛下の表情がね。あれは……」
言葉を探すように、少しだけ視線を伏せる。
「とても、嬉しそうでした」
厨房係が腕を組んでうなずいた。
「そりゃあ、分かるな」
厨房係は声を潜めた。
「今日の調子時もさ、食事をしている間皇后陛下の方をずっと見てるんだよ、それで皇后陛下が"美味しいです"って言うと、もう陛下の方が満足そうで」
彼は頭をかいた。
その時、控えめな咳払いが聞こえた。
壁際に寄りかかっていた近衛騎士が、少し困ったように肩をすくめている。
「城の中ではそうかもしれないが」
皆がそちらを見る。
「外では違うぞ」
騎士は遠い光景を思い出すように窓の外へ目を向けた。
「戦場では、あの方はまさに覇王だ」
声に嘘はない。
それはこの国の誰もが知っている事実だった。
「この前なんてさ、辺境の治安確認に出向いたんだけど…」
騎士はふっと笑った。
「陛下が始めから最強モードに入っててさ」
「最強モード?」
メイドが目を丸くする。
「早く帰りたかったらしい」
真顔で言われて、皆が一瞬黙る。
「モンスターを片っ端から倒してさ、あっという間に終わった」
騎士は肩をすくめた。
「後で聞いたら、聖女様と夕食を一緒に取りたかったらしい」
静かな沈黙のあと、控え室に笑いが弾けた。
「覇王陛下がですか」
「ええ」
「可愛いですわね」
誰かが言い、また笑いが広がる。
その時、メイドがふと窓の外を見て声を上げた。
「……あ」
皆が振り向く。
中庭の石畳を、二人の姿がゆっくりと歩いていた。
聖女は何かを話していて、楽しそうに笑っている。
その隣で、覇王と呼ばれる男が静かに耳を傾けている。
やがて風が吹き、彼は自然な仕草で彼女の肩に外套を掛けた。
ほんの一瞬、アリアが照れたように顔を伏せる。
ルーカスが少しだけ困った顔をする。
それを見た使用人たちは、互いに顔を見合わせた。
「今日も温かい一日だ」
城で一番有名で誰もが知っている話。
覇王陛下は――
今日も皇后陛下が、大好きらしい。




