魔法学校
「うそ……」
掲示板に貼られた部屋割り表を見て、セレナの口からはそんな言葉が零れ落ちた。そんなまさか、誰か嘘だと言ってください。お願いします。
願掛けしたところで名前が変わるわけもなく、セレナは愕然とする。
なぜなら、相部屋の相手がこの国の王子殿下だったから。
アンリ・オルレアン。
確か、王位継承権第二位の王子だったはず。
魔法学校の前に通う貴族の学校で習った記憶を手繰り寄せる。
年齢が同じだな、とその時に思ったけれど、まさかこんな形で接点を持つことになるなんて思いもしなかった。
「おい見ろよこれ! 第二王子が相部屋になってる」
同じく掲示板を見に来ていた生徒が隣で声を上げる。
「本当だ。相手は誰? カイル・デュカス……知ってるジョシュ?」
「あぁ~、深窓の令息だろ。俺も会ったことはないけど、ブロンドのロングヘアに女みたいな綺麗な顔してて……」
(あ……まずいかも)
そう思ってこの場を立ち去るよりも早く、その生徒の顔がこちらへ向けられて目が合ってしまった。黒い髪を短く刈り上げた、ジョシュと呼ばれた青年が自分を凝視したまま固まるものだから、セレナは気まずくなって無言で目を逸らす。
「も、しかして……」
「えっ、君がデュカス伯爵家のカイル令息かい?」
隣にいたもう一人の生徒がジョシュの肩越しにひょ っこりと顔をのぞかせる。こちらは、あっちこっちに跳ねる赤毛が目を引く幼さの残る青年だ。大きな目をぱちりと瞬かせて興味津々にセレナを見つめた。
「そう、だけど……君たちは……?」
「僕はギャスパー・ブランシャール。家格は侯爵。こっちは、幼なじみのジョシュ」
「ポンス侯爵家のジョシュアだ。……その、不躾な発言だった。気を悪くしたよな。無礼を許してほしい」
「いや、許すもなにも、気にしていないから」
深窓の令息と揶揄されているのはセレナも知っていた。セレナだとバレるリスクを減らすために、学校は必要最低限しか出席しなかったし、社交界もおろそかにしていたらいつの間にかそんなあだ名がつけられてしまっていた。
”女みたいに綺麗な顔”と言われていることは知らなかったけれど。
「そうか? お前なかなか話のわかるやつだな! それにしても殿下と同室なんて、ラッキーなんだかアンラッキーなんだか」
「ラッキーだって思う人なんて、出世狙ってる人くらいじゃない?」
ギャスパーの意見に激しく同意する。少なくともセレナにとっては幸運とは言えない同室相手だった。
「だよなぁ……、なんせ“絶対零度のブルーアイ”だもんなぁ。……なんだ知らないのか?」
呆れたような目を向けられて、セレナはおずおずと頷いた。社交場に顔を出さないためそういった噂には弱いのだ。
「殿下は、極度の人嫌いで有名でいつも無表情で、顔が整ってるせいでそれはそれは青い瞳が恐ろしいくらいに冷たいんだと」
「その瞳に睨まれただけで凍り付いちゃうから、絶対零度って言われてるんだって」とギャスパーが付け足す。
「そうなんだ……」
アンリの人となりについては授業では習わなかったため、初耳だった。それを聞いて余計に気が重たくなる。
でも、人嫌いだと言うなら好都合かもしれない、という考えが同時に頭をよぎった。触らぬ神に祟りなしで、極力関わらないように空気のように大人しくしていれば問題ないのではないかと。そうであってほしい、と胸の裡で願うセレナ。
「まっ、頑張れよ、カイル」
「う、うん、ありがとう」
「これから三年間よろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
人懐っこいギャスパーとぶっきらぼうなジョシュアに手を差し出され、順番に握手を交わした。